「これで――」
その時だった。
ガコン。
「……え?」
誰も触れていない映写機が、ひとりでに動いた。
一台。
二台。
そして三台目。
三つの光がゆっくりと同じ場所へ向かっていく。
壁に映し出されていた三つの映像が重なった。
文字が混ざり合う。
光が強くなる。
「ちょっ――」
ナナリが声を上げた瞬間、視界が真っ白に染まった。
――そして。
「はっ!?」
ナナリが目を開く。
「ん……?」
隣でも早霧が目を覚ました。
見上げた先には、白い天井。
「知らない天井っす……」
「言いたいだけでしょ、それ……」
お約束を口にするナナリを放っておき、早霧はゆっくりと身体を起こした。
そこは、夢へ入る前にいた診療所だった。
近くには件の患者と診療所の医師。
そしてもう一人、長身で落ち着いた雰囲気を纏った男性が二人の様子を見守っている。
「おはようございます、早霧。お加減はいかがですか?」
男性は起き上がった早霧へ手を差し出し、ベッドから降りるのを手伝った。
「うん。特に変な感じはしないかな」
早霧は軽く身体を動かして確かめる。
「あっしも平気っす!」
その隣では、ナナリがすでに元気よくベッドから飛び降りていた。
長身の男、〈エイボン〉で執事を務めるアドレーという男性がしゃがみこみ二人に高さを合わせる。
「では、お目覚めの所申し訳ありませんが、夢の中はどうでしたか?」
「事前調査の通りで、廃病院だったっす。ただ、調査の話に無かった謎の異象がいた、全身包帯でぐるぐる巻き。接触は一応避けてきたっす」
「なるほど、早霧はどうでしたか?」
「異象側から資料を探せっていうルールを提示された感じ。ご丁寧にカギまで置いてあった」
「なるほど、事前調査で家族が何かを探していた気がする、と言っていたのはそれのことですね。それでお二人はどう脱出を?」
「映写機があって、そこに集めた資料の内容が入ってるフィルムをセットしたら突然光って目が覚めた感じっすね。ありゃ、患者さんは寝てるっすか?」
ナナリがベッドのほうを見ると件の患者はまだ眠っている様子だった。
医者の方も睡眠状態にあると述べた。
「ふむ……あくまで仮説ですが、資料を集めた場合は条件を満たして帰還。それ以外では、患者の覚醒に伴って夢から解放される……といったところでしょうか」
「うーん、そうだとすると資料を集める意味ってなんすかね?」
「ちなみに資料の内容は覚えてらっしゃいますか?」
アドレーの問いに、ナナリと早霧は顔を見合わせた。
「覚えてるっすよ。最初のは変な症状の患者についてだったっすね」
ナナリは記憶を探るように腕を組む。
「身体が痛いとか熱いとか訴えてて、包帯をきつく巻いてた。外そうとするのも嫌がってたっす」
「うん、そうだった」
早霧も頷く。
「次が手術中の事故。患者の包帯を外そうとして、その後に何か事故が起きた」
「そうそう。で、最後がVって人を隔離しろっていう内部告発みたいな資料だったっす」
「……ん?」
早霧が眉をひそめた。
「どうしたっすか?」
「最後の資料、そんな内容だった?」
「だったっすよ?」
「いや……あたしが見たのは、Vを隔離しろっていうより、Vが危険だから監視を強化しろって感じだった気がする」
「似たようなもんじゃないっすか?」
「全然違うでしょ。隔離と監視じゃ」
「むぅ……」
アドレーは二人の会話を黙って聞いていた。
「では、手術中の事故についてはいかがでしょう」
「包帯を外した直後に患者が暴れて事故になった」
早霧が答える。
しかしナナリは首を傾げた。
「……暴れたって書いてあったっすか?」
「書いてあったでしょ?」
「あっしが覚えてるのは、包帯を外そうとしたあとに事故が起きた、までっすね。患者が暴れたとは書いてなかったような……」
「いや、あったって」
二人は揃って考え込む。
やがてアドレーが静かに口を開いた。
「なるほど。同じ資料を確認しているにもかかわらず、細部の内容が一致しない、と」
「夢なんだし、そのくらいあるんじゃないっすか?」
「もちろん、その可能性もあります」
アドレーは否定しなかった。
「しかし、お二人とも資料の大筋は覚えている。それなのに、原因や人物の立場といった重要な部分だけが僅かに違っている」
アドレーはメモを取っていた手元の記録へ視線を落とす。
「単純に夢の記憶が曖昧になったのか……。可能性としては、お二人には最初から異なる内容が見えていたのか。 あるいは、現実へ戻る際に記憶の一部が変質したのか。何らかの干渉がありえますね」
「うへぇ……」
ナナリの耳が少し伏せる。
「思ってたより面倒なやつかもしれないっすね」
「だから最初から嫌な感じしてたんだって」
早霧がため息をつく。
アドレーはそんな二人を横目に、これまでの情報を整理していった。
「いずれにせよ、今回判明したことは三つですね」
アドレーは手元の手帳へと書き込んでいく。
「第一に、夢の中には事前調査では確認されていなかった敵性と思われる共生異象が存在すること」
包帯を全身に巻いた謎の人型。
「第二に、異象側から何らかの情報収集を要求されている可能性が高いこと」
そして、まだ眠り続けている患者へ視線を向ける。
「第三に、資料を集めて映写機へ投入した直後、お二人は患者の覚醒を待たず帰還した」
「つまり、資料を集めれば帰れる?」
「その可能性は高いでしょう。しかし一度だけでは断定できません」
アドレーは静かに首を振った。
「別の資料でも同じことが起きるのか。再現性を確認する必要があります」
「じゃあ……」
早霧が露骨に嫌そうな顔をする。
その横で、ナナリの耳がぴんと立った。
「もう一回っすね!」
「やっぱそうなるのぉ……?」
いかがだったでしょうか。
以降、原作屈指のホラークエスト名もなき病院を、独自解釈と再構築でお送りします。
あのキャラクターがこのクエストに挑んだらどうなるのか、どう対応するのか、そういったことを考えながら作りました。
全5話を予定しておりますのでぜひお楽しみに!