山百合荘殺人事件   作:山菫

17 / 19
END 斉木勇太

 

 

犯人は……そう。

 

 

斉木勇太(さえきゆうた)、君だな」

 

 うつむいていた斉木が、バッと顔を上げた。

 

 目を見開き、信じられないものを見るような顔をしている。

 

「そんな! ぼく、僕なにも、そんな……」

 

 言葉が上手く出てこない。

 

 その様子を見て、俺の中で何かが繋がった。

 

 こいつだ……。

 

「犯行時刻にアリバイもねえ。厨房から包丁を持ち出せる状況。そして何より――おめえさんの嘘だよ」

 

 斉木が息を呑む。

 

「あの二人のどっちかに気があった。それは本当だろう」

 

「……」

 

「だがよ、人影を見た。そりゃあ無いだろう」

 

 あの時の証言が、頭の中に蘇る。

 

「お前さん……犯行時に窓を開けた。そう、外部犯に見せるためにな。そして、こう証言したわけだ。『人影を見た』ってな」

 

 俺の推理を聞いた斉木は、一度大きく目を見開いた。

 

 そして――ほんの一瞬、南房灯のほうへ目を向けた。

 

 その視線を追う。

 

 だが、斉木はすぐに俺へと向き直った。

 

 やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「えぇ、そうです。僕がやりました」

 

「……」

 

「前々からムカついてたんですよ、アイツには」

 

「そうかい……」

 

 斉木の声から、さっきまでの弱々しさが消えていた。

 

「だから、今回僕がやってやりました。みんな思ってたでしょう! あんな奴、死ねば良いって!! だから僕が殺したんだ!!」

 

 あまりに身勝手な言葉に、俺は拳を強く握りしめた。

 

「言いたいことはそれだけか……なぁ、斉木」

 

 俺が睨みつけると、斉木は以前のような弱々しさなど感じさせない笑みを浮かべた。

 

 そして、俺を一瞥する。

 

「バカな刑事だ。お前は一生そうしていろ」

 

「どういう事だ?」

 

「一生その無い脳みそで考えてればいいだろ!!」

 

 そう叫んだ斉木は、突然、外へ走り出した。

 

「まっ、待て! 斉木!!」

 

 くそっ!

 

 反応が遅れた。

 

 急いで追わなければ。

 

 外へ飛び出すと、ドドーン、ドドーンと岸壁に波が打ち付ける音が響き渡っていた。

 

 横殴りの雨が身体を叩く。

 

 その先で、斉木が立ち止まった。

 

 俺と斉木は、荒れ狂う海を背にして向かい合う。

 

「斉木、もう逃げられないぞ! こんな所に来てどうするつもりだ!」

 

「ふふ、刑事さん。あんたが無能で良かったですよ」

 

「どういう事だ! いい加減、観念しろ!」

 

 斉木は笑っていた。

 

 さっきまでの怒りとは違う。

 

 何かを決めたような、妙に穏やかな笑みだった。

 

「僕はね、初めて恋をしたんです」

 

「……」

 

「ずっと世界は白黒だった。灯さんを、一目見た時……世界に色がついたんだ」

 

「そうかよ……」

 

 俺は一歩、斉木へ近づく。

 

「だがな、だからって殺して良いわけじゃねえだろう」

 

「いいえ」

 

 斉木は静かに首を振った。

 

「いいんですよ。殺しても」

 

「何を……言ってるんだ」

 

「だって、必要だったんだから」

 

 その言葉に、俺は足を止めた。

 

 斉木は俺ではなく、俺の向こうを見ているようだった。

 

「灯さん、貴方に会えて良かった」

 

 その声には、もう怒りも憎しみもなかった。

 

「貴方のおかげで僕は……ちゃんと人間だったんだって思えた」

 

 そう言うと、斉木はゆっくりと振り返った。

 

「待て……斉木?」

 

 そのまま崖へ向かって走り出す。

 

「待て! 斉木!! やめるんだ!!」

 

 俺も慌てて追いかける。

 

 だが、間に合わない。

 

 斉木が崖の縁へと駆ける。

 

 一瞬だけ、顔だけを振り返った。

 

 何かを呟いた……ように見えた。

 

 その口元は――

 

『だいすきです』

 

 そう動いたように見えた。

 

 次の瞬間、斉木の姿が崖の向こうへ消えた。

 

「斉木……!」

 

 俺はただ、伸ばした手を宙に残したまま立ち尽くした。

 

「斉木……どうして……」

 

 胸の奥から、猛烈な不快感が込み上げてくる。

 

 俺は思わず口元を押さえた。

 

 何だ、この感じは。

 

 何かがおかしい。

 

 そう思う。

 

 だが――何がおかしいのか、分からない。

 

 頭の中で、さっきまでの推理を何度も思い返す。

 

 アリバイがない。

 

 包丁を持ち出せた。

 

 そして、人影を見たという証言。

 

 間違いない。

 

 そう思ったはずなのに。

 

 

「俺は……間違ったのか……」

 

 

 言いようのない不安と違和感を抱えたまま、俺の休暇はこうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

END

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定