何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語   作:タク-F

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見えなかった世界

「いよいよ明後日には一次選考だね」

 

「ツカサなら……まぁ顔ぶれ次第では良いとこまでは行けるとは思うよ? でも……翼さん級の逸材はこの学園には何人もいる。噂でしか知らないけど翼さんの隣に立つ筈だった人もいたって話。そんな人達を相手にする覚悟はあるんだよね?」

 

 堕落ツカサは来たる選考に胸を躍らせていた。だがメラはその道の苦難と、噂でのみ語られる【風鳴翼の相方候補】……その大きな存在にいつかは挑むのだと豪語している。

 

「でも翼さんの相方候補かぁ……どんな人だったンだろうね。会ってみたかったなぁ……」

 

「この件は学園から詮索禁止の通達があるから調べられないのは難しいね。せめて分かる人……となれば1番識ってるのは翼さん……だろうけど簡単には教えてくれないよ?」

 

「ならルナ・ステージを勝ち抜いて私の実力を証明する! 女王になる為には翼さんにも勝つ! 噂に聞いたその先輩もいつかは倒してみせる!」

 

 ツカサが噂の人物……立花鏡香と出会う日はまだ先である。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 放課後の夕闇が、リディアン音楽院の校舎を茜色に染め上げていた。

 

「響! 響、どこにいるの……!?」

 

 静まり返った旧校舎の廊下を、小日向未来は息を切らせて走っていた。放課後のレッスン室に向かったきり戻らない親友。嫌な予感に胸を騒がせながら探し回り、ようやく辿り着いた無人のレッスン室で見た光景に未来は絶句した。

 

「響……! どうしたの!? 一体何があったの!?」

 

「…………」

 

 冷たい床の上に丸まり、声もなく肩を震わせる響の姿があった。駆け寄る未来を見上げる響の顔は、溢れ出た涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。かつて、2年前の事故の直後にも見せなかったほどの、深い絶望と自己否定に満ちた瞳をしていた。

 

「私……歌っちゃ、ダメだったんだ……って」

 

「え……? 何言ってるの、響……」

 

「私のせいで……私が傷ついたせいで……お姉ちゃんは歌を捨てて……誰かを傷つけて、学校を辞めたんだ……って! 私の存在そのものが……お姉ちゃんの……大好きだったお姉ちゃんの夢と未来を奪っちゃったんだ……ッ!」

 

 途切れ途切れに発せられる響の告白は未来さえも絶句した。翼から叩きつけられた残酷な真実に加えて

 

「お前の歌など誰も求めていない」

 

 という拒絶の言葉を受けた。

 

「そんな事が……鏡香さんに……」

 

 事情を察した未来は、それ以上何も言わず、床に膝をついて響の体を力いっぱい抱きしめた。

 

「未来……っ、私……私、どうしたらいいの……!?」

 

「……響は悪くないよ」

 

 未来の声は震えていたが、そこには揺るぎない確信があった。

 

「響は何も悪くない。響を守った鏡香さんも、響を責めるためにそんなことをしたんじゃないはずだよ……! お願いだから、自分を責めないで……」

 

 親友の温もりに包まれながら、響は未来の制服の胸元にしがみつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 同じ頃生徒会室のベランダからは1人佇む風鳴翼の姿があった。暮れゆく街を見下ろす彼女の表情は硬く、握りしめた拳は微かに震えている。

 

「これでいい……。あいつを歌の世界から遠ざけないといけない。鏡香の妹……響を世間の悪意に晒させないことが、私から鏡香への……唯一可能な贖罪だ」

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呟いたその時、背後でカサリと車椅子の車輪が回る音が聞こえた。

 

「はぁ……相変わらず不器用で、意地っ張りな顔をしてるな翼は」

 

「奏……来てたのね」

 

 振り返るとそこには天羽奏が立っていた。夕日を浴びる奏の表情はどこか切なく、そして静かな怒りを秘めているようにも見えた。

 

「響ちゃんと話してたんだな……何を言ったんだ?」

 

「……聞いていたのか。なら話が早い。あいつは【ルナ・ステージプロジェクト】を辞退させる。鏡香の妹だからといって、特別扱いするつもりはない……いえ、必ず落とす。私が……正面から彼女を倒せば良いの」

 

「特別扱い?」

 

 奏はふっと息を漏らし、車椅子を滑らせて翼のすぐ隣まで近づいた。

 

「翼……アンタが背負おうとしているのは、鏡香の無念か? それとも……

 

『あの時、自分が二人を守れなかった』

 

 って引きずってるアンタ自身の罪悪感か?」

 

「ッ……!」

 

 図星を突かれ、翼の息が止まる。奏は言葉を逃さず、まっすぐに翼の青い瞳を見つめた。

 

「鏡香が響ちゃんを守ったのも、その後に行った報復も、全部鏡香自身が選んだことだよ。……それを

 

『響ちゃんのせい』

 

 にして叩きつけるのは、簡単だがそれはただの八つ当たりだ。翼……アンタは自分を罰して欲しいと思ってないか? その感情はあの子を……いや、周囲の人間さえも傷つけてる」

 

「違う……! 私は……ただ、鏡香の捨てた未来を、あいつが踏みにじるのが許せないだけなの……!」

 

「響ちゃんのあの目を見て……今でも本心で言えてるか?」

 

 奏の声が、静かに夜の静寂へと溶け込んでいく。

 

「あの子の目には、鏡香と同じ『誰かを守りたい』っていう真っ直ぐな光があった。……あんな目をしている子が、誰かの未来を踏みにじるような歌を歌うと思うのか?」

 

「……」

 

「翼。アンタが拒絶しても、アタシはあの子の歌を聴くよ。……あの日、煙の中でアタシが命がけで繋いだのは、あの子たちの……ゆくゆくはアタシ達さえも越えていけるような未来を背負う奴なんだから」

 

 そう言い残すと奏は静かに部屋を去っていった。

 

「鏡香の歌……久しく聴いてないわね。いえ……最後に聴いたのはいつ以来かしら……」

 

 1人残された翼は夜風に吹かれながら、自分の手のひらをじっと見つめていた。胸の奥で、親友への想いと後輩への拒絶と、そして奏の言葉が激しく渦巻いていた。だが翼には残された物がある。それを確かめる為にも翼は必ず過去と向き合う日が来るのだろう。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 風鳴翼からの激しい拒絶を受けてから数日が過ぎた。響は未来の支えを受けながらも、どこか心ここに在らずのまま学校生活を送っていた。

 

「私なんかが歌っていいのかな?」

 

 迷いは消えない。けれど姉である鏡香が命がけで自分を守ってくれたからこそ……

 

「この命で誰かを笑顔にしたい……でしょ? 大丈夫だよ。響の優しさは私が……ううん。鏡香さん達を含めて私達が識ってる。例え世界が響を拒絶しても私達は見捨てない。だから……自分に正直な響でいてね?」

 

「未来……そうだよね。ありがとう。あっ……そうだ! せっかくなら思いっきり歌いたい! 屋上へ行こう!」

 

 旧校舎の屋上へと向かう響が屋上の重い鉄扉を押して開けたその瞬間だった。

 

「あたしのこころ〜とどけ〜♪」

 

 夕空に響き渡るような、圧倒的な歌声が二人の鼓膜を震わせた。

 

 朗々と、しかしどこか刺々しく、胸を穿つような旋律だった。フェンスに背を預け、夕日を浴びながら歌っていたのは同学年では見たこともない一人の少女だった。ショートボブの白い髪、小柄な体にそぐわないほどの圧倒的な声量と歌唱力……それは天性の才能と努力で磨き上げたモノだと判断するには充分だった。

 

「すごい……なんて綺麗な歌声……」

 

 響は思わず吐息を漏らし、吸い寄せられるように少女のもとへ一歩踏み出した。

 

「……誰だ! あたしの邪魔をする奴は!」

 

 その足音に気づいた少女がピタリと歌を止め、鋭い赤色の瞳で響たちを睨みつける。

 

「あ、ごめんなさい! あまりに素敵な歌だったから、つい……! 私は1回生の立花響! こっちは親友の小日向未来です!」

 

 無邪気に手を差し伸べる響。

 

「……いま、立花……って言ったか?」

 

 しかし──「立花響」とその名を聞いた瞬間、少女の目の色が一変して険しい視線を向ける。

 

「え……? うん、立花響だけど……」

 

 次の瞬間、少女は恐ろしい速さで間合いを詰め、響の手を激しく振り払った。

 

「触るなッ! 汚らわしいんだよ!!」

 

「きゃっ……!?」

 

 激しい拒絶の衝撃に、響は後ずさる。未来が咄嗟に響の前に立ち、少女を睨みつけた。

 

「な、何をするんですか!? 響は褒めようとしただけで──」

 

「黙れ! ……ハッ、テメェなんだな! 鏡香先輩の『妹』ってのは……!」

 

 少女の口から出た「鏡香」の名に、響は息をのんだ。

 

「貴女は……お姉ちゃんを知ってるの……!?」

 

「知ってるかだと? ふざけるな……! あたしが海外から日本に来て、知らない世界で独りぼっちだった! 大人が怖かった! でも……そんなあたしに手を差し伸べてくれたのは鏡香先輩だ! あの人の歌に……あったかい手にアタシは救われたんだよ!!」

 

 少女は響の胸元を力任せに掴み、激しい殺意すら込めた視線を響に叩きつける。

 

「それなのに……鏡香先輩は歌を捨てた! あんなにもすげぇ人だった! あたしみたいなバカな連中さえも気にして居場所を作ってくれた人だった! なのに突然学校を辞ちまった! ……全部、テメェっていう出来損ないな筈の妹を守るためになッ!!」

 

「っ……!」

 

 胸を突く言葉。翼から突きつけられた傷が、再び鮮血を流し始める。

 

「鏡香先輩はアタシに言ったよ。『妹が一番大事だ』ってな……! 自分の未来も、大好きな歌も全部投げ打って、あんたのために手を汚したんだ! あんたさえいなければ……あんたさえ生まれてこなけりゃ、鏡香先輩は今でもここで歌えてたんだよ!! あたしはあの人の歌をまだ聴けたんだ!」

 

「やめて……! やめてよ……っ!」

 

 響が叫ぶが、クリスの暴走は止まらない。クリスにとって鏡香は唯一無二の光であり、その光を奪った「立花響」という存在は、激しい憎悪と嫉妬の対象でしかなかった。

 

「なのに何だその面は!? 鏡香先輩の犠牲の上に成り立った命で、ヘラヘラ笑ってリディアンに通って来やがって! あまつさえ……【ルナ・ステージプロジェクト】にエントリーだと!? 何処まであんたは鏡香先輩を辱めれば気が済むんだ!」

 

 クリスは響の胸元を指さし、冷酷に宣言した。

 

「アタシの名は雪音クリスだ! 鏡香先輩が立つはずだった『フロンティアライブ』の切符はアタシが手にする! あの人の無念をあたしは晴らすんだ! ルナ・ステージで……あんたのその甘っちょろい歌もろとも、完膚なきまでに叩きのめしてやる!!」

 

 言い捨てるや否や、クリスは響たちを突き飛ばすようにして屋上を去っていった。夕闇が迫る屋上に、沈黙が降り積もる。

 

「…………どうやら頭に血が昇ったみてぇだ。今日は終いにしてやる。だが覚えとけ……あたしはテメェを倒す」

 

 尊敬した姉の輝きに入学した学園で、憧れの風鳴翼に続き鏡香を崇拝する雪音クリスからの激しい敵意と憎悪を向けられた。響の心は今や限界を迎えようとしている。

 

「みんな……お姉ちゃんが好きだったんだ……」

 

 響は自分の胸を強く締めつけながら膝から崩れ落ちた。大好きな姉がくれた愛が、巡り巡って周囲の人々を歪め、自分を追い詰めていく。

 

(お姉ちゃん……私……どうすればいいの……?)

 

 茜色の空の下、響の涙はどこまでも切なく流れていった。

 

 

 




画像生成を使ってクリスちゃんの衣装を2種類作りたかったのに作者が無力なので作れませんでした!作りたかったのはネフシュタンを彷彿とする白の衣装なんですけど……難しいですね。出来る人を尊敬します。

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