異伝ー名もなき病院ー   作:Kataparuto

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第五話 悪魔の証明 ③

 潯がそれを開く。

 最初の数頁は、患者や研究についての簡単な記録だった。

 だが、途中から字が乱れ始める。

 

「『痛みが消えない』」

 

 次の頁。

 

「『身体の中が燃えている』」

 

 残虹の笑みが消えた。

 さらに。

 

『水に入っている間だけ楽になる』

『包帯を巻くと痛みが弱くなる』

「完全に同じね」

「ああ。V自身も隠火症を発症してる」

 

 潯が頁をめくる。

 

『Nに知られた』

『権限を止められた』

『監視されている』

 

 そして。

 

『あの患者を見ていたから分かる』

『このままでは私も同じになる』

 

 潯の手が止まった。

 その先には、強く書き殴られた文字。

 

『その前に取り除く』

『何を犠牲にしても』

「取り除く、ね」

 

 残虹が呟く。

 

「病気か、実験か、それとも病院そのものか」

「そこまでは書いてない」

 

 数頁先は破り取られていた。

 残った最後の記録も、まともな文章ではない。

 

『燃える』

『水』

『外せない』

『時間がない』

 

 そして最後。

 たった一行。

『ここにあったことを忘れないでくれ』

 

 静寂が落ちた。

 潯はしばらくその文字を見つめた後、ゆっくりとノートを閉じる。

 

「……結局、Vが最後に何をしたのかは分からずじまいか」

「ええ」

 

 残虹は三冊の資料を順番に眺める。

 

「でも、何を読ませたかったのかは随分分かりやすいわね」

「患者」

「実験」

「そしてV」

 

 残虹の指が、最後のノートを軽く叩く。

 

「忘れるな、ですって」

 

 潯の目が細くなる。

 

「本人の言葉かもしれないだろ」

「もちろん」

 

 残虹は薄く笑った。

 

「でも、このノートを私たちの前に並べたのは――Vじゃないでしょう?」

 

 そしてその一言と共に、小部屋の奥、先ほどまで壁だった部分が消え、一つの手術台が現れる。

 その上には、現実では眠りについているはずの患者が横たわっていた。

 その両手両足は、包帯で拘束されている。

 それを合図にしたように、手術台の周囲から人型の遺骸が次々と這い出してくる。

 だが。

 あの包帯実体ではない。

 

「ただの遺骸なら遠慮はいらないね!」

 

 潯が番傘を肩へ担ぐ。

 迫ってきた一体目。

 振り下ろされた腕を半歩ずれて躱し、そのまま番傘を横薙ぎに叩き込んだ。

 鈍い音。

 遺骸の身体が大きく吹き飛び、後ろから来ていた二体をまとめて巻き込む。

 

「まとめて来な!」

 

 傘を返し、起き上がろうとした一体の頭部へ容赦なく振り下ろす。

 その横を残虹がすり抜けた。

 一閃。

 一体。

 返す刃でもう一体。

 

「随分楽しそうじゃない!」

「そっちこそ!」

 

 背後から迫った遺骸へ、潯は振り向きざまに番傘を突き込む。

 そのまま押し込み、壁へ叩きつけた。

 残虹の刃が走る。

 潯の番傘が唸る。

 切断され。

 殴り飛ばされ。

 床へ転がされ。

 十体はいたであろう遺骸たちは、これまで異象にいいように使われ続けた二人の鬱憤を晴らす相手としては、あまりにも力不足だった。

 最後の一体。

 潯が大きく番傘を振り抜く。

 遺骸は床を跳ねるように吹き飛び、そのまま黒い塵となって消えた。

 

「後二十体は持ってきな」

 

 潯は番傘を肩へ戻し、周囲を見回す。

 新たな敵は現れない。

 残虹も刀を軽く払ってから鞘へ納めた。

 

「随分あっさりしてるわね」

「文句あるのかい?」

「いいえ。ただ――」

 

 残虹は手術台へ近づく。

 

「本気でこの人を渡したくないなら、最初からここへ出さなければよかったんじゃない?」

「まさかこれすら演出だっていうのかい?」

「店主さんもこの異象の親切さを忘れた? つまり、私がこれを解放するところまで……期待されてるってこと」

 

 残虹が患者を拘束していた包帯を残らず切断する。

 そして体が自由になったところで手術台を照らしていた明かりがまばゆく輝きだす。

 

「さて、これでエンディングね」

「……まぁ目的は達成したんだ。良しとしようじゃないか」

「ふふ、そうね」

 

 そして二人の視界が白く染まる。

 

「……ん」

 

 潯が目を覚ます。

 隣では残虹も同時だったようで、二人はゆったりと身体を起こした。

 

「おはようございます、お嬢様」

「あぁ……手応えはあった。患者はどうだい?」

 

 そう言いながら、潯は患者の眠っていたベッドへ視線を向ける。

 そこでは医師が患者の背を支えていた。

 瞼は開いている。

 呼吸も落ち着いている。

 どうやら、ようやく眠りから覚めたらしい。

 

「起きたっす!」

 

 ナナリが思わず声を上げる。

 早霧も小さく息を吐いた。

 

「これで、とりあえず依頼は終わり……?」

「まだ分かりません」

 

 アドレーが静かに制する。

 

「覚醒したことと、悪夢との接続が完全に切れたことは別です。まずは診察と経過観察が必要でしょう」

「ま、そりゃそうだね」

 

 潯はベッドから足を下ろす。

 その時だった。

 

「店長」

 

 鑑定士の声色が変わった。

 

「ん?」

「これ……」

 

 差し出されたスマートフォン。

 画面には、クローラーAIが拾い続けている検索結果が並んでいた。

 冷山病院。

 その名前自体は、もう見慣れてしまった。

 だが。

 

「……待ちな」

 

 潯の目が細くなる。

 

『冷山病院 隠火症』

 

 その文字列が表示されていた。

 

「これ」

 

 潯が画面を指す。

 

「今、向こうで読んできた言葉だよ」

「え?」

 

 ナナリと早霧が顔を寄せる。

 残虹も椅子へ腰かけたまま、僅かに顎を上げた。

 鑑定士はさらに画面をスクロールする。

 

『冷山病院 違法研究』

『冷山病院 閉鎖事故』

 

 一つ。

 また一つ。

 夢の中でしか知り得なかったはずの言葉が、現実側の検索結果へ混ざり始めている。

 

「さっきまでは病院の名前ばっかりだったのに……」

 

 鑑定士が低く言う。

 

「中の情報まで増えてる……?」

 

 部屋の空気が重くなる。

 潯は無言で画面を見つめた。

 その横で。

 

 ――くすり。

 

 残虹が笑った。

 

「どうやら、今回は、名前だけじゃ済まなかったみたいね」

 

 ――ピコン。

 また一件。

 新しい通知が鳴った。

 

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