何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
「ツカサは……【ルナ・ステージ】に挑戦するの?」
「うん。せっかく学園に来たんだよ?頂点を取れる機会があるなら私は挑む。そうね私は……女王の2つ名を取れるぐらいの功績をいずれ取りたい。その為には翼さんを超える功績は不可欠。なら……あの人を正面から打ち倒して掴み取りたい!」
「ん〜……流石に無謀じゃない?確かにツカサは才能があるかもしれないけど、あまりにも差がありすぎるよ?」
「かもしれない。でも……なんかイケる気がしない?フロンティアのステージに私は立つよ。翼さんも……世界の強敵も打ち破って私が世界に名を刻むの。それぐらい出来ないと女王の2つ名には相応しくない」
堕落ツカサは翼を正面から打ち破りフロンティアへと降り立つ野望を胸に秘めた。彼女のゆく覇道が如何に困難な道であろうと諦める理由は存在しない。阻む者は正面から捩じ伏せる。その覚悟が彼女の瞳には灯っていた。
「まぁ挑戦するのはツカサの自由だし、恥をかくのもツカサだから良いけどさ?ギャン泣きして振り回すような事は止めてよね?」
「…………女王はそんな醜態はさらさないもん」
「絶対に助けないからね?」
天命メラは親友の野望を応援しつつも見えたイメージに不安を隠せない。
◆◆◆
式を終えて教室に戻った風鳴瑠璃と出水輪はお互いの意向を確認していた。
「瑠璃は……ルナ・ステージを目指すの?」
「ん〜……いずれお姉ちゃんとステージで戦うのもありかもしれないけど、今回はパスかな。今はお姉ちゃんの事が心配だし、それに……」
「鏡香先輩がいればあの人こそがステージに相応しかった!あの人の無念はあたしが晴らすんだ!」
「あぁいう人と今対立して冷静さを保てる自信が無いかな。」
「あぁ……クリスは鏡香先輩を慕ってたからね。あの人がいたからクリスちゃんは学園生活を楽しめてる……そう思ってるんだろうね。」
輪の視線の先にいたクリスと呼ばれた少女はプロジェクトへの参加を早くも表明していた。そして瑠璃は思惑を口にする。
「今はお姉ちゃんの問題……ううん。先輩達の問題が終息するのを待とう。私達には私達のやり方をすれば良いから」
「そうだね。」
2人はプロジェクトへの参加を見送った。もちろん頂点を取る為に……あるいは栄光のステージに立つ為にクリスをはじめ一部の生徒は参加を表明している。この調子なら受付の締め切りまでに学園全体の三分の一は参加するだろう。
◆◆◆
「――貴女の歌など、誰も求めていないわ。」
冷たい防音壁に囲まれた放課後のレッスン室に呼び出された立花響は、目の前で背を向ける風鳴翼の言葉に、息をすることすら忘れていた。
「待ってください、翼さん……! 私、何か不快なことを……っ」
「手を放して……!」
走り去ろうとする翼の腕を掴んでいた響の手を、翼は激しく振り払った。「パァン、」と乾いた衝撃音が室内に空虚に響き渡る。
「私……【ルナ・ステージプロジェクト】に応募したんです! 翼さんや奏さんみたいに、歌で誰かを元気づけたくて……っ!」
「貴女が気安く『歌』を口にしないでッ!!」
翼の鋭い一閃のような叫びが、響の言葉を遮った。胸を上下させ、肩を激しく震わせる翼の青い瞳には、溢れんばかりの涙と、それを塗りつぶすほどの強い憎悪が渦巻いていた。
「貴女にだけはその資格はないの……! 貴女がそこに立って楽しそうに歌うことなど、絶対に許されないのよ!」
「どうして……っ!?どうして……そう言われないといけないんですか!? 私翼さんにそんなに嫌われるような失礼な事をした覚えはありません!……」
「貴女が生きているから……いえ、貴女を見ていると苦しめる人がいるから!!」
「わたし……が……?」
静寂がレッスン室を支配した。響は目を見開き、金縛りに遭ったように立ち尽くす。
「お前は何も知らないでしょう?あのライブの日に貴女を火の中から救い出したのが人物も……その後に何が起きたのかも!」
「あの日……? 2年前の、あの事故のことですか……?」
「そうだ! 私の相方の天羽奏……はお前を庇って重傷を負った! 私の、かけがえのない親友だった鏡香は……っ!」
鏡香の名を聞いた瞬間、響の胸の奥に残る事故の傷痕が、ズキリと疼いた。
「鏡香は事件を起こしたために学園を去った……でも鏡香が本当にリディアンを去る原因になったのは、火災事故そのものじゃない。……事故の後に、貴女を虐げ、傷つけようとした愚か者たちへと報復行為に奔ったからなの!」
「え……?」
「貴女が退院した後、中学で何があったか忘れたとは言わせないわ。覚えているでしょう?
『お前のせいで火事が起きた』
『お前が死ねばよかった』
……そんな理不尽な誹謗中傷と悪意を浴びせられ、壊れかけていた貴女の事を、鏡香がどうやって見ていたと思っているの!?」
忘れようとしていた不快な記憶が、一気に脳裏に蘇る。下駄箱に投げ込まれた心無い張り紙。背後から浴びせられる冷たい視線。そしてその影響を受けて父親が家族を捨てて出ていった記憶が蘇る。
「鏡香は……貴女を守るために、自らリディアンに退学届を出した。そして、貴女を追い詰めた主犯の元へ殴り込み……その手で報復を果たした! 大切な歌手生命も、未来も、自分の手で全て投げ打って!!」
「そんな……っ、お姉ちゃんが……私のために……!?」
衝撃の事実に、響の足がガクガクと震え出す。当時はリハビリを頑張れば家族は喜ぶと思っていたし、実際に鏡香は喜んでいた。だが父親の表情は次第に翳りある日を堺に自分達の前から姿を消した。姉が父親に問いただそうとしている最中に捨てられた記憶が蘇る。
「お姉ちゃんが……私の為に……?」
姉がリディアンを急に辞めた理由。歌を歌わなくなった理由……すべては、自分を守り、自分を傷つけた者たちへ復讐するためだったなんて。
「鏡香の歌は……あんな事件のためにあったんじゃない! 私と共に世界の頂点へ立ち、多くの人を救うはずの歌だったんだ……っ! 今だから教えてあげるわ。あのライブの日……奏は既に引退を考えていた。元々身体が弱かった奏はあのライブの日に未練の全てを清算して後任をライブで発表するサプライズを考えていたの。その相手が貴女の姉であり私の親友……鏡香なの。でもそれを……お前という存在を守る為に捨てた。お前が奪ったようなものだ!!」
「………だからお姉ちゃんは私達をライブに招待したんですか?私と未来に……最高の贈り物を渡す為に……」
「そうだ。鏡香から妹とその親友をぜひライブに招待したいと伝えられた時私は胸を躍らせた。奏の離脱は辛かったけど隣を支える者がいるとわかっていたから未来を信じた。なのに!」
翼は響の呼び方が【貴女】から【お前】に変わる程に怒りをあらわし胸元を力任せに掴み上げる。激しい吐息と共に冷酷な言葉を叩きつけた。
「その鏡香が命がけで守ったお前が……今更へらへらと笑いながら、歌の世界に足を踏み入れるだと? 『みんなを笑顔にしたい』だと!? ふざけるな……っ! お前がそこに立って楽しそうに歌うたび、歌を捨てた鏡香の選択が、どれほど惨めに見えるか考えたことがあるのか!!」
「お姉ちゃんが……惨め……?」
掴んでいた手を放すと、響はその場に崩れ落ちた。翼は一瞬だけ、倒れ込んだ響の小さな背中に切なげな視線を向けたが、すぐに仮面のような冷徹さを取り戻し、背を向けた。
「………つ……ばさ……さん……」
「2度と私の前に現れないで。貴女を侮辱した事は後で必ず謝罪するわ。でも……貴女の歌など誰も求めていないわ」
重い防音ドアがバタンと閉まり、室内に完璧な静寂が戻る。
冷たい床の上で、響はただ自分の震える両手を見つめていた。誰かを笑顔にするために歌いたかった。けれど、自分が歌おうとすることは、大好きな姉の人生を泥塗れにし、憧れの翼を苦しめる罪でしかなかったのだと知って。
「お姉ちゃんは私を守る為に……」
ぽつり、ぽつりと、溢れ出た涙が床にシミを作っていく。自分の存在そのものが「誰かを傷つける呪い」であるかのように感じられ、響は声もなく泣き続けた。
◆◆◆
「流石に言い過ぎだよお姉ちゃん」
「瑠璃に輪まで……どうして貴女がここに?」
レッスン室を後にした翼が教室に荷物を取りに来ていると既に纏めていたであろう荷物を纏めて瑠璃と輪が待っていた。
「八鉱おじさんからお姉ちゃんがあの娘を呼び出した話を聞いてね。いつかこうなるとは思ってけど流石に早すぎるよ」
「そうですよ翼さん……あの事件は……」
「…………わかっているわ。あの事件で本当に悪いのは誹謗中傷を行った本人と、暴行事件を起こした鏡香でありあの娘には一切の非が無かった事も。奏は未来に託す為にあの娘を救った事も……」
天羽奏は鏡香……ましてや響とは直接の面識が無かった。だが、相方の親友であり自身の後任になる人物の妹が危険に陥っているのを見て咄嗟に身体が動いていた。奏は自身の行動に後悔をしていない。故に翼は奏を責める事さえも出来ず胸に怒りと後悔を抱えていた。瑠璃と輪はそんな翼を支えようとしていたが今日の行動は予想を超えて速い出来事だった。
「話してください翼さん。私達が……いえ、私達で不足なら八鉱おじさんや弦十郎さんも呼びます。1人で抱えないでください」
「………輪。少し見ない間に立派な事を言うようになったじゃない」
「奏さんとも……ううん。鏡香さんとも向き合ってお姉ちゃん」
「………そうね」
風鳴翼は何を想い響に接するべきなのか……その答えが出るのはまだ先の未来の話。
余談ですが……響に誹謗中傷を行ったのは奏の後任選考を受けて一次選考で落とされたモブちゃんで、その妹を使って姉妹で響達に逆恨みしていました
(特に今後利用するつもりの無い娘達なので後書きにて補足します)
よろしければ感想・お気に入り登録・評価お待ちしています。