何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
リアルタイム投票の集計を示すスクリーンの点滅が収まり、ルナ・ホールに静寂が訪れる。 舞台袖で息をのむツカサ、響、そして控室の翼とクリスに創世や客席の生徒たちもまた、固唾をのんでステージ上のスクリーンを見つめていた。 壇上に立った教務主任がマイクに向かって重々しい声を放つ。
『──3次選考の集計結果が出ました。しかし発表に先立ち、審査員会および運営より緊急の告知があります』
ざわつく客席。
『当初、最終選考へ進むのは上位3名としていました。ですが……本日の演目において各候補者が提示したパフォーマンスの質……そして観客投票の結果を集結した所上位2名とその下3名の評価がほぼ拮抗しておりました。これを受け審査員会は特例措置を決定しました。──フロンティアライブメインアクト選考・最終決戦へ進むのは、上位【5名】とします』
ホール全体に大きな歓声が弾けた。スクリーンに、燦然と輝く五つの名前が映し出される。
『──最終選考進出者(全5名)』
* 風鳴 翼
* 雪音 クリス
* 立花 響
* 堕落 ツカサ
* 安藤 創世
「入ってる……! 私達の名前も入ってる……っ!」
響が弾んだ声を上げる。創世は「嘘……私、残れた……!?」と自身の両手を見つめてその場にへたり込み、脱落したクラスメイトの詩織と由美が舞台袖から飛び出してきて彼女を抱きしめた。
「3位が拮抗……まあ当然の結果ね。私はここで振るい落とされるわけにはいかない……それでも上位の2人に劣っていた。でも希望は繋がった。ならその希望を掴む! ここまできたらいける気がする!」
堕落ツカサは胸を張り、優雅に髪をかき上げる。だがその指先は、響が解き放った『太陽の歌』に触れた戦慄でかすかに震えていた。
『そして──この5名による最終決定審査ですが……追加のステージパフォーマンスは行いません』
教務主任の冷徹な言葉に、会場が一瞬静まり返る。
『ただ今披露された3次選考のソロ歌唱──あの熱狂と余韻、そして候補者たちが提示した覚悟のすべてをもって最終評価とします。これより【即時全校決戦投票】を開始します!』
ステージでの再歌唱はなし。たった今、全エネルギーを注ぎ込んで披露したあの歌声の残像だけで、観客と審査員の心を勝ち取らねばならない。まさに誤魔化しの効かない、剥き出しの真剣勝負。
『──投票端末、受付開始』
ホール内の全生徒のスマートフォン、そして審査員の手元にある端末が一斉に青く光りはじめる。制限時間はわずか3分。スクリーンには5人の名前の横にリアルタイムで伸びていく投票グラフが大きく映し出された。
「響! ここまで来たら勝ち取ろう!」
響のもとへ、観客席から駆けつけてきた未来が寄り添う。
「未来……っ。私、もう声が出ないくらい全力を出せたよ……!」
未来は響の冷たくなった両手をぎゅっと包み込んだ。1次選考の結果を受けて「姉の影」と怯えていた少女の姿はもうどこにもない。客席を埋め尽くす生徒たちももはや誰1人として「鏡香の幻影」など見てはいなかった。いま画面の向こうで票を投じているのは、響が届けてみせた泥臭くも圧倒的な『立花響の歌』に対してだった。
「響。自分が歌った歌を信じてあげて。響の歌は絶対にみんなに届いてるから!」
「うん……! 私の……立花響の歌を、全部受け止めてもらうんだ!」
一方、反対側の舞台袖では、雪音クリスが壁に背をあずけ、スクリーンで激しく変動するグラフを見つめていた。
「……チッ。あいつの歌がみんなを動かしてやがる。確かにあいつは鏡香先輩じゃない。それはもう認めるべき事実で、ここまで登りつめたのはあいつ自身の努力だ。そこにケチはもうつけねぇ」
雪音クリスの瞳に立花響への怨念はもはや存在しない。今彼女を見つめるのは自身が狩るべき獲物か否か……その1点のみだ。
「流石は学園最高の歌姫……って所か」
翼のグラフが圧倒的な勢いで伸び、ツカサと創世がそれに食い下がる。そして、響のグラフが猛烈な勢いで上昇し、翼の背中に迫っていく。
「お姉ちゃん……お願い」
「このまま翼さんに……」
客席で瑠璃と輪が翼の突破を祈る。このまま行けば通過出来る……たが何が起こるか分からない事も彼女達は理解しており、それ故に祈る。
(だが……あたしだって、あたしの歌だって負けてねえんだよ……ッ!)
鏡香の影でもない。素人の戯言でもない。響が解き放った圧倒的な光は、クリスの孤高なプライドを根底から揺さぶっていた。
(認めた事と勝敗は別だ。それだけは譲らねぇ)
画面の票数が刻一刻と刻まれていく中、クリスは握りしめた拳に固く力を込めた。
『──残り時間、三十秒』
アナウンスが流れ、ルナ・ホール全体のボルテージが最高潮に達する。翼、クリス、ツカサ、創世、そして響。完全に抜け出した上位2人と、下位3人のグラフが目まぐるしく順位を入れ替えながら、運命のカウントダウンへと突入していく──。
『──10、9、8……』
ホールの大型スクリーンに、非情なカウントダウンが赤く点滅する。ホールを埋め尽くした生徒たちの息遣い、審査員席の張り詰めた空気、そして舞台袖で胸を押さえる5人の少女たちの鼓動。すべての熱量が極限にまで高まっていた。
『──3、2、1……終了ですただいまを以て投票を終了します!』
ブザーの音と共に、めまぐるしく変動していた投票グラフがぴたりと停止する。 一瞬の静寂ののち、教務主任が重々しくマイクを取った。
『──全校決戦投票集計完了。フロンティアライブのメインアクトとしてルナ・ステージ本選へ進出する【上位3名】を発表します!』
ドラムロールが鳴り響き、スクリーンの光が収束していく。最初に上段へ表示されたのは──。
『第1位:風鳴 翼』
「さすがね翼さん!」
「信じていたよお姉ちゃん!」
客席で輪と瑠璃が翼の通過を喜び合う。
「あと2枠……私と共に立つのは雪音か……はたまた1年なのか注目ね」
翼が1抜けし続いて2番目の枠に名前が刻まれる。
『第2位:雪音 クリス』
「……フン。まっ……当然の結果だな」
壁に背をあずけていたクリスが、フッと鼻を鳴らす。圧倒的な歌唱技術と、不協和音すらねじ伏せた孤高の存在感が、2位という形で証明された瞬間だった。
「やるじゃんクリス……当時の私よりも輝いてるよ。でもまだ終わりじゃない……そうでしょ響はここでは終わらない。そうでしょ龍樹?」
「終わらないですよ。響は最後まで足掻き続ける……そうでしょ鏡香さん?」
「ん……その通りだよ龍樹」
「信じましょう鏡香さん」
脱力した雫を教員に引き渡した後に2人で身を寄せながら客席の片隅で見届ける龍樹と鏡香。その表情には先程までの騒動の余韻すらも感じない穏やかな笑顔と確信だった。
「あとは1枠……進むのは1年の誰かしらね」
そして──運命の最後の『1枠』。
残されたのは、ツカサ、創世、そして響。スクリーンにゆっくりと浮かび上がったのは、誰もが息をのむ名前だった。
『第3位:立花 響』
「っ……!!」
静寂を突き破るように、客席の最前列から叫び声が上がった。
「響……! 響いッ!!」
小日向未来が、涙を溢れさせながら立ち上がり、全力で拍手を送っていた。
1次選考で「姉の幻影」と囁かれ、冷たい絶望に打ちのめされそうになっていた少女が、自分自身の歌で、自分の足で立ち上がり、ついにトップ3の座を掴み取ったのだ。
「私……私……やったっ……やったよお姉ちゃん!」
舞台袖で、響はボロボロと涙をこぼしながら胸元の服を固く握りしめた。服の下にある火傷の傷痕は、もう彼女を縛る呪縛ではない。誰かを愛し、誰かと手を繋ぐために歌い抜いた『立花響』の証だった。
「……ハッ。やってくれるじゃない」
その横で、自分の名前が4位に終わったことを確認した堕落ツカサが、髪を優雅にサッと払い上げた。悔しさに唇を噛み締めそうになる自分を完璧な自制心でねじ伏せ、最高に高飛車で美しい笑みを浮かべる。
「創世さんここまで来たら泣かないの。ここで泣いちゃ……みっともないよ」
「ツカサ……私はダメだった……っ」
友の想いを背負って戦い、5位に終わった安藤創世が肩を震わせる。ツカサはそんな創世の肩をポンと叩くと、響に向かってゆっくりと歩み寄った。
「勘違いしないで頂戴ね立花響……今回は審査員と生徒たちの『お好み』が、たまたまあなたの泥臭い歌に傾いただけ。……私の目指す『女王』としての価値が下がったわけじゃないわ」
「ツカサちゃん……」
「ここは私には狭すぎたのよ。私はリディアンの枠なんて飛び越えて、世界の頂点で女王になってみせるから。……だから」
ツカサは響の前に立つと、真っ直ぐにその瞳を見つめ、不敵に口元を歪めた。
「フロンティアライブのステージでみっともない歌を歌ったら許さないわよ。私を退けたんだから……最高の光を見せてよね」
「……! うん! ありがとう、ツカサちゃん……!」
プライドを1ミリも折ることなく、誇り高く去っていくツカサの背中。それは、敗者のそれではなく、これから世界へ羽ばたくもう一人の「女王」の姿だった。
全選考が終了し、熱気冷めやらぬルナ・ホールの舞台裏。 響が控室へ向かう廊下を歩いていると、壁際に立っていた雪音クリスとすれ違う。
「……勘違いすんじゃねえぞ立花響」
クリスは響と目を合わせようとはせず、通り過ぎざまにボソッと呟いた。
「え……?」
「アタシは……お前や風鳴先輩をねじ伏せるために本選に立つ。……ヘラヘラ笑ってたら、ステージの上で叩き潰すからな」
尖った言葉。だが、そこには1次選考の時にあったような不毛な焦りや拒絶はなかった。ここにあるのは1人の「歌い手」として、立花響を対等なライバルと認めたからこその宣戦布告のみ。
「……うん! 負けないよ、クリスちゃん!」
響が力強く頷くと、クリスはフンと横を向き、歩み去っていった。
◆◆◆
「……お疲れ様だな女王様」
「……どうして貴女がこちらに……天羽奏さん?」
涙を堪えながら通路を抜けようとしたツカサを呼びとめたのは奏だった。
「ステージで敗れた私に同情ですか? 生憎私は折れませんよ……また再起すれば良いだけです」
「だろうな。そしてアタシはそんなお前に手を貸して欲しい」
「私に……?」
奏の言葉にツカサは困惑する。しかし奏は構わず続ける。
「実力のある奴の手を借りたい。お前もこの曲は知ってる筈さ。でもあの曲は進化する……その進化をアタシ達で見せてやらないか?」
「ッ! それって……!」
ツカサは奏の手を取る。奏の思惑の正体とは……?
◆◆◆
放課後。夕暮れに染まる屋上。 風に揺れるフェンスの側で、響は優斗・龍樹の3人で並んで沈む夕日を見つめていた。
「りゅうくん……私ね、すごく怖かったんだ」
響が静かに口を開く。
「鏡香さんから聞いたよ。1次選考の時……すごかったんだってな。でも響は変わったよ……強くなった」
「1次選考で、みんなが私のこと『鏡香お姉ちゃんの代わり』って言ってるのを聞いた時……私自身の歌なんて、どこにもないのかなって思っちゃって」
「響……」
「でもね、未来が言ってくれたんだよ? 『立花響の歌だったよ』って。……未来が隣で歌ってくれて、私の歌を信じてくれたから、私は『私』として歌えたんだよ」
響は振り返り、龍樹に微笑む。
「未来がいてくれたから、りゅうくんやお姉ちゃんが支えてくれたから私はここまで来られたの。……本当に、ありがとう」
「おれは何もしてないよ。頑張ったのは響だから」
龍樹は響の手を握り返して微笑む。
「響が響らしく歌う……それだけで伝わる人には伝わるんだ。それを覚えてくれていれば充分さ」
龍樹の瞳には、一切の不安はなかった。ただ、大切な幼馴染を誰よりも誇らしく思う深くて揺るぎない愛だけがあった。
「フロンティアライブのステージ……1番特等席で見ているからな。響の歌を世界中に届けてきてくれ!」
「うん……! いってくるよりゅうくん!」
橙色に染まる空の下、優斗は2人を見守っていた。
「優斗さん……りゅうくん……今日はありがとうございます」
「俺は何もしてない。今日のお前を守ったのは龍樹と鏡香だ。俺はお前を会場に送り届けただけさ」
「それでも……私を助けてくれた事は変わりません」
実際だが、会場に向かう前に憂鬱だった響は良く過ごした校庭で気を落ち着かせるつもりだった。しかし状況を悟った鏡香が響にその校庭に向かわず寮の入り口で待機するように厳命し、優斗が先んじて事情を説明して寮へ向かっていた。到着に合わせて送迎された事で響は誰に襲撃される事なく過ごせた。また……仮に襲撃があろうと腕の立つ優斗を超えられる者は少ない。故に充分な備えは済んでいたのだ。
「さて……明日のセレモニーには来いよ響。最高の写真を優斗さんに撮って貰うんだからなぁ〜」
「……うん!」
最高のセレモニーが彼女達を待っている。
後編はこの後7時更新です!
よろしければ感想・お気に入り登録・評価お待ちしています。