廊下を進み、突き当りのカードキー式で施錠されている扉を潯は調べてみる。
鍵はかかっている。
そこへ残虹が声をかけた。
「店長さん、これじゃない?」
ヒュッとスナップを聞かせて残虹から潯へと何かが投げ渡された。
受け取った潯がそれを見ると薄いカード状の物。
「カードキー……」
「ここまでくると馬鹿にしてるわね、床に転がってたわ」
「楽に進めるならいいだろ?」
潯は手元のカードキーをスロットへと通す。
あっさりと研究区画へと続く扉が開いた。
中を確かめながら入場しそのまま進み始めた。
「何かの演出なら三流以下よ、最初から鍵が開いてる方がまだマシ」
「手厳しいこった。難易度上っても困るからその辺にしておいてくれ」
「あら、手ごたえがあったほうが記憶に残るじゃない?」
「記憶にねぇ……」
これまでナナリたちから聞いていた病棟とは、明らかに雰囲気が違う。
壁際には鍵付きの書類棚。
曇ったガラス窓の向こうには、用途の分からない機材。
廊下に並ぶ扉にも病室番号ではなく、『資料室』『観察室』『実験準備室』といった文字が記されている。
患者を治療するための場所というより。
何かを調べるための場所。
「なるほどね」
残虹が周囲を眺めながら呟いた。
「何がだい?」
「一階では患者の記録。二階では職員の監視記録。そして三階では研究区画」
「段々奥へ入ってるって?」
「物理的にも、話としてもね」
残虹は歩みを止めないまま答える。
「最初は病気の患者がいた。それから、その患者を担当していたVと病院側の揉め事が見えた。そして今回は研究区画」
口元に薄い笑みを浮かべる。
「さてさて、今回は何を見せてくれるのかしら?」
そんな会話を交わしながら角を曲がったところで、二人の足が止まった。
廊下の右手。
半開きになった扉の奥から、白い蛍光灯の光が漏れている。
潯が先に中を覗き込む。
人影はない。
長机。
椅子。
書類棚。
壁際には古びた端末が数台並んでいた。
そして机の中央には、不自然なほど目立つ位置に一冊のファイルが置かれていた。
二人は驚く様子もなく入室し潯がファイルを手に取る。
表紙には、
『冷山病院 異象実験計画関連資料』
と印字されていた。
「冷山病院……」
潯が資料上部の文字を読む。
「病院の名前、初めて出たわね」
「ナナリたちは見てないって言ってたね」
「三階まで来ないと教えてくれないなんて、随分ともったいぶるじゃない」
「名前なんぞ今のところ大した情報でもないだろ」
「そうね。今のところは」
残虹がその横から覗き込む。
最初の数ページは予算や人員についての記録だった。
その中の一枚で、潯の指が止まる。
「……N主任?」
「読んで」
「寝る前の絵本をせがむ子供か、ったく」
残虹に促されるまま潯は内容を読み上げる。
「『N主任が大口顧客との契約を獲得。院長承認のもと、特別予算を割り当て、専属研究班を設置する』……」
そこで一度言葉を切った。
「内容は?」
「一致。おチビちゃんたちの言う通りみたいね。万が一違ったときだけ声をかけるわ。しかし病院には珍しい言い回しね、大口顧客との契約なんて」
「1階や2階の規模を見てもそう大きな病院でもなさそうだが、研究区画を構える程度には伝手があるのかねぇ」
潯が次のページをめくる。
研究班の構成員らしき名前が並んでいる。
その末尾には、担当者・協力者と思われる別欄があり、そこに『V』の文字がある。
潯の目が細くなる。
研究チーム、大口顧客。
特別予算。
そして、V。
これまで散らばっていた情報が、ようやく同じ場所へ集まり始めている。
「少なくとも」
残虹が潯から離れて口を開く。
「V一人が勝手に何かしていた、という話ではなさそうね」
「少なくとも、研究そのものには院長の判が押されてる」
「問題は、何の研究に許可を出したのか、でしょうね」
「大口顧客、特別予算、専属研究班……随分と金の匂いがする話になってきたじゃないか」
「ええ。でもまだ肝心なものがないわ」
「肝心なもの?」
「何を研究していたのか」
その時だった。
――カチッ。
小さな音がした。
二人が同時に顔を上げる。
室内の壁、そこにかけられていた古びた時計の秒針が一つ進んだ。
――カチッ。
また進む。
「……動いてなかった、ね?」
潯が尋ねると、わずかに笑みが小さくなった残虹が頷く。
「えぇ」
二人が部屋に入った時、時計の針は止まっていた。
少なくとも二人の記憶は一致している。
そうこうしているうちに秒針は規則正しく進んでいく。
やがてぐるりと一回りしたところで研究区画にとこどころ存在していたモニターなどに同じ数字が表示される。
『05:00』
一秒後。
『04:59』