機動戦士ガンダムSEED C.E.75 VENDETTA 作:陽@曜花推し
ここから、物語の視点が大きく変わります。
これまでの4話では、基本的にリーシアを中心として物語を進めてきました。
16歳で全てを奪われ、地球へ捨てられ、それでも生き延びた少女。
そして「リン」と名乗り、ブラッドベインという自分だけの剣を手に入れ、コンラート・ローゼンバーグへの復讐を始めた少女。
今回からは、そんなリーシアを「追う側」の人物が本格的に登場します。
ヴィンセント・アルノー。
ザフト軍の特務部隊に所属する青年であり、リーシアにとっては、かつてのアカデミー時代を知る数少ない人物です。
もちろん、ヴィンセントはまだ「黒いグフの正体」がリーシアだと確信しているわけではありません。
ただ、戦場で感じた「何かがおかしい」という違和感。
その小さな違和感が、やがて1年前に死んだはずの少女へと繋がっていきます。
一方のリーシアにとって、ヴィンセントとの再会は最も避けたかった出来事でした。
彼だけには、自分がどれだけ壊れてしまったのかを知られたくない。
かつての自分を知る人間には、今の自分を見てほしくない。
果たして二人が戦場で再び出会った時、何が起きるのか。
今回は「復讐者」と「追う者」が、初めて同じ場所に立つ話です。
今回のあらすじ
C.E.75。
地球圏で相次ぐ違法補給拠点襲撃事件。
犯人はたった一機の漆黒のグフイグナイテッド。
正体不明の傭兵「リン」。
ザフト軍は、この一連の事件を単なる裏社会の抗争として看過できなくなっていた。
調査任務を命じられたのは、ザフト軍特務部隊のヴィンセント・アルノー。
アカデミー時代、彼が知っていたのは、真面目で誇り高く、誰よりも高い操縦能力を持った少女だった。
だが、その少女は1年前に死んだ。
そう、軍の記録上では。
それでも、彼の中には妙な違和感が残っていた。
そして、太平洋上の廃棄海上プラットフォームで、ヴィンセントはついに「黒き惨劇」と呼ばれるMSと遭遇する。
その機動を見た瞬間。
彼の記憶の奥底に眠っていた、ある少女の姿が蘇る。
プラント近海。
ザフト軍特務艦。
薄暗いブリーフィングルームに、いくつもの立体映像が浮かんでいた。
海上プラットフォーム。
破壊されたMS。
焼け落ちた格納庫。
粉砕された兵器庫。
そして、最後に表示されたのは一枚の荒い映像だった。
漆黒のMS。
背中に翼のようなフライトユニット。
その装甲に走る、鮮烈な朱赤。
「以上が、ここ1ヶ月に発生した一連の襲撃事件です」
報告担当の士官が言う。
「被害を受けた施設はいずれも、戦後の混乱に乗じて形成された違法補給網に接続されていました」
室内にざわめきが起こる。
「反政府勢力か?」
「可能性は低い」
「地球連合残党では?」
「使用MSがザフト系です」
一人の士官が画面を切り替える。
「識別上はグフイグナイテッド」
「グフ?」
「はい。ですが、確認された機体は通常型と大きく異なります」
別の映像。
焼け焦げた装甲。
異常な熱損傷。
破壊された敵MS。
そして。
戦闘ログ。
「ご覧ください」
加速。
旋回。
急制動。
急激な姿勢変化。
数値が表示される。
室内が静かになった。
「……これは」
誰かが呟く。
「パイロットの耐G限界を超えているぞ」
「はい」
報告担当が頷く。
「通常のMS操縦では考えられない機動です」
その場にいた青年が映像を見つめていた。
ヴィンセント・アルノー。
特務部隊所属。
ゲルググメナースのパイロット。
彼は無言だった。
ただ、画面に映った旋回軌道を何度も見ている。
「アルノー」
上官から声がかかった。
「お前はどう見る」
ヴィンセントはしばらく沈黙してから答えた。
「……普通じゃありません」
「機体か?」
「両方です」
彼は映像を拡大する。
「機体の推力も異常ですが、もっと気になるのは動かし方です」
「何がだ」
「……癖があります」
「癖?」
「はい」
ヴィンセントは映像を止める。
敵機との距離。
旋回開始地点。
スラスター噴射。
そして。
ほんの僅かな機体の傾き。
「ここです」
「?」
「旋回直前に、左側のスラスター出力がほんの少しだけ抜ける」
上官は眉をひそめた。
「それが何だ」
「普通のパイロットなら、こんなことはしません」
ヴィンセントは答える。
「一瞬だけ機体の姿勢を崩して、その反動を使って次の旋回へ繋げています」
「それで?」
「僕が知っている人間で、この癖を持っていたのは一人だけです」
空気が止まった。
ヴィンセント自身も、口に出すべきではないと思っていた。
それでも。
「……リーシア・ローゼンバーグ」
誰も答えない。
やがて上官が言った。
「彼女は死んだ」
「……承知しています」
「1年前、移送中の事故で死亡した。記録にもそうある」
「はい」
ヴィンセントは視線を落とした。
「だから、あり得ないと思っています」
「なら忘れろ」
「……」
「今回の任務はあくまで違法施設襲撃犯の追跡だ。私情を持ち込むな」
「了解しました」
ヴィンセントは敬礼した。
だが。
彼の頭から「あり得ない」という言葉は消えなかった。
---
数時間後。
ヴィンセントは自室で一人、古い記録を見ていた。
1年前。
リーシア・ローゼンバーグ死亡。
彼女の家族。
父親。
母親。
そして彼女自身。
すべて、短い軍記録の中に閉じ込められている。
ヴィンセントはその画面を何度も見返した。
「……リーシア」
返事はない。
当然だ。
「君は、死んだんだろう?」
自分に言い聞かせる。
それなのに。
心のどこかでは。
違う。
そんな気がしてならなかった。
---
同じ頃。
地球圏。
とある廃都市。
その地下にある簡易整備施設。
ブラッドベインが停止している。
リーシアは機体の前で、一つの工具を握っていた。
右腕。
前回の戦闘で発生した熱損傷。
「……少し焼けたわね」
装甲を外す。
内部を見る。
配線の一部が変色している。
スラスターも無傷ではない。
だが。
「まだ使える」
リーシアは淡々と作業を続けた。
そこへ通信が入る。
「リン」
仕事の仲介人だった。
「次の依頼だ」
「内容は?」
「太平洋上の施設護衛」
「どこの?」
「知らない方がいい」
「……そう」
「報酬は高いぞ」
リーシアは少し考える。
「受ける」
「即決か」
「金が必要だから」
「随分とMSに金をつぎ込んでるようだな」
リーシアは無言だった。
「まあいい。現地情報を送る」
通信終了。
データが転送される。
リーシアは内容を確認する。
そして。
僅かに目を細めた。
「……コンラート」
施設の所有会社は偽装されている。
だが、資金の流れを追えば、その先にローゼンバーグ家の資産管理口座がある。
彼女には分かる。
「また一つ」
拳を握る。
「壊せる」
---
数時間後。
太平洋。
廃棄海上プラットフォーム。
コンラート・ローゼンバーグが裏で運営する補給施設。
大量のザクウォーリア。
旧式のグフ。
対空砲台。
そして、輸送艇。
そこへ一機の輸送機が到着した。
「こちら補給便。着艦する」
施設側から返事。
「了解」
輸送機が着艦態勢に入る。
その瞬間。
レーダーに微弱な反応。
「……?」
オペレーターが眉をひそめる。
「何かいる」
「鳥じゃないのか?」
「速度がおかしい」
次の瞬間。
警告音。
「高速接近!」
「どこから!?」
「上空!」
全員が外を見る。
夜空。
何もない。
しかし。
一瞬。
黒い影が見えた。
「……あれは」
次の瞬間。
ドォォン!!
施設の外壁が吹き飛んだ。
漆黒の機体が内部へ突入する。
「敵襲!」
ブラッドベイン。
リーシアが操縦席で呟く。
「始めましょう」
敵MSが一斉に起動する。
「撃て!」
無数のビームが飛ぶ。
リーシアは操縦桿を引いた。
急上昇。
ビームを回避。
そのまま反転。
そして。
急降下。
「遅い」
テンペストが閃く。
一機。
二機。
三機。
ブラッドベインが夜の海を切り裂く。
その動きを。
遠くから一機のMSが捉えた。
---
「……あれか」
ゲルググメナース。
ヴィンセント・アルノーは、戦場へ到着した。
「こちら特務部隊。所属不明機に告ぐ。直ちに戦闘を停止しろ」
通信を送る。
返答はない。
「もう一度繰り返す!」
無反応。
代わりに。
ブラッドベインがこちらを向いた。
「……」
ヴィンセントの喉が鳴る。
「黒いグフ……」
その姿を見た瞬間。
不思議な感覚があった。
既視感。
何かを知っている。
しかし。
敵機が突然加速した。
「来る!?」
ブラッドベインが飛び込んでくる。
速い。
速すぎる。
「っ!」
ヴィンセントは咄嗟に機体を横へ滑らせた。
スライサーウィップが通過する。
「ヒートロッド!?」
ヴィンセントはビームナギナタを展開した。
ヒートロッドが戻る。
今度は反対側。
「左!」
反応。
受け止める。
金属音。
「……!」
ヴィンセントの目が見開かれる。
この軌道。
この攻撃。
この間合い。
何かが一致している。
「もう一度!」
ブラッドベインが突進。
ヴィンセントが回避。
テンペスト。
横薙ぎ。
ビームシールド。
激突。
「くっ……!」
両機が離れる。
ヴィンセントは息を呑む。
ブラッドベインが再び姿勢を変えた。
一瞬だけ。
左側のスラスターが抜ける。
そして。
急旋回。
「……!」
ヴィンセントの記憶が、一気に蘇る。
アカデミー。
模擬戦。
夜遅くまで続いた訓練。
自分が何度攻撃しても、必ず死角へ回り込んでくる少女。
「君……」
ブラッドベインが止まる。
ヴィンセントはコックピットで、ゆっくり息を吸った。
「まさか……」
通信を開く。
「君は……」
返答はない。
「リーシア……?」
リーシアの瞳が見開かれる。
「……!」
身体が固まった。
その声。
その呼び方。
間違えるはずがない。
「リーシア・ローゼンバーグ!」
コックピット内に、忘れたはずの名前が響いた。
心臓が跳ねる。
呼吸が苦しくなる。
手が震える。
「違う……」
リーシアは呟く。
「私は……リン」
「その機動を知っている!」
ヴィンセントが叫ぶ。
「アカデミー時代、君はいつも同じ旋回をしていた!」
リーシアは返事をしない。
ブラッドベインを下げる。
「……なぜ」
ヴィンセントの声が震える。
「君は、死んだはずだ」
「……死んだわ」
「え?」
「リーシア・ローゼンバーグは、あの日死んだ」
リーシアの声は冷たい。
「大気圏の底で」
ヴィンセントの顔色が変わる。
「……まさか」
その瞬間。
ブラッドベインが動いた。
「待って!」
ヴィンセントが追う。
しかし。
「速い……!」
ブラッドベインは低空へ。
海面すれすれを飛ぶ。
ゲルググメナースが追う。
「待ってくれ! 僕は君を傷つけるつもりはない!」
返答はない。
ヴィンセントは追跡を続ける。
だが。
ブラッドベインが急制動。
直角に近い旋回。
「ぐっ!」
ゲルググメナースが遅れる。
ブラッドベインはさらに加速。
ヴィンセントも全開で追う。
「待て!」
しかし。
距離は縮まらない。
いや。
徐々に。
一瞬だけ。
ブラッドベインの動きが乱れた。
「……?」
ヴィンセントが見る。
何かがおかしい。
機体そのものが限界に近い。
そして。
「リーシア!」
もう一度叫ぶ。
ブラッドベインのコックピットで。
リーシアは血を吐いた。
「……っ!」
口元を拭う。
「うるさい……」
胸が苦しい。
視界が一瞬暗くなる。
「まだ……」
それでも。
加速。
ヴィンセントの機体から逃げる。
「リーシア、やめるんだ!」
声が遠くなる。
「君の機体は限界だ!」
それが一番、聞きたくない言葉だった。
リーシアの脳裏に、かつてのアカデミー時代が蘇る。
笑っていたヴィンセント。
自分。
二人で競い合った模擬戦。
「……やめて」
涙が一滴。
「私は……あの頃には戻れない」
ブラッドベインが煙幕を散布する。
視界が消える。
「なっ!」
ヴィンセントは速度を落とす。
「リーシア!」
煙幕の向こう。
反応がない。
「どこだ!?」
探す。
しかし。
ブラッドベインは消えていた。
---
数十分後。
リーシアは地下施設へ帰還した。
ブラッドベインが着地する。
脚部が僅かに震える。
リーシアはハッチを開ける。
「……っ!」
床に膝をついた。
口元から血が落ちる。
「はぁ……はぁ……」
手で押さえる。
だが。
頭の中に、あの声が残っている。
「リーシア……」
何度も。
何度も。
名前を呼ぶ。
「……ヴィンセント」
その名前を口にした瞬間。
リーシアは目を閉じた。
「どうして……生きていたなんて」
違う。
生きているのは自分だ。
彼ではない。
そう思い直す。
だが。
ヴィンセントは、自分が生きていることを知った。
それが怖かった。
自分を知る者。
昔の自分を知る者。
まだ「リーシア」と呼ぶ者。
「……見つけないで」
そう呟いた。
「お願いだから……」
しかし。
その願いが叶わないことを。
リーシア自身も分かっていた。
---
翌日。
プラント。
ヴィンセントは報告書を書いていた。
『所属不明機との接触』
『敵パイロットの特定には至らず』
キーボードを打つ。
一瞬止まる。
そして。
最後に書いた。
『パイロット名:不明』
送信。
報告書を提出した。
ヴィンセントは嘘をついた。
だが。
それは軍を裏切るためではない。
今の彼には、確信がなかった。
リーシアが生きている。
本当にそうなのか。
もしそうなら。
なぜ彼女は、自分から遠ざかるのか。
なぜ、あんな戦い方をするのか。
なぜ、あれほどまでに憎しみを抱えているのか。
「……僕が調べなきゃ」
ヴィンセントは静かに呟いた。
1年前。
ローゼンバーグ家に何があったのか。
リーシアはなぜ死んだことになったのか。
そして。
なぜ今。
地球圏で黒いグフに乗っているのか。
全てを。
「必ず見つける」
その声は小さかった。
しかし。
強い決意が込められていた。
一方。
地球。
リーシアもまた。
静かに空を見上げていた。
「……また、会ってしまった」
忘れたはずだった。
捨てたはずだった。
それでも。
ヴィンセントの声を聞いた瞬間。
一度閉じたはずの記憶が、全部蘇ってしまった。
それが。
彼女にとって何よりも恐ろしかった。
復讐だけを考えていればいい。
それなら迷わない。
だが。
ヴィンセントだけは違う。
彼は。
彼だけは。
リーシア・ローゼンバーグがまだ人間だった頃を知っている。
だからこそ。
「……お願い」
誰にも届かない声。
「私を、追わないで」
しかし。
彼女の願いとは裏腹に。
二人の運命は。
もう一度、交差し始めていた。
次回予告
次回、第6話。
「亡霊の正体」
ヴィンセントは、軍の極秘データへアクセスする。
1年前。
ローゼンバーグ家に起きた両親の事故死。
そして。
リーシア・ローゼンバーグの「国家叛逆」と「死亡事故」。
その記録には、不自然な点が多すぎた。
「……この電子署名」
調べれば調べるほど浮かび上がる、一人の男。
コンラート・ローゼンバーグ。
一方、リーシアは新たな標的へ向かう。
しかし。
ヴィンセントとの再会によって、彼女の心には少しずつ変化が生まれていた。
復讐だけを燃料にしていたはずなのに。
「私は、もう戻れない」
そんなリーシアの前に。
再び、ヴィンセントが現れる。
次回。
「亡霊の正体」
死んだはずの少女を追う青年が、ついに過去の闇へ踏み込む。
第5話は、ヴィンセントとの再会を中心に描きました。
リーシアにとって、この再会は決して嬉しいだけのものではありません。
むしろ、自分が封印していた「リーシア・ローゼンバーグ」という人間を、ヴィンセントが呼び戻してしまったことの方が大きいです。
そしてヴィンセントは、今回の戦闘で確信に近いものを得ました。
黒いグフのパイロットは、おそらくリーシア。
では、一体なぜ彼女は死んだことになったのか。
なぜ地球へ落ちたのか。
そして、なぜコンラートの裏資金ルートばかりを狙うのか。
次回から、この謎が少しずつ繋がっていきます。
また、今回の戦闘ではブラッドベインが圧倒的な機動力を見せましたが、同時にリーシア自身の身体にも明確な負荷が出ています。
速いから勝てる。
しかし、その「速さ」には必ず代償がある。
この部分は今後さらに重要になっていきます。
それでは、次回もよろしくお願いします。