何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
【ルナ・ステージプロジェクト】1次予選当日。ここで運営より大切なお知らせが伝えられていた。
【選考は既に始まっています。応募者多数を考慮し、不適格な人物のエントリーは既に始まっています】
私立リディアン音楽院の大ホールは、参加者たちの緊張感と、客席を埋め尽くした生徒たちの熱気で包まれていた。そんな中でこの通知は会場の雰囲気を引き締めた。
「0次選考ね。まぁツカサの話通りなら300なんて枠を審査し続けるのは途方もない時間がかかる。既に選考が始まってるのは道理だね」
メラはツカサがここで落ちるようなヘマはしていないと確信していたが会場の緊迫感の変化を肌で感じていた。
「ツカサに注目するとして……翼さんは頭1つ抜けてる」
「あとは……2回生の雪音クリスが確か音楽界のサラブレッドって言われたっけ? ヴァイオリニストと声楽家の娘……順当に行けば彼女が抜ける。ツカサが1次選考を超えるのは良いとして最終選考までに彼女達に匹敵しないと栄光のチケットは手にはいらない。手にするのは彼女達2人か……ツカサか……はたまたまだ頭角を現していない逸材か……」
メラは今回のプロジェクトに参加しなかった。少なくとも早い選考で落ちるイメージは無かったが、あまりにも最終選考の通過枠が少な過ぎる。リディアンに通う以上最終的には音楽に携わるつもりだがその前にメラは見たい世界があった。彼女の見たい世界とは……?
◆◆◆
舞台袖の出番待ちエリアで、立花響と小日向未来は並んで深く息を吐いていた。未来は単なる伴奏者ではなく、響のサポーターであり、自らも歌唱枠としてエントリーした一人の参加者だった。
「響大丈夫? 緊張してる?」
「ううん……ううん! 未来が隣にいてくれるから……私は全然怖くないよ」
未来は響の手を力強く握り返し柔らかく微笑んだ。響の歌声の素晴らしさも、彼女が背負う過去の傷は誰よりも知っている。だからこそ、未来は響を一人にしないために同じステージに立つことを選んだのだ。
「あっ……翼さん……にクリスちゃん……」
舞台袖の少し離れた場所には自分達と同じ選考枠としてエントリーしている風鳴翼の姿があった。圧倒的な実力から優勝・フロンティアライブへの出場確定と目されている彼女だが選考条件自体は他の参加者と全く同じ一般枠でのエントリーだ。
(翼さん……私、逃げません。お姉ちゃんが守ってくれたこの声で……私の歌を歌います)
響の胸の奥で、もう迷いはなかった。──その時、ホール全体を圧するような割れんばかりの歓声が上がった。
響たちの出番の直前、ステージに上がったのは雪音クリスだった。灰色を基調としながらもトランプの♢を彷彿とさせる装飾を付けたドレスに身を包んだクリスがマイクを握る。
「鏡香先輩の無念を果たすのはあたしだ!」
『エントリーNo.10 雪音クリスさん お願いします』
イントロが流れた瞬間、クリスの口から放たれたのは、圧倒的な声量と寸分の狂いもない歌唱力──まさに『圧巻』の一言に尽きる歌声だった。
「すごい……完璧だ……!」
客席からも、舞台袖からも感嘆の声が漏れる。クリスの歌声は、まるで聴く者を捩じ伏せるかのような歌だった。荒々しくもその完璧な旋律と瞳の奥には、どこか痛々しいほどの孤独と「鏡香先輩の無念を晴らす」という執念が渦巻いていた。
「あの娘2回生の雪音じゃ!?」
「あの娘もエントリーしてたの!? あの人とは違う儚さと繊細さが凄い!」
「あ〜! アレもしかして鏡香先輩の衣装を想起させる衣装じゃない! 鏡香先輩はグレーでも黒の配色が強めだからあの白を意識した配色の対比が見たかったなぁ〜」
歌い終えたクリスは、万雷の拍手の中で舞台袖へと戻ってくる。そして、これからステージへ向かう響と未来に対し、冷酷な視線を投げかけた。
「ハッ……聞いたろ? これがあたしの『歌』だ。お前らみたいな素人が立っていい場所じゃねえんだよ」
「クリスちゃん……」
「鏡香先輩の顔に泥を塗る前に、無様にここでコケて消え失せな」
クリスは吐き捨てるように言い残し、立ち去っていく。そしてしばらく審査は進み……
『エントリーNo.20 堕落ツカサさん! お願いします!』
雪音クリスのステージから何人かの挑戦者の後にステージに立ったのは1回生の少女だった。
『みんな〜私の歌を聞いていけ〜!』
彼女の歌に会場が沸いた。クリスの歌は【翳り】の感情を土台に会場を沸かせたがツカサの歌は王道……その中でも風鳴翼のような鋭い歌ではなく、かといって穏やかな歌ではない。周囲の視線を自然と引き寄せる王者のような風格を纏っていた。
「言葉に……ならない……」
「お隣失礼するわ。エントリーNo.45の立花響さんと46の小日向未来さん」
「え……はい。貴女は?」
「私の名前は天命メラ。まぁ……ツカサの親友。彼女の歌に魅了されたでしょ? 彼女の歌は覇道……聞く者を魅了する歌だよ。今はまだ及ばないかもしれないけど月日を重ねればツカサの牙は風鳴翼さんさえも喰らう」
「翼さんをも喰らう……っ!」
メラの言葉に2人は絶句する。そうしてツカサの審査が終わり……会場は沸き立っていた。
「この反応……ツカサは間違いなく1次選考を超えるね。貴女達が勝つつもりなら食われないようにね」
(大丈夫……お姉ちゃんが私を信じてるから)
メラの言葉に響は不安を感じるも、響は自身の出番を待つ。
◆◆◆
『──エントリーナンバー45番、立花響さん、46番の小日向未来さん。ステージへお上がりください』
しばらくしてアナウンスが響く。響と未来は顔を見合わせると、しっかりと頷き合ってステージの中央へと進み出た。
二つのマイクに、眩いスポットライトが降り注ぐ。舞台袖で見守る風鳴翼の視線が、刃のように鋭く二人を射抜いた。
(鏡香の妹……貴女がどんな歌を歌うというの。あいつの未来を奪った貴女が……!)
静寂が訪れ、伴奏のイントロが静かに流れ始める。最初に声を紡いだのは、小日向未来だった。今回2人はユニットとしてエントリーした。最終選考でどちらかが落とされるとしても、今はお互いを信じて支え合う。
『──陽だまりのような温もりで、君の隣にいたいから〜』
響の歌声は、澄み切った清流のように柔らかく、傷ついた響の心を優しく包み込むような包容力に満ちていた。客席から「綺麗な声……」と吐息が漏れる。未来の優しい歌声に導かれるように、響は胸に手を当てた。
『お日様の輝きは私の心を優しく抱きしめて、私はそんな貴女と〜』
服の下にある二年前の火傷の痕、そしてあの場所で自分を抱きしめてくれた姉である鏡香の手足の傷。
すべてが自分が生きている証であり、愛されている証だった。
(私は……誰かを打ち負かすために歌うんじゃない。繋ぐために……誰かと手を繋ぐために歌うんだ!)
未来の声に重なるように、響が溢れんばかりの想いを歌に乗せる。
『──繋ぐ手と手、温もりは消えない!』
響き渡った響の第一音。それは、クリスのような洗練された技術も、翼のような孤高の美しさも持たない歌声だった。
けれど──あまりにもまっすぐで、聴く者の心を圧倒的な光で満たす、太陽そのものの歌声だった。
「なっ……!?」
「っ!」
舞台袖で腕を組んでいたクリスが驚愕に目を見開く。風鳴翼の体が小さく震えた。
未来が影となり温かく支え、響が光となって突き抜ける。
「…………へぇ。1回生ならツカサの圧勝かもって思ってたけど骨のある娘がいたね。ツカサも油断出来ないかな」
二人のハーモニーが広がるにつれ、ホール全体を覆っていたピリついた緊張感が、まるで春の陽気のように溶けていく。客席のメラもその歌を感じていた。
『──離さないよ、君の手を。どこまでも一緒に行こう!』
過去の悲しみも、拒絶も、すべてを包み込んで前に進もうとする『繋ぐ歌』。歌い終わり、二人が手を取り合って一礼すると──一瞬の静寂の後、ホール全体を揺らすほどの、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「響……! すごかったよ!」
「未来……! 未来が隣にいてくれたからだよ!」
ステージ中央で抱き合う2人。その晴れやかな姿を、舞台袖の風鳴翼は言葉を失ったまま見つめていた。自分の圧倒的な歌声すら揺るがすような、あまりにも眩しい「愛の輝き」を、その少女から突きつけられて──。
翼……クリス……そして現れたツカサという巨大な相手に響はどう向き合うのか……
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