何処かの世界のあり得たかもしれない少女達の日常物語 作:タク-F
1次選考の翌日……瑠璃は恒例となったとある部屋の前に立っていた。
「勇……今日も部屋から出ないつもり?」
『瑠璃姉ちゃんには関係ないだろ。姉貴の世話をしてやれよ……僕は知ってるんだよ? 最近荒れてるんでしょ? 翼さんだってあの日を引き摺ってる。僕の世話をするよりも手をかけないといけない人がいるんだ。僕の事は放っておいてよ……』
瑠璃と扉を隔てた先で部屋に籠る相手の名は勇……クリスと瑠璃の弟であり、
「目を背けても状況は変わらない……いつまでもそれが許されない事が分からない勇じゃない筈だよ?」
『……分かってる。それでも僕は部屋を……家から出たくない。この中でも出来る事はある……』
「話し合いなさいよ! 私達は家族じゃない!」
『ルナ・ステージ……姉貴なら学園の選考ぐらいはヘマしない限りは突破する筈。姉ちゃんが支えるべき相手は間違えない方が良いよ?』
「っ! 勇!」
ガチャり
今日もまた部屋の鍵が閉まった。瑠璃はすぐ傍にいながらも救うことの出来ない家族へのもどかしさを抱きつつ学園に登校する。
◆◆◆
「おはよう輪」
「瑠璃……その表情をしてるって事は今日も駄目だったって事だよね?」
「うん。そんな時間があるならお姉ちゃん達の力になれって……」
「まぁわかるよ? 2人が今大切な時期だって事も、勇の事を気にしてる場合じゃない事も……」
「こうなったら私が直接手を下すべきかな?」
今日も瑠璃が勇の事を引きずり出さないと出来ない事を呟いた。
「う〜ん……何とかなりそうにも意固地になる展開も見える。今はまだ控えない?」
「勇は悪くないよ。ママ譲りの綺麗な声を受け継いで私は勇が誇らしかった。だからそれを我慢するなんて……」
「勇君の歌声……結構好きだったんだけどね……」
瑠璃も輪も引きこもる勇の事が嫌いな訳ではない。輪は当時だが勇をいじめた相手へ報復を試みたぐらいだった。しかし当の勇が報復を望んでいなかった事や瑠璃からも止められていた。寧ろ当時は勇を傷付けた人物へ報復を試みたのは2人……輪は当然としてクリスも暴走しようとしていた。その2人を止めたのが
【立花 鏡香】
であり、この件を通じてクリスは鏡香を慕う事となる。
「勇が引き篭もってもう5年……か。長かったように感じるのに私達にも色々起こり過ぎだよ」
「勇君が自分の歌声をもう1度好きになれる何かがあれば……良いんだけどね」
「でも今はお姉ちゃんの決意を見守ろう。でもまだクリスの件もある……勇の言う通り本当に勇を助ける余裕が無い」
「勇は分かってるんだよね……自分の事を心配する余裕が無い事も……自分が変わらないと解決しないといけない事も」
手の届く距離で救えないもどかしさを抱きつつも2人は今日も過ごす。
◆◆◆
『今日も頼んだぞ勇!』
「任せてよ。君が僕を見つけたあの日から目標を見つけた。ごめんね……まだ僕が未熟で
『気にするな。元よりオレが全て演じるつもりだった。勇が決意をして行動を始めたあの日よりオレのパフォーマンスは向上し続けている。さて……今日も挑戦を続けるぞ!』
『完成したプログラムの保存と操作は任せてください!』
「ありがとうね2人共」
『そういえば勇さん……この事は家族には話さないんですか?』
「ん〜……まだかな。僕の技術が追いついて……全員で理想のパフォーマンスが出来たその時にやってみたい事がある。その為にも今はまだ早いよ……」
勇は今日もパソコンを操作しながら練習に没頭する。しかし当人と通話相手以外は知らない……
◆◆◆
「──それでは、2次選考【トリオアンサンブル審査】のチーム分けを発表します!」
小ホールの巨大スクリーンに、30名の組み合わせが次々と映し出されていく。参加者たちが固唾をのんで見つめる中、主要な候補者たちのグループが明かされていった。
「嘘……翼さんとクリスちゃん、別々のグループだ……!」
響が息を呑む。
第1グループには風鳴翼が、第3グループには雪音クリスが、そして第5グループには1次選考で圧倒的な結果を示したダークホースの堕落ツカサの名があった。主要な優勝候補たちは見事にバラバラのグループへと振り分けられていたのだ。そして──。
「あ! 響、見て! 私達のチーム!」
「第7グループ……私と未来、それと……3年生の先輩だ!」
【第7グループ:立花響 / 小日向未来 / 青崎雫】
同じチームになれたことに、響と未来は胸を撫で下ろし、顔を見合わせてほっと笑顔を咲かせる。だが、そのすぐ隣で「きゃーっ!」「うそ、私達3人一緒じゃん!?」と大はしゃぎする声が上がった。
「ビッキー! ヒナ! 見なよこれ!」
「私達3人、奇跡的に同じチームになっちゃったんだけどー!」
「コレは私達のグループが首位通過する可能性も出てきましたわ!」
声をかけてきたのは、1年A組のクラスメイト──安藤創世、寺島詩織、板場由美の三人だった。
【第9グループ:安藤創世 / 寺島詩織 / 板場由美】
「すごーい! 創世ちゃんたち、3人一緒なんだね!」
「へへー、日頃の行いが良いからね! 上級生相手にガチガチになるより、この三人で歌えるなら最高じゃん?」
「でも創世、通過できるのは30人中『9人』ですよ? 浮かれてたら落ちちゃいます。ですが……!」
賑やかに励まし合う1年生たち。しかし、ホール全体の空気は決して甘いものではなかった。今回の選考はチームごとの合格ではなく「個人評価」。周りが上級生ばかりの環境で、各自がどう「個の輝き」と「連携力」を示せるかが問われているのだ。放課後……校舎にある各レッスン室で、それぞれのトリオによる練習が始まった。
【第3レッスン室】
「ちょっと先輩方! テンポが遅い! そんなトロい歌じゃあ、アタシの足引っ張るだけなんだよッ!」
クリスの怒声が響く。組まされた上級生2名は、クリスの圧倒的な歌唱力と尖りきった態度にタジタジになりながらも、皮肉めいた視線を送っていた。
「ちょっと雪音さん、そんなにカリカリしなくても……。あなた、鏡香先輩の知り合いなんでしょ?
「……ッ! アタシに……あんな素人の名前を出すんじゃねえ!!」
響と比較されたクリスは激昂し、レッスン室のドアを激しく叩きつけて飛び出してしまう。胸の中で、抑えきれない焦りと孤独が黒く渦巻いていた。
【第5レッスン室】
「良いですか? お2人の歌は少し地味です。2次選考を突破したければ私の華やかな旋律を完璧に引き立てる『最高の下弦の月』になって貰えますか?」
「な、なに言ってるのよ一年生のくせに……!」
「私も先輩方のステージは拝見しました。しかし選考の結果が証明しています。誰を軸にすればこの選考を抜けられるか……考えれば明白ではありませんか?」
「ッ!」
堕落ツカサは、年上の上級生2人を相手に一切気おくれすることなく、完璧な自己プロデュースでチームの主導権を完全に握っていた。その光景はまるで女王と配下……しかしその仕上がりは、異質なまでの完成度を誇り始めていた。
【第7レッスン室】
一方、響と未来の第7グループでは──。
「〜〜♪」
未来の優しい歌声と、響のどこまでも伸びていく太陽のような歌声。
「響……少しテンポが早いよ?」
「ごめんね未来!」
「不思議よね……未熟な歌なのに心地良いなんて。あの人の歌とはある意味では対照的なのに……」
組まれた3年生……青崎雫は、最初は「鏡香の妹」という目で見つめていたものの、ふたりの真っ直ぐで真摯な歌声に合わせるうちに、毒気を抜かれたように笑みをこぼした。
「すごいね……あなたたち。ふたりの声が重なると、なんだかすごくあたたかい気持ちになる」
「先輩……! ありがとうございます!」
「響の歌は、みんなを元気にする歌なんです!」
未来は笑顔で答えながら、密かに胸の奥で決意を固めていた。
(響の歌声は、チーム全員を包み込んで引き上げていく……。2次選考の『連携』の審査……私と響なら、間違いなく最高の結果を出せる!)
バラバラの思惑を抱えたまま、苛烈な2次選考の本番が刻一刻と近づいていた。
次回は2次選考をお届けします!
よろしければ感想・評価・お気に入り登録お願いします!