星空凛は猫を被りたい   作:Kano

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前編

 

 「え? 真姫ちゃんが凛におしゃれを教える?」

 

 もう二学期も始まって一息が付き、秋分もとうに過ぎたある日のこと。かなり遅れてきた残暑によって、肌を刺すような日光を十二分に受けた放課後練習も終わったころ、クールダウン中に真姫ちゃんがそう言って話しかけてきた。

 

 「そうよ。あの日以来ちょっとは女の子らしい服装をするようになっているけれど、まだまだ女の子初心者でしょ?」

 「女の子初心者って……。それだと凛が、今まで男の子だったみたいだにゃー……」

 「ち、ちがっ! 凛はおしゃれをし慣れてないって言いたいのよ! とにかく、今週の土曜日って空いてる? ショッピングに連れて行ってあげるわ」

 

 今週の土曜日と言えば、テスト前最後の休日だ。つまりそれは凛にとって最後の砦を意味している。

 

 「その日から凛は真面目に学業に励むつもりなんだにゃ」

 「それっぽい言い方して、テスト勉強と言うより、要するにテスト前の課題を全然終わらせていないんでしょ?」

 

 返す言葉が見つからなかった。

 

 「ま、どうせそんなことだろうと思ったわ。だからショッピングが終わったら私の家に来ればいいのよ。私が着なくなったものとかもいろいろと試着させてみたいし、そのついでに課題も手伝ってあげる。二日もあれば終わるでしょ」

 

 学年トップの真姫ちゃんが手伝ってくれるとなると百人力だ。提出期限当日になっても終わっていなかった時の頼みの綱として考えていたけれど、その前に終わらせられるとなるなら凛としては願ったり叶ったりである。……って、あれ?

 

 「え? 凛、真姫ちゃん家に泊まるの?」

 「何か都合悪かったかしら? 凛のことだから、土日を目いっぱい課題に使う予定で開けているものだと思ったけれど」

 

 心の中にある見えない的の、ど真ん中を射抜かれた気分になる。確かに凛は、土日の48時間をどのように効率よく使うかの計画まで練っていた。でも……。

 

 「なんか先回りして言われると、腹が立つにゃ」

 「ならそういうことでいいわね。朝の10時にUTX学院前で会いましょ。時間厳守でお願いね」

 

 画して凛は、真姫ちゃんによって半ば強制的に、ほとんど上から目線で約束を漕ぎ着けられたのである。

 

 

 ◆

 

 

 「おはよ真姫ちゃん。早いね、待たせちゃったかな?」

 

 ショッピングの約束をした日が嘘だったかのような、暑さを感じない綺麗な秋晴れに恵まれた当日の朝。集合の時間になるかならないかの頃、凛は少し早く待ち合わせ場所に向かったものの、すでに真姫ちゃんはそこで待っていた。

 

 「おはよ凛。私も今来たとこよ。それより……ふむ」

 「な、何かにゃ……?」

 

 真姫ちゃんは顎に手を当て、凛のすぐそばまで顔をずいと寄せてきた。その距離の近さに凛は少し後退る。さっそく凛のファッションセンスのチェックということなんだろうか。真姫ちゃんは凛の周りを一周すると、納得したようにこっちを向いて笑顔を見せた。今日の服装は、まあいつもの服装と大して変わらないんだけど、上はクリーム色のシャツで中に厚着を、下はブラウンのボーダー柄のオーバーオールにレギンスで肌は完全に隠している。

 

 「ま、合格点ってとこかしら。おしゃれとは言い難いけど、凛らしさは出ているわね」

 

 それはどうも、と小さく返事をすると、ようやく真姫ちゃんは凛から距離を取ってくれる。そんな真姫ちゃんの服装と言えば、……うん、高そう。どこかで見たことあると思ったら、秋合宿の行きに来ていた服装と、バッグから羽織っている白いコートまで同じだった。凛が人のことを言えた口じゃないけど、μ’sの中には他にもっとおしゃれさんがいると思う。

 

 「さ、こんなところで油を売っている時間はないの。早く行きましょう? 凛のプロデュース大作戦、始めるわよ!」

 

 その言葉に何かと反論したかったけど、真姫ちゃんはくるりと凛に背を向けると足早に駅へと向かって歩き出してしまった。

 この二日間、凛は果たして無事でいられるのかな……。

 

 

 ◆

 

 

 電車に乗って向かった先は、都会の中の都会、原宿だった。普段かよちんとですら、ここまで遠出して買い物することもなく、目新しさに思わずきょろきょろとしてしまう。

 

 「なに挙動不審になってんの。田舎者みたいに見えるから止めてよ。……っと、着いたわ。ここの店に入るわよ」

 「凛はこれでも一応東京住みなんだけど……あ、待って」

 

 店に入った途端、凛は思わずそこで立ち止まった。

 

 「うわぁー……!」

 

 意図せずに感嘆の声が漏れてしまう。真姫ちゃんによって連れてこられたそこは、凛の知らない世界だった。せいぜい近くの大型ショッピングセンターにある服屋程度にしか行ったことのない凛にとって、その店の中はあまりにも眩しすぎた。

 

 「別に、普通のアパレルショップでしょこんなの。……早く入りなさいよ」

 

 固まっている凛をじっとりと見る真姫ちゃんの視線が痛い。これが普通と言われれば、凛はどうしようもなくなってしまう。

 

 「り、凛には似合わないにゃー……」

 「まーたそんなこと言って。あんなにばっちりとウェディングドレスを着こなした人が言うセリフかしら? 今日は凛に自信を付けさせる目的も含んでいるの。主役は主役らしく、しゃんとして頂戴」

 

 真姫ちゃんはそう言って凛を軽く叱ると、店の奥に向かって手を振って声をかける。すると奥から出てきたのは、上下スーツに身を包んだ中年くらいのダンディーなおじさまだった。髪は半分くらい白んでいて、いわゆるちょび髭を鼻下に蓄えた彼はどこかの執事でもやっていそうだ。すぐに真姫ちゃんの存在に気付くと、柔和な笑みを浮かべて凛たちのそばに来る。

 

 「いらっしゃいませ。これはこれは、西木野様のところの真姫お嬢さんではありませんか。おやおや、ご友人も一緒なのですね」

 「今日は彼女の服を選びに来たの。手伝ってくれる?」

 「もちろんでございます。早速見ていきましょうか──」

 

 そこから凛は、文字通り着せ替え人形だった。着ては脱がされ、脱がされては着てを繰り返し、真姫ちゃんはおじさまと、ああでもないこうでもないと話し合いながら凛の服を選んでいく。最初は男性だからとおじさまのことを不安に思っていたが、真姫ちゃんよりもおじさまが勧める服のほうが候補として多く上がっていくのには驚いた。体を触ってもいないのに凛の体系を完全に把握していて、凛にぴったりの服を持ってきてくれる。

 

 ……何時間が経過したんだろう。そろそろ目が回りそうになってきた頃にようやく、遅めの昼食をと店の奥にあるカフェスペースに案内された。どうやら店がランチをご馳走してくれるらしい。

 

 「こんな高そうなお店、真姫ちゃんはよく来るの?」

 

 凛の一週間分の昼食代くらい値が張りそうなランチに舌鼓を打ちながら、丸いテーブルを挟んで正面に座る真姫ちゃんに尋ねてみた。

 

 「季節の変わり目に来るくらいかしら? 家族ぐるみでお世話になっているから、来たときはこうやってランチをご馳走してくれるのよ」

 

 常連ならではの特典ということなのかな。それにしても気になっていたことが一つ。

 

 「じゃあ真姫ちゃんの服はいつもおじさま……おほん、店員さんに選んでもらっているの?」

 

 ファッションのことは先日真姫ちゃんに言われたように素人に等しいのだけれど、そんな素人眼に見てもおじさまのセンスは凄く良い。凛の中ではどうしてもおじさまのチョイスが真姫ちゃんの私服に結びつかないのだ。

 

 「いや、私って人に決められるのとかあまり好きじゃないのよね。服くらい自分で選べるものだし、いつもは一人で選んでるわ」

 「そうなんだ……」

 「なんでほっとしてるのよ」

 「い、いや、気のせいだにゃ」

 

 うっかり顔に出ていたようだ。せっかく連れてきてもらったのに、あまり失礼なことを考えるべきではないよね。

 ……そういえば、どうして真姫ちゃんはわざわざ凛のためにここまでしてくれるんだろう。こんな高そうなお店に……高そうな……高そうな?

 

 「に"ゃーーーー!!!!」

 「うぇっ!! ななな、何よ突然! びっくりするじゃない!」

 「あんな高そうな服を買えるほど、凛はお金を持ってないよ……」

 「ああそんなこと」

 

 椅子をひっくり返してまで驚いていた真姫ちゃんは凛の発言をそんなことの一言で片づけると、座り直して食後の珈琲を優雅にすすって見せた。

 

 「私が払うに決まってるじゃない。こっちが勝手に選んで、さあお金を払ってなんて言うわけないでしょ」

 「そんなの、申し訳なさいっぱいで、これから真姫ちゃんの顔を見るたびに赤面しちゃうにゃー」

 「なんで初恋の女の子みたいになってるのよ……」

 

 眉間にしわを寄せ、真姫ちゃんが凛のことを見る。

 

 「じゃあこうしましょ? 私はこの服で凛に先行投資をするわ。凛がこれから売れっ子アイドルになったら、そうね、私の服を買ってちょうだい」

 「売れっ子アイドルって、メンバーの中でも断トツにかわいくない凛がなれるわけないよ……。それにスカウトさんも来てないのに……あだっ!」

 

 ダシッ!

 と真姫ちゃんは凛の頭頂部をなかなかの力でチョップした。二人の騒ぎが聞こえているのか、扉の隙間から見える店内では他のお客さんが何事かとこちらを覗いているのがわかる。

 

 「スカウトはこれからきっと、いや、絶対に来るわ! ……まったく、凛ってやっぱり……うん。ま、お金はそういうことで、服の方をさっさと決めてしまいましょ」

 

 何かを言いかけた真姫ちゃんは珈琲を一気に飲み干すと、凛を置いて店のほうに行ってしまった。

 何を、言いかけたんだろう。

 

 

 ◆

 

 

 それからの時間はあっという間だった。昼食前にある程度絞っていた候補をもう一度着ながら、真姫ちゃんとおじさまと三人で一つのコーディネートへと絞り込む。

 

 「さぁ、出てきて凛」

 

 選んでもらった服に着替えたものの試着室で渋っていた凛は、真姫ちゃんにそう声を掛けられて恐る恐るカーテンを開ける。

 

 「おお! やっぱりこれが一番お似合いですな。凛お嬢さん、本当に素敵でございますよ」

 

 そういってにこやかに凛を見つめてくれるおじさまを見ていると、なんとか試着室から足を踏み出す気になれる。

 秋らしい少し深みかかった柿色のカットソーにはワンポイントで円形のブランドマークが入っていて、首回りからクリーム色のシャツを覗かせている。そしてその襟を通して胸元には焦げ茶の紐リボンがぶら下がっていた。下は膝上10センチ弱の淡い緑色をしたフレアの入ったスカートを履き、左前にちょこんと二つ蝶ネクタイのような赤いリボンが二つ付いている。さらにキャメル色のチャッカーブーツとグレイ基調のアーガイル柄靴下までおまけしてもらい、凛の全身がそっくりそのまま完全にコーディネートされてしまった。

 

 「どう? 少しは自信がついたかしら? しっかり鏡で自分を見てごらんなさい」

 

 肩を掴まれて試着室の鏡へと体ごと顔を向けられた凛は、否応なしに自分と対面してしまう。そこにいるのは確かに自分なのだけれど……。

 

 「やっぱり凛はあんまりこういうお淑やかな服は似合わないよ……。ボーイッシュはボーイッシュらしく、もっと動きやすい格好がいいな」

 「何言ってるのよ凛。あなたの今の姿を見て誰がボーイッシュだなんて言うのかしら。ねぇ?」

 「はい。それはそれはどこかのご令嬢のような、立派な淑女に見えますよ」

 

 おじさまの後押しも受け自信満々に頷いた真姫ちゃんは、財布の中から何やらカードを取り出す。高校生なのにもうクレジットカードなんて持っていることに驚きを隠せない。

 

 「じゃあ私は会計してくるから、凛は出口で待っててね」

 「う、うん。ごめんね真姫ちゃん。いつか必ず返すから」

 「ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ」

 

 カードをひらつかせながら、真姫ちゃんはレジの方へ歩いて行った。全身を着替えてしまった今、さっきまで来ていた服を持ち帰らなくてはならないことを思い出し、凛は慌てて試着室へ入ろうとする。すると、すぐ横でおじさまが大きめの茶袋を両手に抱えていた。

 

 「着てきた服を持ち帰るのにお使いください」

 「あ、どうもです。……今日はありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げ、凛は壁に掛けていた自分の服を畳み始める。

 

 「お店に来る前と今では、果たしてどちらが凛お嬢さんなのでしょうね」

 「……へ?」

 

 唐突に脈略もないことを話しかけられて、振り返りながら素っ頓狂な声を上げてしまう。そこには凛が履いていた靴を箱に入れて抱えているおじさまがいた。この人、凄い。

 

 「何を言っているのか、凛にはさっぱりわからないにゃ……?」

 「これから言うことは年寄りの戯言として聞き流してください」

 

 おじさまはそう前置きをすると、優しくほほえみながら諭すように話し出した。

 

 「……凛お嬢さんも真姫お嬢さんも今、変化の多い多感な時期です。自分とはどういうものなのか、決して見失わないように」

 「りーん? 準備できたの? 早く帰らないと、どんどん時間なくなるわよ」

 

 お店の出口で真姫ちゃんが腕組みをして凛を待っている。すぐ行くと返事をした凛は、おじさまから靴を受け取り乱暴に茶袋に突っ込むと、もう一度深々とお辞儀をして真姫ちゃんの下へ向かう。聞き流せと言われたものの、おじさまの言葉は凛の心の片隅でぷらぷらと引っかかっていた。

 おじさまが何を言っているのか、凛にはさっぱり、わからない。

 

 そうして凛のプロデュース大作戦はひとまず幕を下ろしたのだった。

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