何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語   作:タク-F

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悩む響に手を差し伸べる未来は暖かく


鏡の向こうで

「よぉ……お前が噂の自称女王を語る堕落ツカサか?」

 

「……そう言う貴女は2回生の雪音クリス先輩ですか? 私は貴女に関わった覚えが無いので何のご用が?」

 

「ハッ……今年の1回生はイキの良い奴が揃ってんな! ぶっ飛ばしがいのある気質で安心したぜ。お前はあの出来損ないより楽しめると良いんだが……」

 

「先輩の期待を裏切る事はしません。何故なら私が先輩をも喰らって頂点に立ちます。ご安心ください」

 

 ツカサとクリスは互いに笑みを浮かべながら双方を見つめる。

 

「知ってるか? 1次選考での通過枠は30……なのに応募は全生徒の3割にあたる300を超えるって話だ。つまり突破率は1割も無い……半端な奴は纏めて落とされる。お前が突破出来るのか楽しみにしてるぜ?」

 

「優しいんですね先輩って。でもその優しさが転じてつまらない選考で落とされるようなヘマをしない事を祈ってますよ?」

 

 ツカサは今回の選考に集う強者との戦いに胸を躍らせる。そして1次選考のお題は【自由歌唱】……ツカサはどの曲で挑むべきか心を躍らせる。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 翼からの冷絶とクリスからの激しい憎悪。2人の言葉は、鋭い刃となって立花響の心を切り刻んでいた。

 

「私……やっぱり、ルナ・ステージ辞退しようかな」

 

 放課後の帰り道。夕暮れの商店街を歩きながら、響はぽつりと呟いた。

 隣を歩く小日向未来が立ち止まり、悲しそうに響を見つめる。

 

「響……」

 

「私の存在が二人を傷つけてる。私が歌おうとすること自体が……姉ちゃんの未来を踏みにじってるなら、私……」

 

「──なら、本人に確かめに行けば良いんじゃないかな?」

 

「え……?」

 

 未来は響の手を強く握りしめ、真っ直ぐな瞳で言った。

 

「響を一番愛してくれた鏡香さんが、本当にそんな風に思ってるのか……確かめに行こう、響」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 神風写真館……現在の鏡香の務め先にてリディアンと業務提携をしている場所。

 

「あれ? 響に未来? 学校帰りにここに来るのは珍しいな?」

 

「りゅうくん!? りゅうくんもここで働いてるの!?」

 

「鏡香さんの紹介でバイトしてるんだよ。それにしてもここは給料が良くて助かるよ〜……今度鏡香さんとデートするつもりだったけど懐が楽になってて楽しみなんだぜ!」

 

「龍樹は鏡香さんが好きだったからね。私達で恋愛相談をしてたのは……懐かしいね」

 

 都郊外にある写真館に訪れていた。静かな部屋の窓辺で、椅子に揺られながら夕日を眺めていた女性が、ドアの開く音に振り返った。

 

「響……? 未来も来たんだ……どうしたの? 確かリディアンでは【ルナ・ステージプロジェクト】が始動したって聞いてるよ? 響なら勝ち上がれると思ってたけどそんな顔をしてどうしたの?」

 

 リディアンで風鳴翼と並び称された凛とした佇まいの女性こそが立花鏡香だった。その肩から背中にかけては隠そうとしていた傷痕がチラリと見える。

 

「お姉ちゃん……っ」

 

 響は溢れ出す涙を堪えきれず、鏡香の膝元に縋り付いた。

 

「…………誰から聞いたのかは想像出来る。多分2人……翼とクリスに私の話をされたんだよね?」

 

「はい……翼さんから鏡香さんの退学の理由を、雪音先輩から鏡香さんがあの学園でどんな存在だったのかを聞いたそうです」

 

「お姉ちゃんに戻って来て欲しいって……私がいなければお姉ちゃんはって……」

 

 翼から教えられた2年前の真実。自分を守るために姉が暴行事件を起こし、退学し歌を捨てたこと。そして、クリスからぶつけられた激しい憎悪。そのすべてを、途切れ途切れになりながら鏡香に打ち明けた。

 

「そっか。翼は今でもあの件に責任を感じてるんだね。それにクリスまでそんなに荒れてたんだ……やっぱり私の行いが悪かったんだ。キチンと2人に向き合わなかったのは私の責任だ」

 

「ごめんなさい……ごめんなさいお姉ちゃん……っ! 私が……私があの日怪我なんてしなければ……私が弱かったから、姉ちゃんの未来を奪っちゃったんだ……っ!」

 

 泣きじゃくる妹の頭を、鏡香は愛おしそうに、優しく撫でた。その手は少しも震えていなかった。

 

「まったく響はおバカだなぁ……私が1番愛してるのは響だよ? 響を守る為なら私は悪魔にでもなって良い。それだけの覚悟と愛が貴女にはあるって言ったじゃん」

 

 鏡香の声は、澄み切った秋空のようにどこまでも穏やかだった。

 

「私が退学したのも、あいつらに手を上げたのも……全部、私が自分で選んだことだ。お前に責任なんて、ひとつもない」

 

「でも……! 姉ちゃんは表舞台で歌えなくなって……!」

 

「後悔なんて、一度だってしたことはないよ」

 

 鏡香は響の頬を包み込み、その目を真っ直ぐに見つめた。

 

「響が死にかけた時、私は神様にお祈りしたんだ。『どうかこの子の命を奪わないでくれ、代わりに私の歌も未来も全部持っていっていいから』ってね。だから……響が生きて、こうして泣……くのは困るけど笑って過ごしてくれているだけで、私の願いはもう叶ってるんだよ?」

 

 鏡香の瞳から、一筋の涙が頬を伝う。けれど、その顔には温かな微笑みが浮かんでいた。

 

「翼やクリスが怒る気持ちも分かる。あの子たちは、私を大切に思ってくれているからこそ、響を責めてしまうんだ。……でもね響」

 鏡香は響の手を取り、その手のひらを優しく包み込んだ。

 

 

「私のために歌を諦めないで。響が誰かを救いたいと思って歌うなら……それこそが、私が命がけで守った『私の最後の……自慢の妹』なんだから」

 

「お姉ちゃん……っ!」

 

 響は鏡香の胸に飛び込み、声を上げて泣いた。それは悲しみや罪悪感の涙ではなく、自分を包み込んでくれる絶対的な愛を知った者の涙だった。そして響は自分も歌いたい……そう心の底から思えたのだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 そしてその同時刻天羽奏が、携帯電話を耳に当てていた。

 

『……奏ね。こんな時間にどうしたの?』

 

 電話の相手は、風鳴翼だった。

 

「翼。あんた、鏡香のお見舞い……というか最近会いに行ってないだろ?」

 

『……鏡香を守れなかった私にはに会う顔がないわ』

 

「相変わらず固いねぇ。……いいかい翼。鏡香はね、自分の選択を一度だって呪ったことはないよ。呪っているのはあんた自身だろ?」

『……何が言いたいの?』

 

「響ちゃんは立ち上がるよ。あんたやクリスちゃんがどれだけ拒絶してもあの子は歌う。……だってあの子は、鏡香が命をかけて守った『愛の証』なんだからさ」

 

 奏は遠くの街並みを見つめながら、静かに、しかし力強く告げた。

 

「そろそろ腹をくくりなよ翼。アンタが向き合うべきなのは過去の幻影じゃない。今目の前で必死に歌おうとしている……響ちゃんの歌声なんだからさ」

 

 立花響の……雪音クリスの……風鳴翼の……そして堕落ツカサが会する1次選考は2日後の事だ。

 

 

 

 




次回!ルナ・ステージ1次選考です!

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