機動戦士ガンダムSEED C.E.75 VENDETTA 作:陽@曜花推し
第6話です。
前回、ついにリーシアとヴィンセントが戦場で再会しました。
「死んだはずの少女」と、「彼女を死んだと思っていた青年」。
お互いに相手が誰なのかを理解しながらも、リーシアはヴィンセントの前から姿を消しました。
今回の主役は、どちらかといえばヴィンセントです。
彼は軍人として、「所属不明の黒いグフ」を追う任務を受けています。
しかし、その正体がかつての親友であるリーシアかもしれないと知った以上、彼には一つの疑問が生まれます。
なぜ、リーシアは死んだことになっているのか。
なぜ、彼女の両親は死んだのか。
そして。
なぜ彼女は、コンラート・ローゼンバーグに関係する施設だけを執拗に破壊しているのか。
今回、その「1年前の事件」が少しずつ繋がっていきます。
一方のリーシアは、自分を追うヴィンセントの存在を知りながらも、復讐を止めません。
むしろ。
真実に近づいていくヴィンセントと、復讐へ突き進んでいくリーシア。
二人の距離が近づけば近づくほど、物語は大きく動き始めます。
それでは、第6話「亡霊の正体」です。
今回のあらすじ
漆黒のグフとの戦闘から帰還したヴィンセントは、所属不明機の正体に強い疑念を抱いていた。
あの機動。
あの戦い方。
そして、通信越しに聞いた声。
間違えるはずがない。
あのパイロットは、リーシア・ローゼンバーグだ。
しかし、軍の記録上、リーシアは1年前に死亡している。
ヴィンセントは軍の特務権限を使い、当時の資料へアクセスする。
そこに記録されていたのは、余りにも不自然な「事故」の連続だった。
やがて彼は、事件の裏にコンラート・ローゼンバーグの影があることを知る。
一方のリーシアは、次の標的へ向かう準備を進めていた。
そして二人は、再び同じ場所で交差する。
ザフト軍特務艦。
深夜。
艦内の照明は最低限に落とされている。
ほとんどの乗員が眠っている時間帯。
その中で、一人だけ起きている男がいた。
ヴィンセント・アルノー。
彼は自室の端末を前に座っていた。
画面には、前日の戦闘記録。
黒いグフ。
グフイグナイテッド。
改修機。
そして、パイロットの通信音声。
『私は……リン』
その音声を、ヴィンセントは何度も繰り返し再生していた。
停止。
再生。
停止。
再生。
「……間違いない」
小さく呟く。
声だけではない。
あの旋回。
あのタイミング。
あの攻撃。
アカデミー時代。
二人で何度も模擬戦を繰り返した。
リーシアは真正面から力押しをするタイプではなかった。
相手の反応を見る。
一手先を読む。
そして。
敵の死角へ滑り込む。
彼女の操縦には、独特の癖があった。
その癖が。
今の黒いグフにもあった。
「でも……」
ヴィンセントは目を閉じる。
「君は、死んだ」
軍から受け取った公式記録。
葬儀すら行われなかった。
遺体が確認できなかったという例外はあったものの、死亡処理は正式に行われている。
そして何より。
当時の自分自身も。
リーシアの死を受け入れてしまった。
だからこそ。
今、目の前に現れた「彼女らしき存在」が、怖かった。
生きていた。
そう考えるだけで。
胸の奥が締め付けられる。
「……一年前に、何があったんだ」
ヴィンセントは決意した。
知るしかない。
たとえ軍規に触れるとしても。
たとえ、自分の立場を失うとしても。
彼女をもう一度失うわけにはいかない。
---
特務権限。
通常の士官には閲覧できないデータベース。
ヴィンセントは認証コードを入力した。
警告が表示される。
『ACCESS RESTRICTED』
彼は自分の特務IDを入力する。
続いて指紋認証。
網膜認証。
最後に暗証番号。
画面が切り替わる。
『AUTHORIZED』
大量の情報が表示された。
ヴィンセントは検索欄へ打ち込む。
『ローゼンバーグ』
複数の記録。
一つずつ開いていく。
政治献金。
軍需関係。
資産管理。
人事記録。
そして。
『ローゼンバーグ家当主夫妻、事故死』
ヴィンセントの指が止まった。
開く。
そこには。
「……事故現場の記録が、これしかない?」
彼は眉をひそめる。
レクイエム照射。
被害。
死亡者一覧。
軍人。
民間人。
そして。
リーシアの両親。
だが。
妙だった。
報告書そのものは存在している。
しかし。
『現場調査記録』
『追加調査』
『被害状況詳細』
重要なファイルがいくつも欠落している。
「なぜだ?」
事故なら。
もっと詳しい記録が残っているはずだ。
ヴィンセントはさらに掘り下げる。
すると。
一つの承認記録が表示された。
『機密指定』
承認者。
『コンラート・ローゼンバーグ』
「……!」
ヴィンセントは椅子から立ち上がった。
「なぜ、当事者の叔弟が機密指定を承認している?」
もちろん。
コンラートは国防事務局の高官だ。
その権限自体は不思議ではない。
だが。
続く資料に。
さらに不可解な部分があった。
死亡直後に行われた資産移管。
ローゼンバーグ家の主要口座。
不動産。
企業株式。
軍関連の利権。
それらが短期間のうちにコンラート側へ移されている。
「……早すぎる」
普通なら。
相続。
法的確認。
資産査定。
数多くの手続きが必要なはずだ。
だが。
まるで。
「最初から、準備していたみたいだ」
ヴィンセントの背中に悪寒が走った。
そして。
もう一つ。
『リーシア・ローゼンバーグ』
検索。
表示された。
『国家叛逆行為』
『軍事機密漏洩』
『拘束』
『移送中事故』
ヴィンセントは記録を開く。
読み進める。
「……機密漏洩の証拠は?」
証拠資料へのリンク。
開こうとする。
しかし。
『FILE NOT FOUND』
「……」
もう一度。
検索する。
『COURT』
何もない。
『TRIAL』
何もない。
『LEGAL』
何もない。
「裁判記録が……存在しない?」
リーシアは、国家叛逆という重罪を着せられた。
それなのに。
正式裁判の記録がない。
弁護人の記録もない。
取り調べ記録もない。
ほとんどすべてが消えている。
そして最後に。
『死亡確認』
ヴィンセントは息を止めた。
『簡易大気圏突入ポッド事故』
『対象死亡』
『遺体確認不能』
「遺体確認不能……」
つまり。
遺体を見ていない。
それにもかかわらず。
死亡判定だけが出されている。
「……そんな馬鹿な」
さらに調査を進める。
当時の担当者。
移送担当。
施設責任者。
ポッド整備担当。
次々と名前が出てくる。
しかし。
ほとんど全員が、その直後に異動している。
あるいは退役。
あるいは消息不明。
「……証拠を全部消している」
ヴィンセントの手が震える。
ここまで来れば。
もう偶然とは思えない。
「コンラートが……」
その名前を呟いた瞬間。
ヴィンセントは過去の記憶を思い出した。
アカデミー時代。
リーシアは時々、家の話をしていた。
父親は厳しい。
母親は優しい。
そして。
ローゼンバーグ家には、複雑な親族関係がある。
「……あの男か」
ヴィンセントは拳を握った。
「君の両親を殺して……君まで消したのか」
もし本当にそうなら。
リーシアは。
自分が信じていた人たちに殺されたことになる。
そして今。
たった一人で。
復讐をしている。
---
同じ頃。
地球。
南米の廃都市。
地下整備施設。
ブラッドベインの装甲が取り外されている。
メカニックが内部を確認する。
「……また限界まで回したな」
「問題ないわ」
リーシアは返した。
「問題ある」
メカニックは装甲の裏側を指差した。
「スラスターの焼け方が尋常じゃない」
「補修できる?」
「できる」
「ならいい」
「良くない」
メカニックが振り返る。
「機体じゃなくて、お前の方だ」
リーシアは黙った。
「目、見えてるか?」
「見えている」
「本当に?」
「……少し霞むだけ」
「少しじゃないだろ」
メカニックは怒ったように言う。
「戦闘後から右目の反応が遅い」
「問題ない」
「またそれか」
リーシアは工具を置いた。
「私はまだ戦える」
「戦えるからって、壊れていい理由にはならん」
その言葉に。
リーシアの表情が僅かに曇った。
「……私には、それしかない」
「復讐か」
「ええ」
「復讐が終わったらどうする?」
リーシアは答えなかった。
メカニックもそれ以上は聞かなかった。
答えなど。
リーシア自身も持っていない。
---
端末に新しい情報が届く。
リーシアが確認する。
「次の標的……」
地図。
輸送拠点。
コンテナ。
そして。
資金ルート。
コンラートの関連企業。
「ここね」
リーシアは立ち上がる。
メカニックが声をかけた。
「今夜はやめておけ」
「どうして?」
「身体が限界だ」
「それでもやる」
「休め」
「時間がないの」
「……何の時間だ?」
リーシアは少しだけ笑った。
「私の時間」
それ以上。
メカニックは何も言えなかった。
---
数時間後。
夜の地球。
雲の上。
ブラッドベインが飛ぶ。
リーシアは静かに前を見ていた。
コックピットには、僅かな機械音。
規則的な警告。
時々。
小さなノイズ。
リーシアはそれを無視する。
「……ヴィンセント」
ふと。
彼の顔が頭をよぎった。
「まだ追っているのかしら」
あの声。
「リーシア」
自分の名前を呼んだ声。
それは。
彼女が捨てたはずの過去を、無理やり引き戻した。
「来ないで」
呟く。
「私はもう……あなたの知っている人間じゃない」
それでも。
胸の奥に残る温かさは消えなかった。
リーシアは目を閉じる。
そして。
「……だから、来ないで」
もう一度。
---
同じ頃。
ヴィンセントは艦橋にいた。
「アルノー中尉」
上官から声がかかる。
「例の黒いグフについて、何か進展は?」
「いえ」
ヴィンセントは答えた。
「現在も正体不明です」
嘘。
だが。
本当のことを言えば。
リーシアは追われる。
捕らえられる。
そして。
今度こそ殺されるかもしれない。
それだけは許せない。
「ただし」
ヴィンセントは続ける。
「敵は軍事目標そのものよりも、違法な補給網や資金ルートを狙っているようです」
上官が腕を組む。
「目的があるということか」
「はい」
「復讐かもしれないな」
その言葉に。
ヴィンセントは一瞬だけ表情を変えた。
「……かもしれません」
上官は気づかない。
「なら、その目的を探れ」
「了解」
ヴィンセントは敬礼した。
---
数時間後。
海上。
ヴィンセントのゲルググメナースは、次の不法補給拠点へ向かっていた。
そのレーダーに。
微弱な反応。
「……!」
ヴィンセントは画面を見る。
「これは……」
反応が高速で移動している。
通常の航空機とは違う。
MS。
そして。
その速度。
「まさか……」
ヴィンセントは機体を加速させる。
一方。
ブラッドベインのコックピットでも警告音が鳴った。
「……追ってきた」
リーシアはレーダーを見る。
一機。
しかも。
見覚えがある識別。
「ヴィンセント……」
彼女は目を閉じる。
「もう……」
言葉を失う。
それでも。
スロットルを押し込む。
ブラッドベインが加速する。
「来ないで」
ゲルググメナースも速度を上げる。
「待ってくれ、リーシア!」
通信。
リーシアは無視する。
「君の目的が何なのか、もう分かり始めている!」
「……!」
心臓が跳ねる。
「1年前の事件を調べた!」
リーシアの手が止まる。
「ローゼンバーグ家の資産移管!」
「……」
「君のご両親の死亡記録!」
「……やめて」
「それから、君の死亡記録!」
「やめて……!」
声が震える。
ヴィンセントは続ける。
「全部、不自然だ!」
リーシアは通信を切ろうとする。
しかし。
指が止まる。
「……もう、やめて」
ヴィンセントの声が返ってくる。
「君は何をされたんだ!?」
リーシアは唇を噛んだ。
涙が落ちる。
「私は……」
言いかける。
「私は……」
しかし。
その先は言えない。
彼に話してしまえば。
全てを吐き出してしまいそうだった。
「……私はもう死んだの」
「リーシア」
「そういうことにして」
「できない!」
「お願い……!」
初めてだった。
あの冷たいリーシアが。
懇願した。
「あなたまで、私の世界に来ないで……」
ヴィンセントの声が止まる。
「どうして」
「あなたまで壊れたら……」
リーシアの目から涙が零れる。
「私は、本当に一人になる」
通信越しのヴィンセントには、その意味が分からなかった。
彼女が何を背負っているのか。
どれほどの孤独の中で戦っているのか。
それでも。
ヴィンセントは答えた。
「だったら、僕は壊れない」
「……え?」
「君を一人にしない」
リーシアは目を見開く。
「ヴィンセント……」
「君が何をしたとしても」
「……」
「君が何を抱えていても」
「……」
「僕は、君をリーシアだと思っている」
その言葉に。
リーシアの呼吸が乱れる。
長い沈黙。
やがて。
彼女は小さく呟いた。
「……優しいのね」
「今まで言われたことない?」
「ないわ」
僅かな笑い。
だが。
すぐに表情は戻った。
「だからこそ、駄目」
「リーシア!」
ブラッドベインのスラスターが一気に吹き上がる。
急加速。
そして。
急旋回。
ヴィンセントは追う。
しかし。
「速い……!」
ブラッドベインは海面すれすれを飛ぶ。
機体が激しく振動する。
リーシアの視界が暗くなる。
「っ……!」
鼻から血が流れる。
彼女は拭う。
「まだ……!」
さらにスロットルを押し込む。
警告音。
『G-LOAD LIMIT』
『PILOT VITAL DANGER』
リーシアはその表示を消す。
「私は……止まれない」
後方を見る。
ゲルググメナースが追っている。
その姿が少しだけ嬉しく見えた。
だが。
「……ごめんなさい」
一言。
そして。
ブラッドベインは夜の闇へ消えていった。
---
しばらくして。
ヴィンセントは追撃を諦めた。
「……また逃げられた」
機体を静止させる。
通信を切った後も。
リーシアの最後の言葉が頭から離れない。
「あなたまで、私の世界に来ないで」
ヴィンセントは空を見た。
「もう遅いよ」
小さく呟く。
「君が一人で苦しんでいるなら……」
拳を握る。
「僕は、絶対に見捨てない」
彼は改めて決意する。
軍人として。
そして。
彼女の友人として。
リーシアを救う。
そのためなら。
まずは。
コンラート・ローゼンバーグの罪を、完全に暴く。
一方。
遠く離れた空域。
ブラッドベインのコックピット。
リーシアは一人。
「……ヴィンセント」
頬を伝う涙を拭う。
「どうして、あなたは……」
答えは分からない。
ただ。
復讐だけを支えに生きてきた彼女の心に。
ほんの僅か。
別の光が差し込んでいた。
それが。
彼女にとって救いになるのか。
それとも。
復讐を妨げる弱さになるのか。
まだ。
誰にも分からなかった。
次回予告
次回、第7話。
「復讐の爪痕」
ヴィンセントは、1年前のローゼンバーグ家事件についてさらに深く調査を進める。
そして。
コンラートが地球圏で密かに行っている「もう一つの計画」の存在を知る。
一方。
リーシアは、コンラートの裏資金ルートをさらに破壊していく。
だが。
今度の標的には、これまでとは違う強力な護衛部隊が待ち構えていた。
「また、来たのか……あの黒いグフ!」
ブラッドベインへ向けて、複数のMSが殺到する。
「この程度……!」
リーシアはスロットルを押し込む。
しかし。
その身体には、確実に限界が迫っていた。
「……視界が……」
それでも。
止まらない。
そして。
その戦場へ。
ヴィンセントが再び現れる。
次回。
「復讐の爪痕」
漆黒の機体が残すのは、敵の破壊だけではない。
リーシア自身の身体にも、取り返しのつかない「爪痕」が刻まれ始める。
第6話では、ヴィンセントが1年前の事件に本格的に踏み込みました。
ここから「なぜリーシアは復讐しているのか」という部分が、少しずつヴィンセントにも見えていきます。
そしてリーシア自身も、ヴィンセントに完全に心を閉ざしているわけではありません。
むしろ。
彼にだけは、昔の自分が少し戻ってしまう。
だからこそ、リーシアは彼を遠ざけようとします。
自分の復讐に巻き込めば、彼まで傷つくと思っているからです。
そして今回、ブラッドベインの危険性もさらに明確になってきました。
機体は戦える。
リーシアも戦える。
でも。
その両方が、少しずつ限界に近づいています。
次回からは、その「代償」がより大きな形で現れてきます。
ありがとうございました。