何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
2次選考【トリオ・アンサンブル審査】の過酷な選考が明け、3次選考【ソロ・セルフプロデュース審査】の会場となる『ルナ・ホール』。そこに集った通過者【9名】の中に、小日向未来の姿はなかった。現在未来は教室で荷物を纏めていた。
「やっぱり悔しかったなぁ……」
──昨夜の合格発表……画面に表示された「通過者9名」のリストの中に、自分の名前がないことを確認した時、未来の胸を満たしたのは悔しさではなく、澄み渡るような晴れやかさだった。
(私は、全力を出した。響と一緒に、自分の声で精一杯歌った……だからこそ、分かったんだ)
響の歌声は、世界中の誰の心にも届く太陽の光。そして自分に必要なのは、マイクを持ってその隣で競い合うことではない。いや、競い合い
(響……私の声は、あなたの背中を押すためにあったんだよ。……だからここからは1人のファンとして、響の親友として、あなたの歌を見届けるね)
未来は観客席の最前列に深く腰掛け、ステージ中央を見つめていた……そんな時だった。
ピピピピピ
「こんな時に着信……? 相手は……え?」
未来はディスプレイに表示された発信者の名前に驚いた。その人物が連絡してきた事
「えっと……このタイミングで連絡なんて珍しいですね鏡香さん」
着信の相手は立花鏡香……先日対面してきた相手が用件を伝え損ねるとは思えない。つまりコレは彼女には意図がある連絡なのは明白だ。
『選考の結果は見たよ……残念だったね。でも未来の姿は立派だった……誇って良いよ』
「慰めてくれるんですか? ありがとうございます……でも何故今なんですか?」
『未来に頼みがあるの。この曲を習得して欲しい……それも最終選考の翌日までに』
端末にデータを添付したメッセージが届く。
「あの……鏡香さん。このデータ……」
『未来に頼みたい……響を1番支えた未来だからこそ、その歌は未来に歌って欲しい』
「私に出来ますか……?」
『私は未来なら成し遂げると信じてる。だから……頼める?』
「…………わかりました。やれる限りやってみます!」
『ありがとうね未来。じゃあ……お願いね』
鏡香はそれを告げて通話を終える。
「響……私は……私達は貴女にこの歌を贈りたい。だから……次の選考も突破してね」
未来は親友を信じる。その為に彼女は響を支える
◆◆◆
そして開幕した、3次選考【ソロ・セルフプロデュース審査】当日……1人の少女が校庭を出ようとした時だった。
「選考通過おめでとう響ちゃん……」
「青崎先輩……ですね。ありがとうございます。その……何だかすみませんね……こんな時なので不安で……」
声をかけて来た相手は青崎雫……先日の2次選考で響と同じグループにいたが落選した3回生……そんな人物が響を呼び止めた事に彼女は驚いた。
「ううん……貴女は立派だったよ。眩しい歌だったよ……」
雫は彼女に近づき……
「あお……さき……せんぱ……い?」
「ゴメンね響ちゃん……本当にゴメンね……」
雫は涙を流しながら震える手で握ったナイフを抜き……もう1度振りかぶろうとした時だった。
「させねぇ! 今度こそは過ちを繰り返してたまるか!」
「っ!」
雫にカラーボールが飛来した。制服が赤のペイントに染まり驚愕と動揺に振り返った瞬間……雫は
「何なんだよお前は! 私は彼女に用があるの! 邪魔をするなよ!」
突如現れた謎の少年へ敵意を向ける。しかし龍樹も彼女に用がある。お互いが譲る訳も無く空気が凍りつく。そんな時
「なっ……! えっ……?」
「押さえます!」
すかさず倒れた雫の腕を押さえる龍樹。雫は周囲を見回し自分の足を掬った人間を探すが見当たらない……いや、その角度では見えなかった。
「ゴメンね雫……貴女の足を掬ったのは私だよ」
「その……声……まさか貴女……鏡香なの!?」
雫がナイフを刺した人物……そして彼女の足を掬ったのは
「どうして……どうして鏡香がここにいるの! 貴女は既に学園を去ったじゃない! 私は響ちゃんに用があるの! 何処よ……何処にいるのよ響ちゃんは!」
「響はここにはいない。俺が響に聞いたんですよ……不安な時どこで過ごすのか……そして今日は送って貰えって伝えました。響は既に会場入りしてます……優斗さんが傍にいるので下手な人間じゃあ勝てません。そもそも今から襲撃するのは不可能なんてす」
「どうしてよ! 私は……私達が大好きだった歌は鏡香の歌だった! でも響ちゃんの歌を聞いて思ったの! 彼女の歌は眩しい! それこそ鏡香の歌を超える程に眩しいの!」
「なら良い事じゃないですか! 響が鏡香さんを超える……それの何が悪いんですか!」
「だから駄目なの! そうしたら私達は鏡香の事を忘れてしまう! あの日まで私達を照らしてた太陽が沈んじゃうじゃない! 」
雫の悲痛な叫びが場を支配する。しかし2人はそれでも動じない。
「それで良いんだよ……世代は移り変わる。いつまでも私達が居座れば成長出来なくなるし、現に響達が新しい太陽になって学園を照らしていく……それで良いんだよ。雫だってわかってる……そうでしょ?」
「きょうか……うわあぁぁぁぁぁ!!! 」
雫は泣き腫らした。雫は分かっている……こんな事をしても誰も喜ばないと。そして自分達が前を向かなければ何も変わらない事も……
「そういえば鏡香さん……刺されたのに大丈夫何ですか?」
「ゴメンね龍樹……」
鏡香は着ていた制服のボタンを開け……内側から穴の開いた週刊漫画が落ちる。
「鏡香さんそれ……!」
落ちた漫画を残念そうに見つめる鏡香が申し訳なさそうに口を開く。
「うん……龍樹が貸してくれた漫画……ボロボロになっちゃった……」
「別に良いんですよそんな事……また買えば良いじゃないですか。今度デートした時に一緒に買いましょ? デート代は俺が奢りますし、せっかくなんで服屋見て回ってお洒落しません? いつも通りのパーカーも良いですけど鏡香さんは年頃の女性何ですからお洒落してる所……俺はみたいんですけどね?」
「龍樹……ありがとう」
鏡香は龍樹を抱きしめ……その唇を重ねる。そのキスの味は涙の味がした……らしい。
◆◆◆
「課題は、自身で楽曲・衣装・演出を完全プロデュースしたソロ歌唱。全校生徒および審査員によるリアルタイム投票により……最終選考に進む【3名】を決定します」
教務主任の声が低く響く。青き剣を彷彿とさせるドレスに身を包み1番の風鳴翼の洗練された、衣装と同じ剣のごとく己の全存在をかけてステージを彩っていく。トップバッターでありながら圧巻の迫力に会場は彼女に支配された。
「流石は風鳴翼だ……ならあたしも本気で行かねぇと厳しいよな。なら見て行きやがれ……あたしのステージを!」
赤薔薇の装飾を魅せるドレスに身を包む2番の雪音クリスがステージに立つ。見る者を射抜くように視線を誘導するその所作は好戦的でありながら美しく鋭い歌と華やかなドレスのギャップが観客の心を射抜いた。そしてこの2人が別格の存在であると印象付けるには充分なステージだった。
「クリスちゃん……あの時の衣装の時よりも気合いが乗ってる? あの灰色のドレスの時もすごかったのにそれを超えるようなこのステージ……」
「なるほど……もちろんあの時も真摯だったけど、こっちのスタイルが彼女本来のスタイルって事なのね。あの荒々しい歌も、この見る者を射抜くような歌も……どちらも彼女のスタイル。そして天才ヴァイオリニストと声楽家のサラブレッド……受け継いでいる才能は本物だね」
響とツカサは控室で彼女達のステージを見ていた。響は尊敬と感嘆を、ツカサはクリスの隠し持っていた刃を見て興奮する。現在は安藤創世がステージで歌っている。柔らかな彼女の歌が会場を包むが、無情にも最初の2人には届かない……だが可能性自体はまだ残っており彼女はそこに賭けている。
「次……私だね」
そして──注目の出番が訪れた。
「エントリーナンバー7──堕落ツカサ」
アナウンスと共にステージへ踏み出したのは、漆黒とゴールドの絢爛なドレスに身を包んだ堕落ツカサだった。
「私のステージを見せてあげるわ! ついて来なさい!」
「きゃー!」
「ツカサ〜!」
「もっとしびれさせてー!」
イントロが鳴り響いた瞬間、ルナ・ホールの空気すらも彼女のカラーに一変する。ツカサが披露したのは、自ら作詞を手掛けた完全オリジナルのアップテンポナンバーとなり会場を沸かせる。翼やクリスの雰囲気とは違い従えるカリスマを彼女は確かに有している。
『──ひざまずきなさい世界のみんな! 私こそが輝く女王(Queen)よ!』
一切のブレもないダンス、計算し尽くされた視線の誘導に完璧なピッチと圧倒的な華がステージに咲きほこり頂点を目指す者として、自分が世界の中心であることを証明するかのような圧巻のパフォーマンスに、客席の生徒たちからは悲鳴にも似た歓声が上がった。
(見なさい! これが私の目指す『女王』の姿よ! 誰も私を無視なんてさせないわ!!)
完璧な100点満点と思えるステージング。
「フフ…………どうかしら、立花響? これがプロのエンターテインメントよ。ついてこられるかしら?」
投票メーターの数値は一瞬で跳ね上がり、ホール全体がツカサの熱狂に包み込まれた。袖に戻ってきたツカサは、額に薄っすらと汗を浮かべながらも、勝ち誇ったように顎を上げる。
「次──エントリーナンバー8、立花響」
ついに響の名が呼ばれる。舞台袖で緊張に固まる響。その視線の先、客席の最前列で、未来がまっすぐ自分を見つめ、大きく両手を振って頷いてくれていた。
(未来……落選しちゃったのに、あんなに温かい顔で私を見てくれてる……。未来が作ってくれた『陽だまり』が、私をここへ立たせてくれたんだ……!)
響は胸の火傷の痕を優しく確かめると、力強く頷き、スポットライトの当たるステージ中央へ踏み出した。衣装は黄色の向日葵を想起させる1番彼女らしい装飾のみ。演出も余計な照明もない。だが、響がマイクを握り、息を吸い込んだ瞬間──ホールの静寂が深まった。
『──愛してるって、叫びたい……!』
静かな出だしから、サビに向けて一気に爆発する魂の歌声。ツカサのような計算された完璧さはない。翼のような洗練された歌技もない。
けれど、響の歌声には──過去の悲しみも、傷痕も、姉の幻影すらもすべて包み込み、聴く者全ての胸を強く揺さぶる「生の熱量」が宿っていた。
「なっ……!?」
舞台袖で見ていたツカサの瞳が、驚愕に見開かれる。
(なになの……この歌は……!? 技術も演出も無茶苦茶……それなのに……なんで私の歌より……胸が、熱くなるの……ッ!?)
ツカサの胸に、初めて「恐怖」に似た戦慄が走る。完璧に作り込んだ自分の『女王の歌』に対し、響の歌はただ愚直なまでに誰かを愛し、繋がろうとする『太陽の歌』だったのだ。
「いっちゃえ響! ハートの全部で!」
未来のエール……客席の上級生たちも、もう誰1人「鏡香の影」など見てはいなかった。ステージの上で、眩しく泥臭く輝く「立花響」という一人の歌い手に、全員が息を呑んで魅了されていた。
『──ありがとう、みんな……!』
歌い終えた響に、ホール全体から割れるような拍手と歓声が降り注ぐ。ステージから袖へ戻ってきた響を、客席から駆けつけてきた未来が満面の笑顔で迎え入れた。
「響……! 最高の『立花響』の歌だったよ!!」
「未来……っ、私、歌えたよ……! 未来がいてくれたから、歌えたんだよ……っ!」
抱き合い、喜びを分かち合う二人。全9名の演目が終了しまずは職員による選考が始まり……上位5名が決戦投票に進める。
『風鳴翼』
『雪音クリス』
『堕落ツカサ』
『安藤創世』
『立花響』
スクリーンの光が点滅し、ついに最終選考……彼女達の中から決戦投票にて最後の通過者が決定する──。
前半の鏡香のパートがインパクト強すぎたかも……でもここでないと書けない……
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