山百合荘殺人事件   作:山菫

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証言 遠谷智也

 

 

 大浴場で出会った大学生。改めて近くで見ると、学生らしい(さわ)やかな顔立ちをしているが、意外にもなかなか筋肉質(きんにくしつ)な体をしている。

 

 遠谷智也(とおたにともなり)

 

 事件に巻き込まれたせいか、風呂で会った時よりも少し顔が強張(こわば)っているように見える。それでも、こちらが声を掛けると丁寧(ていねい)(おう)じてくれた。

 

「悪いな、ちょっと話を聞かせてくれると助かる」

 

「はい、(かま)いませんよ。なんでも聞いて下さい」

 

「じゃあ、事件が()ったとされる時間、16:00~17:30はどこにいた?」

 

「部屋にいました。テレビで台風の情報(じょうほう)を見てましたね」

 

「ずっとテレビを?」

 

「はい。外があんな天気ですから、さすがに出歩く気にもなれなくて」

 

「確かにな」

 

 外は相変わらず強い雨が降っている。風もかなり強く、窓の外からは時折、何かが(きし)むような音まで聞こえてくる。

 

「トイレとか、部屋から出たことは?」

 

「行ってませんね。ずっと部屋にいました」

 

「一度も?」

 

「はい。テレビを見ていたので、特に部屋から出る理由もありませんでした」

 

「なるほどな」

 

 本人の話では、事件が起きたと思われる時間帯はずっと部屋にいたことになる。

 

「何かその時間、()がついたことは無い?」

 

「うーん……特にはないですね、すみません」

 

「物音とか、誰かが歩いてる音とかも?」

 

「そうですね……テレビをつけていたので、細かい音までは聞いてないと思います」

 

「そうか」

 

 外は台風。

 

 旅館の中でも人が動けば多少の音はするだろうが、テレビを見ていたなら気づかなくても不思議じゃない。

 

「じゃあ、金満と面識(めんしき)は?」

 

「ここには何度か()まりに来てるんですが、以前一度()かけたくらいで、話したことは有りません。今回も泊まってるのはさっき知りました」

 

「以前見かけた?」

 

「はい」

 

「どこで?」

 

「ここです。ロビーだったと思います」

 

「話したことは?」

 

「ないですね。本当に見かけただけです」

 

「そうか」

 

 金満とは面識がない。

 

 少なくとも、本人はそう言っている。

 

「以前見かけたというのは?」

 

「今日と一緒です。あの人、いつもロビーで大声で電話してるので」

 

「いつも?」

 

「はい。以前来た時も、ロビーで大声で電話してました」

 

「内容までは?」

 

「そこまでは聞いてないですよ。ただ、かなり怒鳴(どな)ってたので、嫌でも耳に入ってきました」

 

「なるほどな」

 

 今日も金満はロビーで電話相手に怒鳴っていた。

 

 それを覚えている人間は多い。

 

 遠谷も、その一人ということか。

 

「それにしても、よく覚えてたな。以前のことだろ?」

 

「いや、あれだけ大声で話してたら覚えますよ」

 

 遠谷は苦笑する。

 

「それに、ここは(しず)かな旅館ですからね。ああいう声は目立(めだ)ちます」

 

「そりゃそうだ」

 

 確かに、周囲が静かな場所なら、金満の怒鳴り声は嫌でも記憶に残るだろう。

 

「ところで、ここに泊まるのは何度目?」

 

「どうだったかな……7回か、8回目だったと思います。すみません、正確(せいかく)には覚えてません」

 

「7回か8回?」

 

「はい。何度か来てるんですけど、ちゃんと数えてなくて」

 

「結構来てるんだな」

 

「気に入ってるんですよ、ここ」

 

「なるほどね」

 

 大学生の一人旅にしては、ずいぶんとこの旅館を気に入っているらしい。

 

「何がそんなに気に入ったんだ?」

 

「お風呂もいいですし、料理も美味しいですから。あと、こういう(しず)かな場所って落ち着くんですよ」

 

「若いのに渋いねえ」

 

「そうですか?」

 

 遠谷は少し笑った。

 

「大学にいると人が多いので、たまには一人でゆっくりしたくなるんですよ」

 

「分からんでもないな」

 

 俺も今回、久しぶりの休暇でこの旅館へ来た。

 

 その気持ちだけは少し分かる。

 

 しかし――7回か8回目。

 

 俺はその言葉を頭の片隅に残しておく。

 

 手帳を閉じ、少し目をつむる。

 

 今のところ、遠谷から得られた情報はそれほど多くない。16時から17時30分までは部屋にいたという証言(しょうげん)。金満とは話したことがないという話。そして、以前にもこの旅館で金満を見かけていたこと。

 

 ひとまず、これ以上聞くことはないだろう。

 

「どうもありがとう、参考(さんこう)になったよ」

 

「いえ、(あま)りお(やく)()てずすみません」

 

「そんなことはねえよ。こういう細かい話が大事なんだ」

 

「そうですか……」

 

 遠谷は少し安心したように笑った。

 

 俺は軽く会釈(えしゃく)をして、部屋を出る。

 

 ――さて、残る話も聞いてみるとするか。

 

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