正体不明な拾った少女が実は闇堕ちした推しヒロインだってことを俺はまだ知らない〜「ごめん、俺は聖女が好きなんだ」「……それ、私ですよ?」〜   作:水葉わいん

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第30話 月の聖女は想い人を押し倒す

 

 

 

「約束通り、会いに来ましたよ」

 

 アリシアは窓枠に座り、夜風に銀髪をなびかせながら微笑んだ。

 

 真っ白な神官服に身を包んだ彼女と背後の月はよく映えていて美しい絵画のようだった。

 

「アリシアさん……!? でも、どうして俺の家がわかったんだ……?」

 

「ふふっ、シアに聞いたら教えてくれましたよ。それで少し……尋ねにきました」

 

「それにしては凄く……ダイナミックな尋ね方だね……」

 

 俺はアリシアの座る窓枠に視線を移す。

 

 ここは一応、2階なんだけどな……。

 まさか、登ってきたのか……?

 

「まあ……今の私は行方不明って世間で騒がれている存在ですからね。見つかると面倒ですし」

 

 アリシアは「それよりも」と言葉を挟むと、真剣な表情に戻る。

 

「アスタさんに念のために言っておかなきゃいけないことがあるんです」

 

「言っておかなきゃいけないこと……?」

 

「はい」

 

 そう言ってアリシアは少し間を置くと……ゆっくり、口を開いた。

 

「――私が聖女ではなくなった穴埋めを貴方がする必要はありません。恐らく、未来がわかる……と言った貴方のことですから滅びゆくであろう未来を自分で阻止しようと考えているのでしょう」

 

「っ……ど、どうしてそのことを……」

 

 アリシアって人の頭を覗き見る能力でも持っているのか……?

 

「ふふっ、貴方の考えくらい、バレバレですよ。別に特別な能力ではありません」

 

「やっぱり、俺の考えてることわかってるよね……!?」

 

「まあ、顔に出てますから」

 

 クスクスとアリシアは悪戯っぽく笑った。

 

「というわけで、アスタさん。変に気負わないでくださいね。自分のミスくらい……自分でなんとかしますから」

 

「そうは言っても……」

 

「私はもう無力だから何も出来ない……と?」

 

「そ、そんなことはないと思うけど……でも、少なくとも、今の状況を打開できる力はアリシアさんには無いんじゃ……」

 

「そう、思いますか?」

 

 アリシアは青い瞳をじっと向けてくる。

 

 不思議な瞳だった。

 どこまでも底が見えなくて……吸い込まれるような不思議な魔力を帯びていて……。

 

 ずっと見つめていると、わずかに得体の知れない恐怖すらも感じた。

 

「じゃあ、試してみますか?」

 

「え? 試す……?」

 

「はいっ……! もし、私の方がアスタさんよりも力があったら……アスタさんは私の穴埋めをしようとするのを……諦めてくださいね?」

 

「まあ……良いけど……どうやって試すんだ?」

 

「んー……そうですね、純粋に力比べしてみましょうか」

 

 力比べ……?

 俺が不思議に思っていると、アリシアは窓枠から降りて、こちらへゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 俺は呆然とそれを見つめていると、アリシアの両手が俺の腕めがけて伸びて――

 

 ――ストンという音ともに視界が一変した。

 

「へっ……?」

 

 しばらくの間、俺は何が起きたのか理解できないでいた。

 

 視界いっぱいに映る、悪戯が成功した子供のようなアリシアの顔。

 アリシアに両手で押さえつけられている俺の腕。

 

 ――そう、俺はベッドに押し倒されていた。

 

「は、へ!? ちょ、ちょっとアリシアさん!?」

 

「ほら、私よりも強いと言うんでしたら押し返してみてくださいよ」

 

「っ……」

 

 推しに押し倒される……なんて、ご褒美みたいだけど、流石に恥ずかしい。

 

 俺は両腕に力を込めて押し返そうとする。

 ――しかし、アリシアの手はピクリとも動かなかった。

 

「あ、あれ……?」

 

 相手がただの女の子だからって手加減しすぎたか?

 

 俺は全力で押し返そうと再び試みる。

 

 しかし――またしてもアリシアの手はピクリとも動かない。

 

「ど、どうして……アリシアさんは、既にただの女の子のはずじゃ……」

 

「そのはずだったんですけれど……どうやら、魔女の力が部分的に発現して身体能力だけが大幅に上がったみたいです」

 

「っ……そんなこと……」

 

 ……いや、あってもおかしくないのか……。

 

 確かに魔女の力を手にしたアリシアには、力勝負で勝てるわけない……。

 

「で、でも……俺はアイテムを駆使して戦うスタイルなわけで……」

 

 俺は顔を逸らしながら、苦し紛れに呟いた。

 

「確かにアスタさんが強力な武器やアイテムを持っていて、それを使うスタイルなのはわかります……が、別にその武器やアイテムを使うのはアスタさんじゃなくても良いのでは?」

 

「うぐっ……」

 

 痛いところを突いてくるなぁ……。。

 

「では、約束通り……私の代わりになろうとするのは諦めてくれますね?」

 

「っ……だとしても、これはアリシア一人で背負えるものじゃないよ」

 

「むっ……まだ諦めませんか?」

 

 アリシアは少し不機嫌そうにすると、俺の手を抑える力が強まった。

 

「ああ、俺はアリシア1人に全部を任せる気はないよ……」

 

 彼女に必要なのは戦いじゃない。

 裏切られて傷ついた心を癒す時間だ。

 

「強情ですね……でも、それも、もしかして……私が大切な人だからですか?」

 

「っ……そう、かもな」

 

「へぇ……」

 

 アリシアは面白い悪戯を思いついた子供みたいに唇を歪めた。

 

「そういえば、訊いていませんでしたね」

 

 そして、彼女は俺を押し倒した体勢のまま、俺を見下ろして――

 

「――どうして、私が『大切な人』なんですか?」

 

 

 

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