「いや変態ストーカーって」
智絵は困惑した。
「そんな事しても猫宮君は靡かないでしょう?」
問題はそこではなかった。
「いや、変態ストーカーは言葉の綾だけどさ、要はそんくらいタガを外さないと猫ちゃん攻略は無理じゃない?」
「だからって、猫宮くん怒ったら、捕まるよ」
そう、そこを心配すべきだ。
「あー、あのタイプは大丈夫じゃない?自分ルールで生きてるから、多分他人にも道徳を求めないって」
「う、ん」
まぁ、そう言われると最もに思えるのが真という男だ。
「それに、私ら現役JKっしょ!可愛いJKなんて最強だから何やっても許されるって!」
「そんな横暴な……」
だが世の中はそんなものなのである。なんだかんだ、可愛くて若い女の子にはそれだけでみんな甘くなる。かわいいは正義。と言ったのは某漫画家だったか。
「じゃあこのまま諦めるー?猫ちゃん放っておいても、多分もう来ないよ。連絡先もわからないから、このまま一生会えなくなるっしょ?」
「だったら家にでも押しかけて、連絡先教えて、今度一緒に遊ぼう。くらいなら押してもいいっしょ。別にそんくらいなら誰も怒らないって」
「まぁ、うん。逆にそれくらいしか手が……ないね」
りおはニンマリと笑った。
「でしょ?それに学校だってすぐには、退学手続きはしないだろうし、上手くすれば猫ちゃん、また学校に来てくれるようになるかもよ!」
それが駄目でもとりあえず連絡先交換して、友達になればとりま何とでもなる。とりお。
「でもさ、家の場所なんて分からないよ。まさか、猫宮くんが心配だから家の住所教えてください。なんて先生に言っても教えてくれないよ、普通」
それはそうだ。個人情報保護法がある。同じクラスメイトというだけで、住所を教師が勝手に教えたら今日日、コンプライアンス違反である。
「じゃあ、誰かに聞けばいいじゃん。猫ちゃんと同じ小中だったやつくらい、いくらでもいるっしょ。家を知ってる奴の一人くらいは探せばいるっしょ」
そう、調べようと思えば、足で調べられるのだ。あぁ、かくも儚き個人情報保護法。
バン!と智絵は朝の猫もかくやという勢いで机を叩きながら、立ち上がると、ギョッとした周囲を尻目に歩き出した。
「探しに行くよ!」
「ともっち、フッ軽すぎるー!」
かくして、智絵は変態ストーカーへの第一歩を踏み出した。
………
……
…
真はその頃、ニート生活一日目を満喫していた。
彼の部屋は一般的な広さだ。ただ、部屋には机すらない。寝る為のベッド。大量の書棚。溢れた古本。
壁の一角には、壁に刀掛けが取り付けられていて。そこに白鞘に納まった真剣。拵に入った真剣などが幾口。槍、薙刀。棒など、大量の武道具類が掛けられていた。
そして、部屋の真ん中にはお気に入りの寛ぎスペースが開けてある。猫だからだ。
まぁ、一般的な男子高校ーーいやすでに彼は高校生ではなかったかーーからは外れているが、逆に武道家の部屋あるあるの様相を呈している。
ふと、スマホの着信。知らない番号からだ。ちなみに学校からであった。朝から退学ニート宣言して帰れば連絡があるのは当たり前である。
真はスマホを部屋の窓から遠投しようと思ったが、ギリギリで思い直して、機内モードにした。これでプライベートを邪魔される事はない。
読書に疲れると、部屋でストレッチと運動をする。ぐにゃぐにゃ、柔らかい。猫だから。
くわぁ、とあくびをする。僅かな気配で父親が電話しているのが分かった。学校から保護者への連絡が長引いているのだろう。
真は寝た。猫だから眠い時に寝て起きたい時に起きる。猫として正しい。ただ人としては不適だった。
起きると日が暮れていた。部屋を出て、リビングに移動した。飲まなきゃやってられないとばかりに焼酎を煽っていた父親が疲れた顔で言った。
「弁当買ってきたから食べろ」
ほっともっとの、のり弁当だった。シンプルイズベストで真の好物だ。父親は真のブレーキが効かない性質は良く知っていた。たまにちゃん食べせないと、水だけで二日くらい過ごしたりする危なっかしい息子なのだ。
「いただきまーす」
ご機嫌でもぐもぐ食べ出す。こうしているとかわいい息子なのに、何故こう育ったのか。父親は意味のない自問をした。
………
……
…
猫の退学ニート宣言の日の昼から、智絵達は、一年のクラスを周り、猫の知り合い、家を知ってる者を探した。
そこで気付いたのは、尋ね回っていると、僅か三日しかいなかったのに、真の退学を残念がってたり、復学して欲しいと思っているものがチラホラいた事だ。
人たらしの面目躍如である。色んな所にふらりと顔を出して仲良くなってたらしい。かわいいとか、なんか面白いとか、放ってけない、とか男女問わずいた。
ただ、調査自体は難航した。確かに小中同じ生徒もいた。しかし、聞いてみると真はその時点で引きこもりであり、ほとんど接点がないと皆言うのである。曰く、意味不明。よく分からん。レアキャラ。いい匂い。
あれ、これ本格的に詰んだ?と思って智絵が涙目になった頃。退学宣言から二日目の昼休み。
「猫宮の家、知ってるよ?」
「ほんと!?」
「ちょっ!怖い怖い怖い!」
身長の高い、精悍な顔をしたモテそうな男の言葉に智絵はガッと肩を掴んで思い切り迫って、男に引かれた。
しかし、無理はない。智絵は、この言葉を求め続けたのだ。
「あいつの家だろ。小学生の頃だけど二、三回行った事あるし、場所は覚えててるよ」
「教えて!お願い!」
智絵は前のめりすぎた。男はこの子に教えて大丈夫か?と思っていた。
「まぁ……いいか。ただ、下手な事しない方がいいよ。猫宮じゃなくて君の心配ね。あいつ、人間と思わない方がいいよ」
「それは……言い過ぎじゃない?」
「そう思うか?いきなり退学ニートする奴だけど」
「……」
小学生から真を知ってるらしい男の言葉には説得力があった。
とにかく、智絵はメッセージでやり取りして、住所を送って貰った。これで首の皮一枚で真と繋がった。
「やった!りお!りおー!」
智絵は親友の元に走り去っていった。
「喧しい子だなぁ」
男の感想がポツリと残された。
………
……
…
智絵はりおと相談した、善は急げ。早速放課後、真の家に行こうと。腹を括った少女は強かった。
智絵は、真が退学して残念がってる生徒も呼んで、一緒に行こうかとも提案したが、りおは秒で却下した。別に猫の復学が目的では無い。趣旨がズレている。
そして、多分、複数人で押しかけたら猫は嫌がってますます離れる。悪手だと判断した。鋭い。人間の距離感に聡いギャルの洞察力は侮り難い。
「じゃあ、目的はともっちが猫ちゃんと話す事。連絡先の交換。イケそうなら遊びに誘えばいいっしょ」
「連絡先まではいいけど……初めて話すのに遊びに誘うのはハードル高いよ」
欲張りすぎだと、智絵は思った。とりあえず連絡先さえ手に入ればゆっくりやり取りしてデートに誘ったり出来るじゃない。と考えていた。
「いやー?こういうの案外ノリっしょ!その場で盛り上がったらもうそのままカラオケでも何でも誘っちゃうもんっしょ!」
ギャルのノリとコミュ力。恐るべし。無敵か?
「よし、ともっち。ともかく放課後行くよ!」
「よし、分かった!」
ーーそして放課後。
「住所はこの辺りだけど」
地図アプリを参照しながら、りおはキョロキョロしていた。何の変哲もない、住宅街の一軒家が立ち並ぶ中だ。特徴的な家があるわけではないから、どれが目的の家か分かりにくくある。
「あ、りお!多分この家だよ!」
智絵はテンション妙に高くなっていた。
「んー、多分合ってるっぽいね。表札が出てないから絶対とは言えないけど」
「猫宮くん居るかな?人がいそうな気配ないけど」
「いつからともっちは建物の中の気配が読めるようになったー?先頭民族か?」
「ノリだよ!フィーリング」
「まぁ、何でもいいけど。引きこもりって話だし基本的に家にいるんじゃない?」
りおは棒付きキャンディを舐めながら言った。
「じゃあ行ってくる!」
「よし!頑張れ!ともっち!」
インターフォンに向かっていった親友を見送る。りお。智絵は、まず一息ついて、手を挙げて指でインターフォンを押し込ーーこめずに、スタスタとりおの元に戻ってきた。
「りお、ヤバい。心臓ドキドキしてきた」
そりゃ、そうなる。初恋の男の家にアポ無しで来たのだ。緊張しないという方が嘘だ。
「ここまで来て日和るなしー。じゃあ私が押す」
「わぁぁ!ちょっと待って」
容赦なくインターフォンを押そうとしたりおに、智絵が縋りそうになった時、ガチャりと玄関が開いて件の猫が現れた。
「え?」
「あ?」
「ん?」
三者三様に首を傾げた。
ーーん?