山百合荘殺人事件   作:山菫

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証言 立魚啓介

 

 

 なかなかに身長が高い、170後半くらいだろうか。がっしりとした体格に、短く整えられた髪。白い調理服に身を包み、いかにも料理人(りょうりにん)という出で立ちの男。

 

 立魚啓介(たちうおけいすけ)

 

 先ほどから厨房に立っていたせいか、まだ少し料理の匂いが残っている。事件が起きたというのに、彼の手には職人らしい落ち着きがあった。

 

「じゃあ、立魚(たちうお)さん。すまねぇが、いくつか質問させて下さいね」

 

「えぇ……わかりました」

 

 立魚は小さく頷く。

俺は手帳を開き、まずは一番重要な時間帯について尋ねる。

 

「事件が()ったと思われる16:00~17:30はどこにいた?」

 

厨房(ちゅうぼう)にいました。夕飯の調理(ちょうり)で一番(いそが)しい時間ですから」

 

「16時から17時半まで、ずっと?」

 

「はい。基本的にはそうです」

 

「基本的には、というと?」

 

「料理をしていた、という意味ですよ。厨房から出たわけではありません」

 

 立魚は少し困ったように笑った。

 

「この人数なら、夕食の準備はそれなりにありますからね」

 

「なるほど」

 

 厨房にこもって料理をしていた。

料理人という立場を考えれば、確かに納得できる話ではある。

 

「それを立証(りっしょう)できる人はいるか?」

 

女将(おかみ)さんです。()()けを手伝って(いただ)いてたので、ほぼ一緒でした」

 

「ほぼ、というのは?」

 

女将(おかみ)さんが、夕飯の御用聞(ごようき)きで部屋を回った時間ですね。その間だけは一人でした。それ以外は一緒でした」

 

「女将さんが厨房を離れたのは、どのくらい?」

 

「そうですね……」

 

 立魚は少し考える。

 

「台風の影響(えいきょう)でお客さんも少ないですし、そこまで広い建物でも無いですしね。5、6分だったと思います」

 

「5、6分か」

 

「はい」

 

「その時間に厨房を(たず)ねた人物はいなかった?」

 

斉木(さえき)君が布団(ふとん)準備(じゅんび)に行くって声をかけてきたくらいですかね……」

 

「それは何時頃?」

 

「正確には覚えていません。ただ、夕飯の準備をしている最中だったのは間違いありません」

 

「斉木君以外には?」

 

「いなかったと思います」

 

「誰かが厨房に入ってきたようなことも?」

 

「えぇ。少なくとも私は覚えていません」

 

 立魚の返答には迷いがない。

 

 料理に集中していたのなら、周囲への注意が多少散漫になっていた可能性はあるが、それでも厨房に出入りした人間がいれば気づきそうなものだ。

 

「その時間、何か変わったことはなかった?」

 

「この天気ですし、いつもより風の音が(すご)かった……ぐらいのもんですかね……」

 

「風の音、そんなに凄かったか?」

 

「えぇ。建物が古いですからね。強い風が吹くと、窓なんかも少し鳴ります」

 

「なるほどな」

 

 現場の窓は開いていた。

外は台風。風の音が大きかったという話は、事件そのものとは関係がないかもしれない。

 

「金満とは面識(めんしき)()った?」

 

「いえ、基本私は厨房の中にしかいませんから、お客さんと関わることはほぼ()りません」

 

「今回が初対面?」

 

「そうですね。少なくとも、私はそう認識しています」

 

「金満さんのことを見たことも?」

 

「厨房にいても、お客さんがロビーを通ることはありますから、顔を見た程度ならあるかもしれません。でも、話をしたことはありません」

 

「そうかい」

 

 金満は何度もこの宿を利用している。

それでも、厨房にこもっている料理人とは接点がほとんどなかったということか。

俺は一度手帳へ目を落とす。

 

 そして、もう一つ確認しておかなければならないことを思い出した。

 

「立魚さん」

 

「はい」

 

「厨房から包丁が一本無くなってないか?」

 

 その瞬間、立魚の表情が少しだけ変わった。

 

「……ちょっと確認(かくにん)してみないとわからないです」

 

「やっぱり、すぐには分からないか」

 

「普段使いしているものならすぐわかるんですが、師匠(ししょう)の教えで包丁はしっかり使い分けろと言われて、数が多いですからね」

 

「そんなに種類があるのか?」

 

「用途によって違いますから。魚を(さば)くもの、肉を切るもの、野菜用のもの。それに大きさや形が違うものもあります」

 

「なるほどな」

 

 今回、金満の背中に刺さっていたのは、厨房で使われているものと思われる刺身包丁だ。

それが無くなっているかどうかは、立魚にとってもかなり重要な話だろう。

 

「今すぐ確認してもらうことはできるか?」

 

「はい。あとで確認しておきます」

 

「そうしてくれ」

 

 立魚は頷いた。

 

 その表情からは、包丁が凶器として使われたことへの戸惑いが見て取れる。

 

 料理人にとって包丁は仕事道具だ。

 

 それが人を傷つけるために使われたとなれば、気分のいいものではないだろう。

 

 俺は手帳をパタリと閉じる。

こんな所だろうか……。顎に手を当て、考える。

 

 16時から17時30分まで厨房にいた。

 

 その大部分を女将と一緒に過ごしており、女将が御用聞きに出ていた5、6分を除けば、一人になる時間もほとんどない。

 

 女将の証言とも一致している。

 

 ただ、凶器が厨房の包丁だったという事実だけは引っかかる。

それが本当に無くなっているのかどうか。そこを確認する必要はありそうだ。

 

「いや、どうもありがとうございました」

 

「いえ……」

 

 立魚は軽く頭を下げる。

俺も頷き、その場を離れる。

 

 ――少なくとも、今の証言だけなら立魚を疑う理由は薄い。

 

 だが、包丁の件はまだ終わっちゃいねえ。

 

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