「初めまして、猫宮真と言います。趣味は読書。特技はありません。基本人間関係とか面倒なので、放置してくれて構いません」
その男はいきなりのぼっち宣言をした。
高校入学初日。まずは授業開始前の、クラスメイトの一人ずつの自己紹介の場で真はそう宣告した。
それに対する反応は、各々様々。なんか尖った紹介をするなと興味を持つ者。痛い奴だと鼻で笑う、斜に構えた者。特に何とも思わない、他人には不干渉な者。
教師は特に何も言わない。何せ多様性の時代である。多少変わった自己紹介をしたくらいで咎める時代は終わったのだ、教師は自己紹介を進行した。
そして、真の隣、窓際の席に座る少女。井上智絵は、真に身惚れていた。真を、一目見た時にあ、駄目ってなった。
真の若干癖の付いた無造作な、だが艶やかで綺麗な黒髪。気怠げな三白眼。女の子みたいに端正で可愛い顔。華奢な体躯。
なんかもう色々駄目だった。
初めて聴く曲のイントロを聴いた瞬間に、その曲が好きだと直感する事は有るだろう。そして、大抵その直感は、外れはなくて、聴き終えてやっぱり大変お気に入りになる。
智絵の状態はまさにそれだった。智絵という少女を客観的に語るなら魅力的な少女。と言える。
体躯は153センチ。やや小柄。肉付きは良くて健康的。だが、何故か胸には脂肪はつかずに、Aカップであった。
髪少し色素が薄め、肩にかかる程度のミディアムボブに、アクセントとして四つ葉のクローバーのヘアピンを前髪のサイドに止めている。
面立ちは整っており、くりっとした眼が特徴的な可愛い顔をしている。
性格も人を傷つけない。でしゃばらない。かと言って引っ込み思案いう訳でもない中庸のバランスが取れたいい子だった。もちろんそれなりにモテた。今までに四人の男子に告白された事がある。だが、相手の事をよく知らなかった為に全て丁重にお断りしていた。
そんな自分が、何故初めて見る男子にこうも心を動かされなきゃいけないのだ?悔しい。そう智絵は思った。
悔しい?何故悔しがる必要があるのだ。とすぐ思い直した。よく考えたらそんなにお高く止まる必要もない。
とりあえず、真という少年に興味があるのは確かなのだ。智絵はそれから真の事を目で追った。
そして、見ていて、分かった。この少年は猫っぽい。というか猫そのものだ。
本を読んでいる。ずっと本を読んでいる。授業中も教科書もノートも出さずに自分の興味ある本にまっしぐらだった。
教師も、最初は注意したが、真は全く聞かない。それで皆、放置に至った。何故なら読書してるだけで、授業の妨害をしたり、周囲の生徒に迷惑かけている訳ではないからだ。明確な問題を起こしている訳でもないのに、事を荒立たせる事は出来ない。何せ今は何かあるとモンスターペアレントが飛んでくる時代だ。教師の立場は弱いのである。
智絵は勇気を出して話しかけてみた。
「猫宮くん、何の本読んでるの」
真は話しかけられると、普通に応じた。
「フッサールのイデーンだよ」
そういいながら、背表紙を見せた。
この少年、高校の授業をガン無視して、現象学を学んでいるのである。大学行け。
「そう……なんだ」
智絵はそれ以上、話を膨らませる事に失敗した。そもそもフッサールの著書など全く分からなかったからだ。
だが、ちゃんと話せた。なんか頭いいのかも?後、凄いいい匂いする。真は、薄い、若草のニュアンスの混じる甘い匂いがした。
彼が綺麗好きなのと、体質だろう。いい匂いがするのは猫だから当たり前なのだ。
智絵は、思った。顔を埋めて匂い嗅ぎたいと。所謂猫吸いである。年若い乙女が考えるには大分危ない欲求だが、何だかんだ、高校生なんて、男女問わず、少なからず変態的なのである。
真は読書に倦むと、机に突っ伏して、液状化した。ぐだぁと、誰が言ったか、猫は液体。そして寝た。智絵はギョッとした。クラスメイトが囁いた「あいつ、本当に人間?」
興味を持ったらグループで話してるなかに、混ざっていく、そして普通に馴染む。そして飽きたら、スン、となり机に戻る。情緒の落差に誰も付いてけない。
ある昼休みは一人の女子の弁当の玉子焼きが美味しそうだったので、真はおねだりした。プライドや遠慮はないのか?ないのだ。猫には、そんなもの。
「もぐもぐ、美味しい」
「猫宮くんかわいいー!ほら唐揚げもあるよー、あーん」
女子は一瞬で絆されていた。仕方ない。何故なら人間は紀元前の昔より、猫の可愛さ対抗するすべを身につける事が出来なかったからだ。
自分以外の女子に甘やかされて、餌付けされる真を見て、智絵は自分の箸を握り折りそうになった。
放課後は何故か入部していない野球部に混じって練習していた。何故か?単に運動したかったのだろう。猫の行動原理はシンプルだ。
「足腰は、こう?」
「そうそう、腋を締めすぎないで。いいリラックス具合だ。お前本当に初心者?筋がいいな。」
三年生がバッティングフォームを指導していた。猫の吸収力は高かった。
そして、野球部キャプテンと仲良くなった。
「またねー!」
「おぅ!また明日な、猫宮。出来れば入部の件、検討してくれよ!」
手をブンブン振って野球部と分かれて帰宅した。
真という男はまさに猫だった、自己中心的で、気まぐれでわがまま。そしてタチが悪いのはとびきりの人たらし。こいつの事をみんな好きにならずにはいられない。
「ともっちー。最近、ずっと猫ちゃんの事みてるじゃん?」
ある昼休みに親友の一条りおが智絵に揶揄うように話しかけてきた。智絵はちょっとムッとして、答える。
「別に見てない、よ」
「ふーん、中学以来、男をあんなに眼で追うともっちは初めてみるんだけどー?」
ちなみに、話題の猫、もとい人物の真は眠いから寝る。と宣言して、保健室のベッドで熟睡中である。
「だって……あんな変な人嫌でもみんな見ると思う……よ?」
語尾で自信が揺らぐあたり、この少女が駆け引きが出来ないタイプだと現れていた。
ニッ、と面白そうにりおが笑って、言って。
「じゃあさ、ともっち。猫ちゃん、私が狙っていい?」
「え?」
智絵は凍りついた。
「猫ちゃん、結構おかしいけど、めちゃくちゃ面白いじゃん。顔もかわいいしさ。私めちゃ興味あるんだけど。ちょっと今から、保健室に猫ちゃんと話してきていいよね?」
「だ、駄目!」
ガタッと智絵は立ち上がってりおの袖を引いた。
りおは、ギャルである。はっきり容姿も言ってかわいい。智絵以上に明るい色の長い髪にパーマがかかって、垢抜けている。服やアクセサリーのセンスもいい。性格も裏表無くて、みんなに人懐こい。今はフリーだが中学時代に彼氏もいた事がある。つまり、男性の機微にも智絵より遥かに聡い。トドメに胸がデカい。Aカップの智絵と比べるのが烏滸がましい。
智絵は理解していた。先にりおが粉をかけたら自分に勝ち目はない。
「やだ、辞めて……」
そう言って、りおの袖を掴んだまま首を振る智絵の顔に浮かぶのは本気の悲しさと恐れだ。
やりすぎた。りおはすぐに謝った。
「ごめん、ともっち。揶揄っただけ。ともっちの大事な人、私は取らないよ」
「ほんと……?」
「うん、ていうかともっち初恋でしょ。私協力するから!大丈夫、必ず猫ちゃんとくっつけてあげる!まぁ、私を信じなさいな!」
そう言って胸を張った。気まぐれ極まりない猫と親友をくっつけて見せると豪語する自信の裏付けは如何程なのだろうか?
「ど、うすればいいかな?」
先は真への恋心に対してしらばっくれようとしておきながら。ちょっと追い込まれると、あっさり、親友にし相談する。この少女も中々神経が太いのかも知れない。
「どうすればいいかっていうと。ともっちが腹を括ること!いい?恋愛は戦争なの!まず、ともっち自身の覚悟が決まってないと、上手くはいかないよ!ましては落とすべき相手は普通じゃない猫ちゃん!最後にものいうのは度胸!」
「最後にものを言うのは、度胸。」
その言葉を聞いて、智絵の目付きが変わった。肚が坐った。男性諸君は覚えおくべきである。事、度胸という点については、女性に男は敵わない。女は強いのである。
「よし、分かった?ともっち。私は助ける。助け船が欲しかったらいつでも動くよ!でも最初の一歩を踏み出すのは、ともっち自身だ!」
「分かった!頑張る!」
智絵は覚悟を決めた。こうなったら女は引き下がらない。猫への恋心を自覚し、認めた少女。
故に必然、この物語は学園ラブコメであるーー
ーーはずだった。
入学から三日目の、朝のホームルーム。真はいきなり、バンっ!と机を叩きつつ、ガタッと立ち上がった!
「な、なんだ!?どうした猫宮?」
中年男性の担任教師がいきなりの事にビクっとしながらも、真に問いかける。当然、教室の全クラスメイトが真に注目する。
「先生!俺、退学してニートになります!」
ーーは?