何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
ついにリディアンへと入学した響!学園生活が今始まる!
あの火災事故から2年が過ぎた。響の負った火傷そのものは油断を許さなかったが最悪の事態は脱した。
「だけど本当の地獄はあのあとから訪れた。天羽奏も怪我を負った衝撃は世間を一時騒がせたけどそれよりも酷かったのは……」
堕落ツカサは当時の情景を思い出し苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「ツカサ……また怖い顔をしてる。もうあの日の悲劇は忘れよう? いつまでも過去を引き摺るのは……心が壊れるよ……」
「……ごめんねメラ。そうだね……」
ツカサの表情はあまり晴れない。視線の先には2年前より受けた仕打ちの痕跡が生々しく目を退いてもいた。
◆◆◆
「…………鏡香さん……どうして……」
自室で溜息をつく少女の名は【風鳴 瑠璃】……ツヴァイウィングの片翼だった
「瑠璃さん……彼女の行いは簡単な言葉で片付けられるような問題ではありません。解決出来たとすればそれは当人の行動あってこそです。我々が介入して良い領分を超えれば」
「わかっています緒川さん。でも……私は何も出来なかった。お姉ちゃんの力にもなれなかった」
瑠璃の滲ませた悔しさは当人によってのみ解決する。それを待つしか無い己の無力さを呪わずにはいられなかった。
◆◆◆
2年の歳月は、傷痕を覆い隠すには十分な時間だった。私立リディアン音楽院の春は、満開の桜と、校舎のあちこちから漏れ聞こえる様々な楽器の音色に包まれていた。新調された制服の袖をつまみながら、立花響は隣を歩く親友──小日向未来を見上げて、満面の笑みを咲かせた。
「わぁ! リディアンだよリディアン! 私達はあのリディアンに入学できたんだよ未来!」
「はしゃぎすぎたら危ないよ響。それに……もうすぐ式が始まるよ?」
「ッ!? そうじゃん! 急がないと……!」
響は希望を胸に学園を駆ける。これから染め上げる想い出を以て2年前のあの凄惨な火災事故を、その後に響を襲った陰惨な出来事を払拭する為に。その渦中で未来はずっと響の手を握りしめ、これからも親友を支え続けると決意していた。
「響、部活動はどうするの? 中学の時みたいに運動部からスカウトの嵐になりそうだけどそうなったらどうする?」
「うーん、助っ人は頼まれたらやるけど……まずは未来と一緒に、この学校の『歌』をいっぱい聴きたいね!」
響は胸を張り校舎を見上げた。事故の後遺症で胸に残った傷痕が今でも時折疼く。しかし自分を助けてくれたあの日見た歌姫たちの姿と、自慢の姉──鏡香が通っていたこの学校に対する憧れは、消えることがなかった。
「あ、そうだ! 今日の始業式に卒業生のあの人も来るんだよね?」
「そうだよ? 楽しみだよね……なら遅れる訳にはいかないよね?」
2人が講堂へと足を踏み入れると、そこはすでに新入生たちの熱気で溢れかえっていた。
そして開校式が始まり、ステージの幕が上がると同時に、地鳴りのような歓声が講堂の天井を揺らした。
『──新入生の諸君、リディアンへようこそ』
マイクを手に、凛とした佇まいでステージ中央に立ったのは、音楽科三年──風鳴翼。
圧倒的なオーラを纏う彼女の青い瞳が会場を見渡す。その隣には椅子に浅く腰掛け、優しく微笑む1人の女性の姿があった。
『みんなー! 新入生のみなさん、ご入学おめでとう!』
車椅子の女性──天羽奏が明るい声を響かせる。2年前の事故で呼吸器に後遺症を負い、既にリディアンを卒業したOGである彼女だったが、今もこうして時折顔を出し翼の相方として、そして学校の象徴として親しまれていた。
『今日はね、みんなにビッグなお知らせがあるんだ。今年度から始動する、リディアン史上最大の大プロジェクト……名を【ルナ・ステージプロジェクト】の参加募集をスタートする! 歌に自信のある奴はぜひ挑んでくれ! 選考枠は3つ……そしてその枠はここにいる翼も挑戦する。元相方だとしてもそこは贔屓しない』
「翼さんも選考枠!?」
「それじゃあ実質2枠じゃん!」
「勝てる訳ないじゃん!」
「燃える……やってやる!」
奏の宣言に講堂がざわめく。難易度の高さに今から絶望する者から奏はいたずらっぽくウインクしながら続けた。
『見事3枠の座を勝ち取った奴は年明けに開催される超大型ドームツアー『フロンティアライブ』の出場権を獲得する。そのメインアクト出場権をかけた校内選抜戦! ソロでもユニットでもエントリーは自由。ただし最終的に勝ち取れる枠は3つだからな。その中で椅子の奪い合いもあるだろう。そして見事優勝した人には……夢のスペシャルコラボステージを約束する!』
『……誰が堅物よ奏』
翼は苦笑交じりに一言添えると、一転して真剣な表情で新入生たちを見据えた。
『フロンティアライブは、音楽の力で人々を繋ぐ大切なステージだ。生半可な気持ちでのエントリーは許されない。……だが、自らの歌で誰かの未来を照らしたいと本気で願う者の挑戦なら、私は全力で受け止めよう』
静寂のあと、割れんばかりの拍手が巻き起こった。誰もが胸を躍らせる中──立花響だけは、ステージの上の翼と奏の姿に、胸の奥が熱く脈打つのを感じていた。
(すごい……これが、本物の歌い手さん……)
あの日、自分を炎の中から救い出してくれた天羽奏。そして、姉である鏡香の立っていた世界……2人の姿を見つめる響の脳裏に、かつて響のために自ら歌を捨てとある事情で学園を去っていった鏡香の姿が重なる。
(お姉ちゃんが守ってくれた私の命……私の声。……私は歌いたい。私を助けてくれた人達に伝えたい想いがあるんだ!)
「未来……」
「……うん? 響……どうしたの?」
「私……ルナ・ステージプロジェクトにエントリーしたい! わからないけど、胸がすごくドキドキして……私も、あのステージから誰かに歌を届けたいの!」
未来は一瞬驚いたように目を丸くしたが、響の真っ直ぐな瞳を見ると、ふっと柔らかく目を細めた。
「うん。……響が歌うなら、私は一番近くで、響の事を支える」
「未来……! ありがとう!」
2人が笑顔で手を繋ぎ合ったその時。ステージの上から新入生席を見下ろしていた風鳴翼の視線が、響の姿を捉えた。
響の顔を確認した瞬間──翼の表情が凍りついた。
「…………偶然よ。他人の空似。そんな事……あってはならないの……」
自席で憧れと希望に満ちた目で自分を見つめる響に対し、翼の瞳に浮かんだのは冷ややかな拒絶と見る者を射殺すような強い不快感だった。
(もしも想像通りならなぜ……彼女がここにいるの……?)
翼は握りしめたマイクの手を微かに震わせ、激しい葛藤を押し殺すように視線を逸らした。その異変に、車椅子の奏だけが静かに気づいていた。
◆◆◆
「優斗さん! 今日のデータ整理終わりました。チェックをお願いします」
リディアンから程近い写真館で1人の女性が優斗と呼ばれた男性にデータを送信する。
「…………相変わらず仕事が早いな。でも良かったのか? この案件はお前にとっても思う所があるだろ
「良いんです。確かに未練はありますが私は既に学園を離れてます……いつまでも引きずれば誰も未来へ進むことが出来なくなります」
女性の名は立花 鏡香……響の姉であり
「鏡香さんのデスクワークは速すぎなんですよ。コレだけ優秀なのに歌唱スキルも高いんですからつくづく才能って不公平っすよねぇ……」
「そういう龍樹は作業が単純化すればするほど速いじゃん。人間ってのはお互いの得意不得意がハッキリしてるだけ。それに……優斗さんは元々この写真館を1人で運営していたんだよ?」
「親同士の縁だ。親父が学園の運営者と縁があったから貰った仕事だ。そもそも……その案件は本来親父達の仕事だったがお前達の優秀さを見て振られた案件だ。下手な仕事はできねぇよ」
鏡香とやり取りをしてる男子は黒森 龍樹……優斗がこの写真館を営業していくにあたり採用した現役の男子高校生であり、
「今回の【ルナ・ステージ】……そしてその先の【フロンティア・ステージ】案件は過去どころか大手の事業所でもありつけねぇ大仕事だ。必ず成功させるぞお前ら!」
「「はい!」」
彼女達と響達の運命が交わる未来は……そう遠くないかもしれない。
鏡香の起こした事件の詳細と翼が向けた感情の正体は次回の更新にて!
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