またオリジナルの新キャラが登場します。物語の序盤ということでお許しください
ジムチャレンジが始まって一日。私はノクスとともにエンジンシティを抜け、最初のジムがあるターフタウンへと続く道を歩いていた。
昨日までの私は、ジムチャレンジというものを少し大きめのイベントだと考えていた
だが───
「…………意外と遠いんだねぇ、ターフタウンまでって……」
「ラァン……」
少し考えれば分かることだったのだ。ガラル全体を使ったイベントが、そんな簡単なものではないことなど。
私もノクスも、バトルの経験がなかったわけではない。家にある練習用のコートでは、よくユウリさんにトレーニングをしてもらっていた。いつもほわんほわん笑っていてバトルとは無縁そうな感じだが、彼女もマサルさんと同じ年にジムチャレンジを勝ち抜き、チャンピオンカップまで上り詰めたとんでもない人なのだ。
さらに忙しいはずのマサルさんやダンデさん、研究職のはずのホップさんまで練習に付き合ってくれていたため、私とノクスはどんどん戦闘の経験を積むことができた。だからこそ、普段はのんびり生活しているとはいえ、かなり進化が遅いヒトモシだったノクスもランプラーに進化できたのだ。
だから私は、旅に出てもバトルはなんとかなるだろうと思っていた。多分ノクスも同じ考えだっただろう。実際、エンジンシティを出てすぐは特に苦戦することもなく順調に進むことができた。
問題は、その戦闘の回数だった。
道々に佇むトレーナー。草むらや森から
「ラァンラ……」
「……うん、私も疲れた……今日はこのへんにして、キャンプできそうなとこ探そうか?」
「……! ララァン!」
ぐったりしていたノクスが、ぱっと顔を輝かせる。その顔を見て私も少し元気をもらい、もう少しだけ歩こうと考えたその時。
近くの草むらでがさがさと音がし、次の瞬間一匹のポケモンがその中から飛び出してきた。
茶色い体と切った前髪のような黒いたてがみ。まだ幼さを感じさせる小柄さなのに、体つきはがっしりしている。うさぎうまポケモンのドロバンコだ。太い脚で地面を掻き、縄張りに入ってしまった私達を敵意のこもった目で睨みつけてくる。
「……ごめんノクス、もう一回だけお願い! 戦闘用意!」
「ラァンッ!」
弱まっていた炎を再び燃え上がらせ、ノクスが浮き上がる。だがその輝きはかなり鈍り、きれいな青紫が
「ノクス、おにび!」
私の呼び声に応え、ノクスの両腕から
「ヒィィィンッ!」
ドロバンコが苦しげにいななき、振り上げた前脚で地面を踏みしめた。茶色の毛並みに覆われた体が、金属のような光沢を得る。
「てっぺき……! なら関係ない! ノクスっ!」
「ラァンプッ!」
私が技名を言うよりも早くノクスが動いていた。影のようなオーラをまとい、体をくるりと一回転させる。同時に、ドロバンコにまとわりついていた火の玉が
「ふぅっ……お疲れ様、ノクス。ありがとね」
「……ルゥ……」
「わわっ、ちょっとノクス、落ちちゃうよ」
力が抜けたようにふらふらと地面に落ちていくノクスを慌てて捕まえ、胸の前で抱きかかえる。そこまで攻撃は食らっていないはずだが、やはり連戦で参っているらしい。モンスターボールで休ませてあげたいが、なぜかノクスは昔からボールにあまり入りたがらない。私の隣でふよふよ浮いているのが好きらしいのだ。ノクスのずっしりとした重みを感じつつ、早くキャンプ地を見つけようと、私は暗くなり始めた道を急ぎ足で歩き出した。
───
幸いそれ以降の戦闘もなく、しばらく歩いているうちにノクスもまた隣に浮き始めた。太陽が地平線に沈み、星が瞬き始めた頃、ようやく道から少し離れたところに広めの空き地を見つけることができた。
もっとも、
「………………なに、この臭い」
「……ルウゥ……」
何かが焦げたような、なんだかよく分からない臭いのおまけつきではあったが。
「……野生のポケモン、じゃないよね。どっちかっていうと……」
私がそこまで言ったところで、空き地の奥の方から声が聞こえてきた。
「──────だーかーらー、ごめんって言ってるじゃん。あたしもあたしがこんな料理下手だと思わなかったんだよ!」
女の子の声だった。よく通るが、うるさく感じるような声ではない。
「……行ってみよっか」
短く返事をするノクスを連れ、声のする方へ歩く。近づくにつれ臭いはどんどん強くなり、ポケモンの何かに抗議するような声も聞こえてきた。
やがて、木々の陰に揺れる炎が見えた。焚き火には異臭の源らしき鍋がかかり、それを囲むように金髪の女の子一人とポケモン達が口論している。
「……だーもううるさい! あたしは伸びしろしかない天才女子なんですー! そんな文句言うならもうご飯あげない!」
「………………あの」
迷った末に声をかけると、女の子が勢いよく振り向いた。炎の光を反射して、金色の髪がきらきらと光る。
「あ! ごめん、うるさかった!? 邪魔だよね、すぐ片付けるから!」
「……いや、うるさいってわけじゃないんだけど……」
「ありゃ、そう? てっきり『ここ泊まるから静かにしろよ』って言いに来たのかと思ったけど。ごめんねー、こんな変な臭いするとこで良ければいくらでも使ってほしいんだけど……」
そう言って、さっきまでくるくる動いていた金色の瞳を伏せる女の子。その様子がなんだかかわいらしくて、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、私は別にうるさくてもいいんだけど……よければ、お料理のお手伝いしたいと思って」
「マジ!?」
途端、伏せていた目を子供のように輝かせる。その様子がおかしくてまた笑いそうになるのを必死にこらえる。
「君、料理できるクチ!?」
「ま、まぁ……人並みには。ユ……知り合いがすごく料理上手で、色々教わってたんだ」
包丁の握り方から丁寧に教えてくれたユウリさんの顔を思い出しながら答える。まだ家を出て何日かしか経っていないのに、もう懐かしさを感じる気がする。
なんとなく夜空に視線を逃がしている間、女の子はうんうん唸っていた。
「うーん、提案はすっごく嬉しいんだけど……あたしからお礼もなんもなしに作ってもらうのもなぁ……」
「そ、そんなのいらないよ。ただ……さすがにあなたもポケモン達もあれを食べるのは……」
そう言って向けた視線の先には、いまだ焦げ臭い煙を立ち上らせる鍋と、その近くでどんよりしたオーラを浮かべる、ガラルでは見たことのないポケモン達がいた。
「あっはは……いやー、ギリ食えはするんだけどねー……よかったら一口どう?」
「ありがとう、遠慮しとくね」
にこやかに断る私をむっと頬を膨らませて睨んでから、女の子は少し考え込む素振りを見せ、パチンと指を鳴らす。
「あ、そうだ! じゃあこうしよう。もう暗いし、君もここに泊まるんでしょ? でも今からテント張るのも大変だろうしさ。ご飯作ってくれる代わりに、あたしのテント使っていいよ。あたしと一緒に寝ることになるけど」
「え、それは……ありがたいけど、ほんとにいいの? 二人も入ったら狭いんじゃ……」
「大丈夫! あたしのテント、四人は余裕で入れるやつだから!」
そう言ってブイサインを決める女の子を見て、そういうことならと私も納得する。
「よし、じゃあ決まりだね! ……あ、そういえばあたしの名前まだ言ってなかった!」
ブイサインをしていた手を広げ、私の方に差し出してくる。
「あたしキララ! よろしくね!」
よく焼けた健康的な色の手を、私もおずおずと握る。
「えっと……私、マオ。こちらこそ、よろしくね」
そう自己紹介する私に、女の子───キララは輝くような笑みを見せた。
───
「いやー、食った食った! 最高!」
芝生の上に大の字になり、お腹をぽんぽんと叩きながら満足げにそう言うキララ。ノクスやキララの手持ちポケモン達も、同じようにくつろいでいる。
「マオ、料理上手なんだねぇ。ママの料理でも、この子達がこんな嬉しそうな顔してんの見たことないよ」
フイフイという名前らしい、すでに寝息を立てているアローラキュウコンの白い毛並みを撫でながらキララが話す。その声を聞きながら、私はがしょがしょと鍋を洗って答える。
「そ、そこまでは言いすぎだよ。私なんてまだまだ練習中だし……」
「マオの腕で練習中なら、教えてくれた人どうなっちゃうのよ」
鍋を洗い終わった私が戻るのに合わせて、キララは体を起こして腕を組んだ。さっきまでの、私より二つ年上とは思えなかった緩みきった顔を引き締め、何か考えている。
「うーん、こんな美味しいご飯もらっといて、テントだけってのもなんか申し訳なくなってくるなぁ……他になんかあげられるもの……」
「ほんとにいいってば、料理好きだからやってるだけだし」
「あたしのコケンに関わるんです! ……あ、そうだ! ちょっと待ってて」
そう言ってキララはテントの中に入っていき、丸っこいものを一つ抱えて戻ってきた。
白地に緑色の水玉模様がある、少し縦長の物体。ポケモンのタマゴだ。慎重にそれを運び、ぽかんと見つめる私の前に置く。
「この子、マオにあげる」
「………………え、えぇ!?」
まさか料理させるつもりかと身を引いているところでいきなり出てきた提案に、思考が少し停止してしまう。慌てて両手と首を振って全力で拒否する。
「い、いらない、そんなもの受け取れないよ! 私、タマゴを
「でもマオ、ジムチャレンジやってるんでしょ? この先ノクスだけじゃきついだろうし、遅かれ早かれポケモンゲットしてくわけだしさ。他地方での孵化観察用に持ってきたけど、マオにだったらあげたいと思って」
「なおさら受け取れないんですけど!? そんな大事なもの、たかだか一回料理作っただけの私に……」
故郷ではブリーダーをしているらしいキララが、わざわざガラルまで持ってきたのだ。私が想像するよりずっと大切なものだろう。
「ご飯のお礼だけじゃないよ。マオならいいかなって、あたしが思ったの」
だがキララは引かなかった。さっきまでとは違う真剣な、けれどとても優しい目でタマゴを見つめ、ゆっくりと殻を撫でる。
「…………なんで……」
「……あたしだって、大事なタマゴをその辺の人にほいほいあげたりしないよ。こんなんでもあたし、ブリーダーだからさ。ポケモンとか人とか、見極めるのはちょっと自信あるのよ」
そこで言葉を区切り、今度は私と地べたで寝そべるノクスを交互に見る。
「見てるとすごくよく分かるよ。マオとノクスは、とっても強い絆で結ばれてるって。ヒトモシとかランプラーって、図鑑だと人の命を吸いに来るようなポケモンって書いてるのにさ。きっとマオが心を込めてノクスと向き合ってきた結果だよ。そんな子に、あたしはこの子を託したい。真剣に向き合ってくれるって、確信できるから。どう?」
あまりにもまっすぐな目で見つめられ、私は確信した。この子はもう、何を言っても引き下がる気はないのだろうと。
「…………ほんとに、私でいいの?」
「マオがいいの」
間髪入れずに返されてしまい、ぽりぽりと頬を掻く。
ふと隣から温もりを感じてそちらを見ると、寝ていたはずのノクスがいつの間にか浮き上がり、タマゴの方をじっと見つめていた。
「……ノクスは、いい?」
「………………ルゥ」
長考の末、短く答えてノクスはまた寝てしまった。何と言っているのかは分からない。それでも、認めてくれたのだろうということだけは察することができた。
「……分かった。私でよければ、預かるよ」
「ほんと!?」
「うん。ちゃんと……大切にするから」
「うおー、やった! ありがとう! ……あ、でも一つだけ条件!」
突然目の前に指を突きつけられ、思わずのけぞってしまう。
「じ……条件?」
「そう! タマゴが孵ったら、絶対あたしにも見せること! これを飲んでくれるなら、この子を託すよ」
「……ふふっ」
条件と言われて身構えたところに、自分が考えていたのと全く同じことを言われて思わず笑ってしまう。
「え、なんで笑うの?」
「ううん……もっと難しい条件だと思ってたから」
ぽかんと口を開けるキララに微笑みかけ、タマゴをそっと抱きかかえる。殻越しでは伝わるはずのない、とくん、とくんという脈動を感じた気がした。
「もちろん。孵ったら、真っ先にキララに教えるよ」
「……うん! 約束ね! じゃあ管理の仕方なんだけど──────」
嬉しそうに身を乗り出してくるキララの声を聞きながら、私は腕の中のタマゴにもう一度目を向けた。
まだ名前も、声も、そもそもどんなポケモンなのかすら分からない。
それでも、この中から生まれてくる子と旅をする未来を、とても楽しみにしている私がいた。
いかがでしたでしょうか
第一話、第二話と続き、どれも展開が速すぎるような気もしますが、すべて私の文章力の至らなさのせいです。もうちょっと細部にこだわりたいというのが本音ではありますが…まだまだ練習が必要ですね