潯はしばらく何も言わなかった。
やがて大きく息を吐き、アドレーの支えから身体を離す。
「……アドレー」
「はい」
「管理局へ連絡。冷山病院について、ネット上だけじゃなく土地、建築、医療機関、異象事故記録まで全部洗ってもらう」
「承知しました」
「お宝ちゃんはクローラーを止めないで。隠火症、包帯、水への異常執着……向こうで見た症状も全部条件に加える」
鑑定士が頷く。
「分かった」
潯は最後に患者を見る。
「それと、この人もしばらく経過観察だ」
そこで一度、残虹を見る。
「何も起きてないなら、それを確認すりゃいい」
残虹は楽しそうに肩をすくめた。
「ええ。そうだといいわね、店長さん」
数日後。
患者は冷山病院の夢を見なくなった。
家族を含め、患者の近くで眠った者が同じ夢を見る現象も確認されていない。
後の検査では、患者自身が無自覚の異能者である可能性が浮上した。
自身が見ている夢へ、周囲の人間の意識を巻き込む。
これまで冷山病院そのものの作用だと思われていた共有夢は、実際には患者自身の異能によって発生していた可能性が高かった。
ならば。
冷山病院は、その能力を利用していたことになる。
問題は。
最初に患者と冷山病院が接触した理由だった。
「何か……変わったこと?」
改めて尋ねられた患者は、しばらく考え込んだ。
「関係あるか分からないんですけど」
そして。
一つだけ思い出した。
最初に病院の夢を見た数日前。
夜更かしをしながら眺めていた、ありふれたオカルトサイト。
そこに。
『夢の中にだけ存在する病院』
そんな内容の記事が掲載されていたという。
名前は書かれていなかった。
古びた病院。
目覚めるまで外へ出られない。
中では何かを探さなければならない。
内容も、その程度。
患者もよくある都市伝説だと思い、深く気に留めなかった。
翌日。
何となくもう一度確認しようとした時には、記事そのものが消えていた。
「それからです」
患者は記憶を辿る。
「あの病院の夢を見るようになったのは」
クローラーAI。
検索履歴。
ウェブアーカイブ。
可能な限り調査した。
だが。
該当する記事は発見できなかった。
本当に存在した記事だったのか。
冷山病院が現実へ一時的に生み出した情報だったのか。
あるいは患者の記憶そのものが、すでに影響を受けていたのか。
確認する術はなかった。
分かったのは。
もし患者の証言が正しいのなら。
最初に接触した当時、冷山病院が現実へ残せたものは、翌日には消えてしまうような、たった一つの怪談記事に過ぎなかったということだけだった。
それが今では。
名前を持つ。
過去を持つ。
病気を持つ。
そこで何かが起きたと語る人間までいる。
一方。
公的な調査は奇妙な結果を返した。
冷山病院という医療施設は見つからない。
同様の建築物もない。
対応する異象事故もない。
ネット上には大量の情報が存在するというのに、それを現実の歴史へ繋げようとすると、どこかで必ず途切れる。
結局。
冷山病院が現実へ現れたのか。
隠火症が現実へ持ち出されたのか。
あの包帯実体が夢の外へ出られるようになったのか。
その答えが出ることはなかった。
患者はその後、より詳細な経過観察のため長期治療へ移された。
〈エイボン〉による調査も、そこで終了した。
そして。
名もなき病院に関する記録は、正式な異象案件として再整理されることになる。
――異象データベース。
U-6009[Lo]
『名もなき病院』
■■■の審議を経て、当該異象のランクはVに引き上げられ、当該依頼項目は封印された。関連資料および項目の編集権限はユグアッシュ廷に移管済み。本項目の最終的な解釈権はユグアッシュ廷に帰属し、書面による許可なく本項目のいかなる情報を引用することを禁ずる。
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調査の結果、「冷山病院」という名称や類似の建築レイアウトを持つ医療施設は一切確認されず、「■■」の特徴と一致する異象事故の記録も存在しないことが確認された。当該異象施設の全ての現象、実体、および記録文書は、現実世界とのいかなる歴史的または論理的関連も見出されていない。
※もし四肢の幻痛、体表の灼熱感、または包帯への依存心理などの症状が現れた場合は、冷静さを保ち、他者との身体的接触を伴う一切の活動を停止し、直ちに異象管理局または異象ハンター協会に連絡してください。関係者が診療とカウンセリングサービスを提供します。
以上
これにて、異伝ー廃病院の謎ー、すべての話を投稿し終えました
個人的には第五話の残虹の畳みかけるようにエイボンを煽りつくすところは二度度書けないぐらいには筆が乗ったところです。
解釈や答えがそれぞれになりがちなこのクエストですが、これはあくまで二次創作。
割り切ってお楽しみいただければと思います。それではまた