ブルーエンジェルの回復を見届け、LINK VRAINSからログアウトした遊作は、休む間もなく草薙へと指示を出し、ある場所へと向かっていた。
「それで?
今向かっているのはゼロ君とたまちゃんの家でいいんだよな?」
住宅街を進むキッチンカーの助手席で、遊作は前方を見つめたまま静かに頷いた。
「ああそうだ。
さすがに無視をするには名前や関係性、性格等の一致が多すぎる」
そこを右に曲がってくれ、と運転席の草薙に指示を出しながら、遊作は思考を巡らせていた。
「まったくよー、せっかくオレのボディーが完全復活したってのにもう切り上げちゃうわけ!?
LINKVRAINSのあいつらは味方なんだからいいじゃねーかよー!」
リボルバーが持っていたAiのデータを取り戻し、目玉姿から本来の人型に戻ったAiがデュエルディスクから身を乗り出して愚痴る。
「そういや、あいつらって学校じゃ苗字違ったよな。
一緒に暮らしてんの?」
「あいつらは、いとこの関係だと以前話していた。
その点でもLINKVRAINSのゼロとタマがファミリー、家族であるという発言と一致している」
そしてゼロとタマの正体がやはりあいつらであると仮定した場合、俺が確かめに行かねばならない理由が3つある、と遊作は指を3本立てる。
「1つ。10年前の事件の被害者たちは、互いに何の関係も持ち得ないはずだ。
もし横の繋がりがあるなら、事件以前の記憶を失った俺の手掛かりを得るため、救出後に他の被害者たちと面通しが行われたはずだ。
だが、そのような機会は一度も無かった
2つ。その場合、ゼロの言っていた『10年前の事件の被害者』は、タマにとっても極めて近い関係者であると推測できる。
ハノイの騎士に対して共闘している様子からも、2人が無関係の他者であるとは考えにくい。
3つ。財前晃に対しての報復が、あまりにも苛烈で感情的すぎた。
危害を加えられた当事者である俺がすでに手打ちとし、立ち去ったにもかかわらず、タマの怒りは収まらずに財前晃をボロボロになるまで叩きのめしていた。
ただの『目的を同じくする協力者』が傷付けられたにしては、リスクを冒した無駄な行動でしかない」
そこまで一気に捲し立てると、遊作は深く目を伏せ、声音を一段落として呟いた。
「……ここから導き出される仮説はひとつ。
ゼロ、そしてタマの『家族』であるという10年前の事件の被害者は……俺なのかもしれない」
重苦しい沈黙が車内を支配する。
遊作の脳裏には10年前に救助されて以来、こちらが一線を引きながらも、事あるごとに踏み込んできては繰り広げられたゼロとたまとの交流が過ぎる。
「そ、そういやさ!
遊作ちゃんはあいつらの家を知ってたんだな?
遊びに行ったことあるのか?」
重い空気に耐えかねたAiが努めて明るく話題を振るが、遊作の返答は素っ気ない。
「いや、何度か誘われたが結局一度も行ったことはない。
先ほど学校のサーバーをハッキングして住所を確認した」
「犯罪じゃねーか!!」とAiが甲高い声で叫び声を上げている間に、車は目的地である閑静な一画に停車した。
休日のまだ日が高い時間帯。
住宅街の中にひっそりと建つ小さな一軒家の前へと立ち、遊作はインターホンを押す。
しかし、返答はなく家の中から人の気配も感じられなかった。
「あれ?
留守なんじゃねーの。
今日は出直すか?」
「問題無い。
鍵ならここにある」
「……なんで?
来たことないんだよね?
なんで来たことない家の鍵が遊作ちゃんのポケットから出てくるの?
…………なんで!?」
「何年か前、進級祝いだと押し付けられた。
その時にいつでも家に来ていいと言われているからな。
開けるぞ」
自身のポケットから取り出した鍵を玄関扉の鍵穴に差し込み、静かに捻る。
カチリと重厚な金属音が響き、扉のロックが解除された。
「なーなー草薙。
進級祝いに家の鍵をプレゼントするのって普通なのか?
Aiちゃんの知識データベースがバグってるだけ?」
「そんなわけないだろ。
つか、ここに来る途中に遊作の家に寄ったのは、あの鍵を取りに行ってたんだな」
苦笑しながら肩をすくめた草薙を引き連れ、遊作は静かに玄関を跨いだ。
中に入ると、そこは遮る壁もないシンプルなワンルームの間取りになっており、家の中のほぼ全体を一目で見渡すことができた。
「いないみたいだな。
やっぱり留守なんじゃねーの?」
「いや、留守ならおかしい点がある」
遊作は視線を落とし、足元を指さした。
そこには見慣れた靴が2足、几帳面に並べられていた。
「あいつらは普段からいつも同じ靴を履いている。
その靴がここにある以上、本人たちは家の中にいるはずだ」
「ゼロ、たま。上がるぞ」と声をかけながら室内へと踏み込んだ二人だったが、すぐに強烈な違和感に襲われることとなる。
「なー、あんまり人間の家のこと詳しくないけどよー。
……物、少なくね?」
Aiが首を傾げて室内を見回す。
狭いワンルームであるにもかかわらず、圧迫感をまったく感じさせないほど家具や私物が存在しなかった。
悪いと思いながらも覗き込んだ水回りやキッチンにも、最低限の清掃用具以外、生活感を漂わせる私生活の痕跡が一切見当たらない。
「どういうことだ……?
学校の教材と最低限のデスクしかないぞ」
「俺もインテリアに詳しいわけじゃないが……これじゃ二人はおろか、一人だって生活を送るのは不可能だぞ?」
不可解すぎる光景に顔を見合わせる遊作と草薙に対し、突然Aiが自信満々に声を張り上げた。
「はは〜ん!
名探偵Aiちゃんはピンと来ちゃったもんね!
これはサプライズってやつでしょ!」
「何を言っている」
「だから! 遊作ちゃんたちが来るのを見越して、脅かすために隠れてるんだって!
んで、部屋の荷物もその隠れ場所に一緒に仕舞い込んでるんだよ!」
「……それで?
どこに隠れているというんだ」
呆れ顔の遊作と苦笑する草薙を前に、Aiはドヤ顔で室内の一点をビシッと指差し宣言した。
「まだ見てない場所で、人間が隠れられるスペースなんてあそこしかないだろ!
あのクローゼットだ!
こっちから開けて逆にビビらせてやれ!」
ほらほらオープン・ザ・クローゼット!と煽るAiを冷ややかな目で見やりながら、遊作は壁に設置されたクローゼットの扉に手をかけた。
そして、意を決して一気に引き開ける。
「ぎゃあぁぁぁーーー!?!?」
部屋中に響き渡ったのは、他でもないAiの悲鳴だった。
暗がりとなったクローゼットの中には人間サイズの無機質なマネキンが2体、並んで鎮座していたのである。
「なんで住宅にマネキンが置いてあるんだよ!?
おかしいだろ!?」
「うるさい、黙れ」
頭を抱えて文句を言うAiを冷ややかにあしらい、遊作はクローゼットの内部を詳細に確認する。
だが、マネキンの傍らに掛けられていたのは、学校の予備の制服数着のみだった。
「……本当に、どこへ行ったんだ」
「なあ遊作。
今日のところは一度引こう。
明日の学校で本人たちに直接確認すれば済む話だ」
草薙の言葉に後ろ髪を引かれつつも、これ以上の手がかりが得られない以上、遊作は静かに鍵をかけてその場を後にした。
そして、翌日。
登校した遊作は、早朝から教室や廊下を見渡し、二人の姿を探し求めていた。
しかし、始業のチャイムが鳴っても二人の席は空席のままだった。
「何? 引っ越した?」
「そーなんだよなぁ!
なんか急に家庭の事情とかで、遠くに引っ越すことになったらしいぜ?」
クラスの自称情報通・島直樹に問い詰めると、あきれたように肩をすくめてそう答えた。
「急すぎるよなー、お別れ会とかやってやりたかったのにさー」と嘆く島の声を背景に、遊作はぎゅっと拳を握り締め、激しく唇を噛んだ。
失われた己の過去へと繋がっていたかもしれない唯一の手がかりは、影のように消え去ってしまったのだった。