犯人は……そう。
「
うつむいていた斉木が、バッと顔を上げた。
目を見開き、信じられないものを見るような顔をしている。
「そんな! ぼく、僕なにも、そんな……」
言葉が上手く出てこない。
その様子を見て、俺の中で何かが繋がった。
こいつだ……。
「犯行時刻にアリバイもねえ。厨房から包丁を持ち出せる状況。そして何より――おめえさんの嘘だよ」
斉木が息を呑む。
「あの二人のどっちかに気があった。それは本当だろう」
「……」
「だがよ、人影を見た。そりゃあ無いだろう」
あの時の証言が、頭の中に蘇る。
「お前さん……犯行時に窓を開けた。そう、外部犯に見せるためにな。そして、こう証言したわけだ。『人影を見た』ってな」
俺の推理を聞いた斉木は、一度大きく目を見開いた。
そして――ほんの一瞬、南房灯のほうへ目を向けた。
その視線を追う。
だが、斉木はすぐに俺へと向き直った。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「えぇ、そうです。僕がやりました」
「……」
「前々からムカついてたんですよ、アイツには」
「そうかい……」
斉木の声から、さっきまでの弱々しさが消えていた。
「だから、今回僕がやってやりました。みんな思ってたでしょう! あんな奴、死ねば良いって!! だから僕が殺したんだ!!」
あまりに身勝手な言葉に、俺は拳を強く握りしめた。
「言いたいことはそれだけか……なぁ、斉木」
俺が睨みつけると、斉木は以前のような弱々しさなど感じさせない笑みを浮かべた。
そして、俺を一瞥する。
「バカな刑事だ。お前は一生そうしていろ」
「どういう事だ?」
「一生その無い脳みそで考えてればいいだろ!!」
そう叫んだ斉木は、突然、外へ走り出した。
「まっ、待て! 斉木!!」
くそっ!
反応が遅れた。
急いで追わなければ。
外へ飛び出すと、ドドーン、ドドーンと岸壁に波が打ち付ける音が響き渡っていた。
横殴りの雨が身体を叩く。
その先で、斉木が立ち止まった。
俺と斉木は、荒れ狂う海を背にして向かい合う。
「斉木、もう逃げられないぞ! こんな所に来てどうするつもりだ!」
「ふふ、刑事さん。あんたが無能で良かったですよ」
「どういう事だ! いい加減、観念しろ!」
斉木は笑っていた。
さっきまでの怒りとは違う。
何かを決めたような、妙に穏やかな笑みだった。
「僕はね、初めて恋をしたんです」
「……」
「ずっと世界は白黒だった。灯さんを、一目見た時……世界に色がついたんだ」
「そうかよ……」
俺は一歩、斉木へ近づく。
「だがな、だからって殺して良いわけじゃねえだろう」
「いいえ」
斉木は静かに首を振った。
「いいんですよ。殺しても」
「何を……言ってるんだ」
「だって、必要だったんだから」
その言葉に、俺は足を止めた。
斉木は俺ではなく、俺の向こうを見ているようだった。
「灯さん、貴方に会えて良かった」
その声には、もう怒りも憎しみもなかった。
「貴方のおかげで僕は……ちゃんと人間だったんだって思えた」
そう言うと、斉木はゆっくりと振り返った。
「待て……斉木?」
そのまま崖へ向かって走り出す。
「待て! 斉木!! やめるんだ!!」
俺も慌てて追いかける。
だが、間に合わない。
斉木が崖の縁へと駆ける。
一瞬だけ、顔だけを振り返った。
何かを呟いた……ように見えた。
その口元は――
『だいすきです』
そう動いたように見えた。
次の瞬間、斉木の姿が崖の向こうへ消えた。
「斉木……!」
俺はただ、伸ばした手を宙に残したまま立ち尽くした。
「斉木……どうして……」
胸の奥から、猛烈な不快感が込み上げてくる。
俺は思わず口元を押さえた。
何だ、この感じは。
何かがおかしい。
そう思う。
だが――何がおかしいのか、分からない。
頭の中で、さっきまでの推理を何度も思い返す。
アリバイがない。
包丁を持ち出せた。
そして、人影を見たという証言。
間違いない。
そう思ったはずなのに。
「俺は……間違ったのか……」
言いようのない不安と違和感を抱えたまま、俺の休暇はこうして幕を閉じたのだった。
END