機動戦士ガンダムSEED C.E.75 VENDETTA   作:陽@曜花推し

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第2話です。

第1話では、リーシアがすべてを奪われ、大気圏へ放逐されながらも生き残り、そして「リン」として生きることを決意するところまでを描きました。

今回から、いよいよ彼女の「傭兵時代」が始まります。

ただし、ここで勘違いしてほしくないのは、リーシアは地球へ落ちた瞬間に突然無敵になったわけではないということです。

むしろ、重傷を負った16歳の少女が、何の後ろ盾もない地球でどうやって生き延びるのか。

どうやって戦い方を覚え、どうやってMSを手に入れ、どうやって復讐のための力を蓄えるのか。

そこを今回は中心に描きます。

そして、前回リーシアを救った老傭兵も再び登場します。

彼女にとっては、決して優しい師匠ではありません。

しかし、彼の言葉は後のリーシアの生き方を大きく左右することになります。



今回のあらすじ

南アメリカの湿地帯へ墜落し、奇跡的に生還したリーシア。

身体は重傷。

身分も失い、帰る場所もない。

彼女を救ったのは、名も知らぬ老傭兵だった。

だが、復讐を誓ったリーシアに突き付けられたのは、残酷な現実。

武器もない。

金もない。

身分証もない。

そして、何より戦場で生き残る術を持っていない。

彼女は「リン」という新しい名前を名乗り、泥の中から一歩ずつ這い上がっていく。

やがて彼女は、自分の復讐のためには「戦う力」だけでなく、「生き残る力」そのものが必要だと知ることになる。


第2話「泥から這い上がる者」

 

 

雨が降っていた。

 

南アメリカ大陸。

 

名前すら知らない小さな集落の外れにある、古びた小屋。

 

その中で、リーシアは目を覚ました。

 

「……っ」

 

最初に感じたのは、痛みだった。

 

全身が焼けるように痛い。

 

胸を動かせば肋骨が軋む。

 

腕には擦り傷。

 

脚には火傷。

 

そして、身体を少し動かすだけで大気圏突入時の凄まじい恐怖が蘇ってくる。

 

リーシアはゆっくりと上半身を起こした。

 

視界が揺れる。

 

「……ここは……」

 

「起きたか」

 

部屋の隅から声がした。

 

例の老人だった。

 

年齢は分からない。

 

顔には深い皺が刻まれている。

 

服も古びている。

 

だが、その身体は老人とは思えないほど鍛えられていた。

 

「……あなた……」

 

「水」

 

老人はコップを投げた。

 

リーシアは慌てて受け取ろうとする。

 

しかし、指に力が入らず、コップを落としてしまった。

 

カラン、と乾いた音が響く。

 

「……」

 

老人は何も言わず、水を拾い上げた。

 

そしてリーシアの口元へ持っていく。

 

「飲め」

 

「……自分で……」

 

「飲めないだろ」

 

リーシアは黙った。

 

悔しかった。

 

自分はアカデミーで赤服候補だった。

 

模擬戦では誰にも負けなかった。

 

MSの操縦だって、同年代では誰よりも自信があった。

 

それなのに。

 

今の自分には、水一杯を飲むことすらできない。

 

「……屈辱」

 

「何がだ」

 

「こんな……」

 

リーシアは歯を食いしばる。

 

「こんな姿で……私は……」

 

「復讐するんだろ?」

 

老人の言葉が、胸を刺した。

 

リーシアは顔を上げる。

 

「……ええ」

 

「だったら、まず生きろ」

 

淡々とした言葉だった。

 

「復讐の方法を考える前に、生き延びる方法を覚えろ」

 

「……」

 

「食う。寝る。傷を治す。身体を動かす。金を稼ぐ」

 

老人は一本ずつ指を折った。

 

「これができなきゃ話にならん」

 

「私は……できます」

 

「今、水も飲めなかったくせに?」

 

言葉に詰まる。

 

老人は鼻で笑った。

 

「口だけなら誰でも言える」

 

リーシアは悔しかった。

 

だが、反論できない。

 

今の自分が無力なのは事実だった。

 

「……何をすればいいの」

 

「まず食え」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

老人が干し肉を放る。

 

リーシアは受け取った。

 

固い。

 

臭い。

 

お世辞にも美味いとは言えない。

 

だが。

 

口に入れる。

 

噛む。

 

飲み込む。

 

「……」

 

味はほとんどしなかった。

 

それでも。

 

一口。

 

もう一口。

 

食べる。

 

「……生きるって」

 

リーシアが呟く。

 

「こんなものなの?」

 

老人は煙草を咥えた。

 

「最初はな」

 

それから数週間。

 

リーシアは小屋から出られなかった。

 

火傷が酷すぎた。

 

無理に歩けば傷口が開く。

 

身体を起こすだけで激痛が走る。

 

彼女は毎日、傷の手当てを受けた。

 

薬を塗る。

 

包帯を替える。

 

水を飲む。

 

食事を取る。

 

眠る。

 

ただそれを繰り返す。

 

退屈だった。

 

アカデミーでは常に何かをしていた。

 

訓練。

 

勉強。

 

模擬戦。

 

整備実習。

 

友人との会話。

 

笑うことだってあった。

 

今はない。

 

鏡もない。

 

制服もない。

 

端末もない。

 

誰も自分を「リーシア・ローゼンバーグ」と呼ばない。

 

ある夜。

 

雨音を聞きながら、リーシアは老人に尋ねた。

 

「……あなたは、なぜ私を助けたの?」

 

「言っただろ」

 

老人は煙草に火をつけた。

 

「腐られると臭う」

 

「……本当にそれだけ?」

 

「それ以上の理由が必要か?」

 

リーシアは少しだけ笑った。

 

「……変な人」

 

「お前に言われたくないな」

 

ほんの一瞬だった。

 

それでも。

 

リーシアは久しぶりに笑った。

 

自分が笑ったことに、本人が一番驚いていた。

 

そして翌朝。

 

老人は彼女に一本のナイフを渡した。

 

「持て」

 

「これは?」

 

「護身用だ」

 

リーシアは受け取る。

 

軽い。

 

だが、握ると安心する。

 

「使ったことは?」

 

「ありません」

 

「そうか」

 

老人は立ち上がった。

 

「なら、覚えろ」

 

「……何を?」

 

「人は、いつまでも守ってくれるわけじゃない」

 

その日の午後から、訓練が始まった。

 

走る。

 

歩く。

 

転ぶ。

 

起き上がる。

 

また走る。

 

最初の数日は、ろくに歩くこともできなかった。

 

それでも老人は手を貸さなかった。

 

「立て」

 

「……無理」

 

「立て」

 

「痛い!」

 

「痛くなかったら訓練にならん」

 

リーシアは歯を食いしばった。

 

壁に手をつく。

 

ゆっくり立ち上がる。

 

膝が震える。

 

汗が流れる。

 

それでも。

 

立った。

 

「……立った」

 

老人は何も言わなかった。

 

だが、その口元が僅かに緩んだ。

 

それから、さらに数ヶ月。

 

リーシアは少しずつ身体を取り戻していった。

 

完全ではない。

 

火傷の痕は残った。

 

胸の奥の痛みも時々ぶり返す。

 

だが、日常生活は送れるようになった。

 

「さて」

 

ある日、老人が言った。

 

「金が必要だな」

 

リーシアは黙った。

 

「薬も食料もタダじゃない」

 

「……分かってる」

 

「なら働け」

 

「何を?」

 

「傭兵だ」

 

リーシアは老人を見る。

 

「私が?」

 

「お前以外に誰がいる」

 

「でも、私は軍人では……」

 

言いかけて、止まる。

 

もう軍人ではない。

 

軍籍もない。

 

身分もない。

 

リーシア・ローゼンバーグという名前自体が、死んだことになっている。

 

「……偽名が必要ね」

 

「そうだな」

 

「何がいいと思う?」

 

老人はしばらく考えた。

 

「知らん。自分で決めろ」

 

リーシアは考える。

 

自分の本名を名乗るわけにはいかない。

 

父親の姓も。

 

母親の姓も。

 

すべて捨てた。

 

「……リン」

 

「それでいいのか?」

 

「短いし、呼びやすい」

 

「分かった。今日からお前はリンだ」

 

その日。

 

リーシア・ローゼンバーグは、完全に過去の名前を捨てた。

 

そして。

 

「リン」という傭兵が生まれた。

 

最初の仕事は、輸送車両の護衛だった。

 

報酬は微々たるもの。

 

だが、リンにとっては大きな一歩だった。

 

銃を持つ。

 

周囲を警戒する。

 

敵が来たら撃つ。

 

ただ、それだけ。

 

しかし、初任務から問題が起きた。

 

輸送車を狙って武装集団が襲ってきたのだ。

 

「敵!」

 

誰かが叫ぶ。

 

銃声。

 

車体に弾丸が当たる。

 

リンは物陰へ飛び込んだ。

 

頭では理解している。

 

相手の位置。

 

銃口の向き。

 

距離。

 

射線。

 

アカデミーで何度も訓練した。

 

だが。

 

実戦は違った。

 

人間が、本当に死ぬ。

 

敵兵の一人が倒れる。

 

血が流れる。

 

リンの手が震えた。

 

「……」

 

引き金が重い。

 

「撃て!」

 

別の傭兵が叫んだ。

 

敵がこちらへ向かってくる。

 

リンは目を閉じそうになった。

 

しかし。

 

撃った。

 

一発。

 

敵が倒れた。

 

「……」

 

心臓が早鐘のように鳴っていた。

 

吐きそうだった。

 

だが、同時に思った。

 

自分は生きている。

 

復讐するには、生きなければならない。

 

なら。

 

殺すことから逃げるわけにはいかない。

 

戦闘が終わった。

 

輸送車は無事。

 

報酬を受け取る。

 

リンはその金を老人へ渡した。

 

「なんで俺に渡す」

 

「治療費と食費」

 

「全部?」

 

「全部」

 

老人は金を見た。

 

「お前、自分のために使わないのか」

 

「必要ない」

 

「嘘だな」

 

「……」

 

「復讐のためだろ」

 

リンは答えなかった。

 

だが、それで十分だった。

 

それからリンは、少しずつ危険な仕事へと手を広げていった。

 

武装勢力の護衛。

 

密輸品の輸送。

 

廃墟都市での人質救出。

 

旧軍施設からの物資回収。

 

仕事をするたびに、戦い方を覚えていく。

 

人の動きを読む。

 

地形を見る。

 

逃げ道を確保する。

 

敵を殺すだけではなく、殺されないためにどう動くかを考える。

 

これは、アカデミーの模擬戦では学べないことだった。

 

そしてある日。

 

老人は、リンの前に古い端末を置いた。

 

「何?」

 

「仕事だ」

 

画面には、一件の依頼が表示されている。

 

『旧ザフト施設内に残された軍需物資の回収』

 

報酬。

 

それまでの仕事とは桁違いだった。

 

「……高い」

 

「ああ」

 

「危険?」

 

「当然」

 

リンは画面を見つめる。

 

「受ける」

 

老人が笑った。

 

「即答か」

 

「金が必要だから」

 

「何に使う」

 

リンは答えた。

 

「MS」

 

老人の表情が変わった。

 

「……やめておけ」

 

「なぜ?」

 

「MSは玩具じゃない」

 

「分かってる」

 

「お前が今乗れば、死ぬ」

 

「それでも必要なの」

 

老人は黙ってリンを見る。

 

「何をするつもりだ」

 

リンは画面を見つめたまま答えた。

 

「復讐」

 

「まだ諦めていなかったか」

 

「諦められると思う?」

 

その目には、もはや迷いがなかった。

 

老人はため息をついた。

 

「……好きにしろ」

 

「ありがとう」

 

「礼を言うな」

 

老人は背を向ける。

 

「ただし、死ぬな」

 

リンはその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。

 

「……善処する」

 

こうして。

 

一人の傭兵の人生が、本格的に動き始めた。

 

それからしばらくして。

 

リンは依頼された旧ザフト施設へ向かった。

 

地図上では、とっくに放棄されたことになっている。

 

人の気配はない。

 

朽ち果てた建物。

 

雑草。

 

崩れた道路。

 

そして、地下へと続く巨大なシャッター。

 

リンは端末を接続した。

 

「……開いて」

 

古い電子音。

 

ガコン。

 

長い時間、閉ざされていた扉が動き始める。

 

埃が舞う。

 

リーシアは慎重に中へ入る。

 

薄暗い通路。

 

壁面には、かつてザフトのエンブレムが描かれている。

 

途中には、撤去されずに残された部品。

 

バッテリー。

 

武装。

 

旧式の機材。

 

「これだけ残っているなら……」

 

リーシアは奥へ進んだ。

 

そして。

 

巨大な格納庫へ出た。

 

「……」

 

足が止まる。

 

暗闇の中。

 

非常電源が一つずつ灯っていく。

 

照らし出された巨大なシルエット。

 

二本の脚。

 

重厚な胴体。

 

両腕。

 

そして、背中に備えられた翼状のフライトユニット。

 

リーシアは息を呑んだ。

 

「……嘘」

 

それは。

 

ザフトが次期主力機の一つとして開発していたMS。

 

ZGMF-X2000。

 

グフイグナイテッド。

 

しかも。

 

「……未使用?」

 

リーシアはゆっくりと機体へ近づく。

 

装甲は未塗装。

 

目立った戦闘痕もない。

 

ロールアウトされたばかりの状態に近い。

 

まるで。

 

ずっと誰かを待っていたかのようだった。

 

リーシアは機体の足元に立つ。

 

そして。

 

そっと装甲へ手を触れた。

 

冷たい。

 

「……あなたも」

 

小さく呟く。

 

「捨てられたのね」

 

答えはない。

 

それでも。

 

リーシアには、その機体が自分と同じものに見えた。

 

使われるはずだった。

 

必要とされるはずだった。

 

未来があった。

 

それなのに。

 

捨てられた。

 

「……私と同じ」

 

その時。

 

リーシアの瞳に、初めて復讐以外の感情が浮かんだ。

 

決意。

 

「あなたを、私の足にする」

 

彼女は格納庫を見渡した。

 

「そして」

 

機体の頭部を見上げる。

 

「一緒に帰りましょう」

 

もちろん、帰る場所などない。

 

だが。

 

それでも。

 

「奪われたものを、奪い返すために」

 

静かな格納庫に、少女の声だけが響いた。

 

まだ機体は黒くない。

 

まだ朱赤のラインもない。

 

まだ名前もない。

 

それでも。

 

この瞬間。

 

復讐のための機体が、彼女の前に姿を現した。

 

そして、リンの長い戦いは。

 

ようやく、本当の意味で始まろうとしていた。

 

 




次回予告

次回、第3話。

「血に染まる翼」

ついに手に入れたグフイグナイテッド。

しかし、発見しただけで戦場に出られるほど甘くはない。

リンは傭兵として稼いだ金をすべて注ぎ込み、機体の改修へ着手する。

一方、裏社会のメカニックたちは、彼女の要求に言葉を失う。

「この安全装置を外して」

「正気か!?」

「ええ」

「この機体を殺人兵器にするつもりか!」

リンが求めていたのは、単なる高性能ではなかった。

敵が追いつけない速度。

敵が反応できない旋回。

そして、自分自身の身体すら代償にする究極の機動力。

やがて、未塗装だったグフは漆黒へ染まる。

そこに走る、血のような朱赤。

「名前は……ブラッドベイン」

次回。

「血に染まる翼」

復讐の剣が、ついに形を持つ。





今回は、リンが「ただの復讐者」になるまでの土台を中心に描きました。

第1話では「生き残る」というところまででしたが、第2話ではそこからさらに一歩進んで、傭兵として生きる術を身につけていきます。

そして最後に、ついにグフイグナイテッドが登場しました。

ここからブラッドベインがどういう機体になっていくのか。

そして、なぜリーシアが自分の命まで削るような機体を求めたのか。

その過程を次回からしっかり描いていきます。

ありがとうございました。
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