大浴場で出会った大学生。改めて近くで見ると、学生らしい
事件に巻き込まれたせいか、風呂で会った時よりも少し顔が
「悪いな、ちょっと話を聞かせてくれると助かる」
「はい、
「じゃあ、事件が
「部屋にいました。テレビで台風の
「ずっとテレビを?」
「はい。外があんな天気ですから、さすがに出歩く気にもなれなくて」
「確かにな」
外は相変わらず強い雨が降っている。風もかなり強く、窓の外からは時折、何かが
「トイレとか、部屋から出たことは?」
「行ってませんね。ずっと部屋にいました」
「一度も?」
「はい。テレビを見ていたので、特に部屋から出る理由もありませんでした」
「なるほどな」
本人の話では、事件が起きたと思われる時間帯はずっと部屋にいたことになる。
「何かその時間、
「うーん……特にはないですね、すみません」
「物音とか、誰かが歩いてる音とかも?」
「そうですね……テレビをつけていたので、細かい音までは聞いてないと思います」
「そうか」
外は台風。
旅館の中でも人が動けば多少の音はするだろうが、テレビを見ていたなら気づかなくても不思議じゃない。
「じゃあ、金満と
「ここには何度か
「以前見かけた?」
「はい」
「どこで?」
「ここです。ロビーだったと思います」
「話したことは?」
「ないですね。本当に見かけただけです」
「そうか」
金満とは面識がない。
少なくとも、本人はそう言っている。
「以前見かけたというのは?」
「今日と一緒です。あの人、いつもロビーで大声で電話してるので」
「いつも?」
「はい。以前来た時も、ロビーで大声で電話してました」
「内容までは?」
「そこまでは聞いてないですよ。ただ、かなり
「なるほどな」
今日も金満はロビーで電話相手に怒鳴っていた。
それを覚えている人間は多い。
遠谷も、その一人ということか。
「それにしても、よく覚えてたな。以前のことだろ?」
「いや、あれだけ大声で話してたら覚えますよ」
遠谷は苦笑する。
「それに、ここは
「そりゃそうだ」
確かに、周囲が静かな場所なら、金満の怒鳴り声は嫌でも記憶に残るだろう。
「ところで、ここに泊まるのは何度目?」
「どうだったかな……7回か、8回目だったと思います。すみません、
「7回か8回?」
「はい。何度か来てるんですけど、ちゃんと数えてなくて」
「結構来てるんだな」
「気に入ってるんですよ、ここ」
「なるほどね」
大学生の一人旅にしては、ずいぶんとこの旅館を気に入っているらしい。
「何がそんなに気に入ったんだ?」
「お風呂もいいですし、料理も美味しいですから。あと、こういう
「若いのに渋いねえ」
「そうですか?」
遠谷は少し笑った。
「大学にいると人が多いので、たまには一人でゆっくりしたくなるんですよ」
「分からんでもないな」
俺も今回、久しぶりの休暇でこの旅館へ来た。
その気持ちだけは少し分かる。
しかし――7回か8回目。
俺はその言葉を頭の片隅に残しておく。
手帳を閉じ、少し目をつむる。
今のところ、遠谷から得られた情報はそれほど多くない。16時から17時30分までは部屋にいたという
ひとまず、これ以上聞くことはないだろう。
「どうもありがとう、
「いえ、
「そんなことはねえよ。こういう細かい話が大事なんだ」
「そうですか……」
遠谷は少し安心したように笑った。
俺は軽く
――さて、残る話も聞いてみるとするか。