機動戦士ガンダムSEED C.E.75 VENDETTA 作:陽@曜花推し
第2話では、リーシアが「リン」という名前を得て、地球圏の裏社会で傭兵として生き始めました。そして最後に、彼女自身と同じように戦場から捨てられたグフイグナイテッドと出会いました。
今回の話では、いよいよこの機体が「ブラッドベイン」へと変わっていきます。
ただ、今回一番描きたかったのは、機体のスペックではありません。
リーシアが、なぜそこまでして「速さ」を求めるのか。
なぜ自分の身体が壊れると分かっていても、安全装置を外そうとするのか。
そして、彼女がどこまで自分自身を「復讐の道具」に変えてしまうのか。
そのあたりを中心に描きます。
第1話、第2話よりもMSの描写が多めになりますが、あくまで「リーシアの物語」として楽しんでいただければと思います。
それでは、第3話です。
今回のあらすじ
廃棄されたザフト軍施設で、リーシアは一機のグフイグナイテッドを手に入れた。
未塗装のまま眠っていたその機体は、リーシアにとって単なる兵器ではなかった。
自分と同じ「捨てられた存在」。
だからこそ、彼女はそのMSに自分のすべてを託す。
傭兵として得た報酬を惜しみなく注ぎ込み、性能を極限まで引き上げる改修を開始。
しかし、メカニックたちが提示した結論はあまりにも残酷だった。
「この機体では、人間が先に壊れる」
それでもリーシアは改修を止めない。
自分の命こそが、復讐の対価なのだから。
地下格納庫に、低い機械音が響いていた。
非常用電源が復帰してから数時間。
リーシアはグフイグナイテッドの周囲を歩き回っていた。
機体番号。
製造記録。
フレーム状態。
装甲の損傷。
内部の電装系。
蓄積されていたデータは古いものばかりだった。
それでも、機体そのものは驚くほど綺麗だった。
実戦投入されていない。
試験運用の段階で放棄された個体なのだろう。
「……本当に、新品に近い」
リーシアは機体の足元から見上げた。
頭部。
胴体。
腕部。
脚部。
背部のフライトユニット。
ザフトの既存MSとは明らかに違う設計思想。
高い機動性と白兵戦能力を両立させるための機体。
「これなら……」
彼女は呟いた。
「追いつける」
誰に。
もちろん。
コンラートたちに。
リーシアは端末へ一枚のデータを表示する。
ローゼンバーグ家。
コンラート・ローゼンバーグ。
ザフト国防事務局。
その名前の横に並ぶ、いくつもの関連企業。
物流会社。
軍需関連企業。
民間警備会社。
研究機関。
表面上は合法的な企業。
しかし、裏を辿れば。
横領。
密輸。
不正調達。
私兵への武器供給。
そして、戦後の混乱に乗じた資産の流用。
「まだ終わってない」
リーシアはデータを握り締めた。
両親を殺された。
自分は大気圏へ捨てられた。
それで終わりではない。
コンラートは今も、生きている。
セレナも。
レイジも。
そして、奪われたものを使って、何事もなかったように暮らしている。
「なら……私も、止まらない」
その日から、改修が始まった。
最初に必要になったのは金だった。
当然だ。
MS一機を改修する。
しかも軍の試作機。
部品も工具も、すべてが高価だった。
リーシアは傭兵として、さらに危険な依頼を受けるようになった。
---
最初の任務は、旧大戦期に使われていた地下輸送路の警護だった。
報酬は通常の三倍。
危険度はそれ以上。
「一人で行くのか?」
依頼主が聞く。
「ええ」
「護衛は必要ないのか?」
「必要ありません」
「MSは?」
「ありません」
依頼主は眉をひそめた。
「……お嬢ちゃん。何をするつもりだ」
「仕事をするだけです」
リーシアは振り返る。
その姿を見て、依頼主は黙った。
あの目をした人間に、何を言っても無駄だと分かったからだ。
その夜。
リーシアは暗闇の中を進んだ。
武装集団が現れる。
数は十人以上。
銃火器。
簡易装甲車。
旧式の爆薬。
普通の少女なら逃げる。
だが。
リーシアは逃げなかった。
一人。
また一人。
撃つ。
走る。
伏せる。
回り込む。
敵の攻撃を予測する。
アカデミー時代に培った戦術眼が、実戦でそのまま通用する。
それでも。
最後に一人の敵が背後から近づいた。
リーシアは振り返らない。
敵の足音だけで位置を把握する。
腰のナイフを抜く。
一瞬。
敵が倒れた。
静寂。
リーシアは荒い息を吐いた。
それから。
ポケットに入れていた小型端末を見る。
報酬が振り込まれている。
そのまま全額を引き出す。
翌日。
その金はすべてグフイグナイテッドへ消えた。
「これで足りる?」
メカニックが端末を見る。
「……本気なのか?」
「ええ」
「この金額なら、普通に新型の中古MSが買えるぞ」
「私はこれがいい」
「なぜだ」
リーシアは答えない。
ただ機体を見上げた。
「こいつじゃなきゃ駄目なの」
メカニックはため息をついた。
「……分かった」
作業が始まる。
まず電源系。
「バッテリーだけじゃ足りないな」
「コンバータを増設して」
「出力を上げれば、フレームが耐えられん」
「補強して」
「重量が増える」
「推力を上げればいい」
「……堂々巡りだぞ」
リーシアは黙って端末に新しい設計図を表示した。
そこには、スラスターの改修案が細かく記されている。
「過給機構を追加する」
メカニックが目を疑った。
「待て」
「何?」
「これ、スラスターへの供給圧を直接上げるのか?」
「そう」
「危険すぎる」
「だからやる」
「これは軍の試験機でも採用されなかった方式だぞ」
「知っているわ」
「理由も?」
リーシアは無言だった。
「パイロットが耐えられないからだ」
その一言で、格納庫が静かになる。
「急制動で、どれだけのGがかかると思ってる」
「分からない」
「分からない?」
「実際に試せばいいでしょう」
「お前が乗るんだぞ」
「ええ」
即答だった。
メカニックはリーシアの顔を見る。
そこには恐怖がなかった。
正確には。
恐怖が存在しないのではない。
恐怖よりも復讐心の方が強い。
「……死ぬぞ」
「そうかもしれない」
「それでもやるのか」
「死ぬと決まったわけじゃない」
「だが、生きられるとも限らない」
リーシアは機体へ近づく。
「私には時間がない」
メカニックはその言葉の意味を理解できなかった。
だが、何も聞かなかった。
---
数週間後。
グフイグナイテッドは少しずつ姿を変えていった。
内部駆動系の強化。
スラスター周辺の再設計。
電源系統の増強。
制御OSの調整。
フライトユニットの改修。
推力そのものは、単純に上げればいいわけではない。
出力を上げる。
しかし機体がそれに耐えない。
フレームを補強する。
しかし重量が増える。
重量が増えれば加速が落ちる。
なら推力をさらに上げる。
だが、それではパイロットへのG負荷が増える。
何度も計算して。
何度も設計を変えて。
最終的にリーシアが選んだのは。
「安全装置の撤去」
だった。
「……もう一度言ってくれ」
メカニックが聞き返す。
「リミッターを全部外して」
「駄目だ」
「外して」
「駄目だ!」
今度は声を荒らげた。
「これはパイロットを守るためのものだ!」
「必要ない」
「必要だ!」
「私には必要ない」
「なぜだ!」
リーシアは、メカニックを真っ直ぐに見つめた。
「私は生き残るためにこの機体を作ってるんじゃない」
沈黙。
「復讐するために作ってるの」
メカニックの顔から血の気が引く。
「……そんなものに、俺は手を貸せない」
「そう」
リーシアは用意していた別の端末を置いた。
「なら別の人に頼む」
そこには、別の工場の見積書があった。
メカニックはそれを見て、長く息を吐いた。
「……お前、本当にやるんだな」
「ええ」
「分かった」
しばらくして。
「ただし、俺から条件がある」
「何?」
「死ぬなら、俺の作ったところから壊れろ」
リーシアは一瞬だけ驚いた。
そして。
「約束する」
小さく笑った。
---
改修はさらに深い領域へ進んだ。
高容量コンバータ。
強化された電力制御系。
スラスターの過給噴射。
制御系の安全プログラムを削除。
そして。
背部フライトユニット。
外見こそ、元のグフイグナイテッドと大きく変わらない。
だが内部は別物になっていた。
ノーマルより三割増しの推力。
急制動時に発生するトルク。
旋回時の姿勢制御。
すべてを限界まで引き上げる。
「完成だ」
メカニックが言った。
リーシアは操縦席へ乗り込む。
ハッチが閉じる。
モニターが点灯する。
機体状態。
正常。
電源。
正常。
推進系。
正常。
そして。
安全系統。
「……解除」
キーを押す。
確認画面。
『警告:安全機能が失われます』
リーシアは迷わず実行した。
『WARNING』
『PILOT PROTECTION SYSTEM OFF』
『LIMITER SYSTEM OFF』
「これでいい」
スラスターが点火する。
轟音。
グフイグナイテッドが格納庫を揺らす。
「……出る」
---
初試験。
砂漠地帯。
廃棄された旧軍基地。
誰もいない場所。
リーシアはMSを発進させた。
「リン、試験を開始する」
通信機からメカニックの声。
『推進系異常なし』
「了解」
スロットルを押す。
機体が加速する。
速い。
予想以上だった。
砂が後方へ吹き飛ぶ。
さらに加速する。
「……まだ」
もう一段。
さらに。
「もっと」
その瞬間。
リーシアの身体へ強烈なGがかかった。
「……っ!」
肺が押し潰される。
視界の端が暗くなる。
それでも。
操縦桿を握る。
「まだ……!」
左へ旋回。
機体が地面すれすれを滑る。
直後。
逆方向。
右。
まるで飛行機とは思えない急制動。
リーシアの身体がシートへ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
血の味。
口の中。
「……まだ」
メーターを見る。
限界値。
「もっといける」
『リン! やめろ!』
「まだよ!」
もう一度。
急旋回。
視界が白くなる。
耳鳴り。
鼓動。
そして。
鼻から血が流れた。
「……!」
リーシアは手で拭う。
「血……」
コックピットの中へ一滴、落ちる。
『直ちに中止しろ!』
「大丈夫」
『大丈夫じゃない!』
「制御はできてる」
『身体ができてない!』
リーシアは答えない。
ただ、目の前の景色を見る。
砂漠。
青い空。
そして、その彼方。
「……私は、これで飛ぶ」
通信が途切れた。
メカニックは何も言えなかった。
初めて見たのだ。
機体が限界なのではない。
パイロット自身が限界へ近づいているのに、それでも飛び続ける姿を。
---
数週間後。
塗装作業が始まった。
「何色にする?」
塗装担当が聞く。
リーシアは迷わなかった。
「黒」
「黒?」
「全部」
「艶あり?」
「いや」
「なら?」
「艶消し」
漆黒。
光を吸い込むようなマットブラック。
下地処理。
塗装。
乾燥。
そして最後に。
朱赤のライン。
「ここ」
リーシアが指示する。
胸部。
肩。
シールド。
「それから、ここにも」
「かなり目立つぞ」
「それでいい」
「闇に紛れるんじゃないのか?」
「敵に見つかるくらいでいい」
塗装担当が首を傾げる。
「どういう意味だ?」
リーシアは答えた。
「見せるのよ」
「何を?」
「復讐が来たってことを」
朱赤のラインが、黒い装甲の上を走っていく。
一筋。
また一筋。
まるで血痕のように。
塗装が終わる。
リーシアは機体を見上げた。
最初に出会った時の、未塗装のグフイグナイテッド。
もう、その面影はほとんど残っていない。
「……綺麗」
自分でも驚くほど、優しい声だった。
「あなたは、もう誰かのための兵器じゃない」
機体へ手を触れる。
「私のための剣」
その時。
格納庫の奥から老人が現れた。
「完成したようだな」
リーシアは振り返る。
「見に来たの?」
「近くを通っただけだ」
「嘘」
「そうかもな」
老人は黒いグフを見上げる。
「派手になった」
「そう?」
「目立つ」
「それでいいの」
老人は黙って機体を見つめた。
しばらくして。
「名前は?」
リーシアは少し考えた。
やがて。
「ブラッドベイン」
「意味は?」
「血を受けた者が、血で返す」
老人は何も言わなかった。
ただ。
「……お前らしい名前だ」
そう呟いた。
その言葉を聞いて、リーシアは機体の前へ立つ。
漆黒の装甲。
朱赤のライン。
そして、その頭部。
「ZGMF-X2000/BB」
端末へ登録する。
機体名。
「グフイグナイテッド・ブラッドベイン」
登録完了。
その瞬間。
彼女は「リン」として初めて、自分自身の武器を手に入れた。
---
深夜。
誰もいなくなった格納庫。
リーシアは一人で操縦席に座っていた。
灯りは消してある。
コックピットだけが薄く光っている。
彼女は古いデータを開いた。
幼い頃の家族写真。
父。
母。
自分。
まだ幸せだった頃。
リーシアは画面へ触れる。
「……父様」
返事はない。
「母様」
もちろん。
「私、まだ終わってないよ」
写真を見る。
「絶対に、取り返す」
一度、画面を閉じる。
そして。
「だから……少しだけ待っていて」
操縦桿を握る。
手袋の中の指が震える。
怖いのかもしれない。
本当は。
死ぬのが怖い。
大気圏へ投げられたあの日から、ずっと。
それでも。
リーシアは自分へ言い聞かせる。
「大丈夫」
それは誰かに向けた言葉ではない。
自分自身へ向けた言葉。
「まだ死なない」
エンジンを起動する。
「まだ……私は死ねない」
ブラッドベインのメインカメラが光る。
「コンラート」
低い声。
「セレナ」
そして。
「レイジ」
操縦桿を握り締める。
「待っていなさい」
漆黒のMSが、暗い格納庫の中でゆっくりと立ち上がった。
「今から、あなたたちの築いたものを一つずつ壊す」
スラスターが点火する。
轟音。
砂塵。
夜空へ飛び立つ。
しかし。
その直後。
リーシアは胸に手を当てた。
強烈な鼓動。
少しだけ、痛い。
「……?」
彼女は数秒だけ動きを止める。
だが。
「まだ大丈夫」
そう呟いて、再び前を見る。
この時の彼女はまだ知らなかった。
今日の試験で感じた小さな違和感が。
後に自分の視力を奪い。
歩く力を奪い。
人生そのものを変えることになるとは。
それでも。
彼女は飛ぶ。
自分の命が尽きる、その日まで。
復讐を終える、その瞬間まで。
地球圏の夜空を。
漆黒と朱赤のMSが、音もなく駆け抜けていった。
それは。
世界にまだ知られていない「黒き惨劇」の胎動だった。
次回予告
次回、第4話。
「最初の復讐」
ついに完成したブラッドベイン。
リンは、最初の標的へ向かう。
狙うのは、コンラート・ローゼンバーグが地球圏へ流している裏資金。
小さな補給拠点。
小さな物流網。
小さな私兵組織。
一つひとつは、大きな権力を揺るがすにはあまりにも小さい。
しかし。
リンにとっては、すべてが復讐の一歩だった。
「これは戦争じゃない」
「処刑よ」
漆黒のグフが夜空を駆ける。
そして、裏社会に初めてその名が刻まれる。
ブラッドベイン。
次回。
「最初の復讐」
黒き惨劇、その最初の一撃が始まる。
第3話では、ようやくブラッドベインが完成しました。
今回のポイントは、ブラッドベインが「突然ものすごく強くなったMS」ではなく、リーシア自身が自分の安全を捨ててまで性能を引き出している機体だというところです。
そして、この無茶な改修が、後々リーシア自身へ大きな代償となって返ってくることになります。
また、今回からリーシアの「復讐」がいよいよ実際の行動へ移っていきます。
彼女が最初に狙うものは何なのか。
コンラートたちはいつ、自分たちを狙っている存在に気づくのか。
次回から、VENDETTAの本編が本格的に動き始めます。
ありがとうございました。