そう犯人は……
「お前だろ、
「何を言ってるんですか? 僕がそんな事するわけないじゃないですか」
「ま、そう言うだろうな。俺だって最後まで核心は持てなかったさ」
「どういう事ですか……?」
「最初はな、小さな、そう小さな違和感だった」
俺はそう言うと、まっすぐに遠谷を見つめ、語り続ける。
「そうだな、まず最初に違和感を感じたのは風呂だよ。最初に会っただろ?」
「えぇ、それが何か?」
「君あの頃から嘘しか言ってねえだろう」
「何の……事ですか」
「君は俺と同じでテレビを見て来たと言ったな。そりゃあおかしい、なんせテレビは最近放送されたんだぜ」
「……」
遠谷の表情から、わずかに余裕が消えた。
「次に君はこう言った。ここの名物料理は絶品ですよ、とな。なあ昨日君は何を食った? 昨日は名物料理の仕入れができなかったんだぜ」
「それは……」
「まあ、7回だっけ8回だっけ、それだけ泊まってれば名物料理も知ってるわな」
「まあ、いいさ。些細な嘘だ。それくらいの嘘はつくやつもいるだろう」
遠谷の顔が険しくなる。
「次に君の証言。うん、よく出来ていた。辻褄も合ってそうだし、あんな悪党にも良い行いがある。そう受け取れる良いストーリーだ」
「何をーー」
「だがよ、
「窓が開いてて『足跡があったなら』やっぱり。ってな」
「なあ……なんで足跡の事知ってるんだおめえさん」
その瞬間、遠谷の表情が固まった。
沈黙が場を包む。
遠谷だけではない。
誰も口を開けず、ただ遠谷をじっと見つめていた。
「現場を調べたのは俺と、女将さんである
遠谷は何も答えない。
俺はその顔を見つめながら、最後の一押しをする。
「付けた本人、なら知ってるかもしれねえよなあ? なあ遠谷よぉ」
「クソ!!」
叫ぶと同時に、遠谷は外へ向かって走り出した。
「待て! 遠谷!!」
俺もすぐさま後を追う。
外に出た瞬間、強い風と雨が顔に打ち付ける。
視界が一瞬、白く霞んだ。
どうやら遠谷は裏手に向かったようだ。
俺は雨に足を取られながら、必死にその後を追った。
裏手の崖に遠谷は立っていた。
「来るな!!」
「なあ、遠谷。もう観念しろよ」
「お前のせいで!!」
「なんであんな事をしたのか、話しちゃくれねえか」
「……」
「遠谷、お前はここまで全部嘘しかついてねえ、話してくれや。本当の事をーー」
「ふ、あははは」
乾いた笑い声が、雨の中に響いた。
「話した所で何も変わりはしませんよ。いつかはやるつもりだった。そのためにここに通ったんだ」
「僕の父はね、小さな町工場をやっていたんだ。母と二人三脚、少ないながらも従業員とも力を合わせて頑張っていた。そんな中ある時資金が必要になって、銀行にも断られ続け、ある日あいつが現れた」
遠谷は崖の向こうを見つめたまま、淡々と語り始めた。
「融資してやるってね。この工場で作ってる製品の未来に投資したいって、あいつはそう言った。父と母は喜んだよ。ここまで頑張ってきて見ていてくれた人がいたってね」
「でも、あいつは……資金が必要なのもあいつの罠だった。借りた後は法外な利子を乗せてあいつは豹変した。工場と土地の権利を渡せってね」
「結果、工場は畳むことになった。騙され心底疲弊した父は病気でそのまま……それだけならまだ良かった。相続放棄した母に、あいつは……
「ついには母が倒れ、限界だったんでしょうね。精神を病んで今ではずっと窓から外を一点に眺める生活をしてますよ。母の心は、あいつに殺された……」
雨に打たれながら語る遠谷の声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
「じゃあ、いいじゃないですか。僕があいつを殺しても!!! 父も母もあいつに殺されたようなものだ!!!」
遠谷の叫びが、雨音をかき消す。
「そう……かよ」
「ふ……もういいです、刑事さん。僕は満足だ。憎い仇を討てたんだ。思い残すことは無い」
「ふざけんじゃねえ!! 思い残すことはねぇだ、おめえにはおっかさんがいるじゃねえか」
俺は思わず声を荒らげていた。
「死んでねえんだろ! 生きてるんだろ! だったら罪を償って、ずっと一緒にいてやれよ!」
遠谷は何も言わなかった。
ただ、しばらく俯いたまま立ち尽くしていた。
やがて、その身体から力が抜ける。
その場に崩れ落ち、ただただ泣いた。
その泣き声は、まるで懺悔する声にならない叫びのように聞こえた。
俺には、それが本当に懺悔だったのかどうかは分からない。
ただ――もう、逃げる気はない。
それだけは、分かった。
その後、遠谷は旅館の一室に閉じ込め、翌日、台風が過ぎ、水が引いて橋が渡れるようになって、やっと来た警察に引き渡された。
「女将さん、世話になったな」
「いいえ、こちらこそ。冴山様には大変お世話になりました」
「いつになるかわかんねえが、また休暇が取れたらまた来るぜ。今度は天気が良い日に来てえしな」
「うふふ、お待ちしてますね」
旅館を出る前に、俺は空を見上げた。
昨日まであれほど荒れていた空が嘘みたいに、雲一つ無い青空が広がっている。
ようやく、事件が終わった。
……いや。
事件は終わったが、俺の休暇は終わった気がしねえ。
台風に巻き込まれ、殺人事件に巻き込まれ、結局犯人まで捕まえちまった。
俺は苦笑しながら、青空を見上げる。
そして、こう思うのであった。
休暇のはずが結局刑事してた気がするなあ……