独占欲の強い幼馴染と恋人になった俺は、規則でがんじがらめの現代ダンジョンで成果を出して成り上がる。頭脳労働は任せたぞ ~双星の攻略者~ 作:グラシアS
100年前、世界中にダンジョンと呼ばれる場所が、突如として出現した。
各国の首都に一つ出現したそのダンジョンにはあらゆる資源が存在する。
食料や鉱石、材木などはもちろん、当時の科学では考えられなかった超常的な物質。
そして、闊歩する魔物たち……かなりの危険があるとされる場所だった。
出現した当初は、突入した軍隊が壊滅することさえ珍しくなかったという。
だが、人々は、恐怖に屈しなかった。
ダンジョンには無限の資源と、この世界の未知が存在する。
それらが人々を魅了する限り、人は探索をやめることはない。
そんなダンジョンで探索する者たちのことを人々は――
冒険者と呼んだ。
「日本にダンジョンが出現してから100年が経過してんのか。
やっぱりダンジョンの話はワクワクするなぁ」
俺――
見ていたのは、今や世界経済の中心ともいうべき、ダンジョン産業の歴史が記された教科書。
そこにはダンジョン探索の大まかな経緯や、歴史的に有名な冒険者の名前が記されている。
「俺の父ちゃんと母ちゃんもすげぇ冒険者だったんだよな。
だったら、俺も冒険者にならねぇとな」
俺の両親は、冒険者だったんだ。
しかも、Aランクの冒険者で、まだ分からないことの方が多い深層と呼ばれるエリアを担当していた冒険者の筆頭。
だから……俺も将来は必ず、両親のような――いや、
両親をも超える冒険者となる。
「うぉぉぉ!! やるぞぉ!!!
俺はSランクの冒険者になってやる!!」
近くからため息が聞こえた。
何度も、何度も、聞いたため息が。
俺が振り返るとそこには一人の少女が、机の上に座って脚を遊ばせていた。
魔法学をかなり高い水準まで修めたことで変色した青い髪に、赤い瞳。
そして、鋭い目つきが特徴的な女子。
彼女の名前は
俺の幼馴染である。
「はぁ、呆れた。
体術学は平均程度で、魔法学は平均以下……兵器学に至っては最下位よ?
そんなんでどうやって、アタシの兄と同じSランクになるっていうのよ」
うっ、幼馴染に痛いところを突かれた。
確かに彼女の言う通り……魔法学はかなり時間をかけて勉強することでようやく赤点を逃れているだけだし、兵器学に至っては、昨日の授業で兵器の組み立てにも失敗している。
だからといって、解決策も思いつかない。
遊ぶ時間も削って、可能な限り勉強している。
それでも分からない問題は多いし、魔法を使うこともうまくいかない。
澪の言葉に釣られるように、周囲の同級生も俺を笑い始める。
俺の成績が悪いのは事実なので、笑われるのは仕方ないんだが……
やっぱり悔しいものは、悔しい。
俺は――どうすればいいんだ?
近くから大きな笑い声が聞こえてくる。
笑い声の方を見ると、一人の同級生が俺を指さして笑っていた。
彼の名前は
このクラスでガキ大将みたいなことをしている奴だ。
「それだけじゃねぇよ。
お前の両親は確かにAランクだったらしいが、
今では元Aランクの
笑えるよなぁ……お前も不帰になるんじゃねぇのか?」
反射的に体が震える。
全身が熱くなり、涙まで零れてきている。
なんで、こんなにも情けない気持ちになるのか。
不帰……言葉的には死んだ人間を指すが、今ではその意味は変わってきている。
ダンジョンに入り、その魅力に取りつかれた結果、地上に戻ろうとしなくなった人間を不帰と呼んでいるのだ。
ダンジョンの全ては国家の所有物で、中に住み着くことは禁止されている。
そもそも、いつ魔物に殺されるか分からない場所で暮らすなんて、まともじゃない。
俺の両親はある日、俺たちに置き手紙だけを残して消える。
その置き手紙にはこう書いてあった。
『貴方たちを残して消える我々を許してください。
我々はもう……あれなしでは生きていけないのです』
それからだ……俺がダンジョンを目指すようになったのは――
必ず両親を見つけて、思いっきりぶん殴るためだ。
でも、現実はどうだ?
俺は……あの頃から何も変われてない。
「はっ、泣いてやがるぜ!!
お前みたいな弱虫がダンジョンを目指すこと自体が大罪なんだよ!!」
虐が勢いよく駆け出し、その拳を振りかぶった。
殴られる――!?
そう思った瞬間、澪が間に立ちふさがり、虐の拳を平然と受け止めた。
澪が……俺を庇ったのか?
そんな疑問を茫然と抱く俺をよそに、彼女は奴の額にデコピンを食らわせた。
「ライン越えよ。
言って良いことと、悪いことの区別も付けられないのなら、その口を縫い合わせることね」
俺を馬鹿にしてきた虐は、ガキ大将のような存在だった。
中学生にもなって馬鹿らしいとも思うが、それでも彼の声の大きさと、腕っぷしの強さは健在だ。
それをデコピン一発で静める彼女の背中。
それはどんな凄腕の冒険者よりも、かっこよく見えた。
澪は振り返り、俺の顔を凝視する。
彼女は俺をイジめた同級生ではなく、俺に対して怒っているように見えた。
「アンタもいい加減諦めたらどう?
人には向き、不向きがある。
必死にできない科目を取り繕ったところで、いいとこ平均で終わる。
なら、答えは単純――
何もしなくても、平均の力がある体術学に全力投球しなさい。
アンタが冒険者になれる可能性があるとすれば、そこで規格外になることくらいでしょうよ」
俺はその時、目を覚ました気分になった。
確かに彼女の言う通り、精一杯の努力をして、全て平均で終わらせるくらいなら、得意な分野を極端に伸ばしたほうが、まだ可能性はある……かも知れない。
幼馴染である澪が言うのなら、これまでの経験上、そうした道が本当にあるはずだ。
なら、後は俺自身が調べるだけ。
俺はその日、学校の情報室と呼ばれるパソコンのある部屋を借りて、情報収集を行う。
ダンジョン専攻の高校への進学方法を調べる。
すると、本当にあった。
通常の進学ルートとは異なる特待生のルートが……。
このルートは通常とは違って、ダンジョン科目の中で自己申請した一つだけが試される。
ここで極端に飛びぬけた成績を叩きだすことができれば、俺の道は開かれるのだ。
「そうと決まれば、話は早い!
まずは希望の高校に入学するぞ!!」
情報室を飛び出し、体術学の練習ができる体育館へと向かう。
思い立ったが吉日だ。
その道中、魔法学の教室から音がする。
気になって覗いてみると、そこには幼馴染である澪の姿があった。
「はぁ、はぁ、こんなんじゃダメだ!
こんなんじゃ……兄のようにはなれないっ!!」
知らなかった。
澪の奴は何でもできる天才だと勝手に思っていたから。
それはたぶん合っている。
天才ではあるのだろう。
でも、天才が血の滲むような努力をしていないとは限らない。
必死になって兄に追いつこうとする後ろ姿は、相変わらずとても魅力的に見えた。
――俺も負けていられない。
それから数か月。
俺はこれまで魔法学や兵器学に充てていた時間の全てを、体術学に注ぎ込み続けた。
全ては冒険者となるため……澪と同じ学校に進学するためでもある。
そんなことを続けていれば、そのことを良く思わない奴もいた。
以前、両親のことを笑ってきた虐の奴だ。
「おいおいおい、随分と必死に練習しているな。
魔法学も、兵器学も、ダメダメな分際でよ!」
「……何の用だ?」
俺が警戒心をむき出しに、奴のことを睨みつけると、途端に魔法弾が飛んできた。
こんなところで、魔法を使ってきた!?
俺は反射的にその魔法弾を回避して、虐の奴を睨みつける。
こいつ……何を考えてるんだ?
「おい、避けるなよ」
「避けるに決まってんだろ!
何を考えてんだ!?」
「あ? 何を?」
奴はまたもや魔法弾を放ってくる。
回避しようかと思ったが、俺の背後にはこの体育館に飾られている貴重な展示品がある。
この展示品を壊させるわけにはいかねぇ。
俺は魔法弾を殴りつけて弾き飛ばした。
「いやね。分不相応だと思わねぇか?
成績は下から数えたほうが早い上に、両親が不帰だ。
そんな身分のくせに、あの
到底、認められねぇな。
あの女を所有するのはこの俺だ」
その言葉に我を忘れてカッとなりそうになる。
だが、どうにか抑え込む。
ここで感情のまま奴を攻撃すれば、デコピン程度では済ませられない。
間違いなく出席停止処分を食らうことになる。
そうなれば、俺はもうダンジョンの夢も、澪の背中を見ることも叶わなくなるだろう。
彼女も常々言っていた。
勝算もないのに、行動を起こすのは勇気ではない。
ただの蛮勇だと……俺は、澪を尊敬している。
だからこそ、彼女が見限る行動は絶対にしない。
俺は展示品を守りながら、奴の攻撃を受け続けた。
やがて、疲労から地面に膝を付いてしまう。
その光景に満足したのか、奴は歪に笑った。
「澪と共にあの高校に行くのは俺だ。
無能は無能らしく、落第しろ」
そう言って奴は満足げに帰っていった。
俺は両腕にいくつもの傷を負い、そのまま保健室へと直行する。
これは明らかにライン越えだ。
先生に言えば、どうにかしてくれるはず。
そう思ったのだが、俺の考えは容易く打ち砕かれた。
虐がイジめているのは、俺だけではない。
そんな暴挙がどうして許されているのか……不思議ではあったが、教師から語られた言葉で理解する。
奴の父親は、この学校の理事長なのだ。
だからこそ、誰もが奴の暴行を止められない。
体育館で魔法の発動ができたのも、感知するシステムの電源を、奴が切っていたのが原因だった。
なら、俺は自分で身を守るしかない。
その日から俺は一人で訓練を行う時、カメラを付けるようにした。
訓練中の自分の様子を撮影するのなら、後で動きを見返すためという言い訳もできるし、奴が暴力を振るってきたのなら証拠にもできる。
報復したいという感情がないわけではない。
だが、そんな足踏みをしている時間なんかなかった。
その間にも、澪は先に進んでいる。
絶対に置いて行かれたくない。
やがて、運命の日が訪れた。
そう、高校の特別入試の日だ。
「ふぅ、緊張するな」
特別入試も、五教科の筆記試験はある。
だが、重要なのはそこじゃない。
この試験において、もっとも大切なのは実技だ。
そこでとびぬけた力を示せなければ、まず合格することなんかできない。
落ちてしまえば、既に通常の試験で合格している澪に置いていかれることになる。
絶対に落ちるわけにはいかない。
それに――
「お前には個人的に思うこともあるしな」
実技のうち、最初のテスト……それは、個人戦だった。
受験者同士が一対一で戦い、弱いほうが脱落する試験。
そんな試験の相手が、平等虐の奴だった。
「あ? 個人戦の相手はお前か。
こりゃいい。俺の合格と、お前の不合格。
どっちの目的も一度に果たせるってもんだ」
見ただけで分かった。
奴は俺を完全に侮っている。
視線こそ、こちらに向いているが、その意識は別のところを見ている。
一体なにを……?
そう思ったとき、近くから歓声が聞こえてくる。
虐の奴を称賛するような歓声が。
声がした方を見ると、奴の取り巻きたちの姿があった。
ここは試験会場だぞ……どうして奴らがここにいる。
「知らなかったか?
この試験だけは、事前申請すれば見学できるんだよ。
俺の取り巻きたちはもちろん、澪まで見学に来ているようだ」
俺は反射的に周囲を見る。
すると、本当に澪の姿があった。
彼女は真っすぐ俺を見つめている。
なら、ここでみっともない姿を見せるわけにはいかない。
「平等さまぁあああああ、そんな奴やっちゃってぇえええ!!!」
意識を目の前に集中させる。
奴の取り巻きたちの声が意識に届かなくなるほどに。
審判の手が振り下ろされたら、この戦いは始まる。
「さぁ、一瞬だ!
進……テメェはこれで終わりだ!!」
審判の手が振り下ろされた。
瞬間――
奴の頭が床へと叩きつけられる。
なんてことはない。
一歩踏み込んで、奴の顔面をめがけて拳を振るっただけだ。
「……終わった?」
虐の方を見ると、彼は白目をむいて完全に意識を失っていた。
奴の取り巻きたちも、言葉を失い茫然としている。
「……終わりましたね。
勝者、
そのコールと共に虐の奴が意識を取り戻したのか、俺の方を見ている。
何かをしてくるつもりなのか……そう警戒していると、奴は体を震わせ始めた。
「ひぃ、ひぃいぃぃぃ、ば、化物だぁぁぁあああ!!!」
奴は唐突に叫びながら、どこかへと走っていく。
制止する試験官たちの言葉も無視して、どこかへと走り去ってしまった。
「よくやったわね。
さすがはアタシの幼馴染よ。
この調子なら、アンタはこの試験に必ず合格できる。
頑張りなさい」
「おう!」
全身が喜びで満ち溢れる。
あの日、澪の言葉を信じて体術学に全てを懸けた。
俺の選択は、間違っていなかった。
その後も筆記試験と実技試験は続いた。
筆記では相変わらず苦戦したが、体術学の実技では、誰にも負けなかった。
そして数日後――
『特別入試・合格』
端末に表示された文字を見て、俺は思わず拳を握り締めた。
「よっしゃあああああ!!」
希望していた高校への入学。
澪に置いていかれないための道。
そして、いつか不帰となった両親を見つけ出すための道。
ようやく俺は、冒険者になるための最初の一歩を踏み出した。
この時の俺は、まだ澪の背中を追いかけるだけだった。
数年後――今度は彼女が、前へ進めなくなる日が来るとも知らずに。