少しふざけたナナリだったが、早霧の言うことももっともだった。
これまでこの夢を見た家族たちも、気がつけば現実へ戻っていたというだけで、どうすれば脱出できるのかまでは分かっていない。
単純に患者本人が目を覚ましたからなのか。
それとも、この病院の中に何か別の条件が存在するのか。
ましてや、先ほどのような危険そうな異象まで徘徊している。
あまり悠長に構えていられる状況ではなかった。
そんなことを考えながら廊下を進んでいると、二人は鍵のかかっていない部屋を見つけた。
中を覗いてみる。
長机に椅子、古びたロッカー。
医師や看護師が休憩に使っていた部屋らしい。
そして、その机の上には電源の入ったパソコンと、一本の鍵が置かれていた。
「……なんか、都合よすぎない?」
早霧が眉をひそめる。
病院全体の電力を復旧させた直後。
行く先を広げるための鍵と、いかにも調べろと言わんばかりのパソコン。
偶然と言うには、少々出来すぎている。
「ま、向こうが調べろって言ってるなら、調べてみるっすよ」
「素直に従うのもどうかと思うけどね……」
マウスやキーボードを触ってみるが、操作は一切受け付けない。
ただ、画面には最初から一つの資料が表示されていた。
どうやら、この病院へ運び込まれた患者についての記録らしい。
患者は原因不明の激しい痛みと、身体の内側が焼けるような感覚を訴えていた。
さらに奇妙なのは、自ら身体へきつく巻きつけた包帯を決して外そうとせず、医師が触れることすら酷く嫌がっていたことだった。
「なんすかね、これ……」
「普通の病気じゃなさそうだね」
そこまで読んだところで、ナナリが画面をスクロールしようとする。
しかし、やはりパソコンは一切の操作を受け付けなかった。
「続きは見せてくれない、と」
「つまり、この資料を集めろって言ってるんすかね?」
「どうだろ……。ま、病室はこれで開けられるようになるし、一回調べてみればいいんじゃない?」
「よーし、コリンスファミリー一代目、張り切っていくっすよ!」
病室マスターキーを手に、二人は再び廊下へと戻った。
先ほどは開けられなかった病室を一つずつ確認していく。
長い間使われていないベッド。
乱雑に放置された医療器具。
床へ散らばった書類。
その中には、先ほどパソコンで見た患者と関係があると思われる記録も残されていた。
一つは、手術室で発生した事故についての報告書。
詳しい経緯には不明瞭な部分が多かったが、患者へ巻かれていた包帯を外そうとした直後、手術室で重大な事故が発生したらしい。
「やっぱ、この包帯になんかあるんすかね?」
「患者があれだけ外したがってなかったんでしょ? 少なくとも、ただの包帯じゃなさそう」
もう一つは、誰が送ったとも分からない匿名の通報記録だった。
そこには、この患者を担当していたらしい『V』という人物の名前があり、その人物について早急に何らかの措置を取るよう訴える内容が残されていた。
「今度はV?」
「患者だけじゃなくて、医者の方まで怪しくなってきたね」
もっとも、それぞれの資料はところどころ内容が欠けており、これだけでは何が起きたのかまでは分からない。
分かるのは、この病院で通常の病気とは思えない症例が発生し、それを巡って何らかの事故まで起きていたことだけだった。
そして探索を続けるうち、二人は別の鍵も発見する。
キーホルダーに記されていたのは――
『二階階段』
「お、唯一開かなかったのはこれっすかね」
「これで上にも行けるってことね」
必要そうな資料もいくつか集まった。
探索できる範囲も広がった。
少なくとも、この病院が何を求めているのかを確かめる手掛かりにはなりそうだった。
二階へ上がった二人を出迎えたのは、病室の並ぶ薄暗い廊下と、その一角にある三台の映写機が置かれた部屋だった。
廊下の突き当たりにある扉は開かない。
途中に並ぶ病室も、一階で手に入れたマスターキーでは開けることができなかった。
「行き止まりっすねぇ」
「じゃ、あっち調べるしかないか」
仕方なく二人は、先ほど見つけた映写機のある部屋へ戻った。
三台ともフィルムは入っていない。
しかし近くの机には、三本のフィルム缶が並べて置かれていた。
それぞれのラベルには、
〈患者記録〉
〈手術室事故報告〉
〈匿名の通報記録〉
と書かれている。
「おぉ……〈エイボン〉の中庭で野外映画会やった時、アドレーさんに映写機の使い方教えてもらっといてよかったぁ」
「そんな経験がここで役に立つとはねー」
ナナリは以前教わった手順を思い出しながら、一台目の映写機へフィルムをセットする。
少しして映写機が回り始め、壁へ光が投射された。
映し出されたのは映像ではない。
先ほど病院内で見つけたものとよく似た、資料の内容だった。
「……つまり?」
ナナリが首を傾げる。
早霧は残された二本のフィルム缶を見比べた。
「三台あるんだから、三つともつければいいんじゃない?」
「なるほど」
言われるがまま、残る二台にもフィルムをセットする。
ほどなくして三台すべてが動き出した。
三つの資料の内容が、それぞれ別の場所へ映し出される。