そう、犯人は。
「南房灯、君なんだろう。そして、共犯が雲空真綾。君だ」
南房の肩が、ビクリと震えた。
「違います! 私、何もしてない! 真綾ちゃんだって関係ない!!」
「そうだよ! 灯ちゃんがそんな事するわけない!!」
雲空も声を荒らげる。
二人とも、必死だった。
だが――俺には、これしか考えられなかった。
「まあ、急に言われてもそうなるわな。良いかい、よく聞きな。この中で金満を殺せたのは、南房、君しかありえないんだよ」
南房は何も言わず、俺を見つめていた。
その目に浮かんでいるのは、恐怖か。それとも――。
俺は頭の中で、これまでに集めた情報を一つずつ並べ直す。
「まず一つ目。君は嘘をついたね」
「……」
「それはいい。最終的な容疑者は皆、何かしら嘘をついていた。だがよ、きみの嘘だけは性質が違うんだ」
南房の唇が、わずかに震えた。
「金銭トラブルは良くある。だがな、肉体を要求まではともかく、友達を差し出せってやつだ。それは普通ありえない」
「そん、そんな事言われても……本当の事なのに」
「そうだよ!! 灯ちんが嘘をつく理由がないじゃん!」
雲空が南房の前に出るようにして言った。
「嘘をつく理由かい」
俺は南房から目を逸らさなかった。
「だが、事実、嘘をついてたじゃないか。金満とは関係ない。知らないってな」
南房の顔から、少しずつ血の気が引いていく。
俺はさらに続けた。
「そして二つ目だ。殺人現場に落ちていた【髪紐】だよ」
南房が、わずかに目を見開いた。
「あれは、密室に見せかけるために使ったんだろう? そして、鍵はかかったが、失敗して室内に落ちてしまった」
「そんな――」
南房の声が掠れた。
雲空も何か言おうとして、口を閉じる。
俺には、それが認めることを諦めたように見えた。
「なあ、認めちまえよ。南房灯」
「違う!」
南房が顔を上げた。
「違う! 違う違う違う!!!」
その声が、廊下に響き渡った。
そして――南房は突然、外へ走り出した。
「なっ! 待て! 南房! 待ちやがれ!!」
急なことで反応が遅れた。
内心で舌打ちしながら、俺もその後を追う。
外へ出た瞬間、横殴りの雨が顔を叩いた。
台風の影響で荒れ狂う海。その向こうから、波が何度も岸壁へと叩きつけられている。
南房は宿の裏手にある崖まで走り、そこで足を止めた。
「来ないで!!」
「落ち着け、もう逃げ場はないぞ!」
俺は少しずつ距離を詰める。
「私はやってない!!」
「そうは言うがな、お前さんしかありえないんだよ」
そう言って、俺は手を差し伸べた。
まずは落ち着かせなければならない。
「さあ、こっちに来い。ちゃんと話を聞くからよ……」
南房は動かなかった。
ただ、雨に濡れながら、俺の手を見つめている。
「もう……もう嫌……」
その声は、さっきまでとは違っていた。
「なんで……なんで私ばかりこんな目に……」
南房の頬を、雨とは違うものが流れていく。
「もうやだよ……真綾ちゃん」
「灯……」
少し離れた場所から、雲空の声が聞こえた。
南房が、ゆっくりと雲空を見る。
二人の視線が重なった。
「ごめんね、真綾ちゃん」
「……え?」
一瞬だった。
南房が突然、後ろを振り向く。
「待て!!」
俺が手を伸ばす。
だが――届かなかった。
南房の身体が、崖の向こうへ消える。
「やめろ!!」
「あかりいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
雲空の絶叫が響き渡った。
俺も崖の縁まで駆け寄る。
手を伸ばした先に、南房の姿はもうない。
あるのは、真っ暗な海だけだった。
「灯!! 灯!!」
雲空が半狂乱になって俺を睨みつける。
その目に、涙が浮かんでいる。
「許さない!!! アンタだけは絶対に許さないから!!!」
「……」
俺は何も言えなかった。
ただ、その狂気じみた視線を真っ直ぐに受け止める。
胸の奥が、ざわついていた。
何かがおかしい。
そう思った。
だが――何がおかしいのか、分からない。
俺はこれまでの証拠を一つずつ思い返す。
南房の嘘。
髪紐。
そして――。
「俺は……何かを間違えたのか……」
横殴りの雨が、容赦なく身体を打ち付ける。
俺はその場から動けなかった。
ただ荒れ狂う海を見つめながら、立ち尽くすことしかできなかった。
END