斉木勇太の言いたいことは分かった。南房を庇いたかった、か。あの様子を見る限り、嘘をついた理由そのものに嘘はなさそうだ。
だが――だからといって、斉木を容疑者から外せるわけじゃねえ。16時から17時30分の間、こいつに確かなアリバイはねえ。南房が金満の部屋から出てきたのを見たという証言も、結局のところ斉木自身のものだ。
それに、南房が泣いていた。金満と何かあったことだけは間違いねえだろう。それが殺人に繋がるような話なのか、それとも別の事情なのか。まだ何も分からねえ。
何にせよ――次は南房灯に話を聞かにゃならんな。そう考えながら、俺は南房の部屋へ向かった。
コンコン。
ノックの音が響く。雲空と南房の部屋だ。
「すまない、冴山だ。ちょっと聞きたいことができてな。少しいいかい?」
俺は返事を待った。42歳のオッサンが女性二人の部屋を訪ねる。何とも言い難い気まずさを感じながら、扉の前で待つ。
「はいはーい、今開けます」
明るい声が聞こえてきた。これは雲空真綾の声だろう。ほどなくして扉が開く。
「いらっしゃい、刑事さん。ガサ入れ?」
「ちげーよ! ちょっと、な。聞きたいことができちまってよ」
冗談めかして笑う雲空だったが、俺の視線が部屋の奥へ向いた瞬間、その表情が曇った。何かを察したのだろう。
「うん! とりあえず、こんなところじゃ何なんで入って入って」
そう言って、ごあんなーい、と明るく振る舞う。中へ入って、その理由が分かった。
部屋の中には、自分の体を抱きしめるようにして震える南房灯の姿があった。
「ごめんね、おじさん。灯ちん、ずっとこの調子で」
そう言う雲空の顔も、さっきまでの明るさはない。きっと灯を元気づけるために、無理をして明るく振る舞っていたのだろう。
「あ、あぁ。俺こそ、こんな時にすまない」
「ううん、いいのいいの。それで、聞きたいことって何?」
「実はな、その……言いにくいんだが。南房さんが一人になった時間について聞きたくてな」
その言葉を聞いた瞬間、南房の肩がビクリと跳ねた。そして、こちらに顔をガバッと向ける。
「そ、それ、どういう意味ですか!?」
声が震えている。
「まてまて。別に犯人だって言いに来たとか、そんなんじゃねえ。ただな、お前さん、トイレに行ったって言ったよな」
俺は南房の目を見つめる。
「あれ、嘘だろ」
南房の目が大きく見開かれた。口がパクパクと動く。何かを言おうとしているのに、言葉が出てこないようだ。
「実はな、さっき従業員の斉木くん、いるだろ。彼から話を聞いてきた」
南房の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「彼が言うには、君が金満の部屋から出てきたのを見たって言うんだよ」
一度、言葉を切る。
「なあ……本当のことを話しちゃくれねえか」
「あ、あ、うーーー!!」
南房が声を詰まらせる。
「お、お、落ち着いて灯ちん。ね! 私がいるから。大丈夫だから!」
雲空が慌てて南房の肩を抱く。
「うっ……うっ……ズズ……」
「灯ちんが犯人なわけない。分かってるから、ね」
その言葉に、南房は涙を拭いながら小さく首を振った。
「私、殺してなんかいない……」
震える声だった。
「殺したいほど嫌な奴だったけど、私はそんな事しない」
「うん、うん。そうだよ。灯ちんがそんな事しないって、私が一番わかってるもん!」
雲空が何度も頷く。
「だからよ――話しちゃくれないかい。真実ってやつを」
俺はできるだけ穏やかな声を心がけた。
「君の疑いを晴らすためにもな」
南房はしばらく俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。その目には、まだ涙が残っている。だが、今度は俺をまっすぐ見つめていた。
「……分かりました。お話します」
「私は、あの人に呼ばれてここに来ました」
南房は一度、唇を噛む。
「その際、友達も連れてこいって言われて……真綾ちゃんも」
「へ? どゆこと?」
雲空が目を丸くする。
「私ね、あの人に借金があったの」
南房はぽつりぽつりと話し始めた。
「大学生の時に勉強がきつくて、どうしてもバイトしながらじゃ大学の勉強についていけなくて。その時に、当時の友達が無利子でお金を貸してくれる所があるって言われて……」
「それで、最初は少しずつ返してて。いつも無理しないでってニコニコしてたんだけど……」
南房の声が、少しずつ小さくなる。
「就職して暫くしたら、急に全額払えって。利息もちゃんと払えって。それが、すごい金額で」
「何それ! 信じられない!」
雲空が思わず声を上げる。
「それで銀行とかに借金して返したんだけど、全然足りなくて……」
南房は俯いた。
「その……か、体で返せって……」
「はぁー!! ふざけんなし!」
雲空が怒りを露わにする。
南房はそれでも話を続けた。
「それで、友達も差し出せば借金をチャラにしてやるって言われて……」
「……」
「それで、友達は関係ないから許してって言いに行ったら……」
南房の手が震える。
「か、髪を掴まれて……」
「あぁ」
俺は、入口で拾った髪紐を思い出した。
「あの時に【髪紐】を落としたのか」
「そうです……」
南房は小さく頷いた。
「それで、夜まで時間はあるから、部屋でゆっくり考えろって言われて……私、どうしていいか分からなくて」
その言葉を聞き、雲空が南房の手を握る。
「ごめんね、灯ちん。私のせいで悩ませちゃって、苦しめちゃって」
そして、いつもの明るい調子を少しだけ取り戻す。
「でもね!! 灯ちんは私に相談すべき!」
握った手に力を込める。
「そんな奴、私がぶっ飛ばしてやるから!」
「うん……うん。ごめんね、真綾ちゃん」
南房は何度も頷いた。
俺は二人の様子をしばらく見ていた。話の筋は通っている。南房には、金満に対する十分な恨みがある。そして、金満の部屋から出てきたことも本人の口から認めた。
だが――それだけじゃねえ。まだ、肝心なところが残っている。
「それで、金満の部屋から出て、どこへ?」
「トイレです……」
「トイレ?」
「泣いたままじゃ、真綾ちゃんに心配かけると思って……5分くらい……」
なるほど。金満の部屋から出た後、南房はトイレへ向かった。斉木の証言とも一致する。少なくとも、斉木が見た「泣きながら金満の部屋から出てきた南房」という話については、間違いなさそうだ。
「なるほどな」
俺は小さく息を吐いた。
「よく勇気を出して話してくれたな。辛かっただろう。ありがとう」
「うん、灯ちん偉い!」
雲空が優しく南房の頭を撫でる。
南房は少しだけ安心したように、その手を受け入れていた。
さて――だいぶ整理されてきたな。だが、まだ分からねえことがある。南房には確かに動機がある。しかし、殺してはいないと言う。そして、斉木の証言によれば、16時40分頃に南房は金満の部屋から出ている。
ならば――その後、金満の部屋で何が起きた?
俺は頭の中で、これまでの証言を一つずつ並べ直し始めた。