機動戦士ガンダムSEED C.E.75 VENDETTA 作:陽@曜花推し
第1話では、なぜリーシアが「リン」と呼ばれる復讐者になったのか。
そして、なぜ彼女が自らの命を削るような機体を必要としたのか。
物語の始まりとなる「すべてを失った日」を中心に描きます。
それでは、よろしくお願いします。
今回のあらすじ
C.E.74。
第二次連合・プラント大戦が終結し、世界はようやく平和へ向けて歩み始めていた。
しかし、プラントの名門ローゼンバーグ家では、一人の少女の人生が静かに崩壊しようとしていた。
ローゼンバーグ家の長女、リーシア・ローゼンバーグ。
ザフト軍アカデミーで優秀な成績を収め、赤服候補にも選ばれていた彼女を待っていたのは、家族による裏切りだった。
両親を失い、罪を着せられ、婚約者にまで見捨てられたリーシアは、老朽化した簡易ポッドに押し込められ、大気圏へと放逐される。
誰もが彼女の死を確信した。
だが――少女は生きていた。
そして、泥と血にまみれた大地で誓う。
必ず、すべてを奪い返すと。
C.E.74。
第二次連合・プラント大戦の終結から、まだそれほど時間は経っていなかった。
デスティニープランは崩壊し、プラント最高評議会は激しい混乱の只中にあった。
メサイア攻防戦。
あまりにも多くの命が失われた戦いの傷跡は、まだ世界のあちこちに残っている。
それでも、人々は少しずつ日常を取り戻そうとしていた。
笑い声。
往来する人々。
復旧作業のために行き交う車両。
そして、再び灯り始めた街の明かり。
平和とは、失ったものを抱えながら、それでも前へ進もうとすることなのかもしれない。
しかし。
その光が届かない場所では、別の争いが始まっていた。
プラント。
名門ローゼンバーグ家。
その地下にある、外部から存在そのものを隠された拘束施設。
白い壁。
冷たい床。
無機質な照明。
そこに、一人の少女が座らされていた。
長い白銀の髪。
聡明さを宿していたはずの蒼い瞳には、疲労と困惑が浮かんでいる。
手首には手枷。
足首にも拘束具。
それでも、その姿にはまだ名門令嬢としての気品が残っていた。
リーシア・ローゼンバーグ。
16歳。
ザフト軍アカデミーで優秀な成績を収め、赤服候補として将来を嘱望されていた少女である。
「……なぜ、こんなことをするのですか」
震える声。
しかし、問いかけに答えたのは、彼女が知っている家族ではなかった。
「なぜって?」
軽い笑い声。
可愛らしく、愛らしく、まるで少女らしい無邪気さを装った声。
リーシアが顔を上げる。
そこにいたのは従妹、セレナ・ローゼンバーグだった。
白銀の髪。
整った容姿。
一見すれば、誰からも愛されそうな少女。
だが、瞳の奥にあるものを、リーシアは知っていた。
「おじ様もおば様も、もういないのよ。レクイエムの光に飲み込まれて、跡形もなく消えちゃった」
「……やはり、あなたたちは……」
その背後に立つ男へと視線を移す。
コンラート・ローゼンバーグ。
リーシアの叔父。
ザフト国防事務局の中枢に身を置く高官であり、ローゼンバーグ家の中でも長く権力争いを続けてきた人物だった。
「父様と母様を、危険な地域へ派遣したのは叔父様ですね」
リーシアの言葉に、コンラートは眉一つ動かさない。
「言い掛かりだな」
「そんなはずがありません」
「兄上には軍務上の重要な仕事があった。それだけだ」
コンラートは淡々と答える。
「それに、レクイエムの照準を個人が操作できるとでも? あれは戦争が生み出した巨大兵器だ。戦場で死ぬ者が出ることなど、珍しくもない」
「……あなたが、父様たちを……」
リーシアの声が震える。
だが、次の言葉は冷酷だった。
「私はただ、兄上を退場させただけだよ」
「……!」
「ローゼンバーグ家の資産。軍部との繋がり。政治的な影響力。どれもこれも、本来なら私の家系がもっと早く手に入れるべきだった」
コンラートは、まるで何でもないことのように言った。
「兄上は優しすぎた。だから奪われたんだ」
「……人殺し」
リーシアが吐き捨てる。
セレナが眉を吊り上げた。
「口の利き方に気を付けて!」
パァンッ!
乾いた音が拘束室に響く。
リーシアの頬が赤く染まった。
しかし、彼女は俯かなかった。
セレナを真正面から睨み返す。
その目には、怒りこそあっても涙はなかった。
「……それで?」
リーシアが静かに言う。
「父様と母様を殺して、それだけでは足りないのですか」
「もちろん足りないわ」
セレナが微笑む。
「だって、お姉様は邪魔だもの」
「……」
「あなたが存在している限り、ローゼンバーグ家の本当の後継者が誰なのか、みんな覚えているじゃない」
「だから私を消すのね」
「ええ」
セレナはあっさりとうなずいた。
「それにね。あなたの軍での実績も全部、もう必要ないの」
コンラートが端末を操作する。
空中ディスプレイに映し出されたのは、ザフト軍アカデミーの成績データだった。
そこには、本来リーシアの名前があるはずの場所に別の名前が表示されている。
レイジ・ローゼンバーグ。
「……なんですって?」
リーシアの目が見開かれる。
「お前が積み上げた実績は、レイジが成し遂げたことになった」
「そんな……!」
「名門の人間には、それくらいの情報操作はできる」
「私が何年かけて……!」
握った拳が震える。
アカデミーでの訓練。
模擬戦。
座学。
MS操縦。
夜遅くまで繰り返したシミュレーター。
何度も失敗して、それでも積み上げてきたもの。
それらすべてが、たった一つの電子操作によって他人の功績になった。
「返して……」
リーシアの声が震える。
「私のものを返して……!」
「もう君のものではない」
コンラートは冷たく言い放った。
そして、その言葉がリーシアの胸に最後の楔を打ち込んだ。
「……クレイグは?」
リーシアが尋ねる。
その名だけは、まだ信じたかった。
アカデミー時代から共に過ごした青年。
将来を約束した婚約者。
リーシアにとって、家族以外で心を許せる数少ない存在だった。
だが、セレナは嬉しそうに笑う。
「クレイグ様?」
「……彼は、何と言っているのですか」
「ああ、もう知ってるでしょう?」
セレナは自慢げに胸を張る。
「私と婚約したわ」
一瞬。
時間が止まったように感じた。
「……え?」
「あなたより、私を選んだのよ」
「……嘘」
「『最初からリーシアなんて愛していなかった』って」
「嘘……」
「『ローゼンバーグ家の後継者に相応しいのはセレナだ』って」
「……やめて」
「だから私は、クレイグ様と幸せになるの」
「やめて……!」
リーシアが叫んだ。
だが、セレナは止めない。
「お姉様には何も残らないの」
その言葉が、胸を抉った。
両親。
家。
地位。
成績。
未来。
そして、愛した男。
すべて。
すべて奪われた。
「……そうですか」
リーシアが俯く。
数秒の沈黙。
そして、顔を上げた。
涙はなかった。
「なら、もういい」
セレナが不思議そうに首を傾げる。
「……何が?」
「全部」
リーシアは静かに答える。
「あなたたちが何を奪おうと、どうでもいい」
コンラートが目を細めた。
「何?」
「ただし」
リーシアの目に、初めて明確な敵意が宿った。
「私は、死ぬまであなたたちを許さない」
空気が変わった。
コンラートが目を細める。
そして、冷たい声で命じた。
「連れて行け」
拘束が解かれる。
しかし、自由になったわけではない。
両脇を屈強な私兵に挟まれ、リーシアは無理やり立たされた。
連れていかれた先は、軍施設の地下にある非公表の発着区画だった。
そこに、一台の小型ポッドがある。
大気圏突入用の簡易ポッド。
戦時中に大量生産された旧式のものだ。
「これに乗れ」
「……何をするつもりですか」
「君を地球へ送る」
「それが、どういう意味か分かっているでしょう」
リーシアの声が低くなる。
「私は地球に降りるための許可を持っていません」
「事故だよ」
コンラートが笑う。
「大気圏突入時に故障した。そういうことにする」
リーシアは理解した。
これは処刑だ。
裁判すら存在しない。
彼らは自分の死を「事故」にするつもりなのだ。
「……最低」
「なんとでも言え」
コンラートが歩み寄る。
「お前はもう、この世界には存在しない」
ポッドのハッチが開く。
私兵によって身体を押し込まれる。
「離して!」
リーシアは抵抗した。
だが、16歳の少女の力で大人たちに敵うはずもない。
固定ベルトを締められる。
ハッチが閉じる。
その向こう側に、コンラートとセレナの姿が見えた。
セレナは笑っていた。
コンラートは無表情だった。
そして、最後に聞こえたのは。
「さようなら、リーシア・ローゼンバーグ」
――だった。
ポッドが射出される。
身体がシートへ押し付けられた。
宇宙空間へ放り出された機体が、そのまま地球へ向けて加速していく。
「くっ……!」
リーシアが操縦席を見る。
警告ランプ。
異常表示。
冷却系統の不具合。
熱遮断機構の異常。
「……わざと……」
声が震える。
「こんなの……死ぬ……!」
ポッドは大気圏へ突入した。
外壁が激しく震える。
赤い光がキャノピーを埋め尽くす。
熱。
轟音。
強烈なG。
「ぐっ……あああああっ!!」
身体が押し潰される。
肺から空気が抜ける。
視界が暗くなる。
それでもリーシアは意識を手放さなかった。
「死にたく……ない……!」
誰かに助けを求めているのではない。
ただ、生きたい。
そう思った。
すべてを奪われたとしても。
こんな場所で、誰かの都合で死ぬことだけは嫌だった。
その瞬間。
ポッドの外で巨大な爆発が起きた。
「なに……!?」
漂っていた戦争の残骸。
旧式MSの一部が大気との摩擦に耐えきれず、爆発したのだ。
衝撃波がポッドを直撃する。
機体が大きく弾かれた。
進路が変わる。
熱流の中心から僅かに外れた。
「……!」
奇跡だった。
完全に無傷ではない。
外装は焼けている。
冷却装置も限界。
だが、まだ落ちている。
まだ、生きている。
そして――
ドォンッ!!
ポッドは南アメリカ大陸の湿地帯へ墜落した。
大きな水柱が上がる。
土と泥が舞い上がる。
静寂。
数秒。
やがて。
ハッチが開いた。
「……う……」
リーシアが這い出てくる。
全身が痛い。
皮膚は熱傷で赤く腫れている。
身体中に擦過傷がある。
呼吸をするだけで胸が痛む。
それでも。
彼女は立とうとした。
一歩。
そして、膝をつく。
泥の中に倒れ込む。
「……あ……」
顔に泥がつく。
白銀の髪も泥で汚れる。
かつての名門令嬢の姿は、どこにもなかった。
リーシアは空を見上げた。
灰色の雲。
雨。
そして、その向こうにあるはずのプラント。
「……父様……」
声が震えた。
「母様……」
涙が流れた。
「……ごめんなさい」
何に対する謝罪なのか、自分でも分からない。
ただ、もう戻れない。
自分の人生は、あのポッドの中で一度死んだ。
「……コンラート」
震える拳を泥へ叩きつける。
「セレナ……」
もう一度。
そして。
「クレイグ……」
最後の名前を口にした瞬間。
涙が止まった。
「……許さない」
リーシアの瞳から、年相応の感情が消えていく。
「絶対に……許さない」
彼女は立ち上がった。
何度も転びながら。
それでも歩く。
生きるために。
復讐するために。
数時間後。
湿地帯をさまよっていたリーシアを、一人の老人が見つけた。
野良仕事を請け負う、名もない老傭兵だった。
「……生きてるな」
リーシアは顔を上げる。
「……殺して」
「は?」
「どうせ……私はもう……」
老人は黙って彼女を見る。
そして、ため息をついた。
「馬鹿言うな」
彼はリーシアを担ぎ上げた。
「死体を拾ったつもりだったが、どうやらまだ人間だったらしい」
「……離して」
「嫌だね」
「どうして……」
「放っておけば腐るからだ」
老人は言った。
「腐った人間は、臭い」
それだけだった。
---
数日後。
リーシアは粗末な小屋で目を覚ました。
身体中に包帯。
簡素な薬。
水。
僅かな食料。
老人は必要最低限の治療しかしていなかった。
「……あなたは」
「傭兵だ」
「名前は?」
「必要ない」
「……変な人」
「そういうお前も変だ」
老人は煙草を吸う。
「普通の人間なら、あんな状態で生きようとはしない」
リーシアは黙った。
老人は続ける。
「お前、何をしたい?」
リーシアは答えた。
「復讐」
「誰に?」
「……私から全部を奪った奴らに」
老人は少しだけ目を細めた。
「そうか」
それだけ言った。
「だったら生きろ」
「……え?」
「死人は復讐できん」
その言葉が、リーシアの心に残った。
それから数ヶ月。
少女は生き延びるために、泥を飲み、傷を癒し、身体を鍛えた。
やがて。
彼女は、かつてザフト軍が極秘裏に利用していた廃棄施設へ辿り着く。
地下。
深い闇。
錆び付いた扉。
リーシアは古い端末を操作する。
扉が開いた。
中には、数々の戦争遺産が眠っていた。
そして。
その一番奥に。
一機のMSが立っていた。
「……!」
リーシアは足を止める。
鈍い銀色の装甲。
大型のフライトユニット。
両腕に装備されたヒートロッド。
それはザフトが次期量産機として開発していた新型MS。
ZGMF-X2000。
グフイグナイテッド。
ロールアウト直後のまま。
塗装もされていない。
運用されることなく、ここに捨てられていた一機だった。
リーシアは、その機体の足元へ立つ。
金属の表面に触れる。
冷たい。
だが、その冷たさが妙に心地よかった。
「……グフ」
彼女は呟く。
「私も……あなたも……捨てられたのね」
当然、MSが答えることはない。
それでも、リーシアはその機体を見上げた。
「だったら……」
瞳の奥に、再び火が灯る。
「一緒に行きましょう」
その日から。
リーシアの人生が変わった。
昼は傭兵として仕事を請ける。
密輸船の護衛。
武装組織の排除。
危険な輸送任務。
夜はグフイグナイテッドの改修。
金が必要だった。
だから、戦った。
金が必要だった。
だから、殺した。
報酬のすべてを機体へ注ぎ込んだ。
安全装置を外す。
推力を上げる。
フライトユニットを改修する。
駆動系を強化する。
普通なら絶対に触れない領域へ手を入れていく。
裏社会のメカニックが叫ぶ。
「こんな改造、正気か!」
「正気なんて、もう必要ない」
リーシアは答えた。
「私の敵は、普通の人間では倒せない」
「だが、この機体に乗ればお前は死ぬ!」
「なら、それでいい」
メカニックが絶句する。
リーシアはモニターを見つめる。
「私の命なんて、復讐が終わるまで持てばいい」
最後に。
彼女は機体の塗装を決めた。
漆黒。
光を吸い込むような黒。
そして、その黒い装甲に走る朱赤。
血の色。
両親が流した血。
自分が流した血。
そして、これから敵に流させる血。
「名前をつけましょう」
黒い機体を見上げながら、リーシアは呟いた。
「ブラッドベイン」
血の惨劇。
地獄を生き延びた少女が、自らの手で生み出した復讐の剣。
そして、もう一つ。
自分自身にも名前をつける。
「私はもう、リーシアではない」
白銀の髪を短く切る。
長かった髪は、肩の上で乱雑に揃えられた。
「リーシア・ローゼンバーグは……あの日死んだ」
鏡の中には、以前の少女はいなかった。
冷たい瞳。
鋭い眼差し。
過酷な訓練で鍛えられた身体。
そして、すべてを失った人間だけが持つ、底知れない殺意。
「私は――リン」
その名を口にした瞬間。
彼女は操縦席へ乗り込んだ。
モニターが点灯する。
エンジンが唸る。
スラスターが青白い光を放つ。
「行くわよ」
漆黒のグフイグナイテッドが立ち上がる。
かつて名門令嬢だった少女は、もういない。
ここにいるのは。
自らの命を代償にしてでも、復讐を遂げようとする一人の傭兵。
その名は。
「ブラッドベイン――始動」
暗闇の中で、漆黒の巨人が目を開いた。
C.E.75。
世界がまだ知らない復讐の物語が、静かに動き始めた。
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次回予告
次回、第2話。
「泥から這い上がる者」
リンと名乗る少女は、地球圏の裏社会で傭兵として生き始める。
依頼をこなし、戦い、報酬を得る。
その全ては、ブラッドベインを完成させるためだった。
しかし、戦場に立つたびにリーシアの身体には少しずつ負荷が蓄積していく。
「この程度なら、まだ飛べる」
そんな彼女の前に現れたのは、かつての彼女を知る者とは無縁の、地球の現実だった。
そして――
「生きるために戦うのか。それとも、死ぬために戦うのか」
老傭兵から投げかけられた言葉に、リンは何を思うのか。
次回。
「泥から這い上がる者」
漆黒の復讐者は、まだ完成していない。
今回は第1話ということで、リーシアの「原点」を重点的に描きました。
今後はリンがどのように傭兵として生き、どんな経験を積んでいったのかも描いていきます。
そして、ブラッドベインがなぜあそこまで極端な機体になったのか。
その理由も少しずつ明らかにしていく予定です。
それでは、次回もよろしくお願いします。