何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
堕落ツカサは賑わう中庭を離れたテラスで見ていた。結果の通知は後でも分かる。あそこに張り出されるのはあくまでも速報……慌てる必要は無いと判断していた。
「手応えはどうだったツカサ?」
「突破した確信はあるよ。でも油断出来ない娘もいたね」
「風鳴翼先輩や雪音クリス先輩の事?」
「あの2人は間違いなく突破してる。私が感じたのは【立花響】だね。同じ1回生だけど噂になってた先輩の妹……そんな認識だったけど改める必要があるかも」
「彼女……ね。確かに彼女はカリスマがある。多分本人は……ううん。まだ一部の人間しか気づけていないカリスマがあるね。それでもツカサは勝てると確信してるんでしょ?」
「
(ツカサにここまで言わせる……もしかしなくても今回のステージは荒れそうだね)
速報が発表されたのとほぼ同時に合格者へと通知が送られるのは少し時間を空けた後だった。
◆◆◆
【ルナ・ステージプロジェクト】1次選考の全日程が終了した翌日の昼休み。大校舎の中庭に設置された巨大な電子掲示板の前には、貼り出される通過者30名の発表を待つ数百人の生徒たちが押し寄せ、異様な熱気に包まれていた。
「響……手、すごい汗だよ?」
「だって未来……心臓が口から出そうなんだもん……!」
人込みの後方で、響と未来は祈るように互いの手を固く握りしめていた。その時、チャイムの音と共に電子掲示板の画面が切り替わる。
『──1次選考通過者(全30名)』
どよめく群衆……画面の最上段には、他を寄せ付けない圧巻のスコアで【審査員満場一致通過】と太字で刻まれた、別格の「3人」の名前が燦然と輝いていた。
一人目は、リディアンの象徴──風鳴翼。
二人目は、圧倒的な技術と声量でホールをねじ伏せた──雪音クリス。
そして三人目は、音楽界の『女王』を目指すと告げた期待のダークホース──堕落ツカサ。
「満場一致が3人も……っ!? じゃあ、私たちが狙えるのは……残りの『27枠』だけ……!?」
参加者たちの間に凄まじい焦燥感と緊張感が走る。トップ3が早々に枠を奪い取ったことで、実質的な合格枠は激減したのだ。響は生唾を飲み込みながら、食い入るように27枠のリストを上から順に辿っていった。
「あった……! 響、あったよ!!」
「え……!?」
未来が歓喜の声を上げて指さした先。27枠のリストの中ほどに、はっきりと刻まれていた。
『エントリーナンバー45&46:立花響 / 小日向未来』
「入ってる……! 私と未来の名前があるよ……っ!」
「やったね、響……! 本当に良かった……!」
抱き合って跳び上がって喜ぶ二人。しかし次の瞬間、すぐ前方にいた2・3年生たちの上級生グループの会話が、響の耳に飛び込んできた。
「ねえ、あの45番の立花響って……やっぱり鏡香先輩の妹だよね?」
「うん。あの子の歌を聴いた時、胸が熱くなっちゃった。まるで2年前の鏡香先輩が戻ってきたみたいで……」
「あの事件で舞台から消えちゃった鏡香先輩の代わりに、あの子にはフロンティアライブまで行ってほしいよね。だから私、グループ全員で響ちゃんに投票したんだ」
「っ……!?」
響の笑顔が、瞬時に凍りついた。耳の奥で、血液が逆流するような激しい音が響く。
(私に投票してくれたんじゃない……? 私の歌じゃなくて……みんな、姉ちゃんの幻影を見てたの……?)
胸の服を、爪が食い込むほど力任せに握りしめる。 服の下にある2年前の火傷の傷痕が痛む気がした。自分の歌が届いたのだと信じた歓喜は一瞬で吹き飛び、まるで「
「響……」
顔色を失って震える響の手を、未来が両手で力強く包み込んだ。未来にとっても、鏡香は自分を実の妹のように可愛がってくれた大好きな存在だった。だからこそ、周囲の生徒たちが事件の複雑な背景も知らず、ただ都合よく消えたスターの面影を響に投影して期待を押し付けている不条理さに、未来の胸も激しく痛んだ。
「挫けない!」
だが、未来は響の目を逃がさず、真っ直ぐに見つめて言った。
「響……惑わされちゃダメだよ。私は鏡香さんの歌も優しさも知ってる。……だからこそ、はっきり分かるよ。あのステージで歌っていたのは、鏡香さんの代用品なんかじゃない。誰かを救いたいって願う、私の一番大好きな『立花響』の歌だった」
「未来……っ」
「誰がどんな幻影を重ねていようと関係ないよ。響の歌がみんなの心を動かした事実は変わらないんだから。……私たちが選ばれた理由を、これから証明していこう!」
「っ! そうだよね! こんなのへいきへっちゃらなんだから!」
未来のあたたかな言葉と真摯な瞳が、冷え切った響の心に灯りをともす。響は溢れそうになる涙を必死に堪え、力強く頷いた。
◆◆◆
「チッ……くだらねえ」
掲示板から遠く離れた校舎の階段踊り場に1人の少女が拳を握る。画面に表示された自分の名前と、そして「立花響」の名前を見下ろし、雪音クリスは手すりを激しく殴りつけた。
「なんであの素人が残ってやがる……! アタシや風鳴翼と同じ枠に並んでやがるんだ……ッ!」
上級生たちが「鏡香の妹だから」と票を投じた噂はクリスの耳にも入っていた。
「なんでこんなに……胸がざわめきやがる!」
事件の裏にある重い悲劇と鏡香の犠牲を知る身として、呑気に「鏡香の代わり」と評する周囲の浮つきにも、そして何より、そうやって残ったはずの響の歌声が自分の胸を強く揺さぶったという事実にも、クリスは酷い焦りと苛立ちを募らせていた。
「次の選考は……まぁそうなるか。なにせ最後は3枠なんだ。こういう事もあるってもんだ」
クリスはその通達を見て意識を切り替える。油断はしない……全力で叩き潰すと決意を燃やした。
「ラストステージはあたし様の勝負服で全てを奪ってやる。風鳴先輩も……あの目障りな女王気取りも!」
雪音クリスの標的は3人……しかし最終選考の通過枠はどんな事があってもその中の1人は確実に落ちると告げている。それが自分かもしれないという予感が頭を過る。
◆◆◆
「翼さんお疲れ様です」
「流石はお姉ちゃんだね」
「瑠璃……輪……まだスタートラインよ。これからが熾烈になる以上私は必ずフロンティアに立つわ。私が唯一出来る鏡香への贖罪だもの」
風鳴翼は選考結果の通知に目を通していない。その時間すらも研鑽に充てる勢いで練習へ打ち込んでいる。
「翼さん……」
「お姉ちゃん……」
「それと瑠璃に輪も……鏡香の件で貴女達を振り回してごめんなさい。正直に言えば私はまだあの娘を認めることが……いえ、これ以上危険に巻き込むのが嫌で仕方無いの」
「でも翼さん彼女は!」
「鏡香さんとは違います! 確かにあの娘の歌は鏡香さんを想起させた……でもお姉ちゃんなら分かる筈!」
瑠璃の言葉に雰囲気が静寂に包まれる。その言葉を受けて翼はゆっくりと口を開く。
「彼女の歌は私を揺らしたわ。だから確かめて行きたいの。そしてこのプロジェクトが終わるまでにはあの娘と向き合う。もし逃げるような素振りを見せたならその時は……」
「引きずってでも連れて行くよ。それが翼さんを支えると決めた私達に出来る償い方だから」
「ありがとう……私の決意を見ていて……」
風鳴翼は鏡香に恥じない自分を取り戻す覚悟を決めた。響の歌を聴きその瞳に宿ったのは『期待』……今は未熟者な響だがナニかを成すとすれば彼女だろう……と翼の中では感じていた。双翼に至る筈だった親友が命を賭した存在にようやく意識ができた……そんな気がした。
その日の放課後、通過者30名が集められた小ホールで、次なる刺客──2次選考の概要が発表された。
「──2次選考の課題は【トリオ・アンサンブル審査】です」
壇上に立った教務主任の声に、30名の生徒たちが息をのむ。
「運営側が指定した3人1組のユニットで課題曲を仕上げてもらいます。問われるのは個の歌唱力だけでなく、他者と声を重ね合わせる『調和』と『表現の相互作用』。なお、合否判定は個人単位で行うため、トリオ全員が通過することもあれば、全員落選もあり得ます。通過できるのは、30名中……わずか【9名】とします」
あまりにも苛烈な絞り込み。そして、スクリーンに次々と映し出される「指定トリオ」の組み合わせ。 響と未来が息を呑んで見つめる中、運命のチーム分けが表示された──。
すみません……昼間に執筆中の分を誤って投稿しました