異伝ー名もなき病院ー   作:Kataparuto

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第三話 夢は名を欲しがる ②

「ここからが、今回貴女へ協力をお願いした主な理由です」

「ここまで聞かせて私を呼んだということは――記憶か認識の話でしょう?」

「お察しの通りです」

 

 アドレーが頷いた。

 

「第一回調査後、ナナリと早霧の証言には複数の食い違いが確認されました」

「どの程度?」

「病院内で起こったことそのものは一致しています、ただ脱出に必要だった資料の内容に関することがその意味を左右する部分が異なっていました」

 

 Vに対して求められていた措置は、隔離だったのか、監視強化だったのか。

 手術室の事故では、患者が暴れたと記録されていたのか。

 同じ資料を見ていた二人の記憶が、一部だけ異なっている。

 

「そこで二回目は、資料を見つけるたびにその場で読み合わせをさせました」

「夢の中じゃ全部同じだったっす」

 

 ナナリが口を挟んだ。

 

「片方が読み上げて、もう片方が文章を見ながら確認したっす。少なくともその場では二人とも同じものだったっす」

「でも……」

 

 早霧が続ける。

 

「帰ってきたら変わってた、ナナリが何を読んでるのかも、文章と内容が一致していることも覚えてた、けど――」

「資料そのものを思い出すと内容が違う……と」

 

 早霧の言葉を残虹が引き継いだ

 

「なるほど……」

 

 残虹は少し黙った。

 先ほどまでの軽薄な笑みが一瞬だけ薄れる。

 だがすぐにまた笑った。

 

「面白いわね。 夢の中で別々の幻を見させられていたわけじゃない。 少なくとも、あなたたち自身はそう認識している。 つまり、記憶への干渉は夢から現実へ帰還する過程で行われてる可能性があるってことね」

 

「そうです」

 

 アドレーが残虹の言葉に頷いて同意した。

 

「それで、“幻を見せる側”の私を呼んだわけ?」

「そういうこと」

 

 潯が言った。

 

「うちの連中だけじゃ分からないから、うってつけの専門家にも意見を聞こうと思ってね」

「私は高いわよ?」

「今は無料奉仕キャンペーン中だろ?」

「酷い言い方」

 

 二人が笑う。

 親しいやり取りというわけではないが、わかってやっている一種のじゃれあいだった。

 だが、そこで鑑定士が口を開いた。

 

「待ってください、店長。なら私が中に入った方がいいんじゃないですか?私なら異象の奇点を見つけられます。 こいつの力を借りなくたって……」

「駄目だ」

 

 潯は即答した。

 予想していなかったのか鑑定士がわずかに目を瞬かせるが、すぐに食い下がる。

 

「どうしてですか? 異象そのものの状態を確認したほうが――」

「だからこそ、あんたは外」

 

 潯の声から、先ほどまでの軽さが少しだけ消えていた。

 じっと鑑定士を見つめ返す。

 

「あの病院に入った人間の記憶が信用できないんだ。 ナナリと早霧はもう二回入っている。 次はあたしと、この性悪女」

「あら」

 

 残虹が楽しそうに割り込むが、潯はそのまま続ける。

 

「あんたが潜ってしまえば何が変わったのか比較する人間がいなくなる。この性悪女が外にいたとしてもまともに答えないかもしれない。当事者にしちまった方がマシだ」

「あらひどい」

 

 潯は鑑定士を見る。

 

「お宝は病院を見ない側として、あたしたちが戻ってきたときに“何が変わったか”を見てほしいんだ。待たせる側は初めてだがこれも仕事だよ」

 

 潯の言葉にしばらく鑑定士は黙っていたが、やがて頷いた。

 

「分かりました」

 

 その短い答えに満足したのか潯も頷き返した。

 残虹がその会話を聞きながら愉快そうに笑う。

 

「私の時はあんなに大胆だったのに、妙に慎重じゃない?」

「あんたたちのお陰さ。気を付けるに越したことはない」

「それはそれは……」

「ま、あたし自身もあんたに力を借りる時点で、慎重もなにもないと思ってるけどね」

 

 残虹は楽しそうに笑った。

 

「世も末ね。 さて、探索と記憶の問題ならもっと適任がいると思うけど、あえて私を選んだ理由、まだあるのでしょう? 執事さん?」

 

 残虹からの指名にアドレーは潯へ伺いを立てる。

 潯は頷き返し続けるよう促した。

 

「はい、今回貴女を指名した理由には、戦闘面での事情もあります。実をいうと、廃病院内には正体不明の共生異象が存在します」

「へぇ」

「全身を包帯で覆われた人型異象です。ナナリ、早霧との交戦記録によれば、攻撃そのものは通るようですが、与えた損傷が残りません。また、二人を捕縛し意識を失わせたことも確認されています」

 

 アドレーは一度言葉を区切った。

 

「そのため、探索や検査に特化した異能者だけでの突入は危険だと判断しました。撃破までは求めません。しかし、遭遇した際に自力で離脱する、あるいは時間を稼げる程度の戦闘能力は必要です」

「それで私に白羽の矢が立った、と?」

「はい。認識への干渉を調べるという本来の目的と併せて考えれば、貴女が適任だと判断しました」

 

 残虹とアドレーの話が包帯実体へ移った瞬間、ナナリの耳がわずかに伏せた。

 その隣では、早霧も膝の上に置いた手を僅かに握り締めている。

 

「つまり、おちびちゃん二人は捕まったと」

 

 見えていないはずの残虹は、にたりと笑いながらナナリと早霧のいる方へ顔を向けた。

 

「っ……ぐぬぬ!」

 

 ナナリの伏せていた耳が、一転してぴんと立つ。

 

「どうどう。拘束されてる相手に噛みつくのは、ファミリーのボスとして三下もいいとこだよ」

 

 残虹の挑発に今にも飛びかかりそうになるナナリを、隣にいた鑑定士がどうにか押さえ込んだ。

 

「ただ、捕縛した後が特殊でして……。 二人は病院の入口へ戻されました。所持していた鍵や情報はそのまま、二階で排水後の交戦でしたが排水状態は維持されています。結果だけを見れば、お二人は入口へ戻された形になります」

「探索者を初期位置へ戻した?それだけ?」

「はい、少なくともこの一回に限っては」

 

 残虹がアドレーの答えに沈黙する。

 やがてポツリとつぶやいた。

 

「本当に親切ね」

 

 先ほどと同じ言葉を今度は少し違う調子で口にした。

 そして体重を背もたれに預け尊大な態度を作る。

 手錠をしている手を前へ出し一つずつ指を立てていく。

 

 一本目

「資料を探すために道を用意する」

 

 二本目。

「障害物は解法を用意する」

 

 三本目。

「追い掛け回す化け物はいるけれど、捕まっても探索の成果までは取り上げない」

 

 四本目。

「資料を三つ見つけた探索者は現実へ帰れる」

 

 部屋が静まり返った。

 残虹が小さく首を傾げる。

 

「ねぇ」

「なんだい?」

 

 潯が応じる。

 

「あなたたち、脱出するために使う映写機は、脱出装置、だと思っているでしょう?」

「今のところはね」

「でも、それって」

 

 残虹の口元が、にんまりとゆがんだ。

 

「“あなたたちにとっては”……じゃない?」

 

 ナナリが先ほど煽られたお返しとばかりに声を荒げる。

 

「どういう意味っすか!?」

「そのままよ」

 

 ナナリの怒りをいなして残虹は続けた。

 

「映写機を使えば、貴方たちは帰れる」

 

 ちり、と三度手錠が鳴る。

 

「じゃあ――」

 

 目隠しの向こうにある瞳は見えない。

 それでも、その下で残虹がひどく楽しそうに、口元通りに笑っていることだけは分かった。

 

「病院にとって、あの映写機は何をするための物なのかしらね?」

 

 

 




第三話いかがだったでしょうか

予想外の起用として残虹が登場させてみました。

屈指のホラー回と、NTE第一部ともいえるスカーレットレター編でのヴィラン。

プレイアブル化しても素直に仲間というわけでもないこのポジション。

この後の話も、どうぞお楽しみに!
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