目が覚めるとそこは見慣れた白い天井が出迎えてくれた。
「見慣れた天井っす……」
「……パロディに捻りもないわね」
目を覚ましたナナリと早霧だったが、1回目と違い、身体に妙な倦怠感を覚えた。
心地よいベットの上から動きたくなくなる程度のささやかな倦怠感だが、原因としてはやはり包帯実体に襲われたことがあるのかもしれない。
「無事に戻っていただき安心しました」
アドレーは変わらず二人のそばにいたが、安堵する様子を見せていた。
実をいうと、1回目と違い、途中二人が強くうなされるような様子もあったのでアドレーは心配していたのだ。
「って、店長、何でいるっすか!?」
「なんだい、かわいい店員が頑張って仕事をしているところを見に来ちゃいけないっての?」
「いや、来ちゃいけないとは言ってないっすけど……」
「今回、お二人が途中から強くうなされていましたので、私から店長へ連絡を入れました」
アドレーが補足する。
「最初は多少寝苦しそうにしてる程度だったんですが……」
「途中から二人揃って呼吸が乱れて、身体まで強張り始めたもんだからさ」
潯は軽い調子で言いながらも、ベッドの上の二人をじっと見る。
「で?」
「で?」
「二度目は何があった?」
早霧が深くため息を吐いた。
「……いろいろ」
「包帯ぐるぐる野郎と戦ってボコボコにされたっす」
「なんでいきなり結論から言うの!?」
「分かりやすいかなって」
「まあ、詳しく聞こうか」
そこから二人は、夢の中で起きたことを順に説明した。
一階が完全に水没していたこと。
二階まで水が溢れていたこと。
前回とは違う資料が配置されており、その内容が『V』という人物の監視記録を中心としたものだったこと。
深夜に不審な行動を取るV。
そのVを秘密裏に監視していた病院側。
そして、二〇三号室にいたという全身を包帯で覆った患者が、水設備へ繰り返し近づいていたという記録。
さらにポンプを動かして排水した直後、再び包帯の異象と遭遇した。
「それで逃げ道を間違えて……」
早霧が気まずそうに視線を逸らす。
「仕方ないから迎撃したっす」
「結果は?」
「殴れるし、吹っ飛びもするっす。ただ……」
ナナリが自分の拳を見る。
「何発ぶち込んでも傷一つ残らなかったっすね」
「鬼郎丸も食べられないって言った」
「ほう」
そこで初めて、潯の表情から僅かに笑みが消えた。
「攻撃は通る。でも、損傷しない」
「そんな感じっす」
「で、最終的には二人とも捕まって、全身を包帯でぐるぐる巻き。意識がなくなって――」
「気付いたら入口に戻されてた」
早霧が続ける。
「鍵もそのまま。ポンプで抜いた水も戻ってなかった。見つけた資料も、映写室にフィルムとして追加されてた」
アドレーが手帳へ書き込んでいく。
「つまり、包帯の異象に捕捉された場合、調査員だけが初期地点へ戻される。ただし探索状況は維持される、と」
「今回は、だと思っといたほうがいい」
早霧がすかさず付け加えた。
「次もそうなる保証はないから、捕まって試してみようなんて絶対なし」
「それでいい」
潯も即答した。
「一度助かったからって、二度目も助かると思うほど異象は親切じゃないよ」
「ほらぁ!」
「分かってるっすよ!」
ナナリが口を尖らせる。
「それより」
アドレーが二人を見る。
「資料についてはいかがでしたか? 今回は私がお伝えした通り、その場で読み合わせを行ったのでしょう?」
「あ、そうだった」
早霧が頷いた。
「全部やったよ。片方が声に出して、もう片方が同じ文章が見えてるか確認した」
「違いは?」
「なかったっす」
ナナリも即答する。
「その場では全部一致してたっすよ」
「では、念のため今もう一度確認しましょう」
アドレーはペンを構えた。
「最初の監視記録。最後には何と?」
「『実験は予定通り継続する』っす」
ナナリが答える。
一方。
早霧は何も言わなかった。
「……早霧?」
「ちょっと待って」
眉間に皺を寄せる。
「そんなこと、書いてあった?」
診療所の空気が止まった。
「え?」
「最後は……『観察を継続する』だったと思うんだけど」
「いやいやいや!」
ナナリが勢いよく起き上がる。
「そこ、ちゃんと二人で確認したじゃないっすか!」
「した。だから変なのよ」
早霧の表情が強張る。
「夢の中じゃ、あたしもナナリが読んだ内容と同じだって確認した。それは覚えてる」
「でも今は?」
潯が尋ねる。
「違う文章だったようにしか思えない」
「……あっしも、早霧が『同じ』って言ったのは覚えてるっす」
ナナリも、自分の記憶を探るように俯いた。
「だけど資料そのものは、絶対『実験』だったと思う」
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてアドレーがゆっくりと手帳を閉じた。
「これで、少なくとも一つ前進しましたね」
「というと?」
「夢の中で資料を確認している時点では、お二人の認識は一致していた」
アドレーは二人を見る。
「にもかかわらず、現実へ帰還した今、その内容が食い違っている」
「つまり」
潯が後を引き取る。
「向こうで別々の幻を見せられてた可能性は低くなった」
「はい。帰還時、あるいは夢の記憶がこちらで定着する際に、何らかの干渉を受けている可能性があります」
「……めんどくさ」
早霧が露骨に嫌そうな顔をした。
「まったくだね」
潯はそう言うと、椅子から立ち上がった。
「店長?」
「ナナリ、早霧。二人とも今回の仕事はここまで」
「え?」
ナナリの耳がぴんと立つ。
「まだ調査終わってないっすよ?」
「終わってないからだよ」
潯の声は普段と変わらず軽い。
しかし、その言葉に迷いはなかった。
「倒せない共生異象がいて、捕まれば何をされるか分からない。おまけに帰ってきた後の記憶まで信用できない」
指を折りながら数えていく。
「軽い調査で済ませていい段階は、とっくに過ぎてる」
「でも――」
「二回も潜って、十分働いたろ?」
潯はナナリの頭へ軽く手を置いた。
「ここから先は店長の仕事」
ナナリは何か言いたそうに口を開いたが、結局閉じる。
早霧の方は、むしろ少しだけ安心したように息を吐いていた。
「アドレー」
「はい」
「お宝ちゃんにも今回の記録を回しといて。次は外から状態を見てもらう」
「承知しました」
「それと――」
潯は少しだけ考えるように目を細めた。
「一人、借りたいのがいる」
アドレーの手が止まる。
「……まさか」
「そのまさか。 異象を見抜く人間だけじゃ足りないなら――」
潯は楽しそうに口元を上げた。
「今度は、幻を見せる側の人間にも付き合ってもらおうじゃないか」
第二話、いかがでしたでしょうか。
ナナリと早霧の活躍、でも危険な目に合ってしまい、潯も合流することになりました。
ただ、もう一人、誰かが今回の依頼に加わるようです。
さて、この先はどうなっていくのか、どうぞお楽しみください。