僕のヒーローアカデミア 〜メダル使いの規格外ヒーローライフ〜 作:アルフアルフ
映二が、校門前で泣き喚くぶどう頭の少年を宥めすかし、なんとか一学年上の愛しい幼馴染から離れて校舎へと足を踏み入れてから数十分後。
学外の掲示板で確認した通り、映二のクラスは1年A組だった。
巨大な『1−A』の文字が書かれた教室のドアの前に立つ。
これから始まる三年間のヒーローライフに、映二は「よし……」と小さく気合を入れ、ガラリと大きなドアを開けた。
その瞬間。
「机に足を掛けるなッ! 雄英の先輩方や、机を作ってくださった職人の方々に申し訳ないと思わないのかッ!?」
「思わねえよ。つーかテメェどこ中だよ、クソ真面目なモブがよォ!」
いきなり鼓膜を突き破らんばかりの、凄まじい大声の怒号が飛び込んできた。
見れば、真面目そうな眼鏡の少年が、両腕をこれでもかと直角にブンブン回しながら、金髪のツンツン頭の少年――爆豪勝己に詰め寄っていた。
「(うわぁ、入学初日の朝からめちゃくちゃ治安悪いな……)」
映二が内心で苦笑いしていると、背後からトコトコと真新しい制服を着たぶどう頭の少年が教室を覗き込み、一瞬で顔を青くして映二の背中に隠れた。
「ひえええ……! なんだよあの金髪のやつ! 目つきが完全にヤバいじゃねえか! 俺、あんな奴と同じクラスで三年間も生きていける自信がねえよォォ!!」
「まぁ落ち着けって。ところでぶどうくん、お前、名前はなんて言うんだ?」
「あ、そういや名乗ってなかったな! 俺は峰田実だ! お前は?」
「鳳映二だ。よろしくな、峰田」
「おう、よろしく鳳! これでもう俺たちはマブダチだからな、あの金髪が襲ってきたら絶対に守ってくれよな!」
そんな凸凹なやり取りを交わしながら、二人が自分の席へと向かおうとした時、先ほどまで爆豪を注意していた眼鏡の少年が、バッと映二の方を振り返り、その規則正しい姿勢のまま歩み寄ってきた。
「君たち、おはよう! 僕は私立聡明中学校出身、飯田天哉だ! 入学初日、お互い規律を尊び、素晴らしいヒーローへの道を歩もうではないか!」
「あ、おはよう。俺は鳳(おおとり)映二。こっちのぶどう頭は峰田実な」
「鳳(ほう)くんに、峰田くん! よろしく頼む!」
「あの、飯田くん。ほう、じゃなくて、おおとりです」
「お、おおとりくんッ!? これは大変失礼した! 漢字の『鳳』という字面だけで勝手に『ほう』と思い込んでしまうとは、僕の不徳の致すところ――」
飯田が顔を真っ青にして猛スピードで直角にお辞儀を繰り返す。そんな騒がしいやり取りを無視して、爆豪がジロリと映二のツラを睨みつけ、低い足音を立てて席から立ち上がった。手のひらからは、パチパチと不穏な爆発の火花が小さく爆ぜている。
豪快に席を蹴立てた爆豪は、掲示板の最上段、自分の名前のすぐ上に書かれていた忌々しいトップの名前を思い出し、映二の胸元を指さして低く吐き捨てた。
「あァ? テメェが、俺の上に名前のあったクソモブかよ……!」
「あ、おい爆豪くん! 初対面のおおとりくんに詰め寄るな!」
「へえ、俺がクソモブねぇ。じゃあ、そのクソモブに負けてトップを取れなかったお前は『モブ以下』ってことになるな。なぁ峰田、モブの下の階級ってなんて言うんだ? 背景? それともただのゴミか?」
「ヒィィィ!? 鳳のバカ! 俺を巻き込むなよォォ!? あの金髪、完全に目が据わってこっち見てるじゃねえかァァ!!!」
峰田が涙目で映二の制服の裾を激しく引っ張るが、爆豪の頭は一瞬で沸点に達した。
「テメェら……!! 揃ってぶっ殺されてえのかコラァ!!! そのツラ今すぐ消し飛ばして――」
爆豪が胸ぐらを引きちぎらんばかりの勢いで手を伸ばした、その瞬間。
映二の不敵な笑みが一転、お腹を『グゥゥゥゥ〜〜〜ッ!!』と、教室全体に響き渡るような大音量で鳴らしてみせた。
「……は?」
あまりに豪快な腹の虫の音に、爆豪が毒気を抜かれたように動きを止める。
映二は先ほどの煽りモードから一瞬でいつもの調子に戻り、自分の頭をガシガシと掻きながらケロッとした満面の笑顔を浮かべた。
「いやー、朝から少し動いただけでマジで腹減ったわ! トガちゃんのレバー弁当、早く食いてえなぁ!」
「テメェ、俺の話を聞いてんのかコラァ!!」
「まぁまぁ、喧嘩はよくないぞ爆豪くん! 鳳くんも空腹は理解するが、今は学級の規律を――」
その時、開け放たれた教室の入り口付近が、急にパッと華やいだ。
おどおどとした様子で入ってきた緑髪の少年――緑谷出久の前に、ふわりとボブカットの女の子――麗日お茶子が笑顔で立ち塞がったのだ。
「あ! そのモサモサ頭は!! 地味めの!! プレゼントマイクの言ってた通り受かったんだね!! そりゃそうだパンチ凄かったもん!!」
「え、あ、あわわわ……! あ、あの時の……! えっと、あの時は、その、わざわざ掛け合ってくれてありがとう……!」
女の子に話しかけられて茹でダコのように真っ赤になる緑谷。それを見た映二は、爆豪とのピリピリした空気をケロッと忘れて、飯田や峰田を引き連れて入り口へと歩み寄った。
「お、なんだ! お前ら入試の時の知り合いか? 仲良さそうで良いじゃん!」
「ひゃ、ひゃいっ!? み, みみどりや……出久です……! あ、おはようございます……っ!」
「あ! 私、麗日お茶子! よろしくね!」
「おう、麗日さんにみみどりやな! 俺は鳳映二、こっちのぶどう頭は峰田実だ!」
「おうよろしく! っていうか麗日ちゃんめちゃくちゃ可愛いな、俺とも仲良くしてくれよォォ!」
峰田が早くも鼻息を荒くし、飯田も「麗日くん、緑谷くん! 入試の時の君たちの機転、僕も感銘を受けていた!」と直角アームで混ざる。爆豪がチッと激しく舌打ちして自分の席に戻る中、緑谷、麗日、飯田、峰田、そして映二の5人の間に、一瞬にして賑やかな輪が出来上がった。
「友達と仲良くする、お遊びの場じゃないんだよ。ここは」
その瞬間、地を走るような気だるげな声が教室の入り口から響いた。
見れば、黄色い寝袋に全身を包んだ男が、芋虫のように床をごろごろと転がりながら現れた。
「うわあああ! な, なんかいるゥゥ!!」
峰田が再び映二の背後に隠れて絶叫した、その刹那。
映二は一切の躊躇なくポケットからスマートフォンを取り出すと、驚異的な手つきで素早くダイヤルを入力し、耳元に当てた。
「あ、もしもし警備室ですか? 1年A組の教室前に、黄色い寝袋に包まった非常に人相の悪い不審者がいます。床を這いつくばって移動していて極めて危険です。今すぐ応援を――」
「待て鳳、俺だ。通報をやめろ」
寝袋から傷いでた男が、額に青筋を浮かべながら気だるげに突っ込みを入れる。
だが、映二はスマホを耳に当てたまま、大真面目な顔で相手を見つめて首を傾げた。
「『俺だ』と言われましても、どちら様でしょうか? ……あ、警備室の方、すみません続けてください。不審者が今、知り合いのフリをしてこちらを騙そうとしています。非常に知能が高いです」
「騙してねえ。俺はこのクラスの担任の相澤消太だ。いいからその機械をしまえ」
相澤が死んだ魚のような目でそう告げると、映二は「あ、先生でしたか! てっきり校内に不審者が侵入したかと!」と、ようやく合点がいったようにスマホをパタンと閉じて爽やかに微笑んだ。緑谷や麗日が唖然とし、教室のあちこちから耐えきれないといった風な爆笑とクスクスという声が漏れ聞こえた。
相澤はため息混じりに寝袋からニュッと体操服を取り出すと、気だるげにクラス全員をねめつけた。
「静かになるまでに、というか鳳の不毛な通報が終わるまでに八秒かかった。時間は有限だ、お前たちは合理性に欠く。……鳳、お前が首席か。朝から随分と騒がしい胃袋と、フットワークの軽すぎる防犯意識だな」
「すんません先生、よく腹が減るもんで! あとトガちゃんから『おかしな人がいたらすぐ通報して』って言われてるんで!」
悪びれもせず答える映二に、相澤はフッと口元を僅かに歪めた。
「早速だが 体操服着てグラウンドに出ろ」
入学初日、ホームルームもそこそこに突きつけられた無愛想な指示。
A組の生徒たちが一斉に首を傾げてざわつき始める中、映二だけは不敵に笑って自分の体操服を手に取った。
「(グラウンドで何すんだろ。いいじゃん、みんなの個性が間近で見られるチャンスかもな……!)」
規格外の地力と、それに見合う圧倒的な胃袋を持つ男。
映二の、騒がしくて最高に熱い雄英高校の授業が、いよいよ本格的に幕を開けるのだった。