猫の愉悦   作:ㅤ ْ

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第2話

「先生!俺、退学してニートになります!」

 

その発言にクラス中が静まり返った。人間、完全に想定外の発言には、思考が止まる。

 

そして、中年の担任教師も例外では無かった。彼とてプロである。生徒が何を言い出しても、想定の範囲内ならいくらでも対処出来る。

 

しかし、彼の二十年の教職キャリアにおいても、入学数日でホームルーム中にクラスで退学を申し出る生徒は前例が無かった。

 

「な、何言ってるんだ。とにかく座れ。もし、悩みがあるならちゃんと後で生活指導室で聞く、だから……」

 

それでも、教師はすぐに頭を回転させて、とにかく真を落ち着かせようとした。流石プロである。

 

しかし、彼が相手をしているのはまともな生徒ではなかった。

 

「だって、朝同じ時間に起きなきゃなのもうやだ!ぐっすり寝たい!本も席に座ったまま読まなきゃだし!眠くなっても机で寝るの寝心地悪い!つまらない!もうやだー!」

 

うにゃー!っと真は不満を叫んだ。猫である。不満が爆発したら怒るのも仕方ないのだ、猫だから。

 

「いや、だからな……落ち着いて」

 

真はそのまま、無音の歩みで扉を歩み寄り、開けるとぺこりと一礼した。

 

「先生、お世話になりました。さようなら」

 

ちゃんとお別れはいう。礼儀正しい猫だった。そして、ピシャリと扉を閉めて出て行った。ちなみにスクールバッグも教科書も持たずに無手で。何故なら彼は退学したのだから、学校に属するものは必要ないからだ。必要ないモノはいらない。猫はシンプルゆえに合理的である。彼が置いて行ったそれらを誰が片付ける事になるのか?彼は知った事ではない。何故なら猫だから。

 

しばらく、真が去った教室は静まり返えったままだった、そして漸く教師は口を開く。

 

「で、今日の放課後は、ワックスがけを行う。だからその前にまず……」

 

教師はホームルームを続けた。とりあえず起きた問題は置いといてやるべき仕事を優先した。彼はプロだった。しかしクラスの殆どは教師の話を聞いていなかった。

 

そして、真の隣の席の智絵。ーー隣の席だった。というべきか?ーーは唖然と空になった真の席を見て思った。

 

あれ?私の初恋。三日で終わった?

 

………

……

 

「ただいまー!」

 

真は、自宅に真っ直ぐ帰ってきた。高らかに帰宅の挨拶する。

 

「……お前、学校は?」

 

有給を取っていたので、特にやる事もなく、リビングでひたすらノートパソコンでソリティアを遊んでいた真の父はまだ授業時間中なのに、帰ってきた息子に言った。しかし、この父親、暇の潰し方が下手過ぎる。

 

「辞めた!つまらないから!」

 

「あぁー……」

 

平然と答える息子に父は頭を抱える。

 

こうなるんじゃないかって気はしていたのだ、それにしてもこんな早く。

 

父は真の事を良く知っている。こいつは気まぐれで自己中的な猫そのものだ、協調性のかけらもない。

 

いや、良く知っているというのは語弊がある。真は気まぐれすぎて、父にも理解は難しい。こいつの行動原理はシンプルだ。なのに、読めない。

 

そもそも、この息子は駄目なのだ色々と、人として欠けているものが多い、そして優れているものも多い。

 

まず、義務教育課程がつまらないと勉強をしない。しかし、学問好き。そして、協調性もないから、小学、中学にも行かずに、部屋で引きこもっていて、自分の好きな学問の学習をし続ける子供だった。まず前転をしましょうね。と言われてるのにバク宙をしだす奴だった。

 

心配して、父親は何とか高校に行くように受験させた。しかし、それも困難だった。どんなに、なだめすかして、脅しても、この猫は聞かないのだ。

 

まず、とにかく真という人間は自分がやりたくない事もしないし、同調圧力を嫌う。むしろ皆んな右向けと言われた時に、自分は左が正しいと思えば右を向く何千人の中でただ一人でも左を向く奴だ。つまり、何かをやらせようにもアクセルが効かない。

 

そして、逆に自分が一度やると決めた事は貫く、邪魔者は排除してでもやる。飯も食わずに、眠りもせずに続ける。そして失神するよう寝てやっととまる。つまりブレーキもぶっ壊れている。

 

つまりアクセルも効かず、ブレーキも壊れた車、なのに自立発進する。かろうじてハンドルが効くかも知れない。

 

そんな危険物なのだ。でも、父親はあるいは高校に行けばこの息子も変わるかも知れないと入学を勧めた。

 

もちろん強要も出来ない。だから分かりやすく物で釣った。物欲がない、息子の珍しい、好きなもの日本刀剣。高校に入学したら、好きなのを買ってやると言った。結果、真は、ろくに義務教育を受けてないのに、地頭の良さと効率化した一夜漬けめいた学力で、高校に受かった。さして偏差値の高い所ではないが。

 

そして、真は在銘の新刀を拵付きで、真剣を手に入れた。刃長二尺ニ寸三分弱。ちなみに、価格56万也。

 

なら刀を買って貰ったんだから、高校に行くべきでは?そんな道理はない。何故なら、刀と引き換えなのは高校受験と入学だったからだ。つまり、入学したら辞めても筋は通ってる。猫の世界では。

 

「お腹すいた!」

 

「なぁ、真。とりあえず、嫌になったなら。しばらく休んで、それからまた登校してもいいんじゃないか?」

 

冷蔵庫をガサゴソと漁る息子に父はそう言った。優しく、折衷案を。

 

真は無視した。語る価値のない事は口すらしない。

 

「あ、うん。そうだよなぁー」

 

父親はため息をついた。無理なのだ。この息子はやらないといったら自分が殺されてもやらない。

 

真は卵を三つ目玉焼きにし始めてた。

 

そして、大人しく殺されてもくれない。邪魔をする奴は壊すこれがこの猫の思想だ。

 

親相手に?暴力で?道徳的におかしいだろうか?その通りだ。

 

だが、こいつは猫である人間の道徳を当てはめるのが間違いだ。故に、真の母親は息子に恐れをなして逃げた。

 

真は丼飯の上に鰹節をかけた。

 

「あぁー」

 

父親は唸った。こいつは、やっぱり外に放つべきじゃないかなぁ。と

 

父親は一部上場企業の管理職である。一般的サラリーマンより、給金はかなり多い。

 

さらに言えば父の実家は田舎だが、商売屋をやっていて、多くの土地や山すら持っている。人脈も、政財界や、ヤクザにも多少顔が効く、ちょっとした地域権力者なのである。

 

つまり真という男、実家が太い、太いのである。社会において何だかんだこれが一番強い。

 

つまり、父親としては、息子の一人二人養っても然程痛くないのである。少なくともこいつを野放しにするよりは。

 

真は目玉焼き三個を丼飯に乗せて、穴を開けると

その上から味の素と溶かしバター、醤油をかけて、さらに一味をかけた。

 

父親は、学校を三日で辞めて帰ってきた、息子の頬を張り倒したくなったが、やった所で無駄だと知っていた。こいつの動体視力や反射神経は本当の猫に匹敵する。しかも人間の培った技術もある。

 

張ったところで、首の捻りだけで避けられて、カウンター貰うのがオチである。

 

真は目玉焼き丼をガツガツ食べ始めた。その時、父親のスマホに着信が入った。おそらく、学校から保護者への連絡であろう。

 

「はい、もしもし」

 

父親は疲れた声で応じた。

 

………

……

 

学校の昼休みは真の話題が主だった。クラスのLINEのグループチャットはメッセージが飛び交っていた。

 

『退学ニート宣言は草』

 

『普通に頭おかしいだろ』

 

『そんな事分かってるけど、逆に面白いよ。これは話のネタになるって』

 

智絵はそんなメッセージのやり取りを見ながら、味のわからない弁当を食べていた。

 

「あー、ともっち大丈夫?」

 

菓子パンを食べつつ、りおが言うまぁ、彼女もいくらなんでもこんな事態想定出来た訳はない。

 

「……大丈夫じゃない」

 

智絵が答えた時、近くの女子の食事しながらの声が聞こえてきた。

 

「猫宮。完全にイカれてるでしょ?」

 

「いや、おかしいよ。おかしいけどかわいいじゃん。ウチ持って帰りたかったもん」

 

「まじー?かわいいのはわかるけど男の趣味わるいよー」

 

ぴくぴく。と、どうしても智絵の耳がその声を拾ってしまう。

 

「じゃあさ、グルチャあるんだから。猫宮にメッセージ入れてみたら?流石に今すぐには退学にはならないだろうし、引き取めりゃいいじゃん」

 

「あっ、そうだね。連絡してみよー」

 

あっ、そうか。グループチャットから、猫宮くんのアカウントに連絡は出来る。私もしよ。そう、智絵は思った。この少女は物怖じしない。

 

「ん、あれ、猫宮くんのアカウントが見つからない?」

 

「あ、これ退会したってかアカウント消してない?詰んでるわこれ」

 

そう猫宮はプライベートの時間に、クラスメイトの通知が来るのが嫌だから二日目にアカウントを消した。引きこもりである。引きこもりは外界の情報を嫌うのだ。

 

つまり、LINEアカウントは無い。個人的なスマホの連絡先は勿論知らない。学校にはもう来ない。

 

あれ?確かに智絵の初恋、詰んだ?

 

「りお、どうしようどうしよう!」

 

「どうするって、うーん。こんな事私も想定してないからにゃー。てか猫ちゃん、いちいち面白すぎるでしょ!」

 

そう言ってりおは笑った。笑うしかなかった。

 

「笑い声じゃないにゃ!」

 

智絵が机を叩いた。口調が映っていた。猫パラダイスか?

 

「あー、うーん。まぁ、ともっち諦めきれないっぽいしね。猫ちゃんもまともじゃないし。じゃあ、方法一つしかなくない?」

 

天丼を仰ぎながら、りおは言った。

 

 

「方法があるの?」

 

「うん」

 

「変態ストーカーになっちゃえ!」

 

ーーは?

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