山百合荘殺人事件   作:山菫

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山百合荘殺人事件6

 

 

斉木勇太(さえきゆうた)布団(ふとん)部屋にいた。

 

「邪魔するぜ。ちょっとお前さんに聞きたいことが出来てな」

 

 そう声をかけると、猫背で丸まった背中がビクリと震えた。

 

 振り向いた斉木(さえき)の顔は、相変わらず不安(ふあん)そうだ。

 

「な、何でしょう。知っていることは全てお話ししましたが……」

 

「なぁに、大したことじゃねえよ」

 

 冴山(さえやま)は軽く笑いながら、斉木(さえき)の前まで歩み寄る。

 

「お前さんが見たっていう、人影のことをもう一度聞きたくてね」

 

「……人影、ですか」

 

 一瞬、目を軽く見開いた。

 

 ほんのわずかな反応だったが、冴山(さえやま)は見逃さなかった。

 

「確か、外に人影を見たって話だったな」

 

「は、はい。確かにそう言いました」

 

「そうか」

 

 冴山(さえやま)斉木(さえき)の顔をじっと見る。

 

 斉木(さえき)は視線を逸らした。

 

「……お前さん、見てねえな?」

 

「えっ……」

 

 肩が跳ねる。

 

 図星か。

 

 冴山(さえやま)は確信した。

 

「外を調べてきた。窓から入るのは、まず無理だ。ハシゴにも使った形跡(けいせき)はねえ。あの天気の中、壁をよじ登って二階まで来るなんてのも現実的(げんじつてき)じゃねえ」

 

 一つ一つ、淡々と告げる。

 

「だから俺は、外部犯(がいぶはん)の線は十中八九ねえと見てる」

 

「……」

 

「そうなると、どうにもおかしいんだよ」

 

 斉木(さえき)の顔から血の気が引いていく。

 

「お前さんが見たっていう人影が、本当にいたんなら話は別だ。だが、外から来た奴がいねえとなると、その人影は何だった?」

 

「それは……」

 

「なぁ、斉木(さえき)

 

 冴山(さえやま)は目を細める。

 

「お前さん、何か隠してるだろ」

 

「ち、違います! 僕は……」

 

「嘘なんだろ?」

 

 斉木(さえき)の言葉が止まる。

 

「アレ」

 

「人影が嘘ってのはな、正直どうでもいいんだ。問題はよ、なぜそんな嘘をついたか――なんだよ」

 

「あっ、うっ……」と声にならない声を上げながら、斉木(さえき)は震えている。

 

「なあ、正直に話してくれよ。じゃなきゃ、俺は大事なことを間違えちまう。おめえさんが誰かのために優しさで言っちまった、俺は、そう思ってるんだ」

 

 斉木(さえき)は崩れ落ち、泣き始めてしまった。

 

 冴山(さえやま)斉木(さえき)の肩に手を置き、優しく語りかける。

 

「大丈夫だ、大丈夫……なあ、本当のこと、教えてくれや」

 

「う、うぅ……わ、わかりました……ごめんなさい」

 

「ゆっくり、ゆっくりでいいから、な」

 

 斉木(さえき)は泣くのをやめ、ゆっくりと顔を上げる。何かを決意した、そんな顔をしていた。

 

「はい、実は……僕、見ちゃったんです。金満(かねみつ)さんの部屋から泣きながら出てくる(あかり)さんを……」

 

「そりゃあ……お前さんが言ってた南房(なんぼう)さんが部屋に戻ったのを見たってやつかい?」

 

「はい……布団(ふとん)の準備を終えて、お客様の部屋番号を確認しようと思って階段を上がっていたら、何か泣くような声が聞こえて……僕、驚いて、つい隠れてしまったんです。それでトイレに向かう(あかり)さんを見ました……」

 

「なるほど、それは16:40頃ってことだね?」

 

「はい、そうです……」

 

 なるほどな。

 

 こいつは、それを見ちまった。

 

 そして南房灯(なんぼうあかり)が疑われないように、外に人影がいたなんて嘘をついたってわけか。

 

 ……うん?

 

 だが、なんでそこまでして庇う?

 

「なあ、一つ聞きてえんだが。なんでそんな嘘をついたんだい?」

 

「え、いや、その……」

 

 斉木(さえき)は俯き、耳まで赤くする。

 

(あかり)さんが……あんまりにも綺麗(きれい)で……その……僕が、守ってあげなきゃって……」

 

「……あぁ」

 

 思わず間の抜けた声が出た。

 

 そういうことか。

 

「まあ、分からんでもねえよ」

 

 斉木(さえき)が恐る恐る顔を上げる。

 

「だがな、嘘ってのは時として冤罪(えんざい)を生む。誰かを守るためについた嘘が、別の誰かを傷つけることだってある」

 

「……はい」

 

「必要な嘘ってのも、世の中にはあるだろうさ。だが、今回のは俺にとっちゃ厄介(やっかい)な嘘だ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「もういい。理由は分かった。今度からは、見たことは見たこととして話してくれや」

 

「はい……」

 

 斉木(さえき)は小さく頷いた。

 

 さて。

 

 これで一つ、引っかかっていた証言は片付いた。

 

 問題は――南房灯(なんぼうあかり)だ。

 

 16時40分。

 

 あの女は、金満(かねみつ)の部屋から泣きながら出てきた。

 

 

 本人の口から、何があったのか聞かせてもらうとするか。

 

 

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