山百合荘殺人事件   作:山菫

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山百合荘殺人事件2

 

 

 タクシーを降りると、目の前には古びてはいるものの、立派な旅館が建っていた。歴史を感じさせる佇まい(たたずまい)だ。台風が近づいているせいか、いくつかの窓にはすでに雨戸が閉められている。

 

 写真で見るよりもずっと風情があり、健二は思わず見上げてしまう。

 

 

 玄関から入ると、受付で女性が何やら作業をしていた。女将(おかみ)だろうか。

 

 

「いらっしゃいませ、お疲れ様でございました」

 

 優しそうな笑顔で丁寧に礼をする。歳は三十代くらいだろうか。

小柄ながら姿勢もよく、髪を一つにまとめ、まさにに女将と言った感じだ。なお美人である。

 

 冴山は少し得した気分になったのであった。

 

「いやあ、台風が来そうって時に、すみませんな。予約していた冴山です」

 

「お待ちしておりました、こちらに記帳をお願いします」

 

「いやあ、いい建物ですなあ、落ち着きがあって。今日はお世話になります」

 

「はい、少々残念なお天気ではございますが、その分、腕によりをかけてお食事のご用意をなさいますね」

 

「それですわ、楽しみにしてます」

 

 食事と聞いて胸が高鳴る。

 

「では、お部屋へご案内しますね」

 

 

 女将についていくと、ロビーに入っていく女性が二人、まだ若い、20代前半だろうか。片方はどうにも、黒髪で顔に陰りが見える。もう一人は、明るい髪色の女だ。ニコニコと楽しげにしている。

 

「うわー、見てみて、将棋盤がある。私昔やってたんだよねー」

 

 ニコニコと楽しげな顔で、もう一人に話す。

 

「そうだったの? 私はルールもわかんないや」

 

「やってみると面白いんだよ? え、ちょっと待ってこの将棋盤、小竜先生のサインがある!」

 

 うわー、凄いなーと大はしゃぎしている。

 

「そ、そうなんだ」

 

「もー! 凄い先生なんだよ、はーここに来て良かったー」

 

 そんな彼女たちを横目に部屋へ向かっていると女将が口を開く。

 

「小竜先生が大層(たいそう)こちらの旅館を気に入って下さいましてね。あの将棋盤は竜王のタイトルをお取りになった際に旅館に寄付して下さったんですよ。それでお部屋にも何部屋か置いてあるのです」

 

「へえ、そりゃあ凄い。私は下手の横好きってやつですな、今回は一人旅なもんで打つ機会は無さそうですがね」

 

 女将の後をついて歩き、二階の部屋へたどり着く。

 

 

「こちらのお部屋になります。こちらが部屋の鍵です、無くした場合受付にいらっしゃってくれれば、予備がありますので。お食事は、お昼にお部屋にお持ちすればよろしかったですか?」

 

「はい、それでお願いします。いやあ楽しみだここの料理の紹介を見てからずっと食べてみたかったんですわ」

 

 ちらりと鍵穴を見れば、かなり古い型のようだ。建物も相まって(あいまって)、そのレトロさが良い雰囲気を出しているように感じる。

 

「大浴場については、24時間いつでも入れますので。お食事の前によろしかったら是非お入り下さい。では、ごゆっくり」

 

 女将が深々と礼をして退室していく。

 

 

 部屋をぐるりと見渡すと、浴衣、テーブル、座椅子、テレビ。最低限の物しかないが、見るからに清潔で手入れが行き届いているのがわかる。先ほど話に出た将棋盤は、この部屋には置かれていない。

 

「さて、飯の前にひとっ風呂あびますかね」

 

 荷物を置き、パパっと風呂支度を済ませるとウキウキと大浴場へ向かうのであった。

 

 脱衣所に入ると、籠がいくつか並び、そのうち一つに脱いだ衣類が入っている。ロッカーなどは無いようだ、古い旅館だし、その方が雰囲気があるか、などと考え、手早く衣類を脱ぎ捨てると、浴場へ入っていく。

 

 

 宿の大きさに対し浴場はそこそこ広く、最近リフォームをしたのだろうか、わりと新しく見える。先客が一人いたようだ、まだ若い大学生だろうか。目があったのでペコリと頭を下げておく。

 

 まずは、シャワーで体を手早く洗い流し浴槽へ。

 

「あ”ぁ”~たまらん」

 

 思わず声が出る、仕方ないのだ若いつもりだがオッサンである。

 

 袖振り合うも多生の縁(そでふりあうもたしょうのえん)という事で、声をかける。

 

「お兄さんも一人旅かい? いい宿だねえここは」

 

「あ、はい。テレビで見て来ました」

 

「お、そうかい。俺も同じだが、こうして落ち着いた雰囲気ってもんを味わうと良いもんだねえ」

 

「でもさ、お兄さんくらいの年頃だと、仲間とワイワイ遊ぶ方を選びそうなもんだがね」

 

「そうですね、僕もカラオケとかはよく行きますよ。サークルの飲み会なんかはちょっと苦手ですけど……」

 

「おや、飲めないのかい?」

 

「いえ、飲めるんですが。あぁいった空気、みたいなものが苦手でして」

 

「ま、人それぞれだわなぁ」

 

「やっぱりお兄さんも、ここの料理が目当てで?」

 

「そうですね、ここの料理は絶品ですよ」

 

「そうかぁ、楽しみだ」

 

 会話が途切れ、沈黙が訪れる。

 

「それじゃあ、僕はお先に失礼しますね」

 

「お、悪いね話しかけちゃって」

 

「いえ、それでは」

 

 あの若さで、一人旅とは何ともである。

 

 

 風呂を上がり、部屋に戻ると良い時間になっていた。

 

 いい湯であった、とてもいい湯なだけにぽかぽかの体が求めてしまっている。そうビールだ。休暇、温泉、ポカポカ。もうビールしかありえない。

 

 

 そう思い、受付に向かうと途中で従業員の青年に出会う。ネームプレートを付けており、斉木と書いてある。

背はそこまで高くもないが、低くもない170cmに届くか届かないかくらいだろう。

 

 何かをぼーっと見ているようだ、視線を追うと、先ほどの女性二人組がいた。

 

「すまんね、206の冴山だが」

 

「……」

 

 青春真っ只中(まっただなか)のようだ、だが仕事は仕事、俺はビールを頼むのだ。

 

「おーい、ちょっといいかい?」

 

「あっ、はい!」

 

「206の冴山なんだが、食事と一緒にビールを頼みたい」

 

「はい、わかりました」

 

「んじゃま、頼むわ」

 

 

 ビールを頼みホクホクで部屋へ戻る、少しして待望の飯と相成った。

 

 テレビで見て以来、ずっと楽しみにしていた料理だ。

 

「お待たせ致しました、こちらビールと、海鮮御膳でございます」

 

「おぉー、ありがとうございます。こりゃあ美味そうだ」

 

「お客さん、運が良かったですね。台風の影響で昨日は名物の海鮮鍋が出せなかったんですが、今日はちょうど仕入れができたんですよ」

 

「おぉ、そりゃあ嬉しいですな。この鍋をテレビで見た時から食べてみたくて食べてみたくて。あぁ……たまらん匂いですわ」

 

「自慢の一品ですのでごゆっくりお召し上がり下さい」

 

「ありがとうございます。おぉー、ではさっそく」

 

 海鮮鍋をパクリと食べ、そしてビール。たまらん!

 

 

 これぞ休暇だと、健二は心の底から満足するのであった。

 

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