そんなこんなで、智絵が猫宮の主人になる決意をしてから翌日。智絵の決意とは関係なく、学校生活は流れていく。
もちろん、そこにドロップアウトした猫宮はいない。それは智絵にとって寂しいのだが。
「ねー、ともっち。猫ちゃんのアドレスにメール送ってみた?」
「……送った」
そう、送った。最初のメール。色々考えていたら長文になりすぎて。これでは駄目だと、文を削ったら、今度は冷たい印象になってしまって。適切な文を考えて、推敲しているだけで二時間過ぎていた。
だが、それも無理はない。ただでさえ恋する乙女なんて大抵はそんなものなのだ。それなのに智絵は、また行きます。ご飯作ります。何がいいですか。要約するとそういう内容のメールを制作したのだ。
冷静に考えて、文面をみて自分は何を言っているんだ。と智絵自身思った。初めてまともに会話したその日のうちに、この内容は結局変態ストーカーの所業ではないか?と。
だが、相手はまともではない。故に、こちらもまともに行っても攻略出来ないというのは、りおの言った通りだ。葉隠に曰く、正気にては大業ならず。
だから、清水の舞台から飛び降りつもりでメールを送信した。そして結果。
「返信来なかったっしょ」
「……うん、来なかった」
智絵の目は死んでいた。
「ちな、私も」
りおも一応メールは送っていた。そして、りおは十中八九返事は来ないと踏んでいた。プライベートを邪魔されるのが嫌でLINEアカウントを消す猫である。さもありなん。
一方そのころ、猫宮の部屋では彼のスマホは放置されたまま充電切れしていた。無論猫は、二人からのメール自体気付ていなかった。
「どうしよう?」
「まー、アポなしで行くっきゃないっしょ。昨日また来るって伝えてたから非礼にはならないっしょ」
このギャル。コミュ強だが、その秘訣は、相手との距離感を大事にする事と、礼儀は忘れない事であるだろう。
「放っておく訳にも行かないもんね」
その時、クラスメイトの少年が二人に近づいてきて声をかけた。
「二人とも猫宮の家に行ったって本当か?」
「えー?本当だけど?」
少年の言葉にりおが応じた。なんでそんな事を知っているのかと言いたい所だが、猫宮の家を知っている者を探し回っていたのは、二人だ。人の口に戸は立てられない。
「あんな事言って学校来なくなったから、気になってさ。アイツは元気そうだった?」
彼は猫宮の事を気にかけているらしい。おそらく三日の間に猫宮に誑し込まれた一人だろう。
「うん、本と日本刀の中でファミチキ食べてて元気そうだったよ」
「……どういう状況?」
遠い目をして智絵が答えると、少年は至極まともな感想を漏らした。
「まぁ、いいや。また会いに行く事あったらよろしく言っといてくれよ」
「……うん、伝えとく」
宜しくも何も伝えた所で猫は小首を傾げるだけだろう。少年はそれだけ伝えて去っていった。単に猫宮の現状を心配しただけだったのだろう。類は友をというが、無邪気な男である。
「で、ともっちー。今日行くの?猫ちゃんの所ー」
「行く!ご飯食べさないと」
「まぁ食べさせないとだよねー。私も行った方がいい?」
「来て!」
りおの言葉に智絵は若干日和ってそう答えた。流石に、猫宮と二人きりで話せる自信がまだなかった。りおは猫相手でも距離感を測れる才能がある。分かってて助け舟を出した。よく出来たギャルである。
しかし、一方。智絵も猫宮相手の武器はある。ご飯を食べさせるには作るのが一番である。そして智絵は料理が出来た。同年代の女子と比べて高水準のレベルだろう。両親が共働きで、ご飯を作る事が多いが故のスキルだった。りおにはこれは出来ない。
古今、猫を懐かせる方法は餌付けと相場が決まっていた。
「んー、でも何作るの?猫ちゃんが何が好きかわからないっしょ?偏食だったら下手なもの作れないし、好き嫌い聞こうにも連絡取れないっしょ?」
「大丈夫、チキンカツと、ポテトフライでいく」
「あ、なるほど」
もちろん、智絵も何を作ったらいいかとは考えた。好みを聞きたかったが無理な以上。昨日のコンビニである。ファミチキ、ポテト、モンスターエナジー。つまりジャンクなものが好みと見ていい。揚げ物はイケるはず。どう見積もってもチキンカツとポテトが食べられないと言う事はないはずだ。
「とにかく放課後、スーパー行って猫宮くんにご飯作りにいく」
まともに初めて話した翌日に、料理作りに行く。しかも揚げ物という料理としては面倒なものを人様の家でする気である。智絵は果たして正気なのだろうか?
一つ言えるのは猫相手に、人間の常識を前提にして付き合ってても進展はしないだろう。
「ん、胃袋を掴みに行く作戦ね。でもちょっといい?」
「何?」
「材料費貰うの?」
「あ」
りおの突っ込みに、智絵は固まる。普通に自分のお小遣いで材料を買って、作りに行くつもりだったからだ。
別に、一回くらいならそれでもいいだろうが、通い妻をする気なら、どう考えても女子高生のお小遣いでは持たない。考えているようで智絵は単純な所を考えていなかった。恋する乙女の猪突猛進ぶりか?あるいは、猫の主人故の献身か?
「ど、どうしよう」
「あー、分かった。私が交渉するから。ご飯作るから材料費くれるって」
「いや、でもそれいいの?」
いいのか?それは?至極当然な疑問である。会ってあら然程経ってないにも関わらず、頼まれていないのに二人でご飯作りいく。食べさせる。そして、切り出す。これからも作るから材料費くれと。
下手したら軽い美人局である。
「まー、軽い提案ならいいっしょ。ご飯作りにくるから、材料費は貰うって。これ上手く行ったら、かなりともっち有利だよ」
「なんで?」
「お金の問題が発生してるから。つまり、お互いにそれだけの信頼関係が生まれるっしょ?」
「……」
りおの見方は、現実的であった。無償の愛とはよく言うが、現実的には、人間関係は取引なのだ。与え続けたり、奪い続けたりする関係が上手く行くはずがない。だが、猫を相手に情の取り引きは難しい。
そこにわかりやすい金銭のやり取りが発生するなら、智絵もいい加減な事は出来ない。流石に猫宮も猫なりに誠意はみせるであろう。そうりおは考えたのである。
つまり、智絵に、金を取ってまでやる覚悟はあるか?と腹を括らせてもいる。このギャル。只者に非ず。
「大丈夫!提案と交渉は私がするから。ともっちがやる事は猫ちゃんがまた食べたいって思うご飯作るだけ。簡単っしょ?」
「ん、分かった。頑張る!」
そして、実際、りおに促されるまでもなく、肚が決まっているのが智絵であった。結局女は強いのだ。
かくして、二人は放課後になるとスーパーに向かったーー