髪をまとめ上げ、和服の似合う女性。先ほどまで宿の女将として気丈に振る舞っていたが、事件が起きてからというもの、少し
俺は彼女の前に腰を下ろし、手帳を開く。
「女将さんすまんね、ちょっくら話を聞かせてもらうよ」
「はい……」
鈴は小さく頷く。
宿を切り盛りする立場だけあって、落ち着いてはいる。だが、時折見せる表情には、今回の事件が相当な負担になっていることが窺える。
「まず、事件が起きたとされる時間16:00~17:30はどこにいた?」
「16時までは
「16時からは一人で?」
「はい。お夕飯の
鈴は少し考えるように視線を上へ向け、それから続けた。
「いつも16:00に聞きに行きます。今日は4組だけですから、そう時間は掛からなかったと思います」
「金満さんのところには?」
「確か
「ビールね」
「はい。確か……間違いないと思います」
「御用聞きは、全部でどのくらい掛かった?」
「今日は4組だけですから、5分……いえ、7分くらいで
「5分から7分くらいか」
「はい」
俺は手帳にその時間を書き込む。
4組分の夕食を確認するために部屋を回っていた。時間そのものは短い。少なくとも、今の話だけなら大きく不自然なところはない。
「それ以外は厨房にいた?」
「はい。今日は4組だけでしたので、
「立魚さんとずっと一緒だった?」
「はい。夕飯の準備をしていましたから」
「なるほど」
ここは重要だ。
料理を担当していた立魚の話と一致するなら、二人の証言を別々に聞いた意味が出てくる。
「何か変わったことは無かった?」
「そうですね……」
鈴はしばらく考え込む。
「特に無かったと思います」
「本当に何も?」
「はい。外はずっと酷い天気でしたけど、それ以外は特に……」
確かに、台風が近づいている。
宿の外で何か起きても不思議じゃない天候だが、厨房にいた二人には特別な異変はなかったらしい。
「じゃあ、金満の部屋に配膳した際は何か無かった?」
「いえ……あぁいった
「金満さんの部屋に一番最初に?」
「はい。お夕飯をお持ちして、声を掛けたのですが、お
「返事が無かった?」
「はい。
鈴はその時のことを思い出すように、少し眉を寄せる。
「起こしてしまうのも
「その時は、部屋の中には入らなかった?」
「はい。お返事がありませんでしたから」
「なるほどな」
16時に夕食の御用聞きをして、その後は厨房へ戻る。
そして夕食の配膳で再び金満の部屋へ行ったものの、返事がなかったため料理を一度下げた。
その話だけなら、金満がその時点ですでに殺されていた可能性にも繋がる。
ただし、死亡時刻そのものはまだ確定していない。
「金満と面識はあった?」
「はい。何度かご
「何度も泊まっていたんだな」
「はい。少し癖のある方ではございましたが、お客様ですから」
「今回泊まった金満に、何かおかしな所はあった?」
「いつも通り、といった感じでございました。お
「忙しい?」
「はい。こちらにお泊まりになっている時も、お仕事の電話をされていることが多くて」
「なるほどね」
ロビーで電話相手に怒鳴っていた姿を思い出す。
確かに、あの男なら宿に来てまで仕事をしていても不思議じゃねえ。
俺は一度手帳を閉じかけ、それから思い出したように【髪紐】を取り出した。
「そうだ。女将さん、これに見覚えはあるかい?」
「この髪紐ですか?」
「そう。現場に落ちていた」
鈴は髪紐をしばらく眺める。
「うーん、わかりません、すみません」
「そうかい。いや、いいんだ。ありがとう」
鈴は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご
「いえ、お
「そうさせてもらうよ」
鈴が厨房へ戻っていく背中を見送る。
なるほど……