惰性で生きてるだけなのに、周囲は今も自分を英雄視してくる 作:だっせー
私の人生は、常に惰性で満ちていた。
生きることを楽しいとは思わないが、死ぬのは生きることより面倒だ。
ブラック企業に就職しても、転職するのは億劫で今の立場を受け入れてしまう。
かつては好きだったアニメや漫画も、今は新しいものに対して食指が伸びない。
休日はスマホを見ながらだらだら過ごすことがほとんどで、有意義に過ごせた試しがないのである。
――そして、そんな人生は生まれ変わっても変わらなかった。
転生した私は、美しく才能に満ち溢れていた。
剣を触れば思い描いた通りに軌道を描き、魔術はそのほとんどが無詠唱。
やろうと思えば、英雄として歴史にその名を残すことだってできただろう。
だけど私はそうしなかった。
普通に考えれば、チート美少女は人生の勝ち組だ。
だけど、前世と比べて今が幸福かどうかは自信がない。
客観的に見れば惰性でしかない怠惰な生活も、私にとってはそれが普通なのだから。
とはいえ、今更余裕のある今の生活を捨てる理由も、私にはないのだけど。
一応、少しだけ転生をきっかけに頑張ろうかと思ったこともある。
幼い頃は貧しく、生活を改善するには多少の努力が必要だったのだ。
まぁそれも、色々あってやめてしまったが。
ただ、不思議なことに私の冒険者としての人気は高い。
見た目がよくて、実力も伴っているからだ。
人は見た目と能力が八割、中身が惰性で生きているだけのダメ人間でも、それに気付かれなければ周囲の評価というやつは、自然と上がっていくのだろう。
それを認識してもなお、私は今の生き方を変えるつもりは微塵もなく。
結局は、ただの惰性で生きていた。
◯
朝起きると、誰に言われるまでもなく準備を始める。
身支度を整えるのははっきり言って億劫だ。
けれども、少しだけ真面目に冒険者をしていた頃に身支度もそこそこしっかりやっていた結果、それが普通になってしまっていた。
一度だけ色々あって身支度をおろそかにしてギルドに言ったら、その日はありとあらゆる冒険者からなにかあったのか心配されたのもある。
億劫なのにやるなんて普通に行動的じゃないか、と思うかもしれない。
でも思うに、怠惰と惰性は少し違う。
私が嫌なのは、環境を変えたり今までとは違うことを始めることだ。
だから一度始めたことをやめるのは、どれだけ面倒でも恐ろしく感じてしまう。
私はそういう人間だった。
――冒険者ギルドにやってくるのは、大体朝の七時すぎ。
規則正しい冒険者は七時前にやってくるのだろうが、私はいつも少し遅れる。
とはいえそれで問題が生じる仕事はほとんどない。
どころか、大抵の冒険者はもっと遅い時間にやってくるので、これでもかなり真面目な方だ。
これもまた、昔の習慣が抜けていないだけなのだけど。
「――あ、リティアさんおはようございます!」
「おはよう」
朝早くから出勤している、本当に真面目な方の顔なじみギルド職員に挨拶をしつつ食堂の方へと向かう。
こうして早くからギルドにやってくるのは、空いている食堂で食事を済ませるため。
ギルドの食堂は色々あったからか、定期的に新メニューが出てくるのだけど、私にそれを頼む度胸はない。
いつも通り定食を頼んで、ササッと済ませた。
色々は何かって? まぁ、それはおいおい。
冒険者の仕事は多岐に渡る。
討伐、採取、護衛、荷物運び。
街の雑用なんかも冒険者の仕事。
ただ、中でももっとも重要度が高く、人気も危険度も高いのはやはりダンジョン関係の依頼だろう。
この世界におけるダンジョンは、人と魔物の生存競争の戦場だ。
魔力が淀んで産まれた場所から、定期的に魔物が溢れ出そうとしてくる。
それを押し留めながら、倒した魔物で生活を豊かにするのがこの世界の人々。
なんともたくましい話である。
なので私も、自然とダンジョン系の依頼を受けることが多くなるわけだ。
これは単純に、冒険者になってからずっとそうしているというのもあるが――
「あ、あの……リティアさん! おはようございます!」
「……どうしたの?」
不意に声をかけられた。
名もしれない、おそらく新人だろう女の子。
ローブ姿で黒髪の、気弱そうな子だ。
「え、ええと……朝早くにギルドへ行けばリティアさんがいるって聞いて……どうしてもお話したくって……」
「そうなんだ」
「え、えっと、でも、でも実際にリティアさんを眼の前にすると……頭が真っ白になっちゃって……」
「落ち着いて、ゆっくりでいい」
自分の話し方が、クール系で違和感あるな……と思う時がたまにある。
でも、周囲のイメージとして私はそういう感じのクールビューティーだそうだし、コミュ障な私が短い返事で受け答えしていたらそれを周囲がクールだと思い始めたのだ。
気がつけば私も、それが楽だからってこういう話し方になっていた。
私が冒険者としてダンジョン系の依頼を受ける理由の一つが、ここにある。
「ど、どうすれば……リ、リティアさんみたいなすごい冒険者になれますか!?」
「別に、私はそんな、大層なつもりはないんだけど」
「そ、そんなことないです。リティアさんはすごい冒険者です!」
それを向けられると、私は困る。
絶対に、私はそんな大層な存在じゃない。
惰性で生き続けて、気がついたら異世界で冒険者になってもそんな生活を続けているだけの人間だ。
もうすでに、一生を遊んで暮らせるだけの金があるのに、辞めることへの面倒臭さと、周囲の反応を気にして辞められない。
私はそういう人間である。
「……私は、自分にできることをただ続けてきただけだよ」
「あ……ありがとうございます!」
ただまぁ、やはり容姿と才能は便利でもある。
私が惰性で続けているだけだと言葉を変えて言っても、そこに説得力が生まれるのだ。
大抵の人は勝手にいい感じに保管してくれる、眼の前の少女のように。
一体どういうふうに理解したのだろう。
とても不思議だ。
何にしても、この後は私が昔設置したポータルと呼ばれる転移魔法陣で下層に向かう。
そこで魔物を討伐して、一定数に達したら仕事は終了だ。
大抵の場合は、二時とか三時過ぎくらいに終了する。
それでいて稼ぎは現代換算すると前世のブラック企業の数倍はあるのだ。
お金が溜まっていく一方であるということを除けば、実にありがたい話しである。
かくして諸々の手続きと、わりとよくある後輩冒険者への中身のないアドバイスを終えた私は、今日のご飯は何にしようかと考えつつダンジョンに向かった。
昼食はダンジョン探索中に軽くつまむか、終わってからガッツリ食べるか。
夕飯はどこで食べるか、メニューは何にするか。
この世界の食事は、前世と比べたら流石にそこまで美味しくはない。
だけど魔力で胃腸も鍛えられているからか、はたまた若干流れているエルフの血の影響か。
三十過ぎたいまでも、お腹いっぱいに食べられることは魅力である。
考えることは、そんなどうでもいいことばかり。
惰性が思考に現れている。
それでも私は、今日も冒険者としての生活を続けるのだった。
◯
リティアとよばれる冒険者がいた。
階級はゴールド、一流と呼ぶにふさわしい実力を誇る。
エルフの血を引いているためか、目鼻立ちはくっきりしていて、小柄ながらも非常に美人だ。
やたらと袖の長い巫女服のような魔道具を愛用しており、戦闘中は華麗に舞いながら戦いを繰り広げる。
総じて、強く美しい皆の憧れたる冒険者。
――その内面が、惰性に満ちていることを人々は知らない。
そもそも、仮に周囲の人々はリティアが惰性に満ちていたとしても、それで幻滅したりはしないだろう。
惰性とは、いうなれば変化を恐れる心。
変化を恐れた結果、現状維持を選ぶ気質だ。
それは言い換えれば
何しろ、辞めるのが面倒という理由で二十年近くも冒険者を続けているのだから。
あるものは若くして命を落とし、あるものは実績を手に早々と転職し、またあるものは年齢や結婚を理由に引退する。
そんな世界で、長く冒険者を続けた実績は、どれだけ彼女が惰性に満ちていても揺らがない。
――これは、そんなリティアが日々を惰性で生きていく物語。
あるいは一人の英雄が、周囲の期待に答える物語だ。