山百合荘殺人事件   作:山菫

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山百合荘殺人事件7

 

 

 斉木勇太(さえきゆうた)の言いたいことは分かった。南房(なんぼう)を庇いたかった、か。あの様子を見る限り、嘘をついた理由そのものに(うそ)はなさそうだ。

だが――だからといって、斉木(さえき)を容疑者から外せるわけじゃねえ。16時から17時30分の間、こいつに確かなアリバイはねえ。南房(なんぼう)金満(かねみつ)の部屋から出てきたのを見たという証言も、結局のところ斉木(さえき)自身のものだ。

 

 それに、南房(なんぼう)が泣いていた。金満(かねみつ)と何かあったことだけは間違いねえだろう。それが殺人に繋がるような話なのか、それとも別の事情なのか。まだ何も分からねえ。

 

 何にせよ――次は南房灯(なんぼうあかり)に話を聞かにゃならんな。そう考えながら、俺は南房(なんぼう)の部屋へ向かった。

 

 

 コンコン。

 

 

 ノックの音が響く。雲空(くもそら)南房(なんぼう)の部屋だ。

 

「すまない、冴山(さえやま)だ。ちょっと聞きたいことができてな。少しいいかい?」

 

 俺は返事を待った。42歳のオッサンが女性二人の部屋を訪ねる。何とも言い難い気まずさを感じながら、扉の前で待つ。

 

「はいはーい、今開けます」

 

 明るい声が聞こえてきた。これは雲空真綾(くもそらまあや)の声だろう。ほどなくして扉が開く。

 

「いらっしゃい、刑事さん。ガサ入れ?」

 

「ちげーよ! ちょっと、な。聞きたいことができちまってよ」

 

 冗談めかして笑う雲空(くもそら)だったが、俺の視線が部屋の奥へ向いた瞬間、その表情が曇った。何かを察したのだろう。

 

「うん! とりあえず、こんなところじゃ何なんで入って入って」

 

 そう言って、ごあんなーい、と明るく振る舞う。中へ入って、その理由が分かった。

 

 部屋の中には、自分の体を抱きしめるようにして震える南房灯(なんぼうあかり)の姿があった。

 

「ごめんね、おじさん。(あかり)ちん、ずっとこの調子で」

 

 そう言う雲空(くもそら)の顔も、さっきまでの明るさはない。きっと(あかり)を元気づけるために、無理をして明るく振る舞っていたのだろう。

 

「あ、あぁ。俺こそ、こんな時にすまない」

 

「ううん、いいのいいの。それで、聞きたいことって何?」

 

「実はな、その……言いにくいんだが。南房(なんぼう)さんが一人になった時間について聞きたくてな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、南房(なんぼう)の肩がビクリと跳ねた。そして、こちらに顔をガバッと向ける。

 

「そ、それ、どういう意味ですか!?」

 

 声が震えている。

 

「まてまて。別に犯人だって言いに来たとか、そんなんじゃねえ。ただな、お前さん、トイレに行ったって言ったよな」

 

 俺は南房(なんぼう)の目を見つめる。

 

「あれ、嘘だろ」

 

 南房(なんぼう)の目が大きく見開かれた。口がパクパクと動く。何かを言おうとしているのに、言葉が出てこないようだ。

 

「実はな、さっき従業員の斉木(さえき)くん、いるだろ。彼から話を聞いてきた」

 

 南房(なんぼう)の顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「彼が言うには、君が金満(かねみつ)の部屋から出てきたのを見たって言うんだよ」

 

 一度、言葉を切る。

 

「なあ……本当のことを話しちゃくれねえか」

 

「あ、あ、うーーー!!」

 

 南房(なんぼう)が声を詰まらせる。

 

「お、お、落ち着いて(あかり)ちん。ね! 私がいるから。大丈夫だから!」

 

 雲空(くもそら)が慌てて南房(なんぼう)の肩を抱く。

 

「うっ……うっ……ズズ……」

 

(あかり)ちんが犯人なわけない。分かってるから、ね」

 

 その言葉に、南房(なんぼう)は涙を拭いながら小さく首を振った。

 

「私、殺してなんかいない……」

 

 震える声だった。

 

「殺したいほど嫌な奴だったけど、私はそんな事しない」

 

「うん、うん。そうだよ。(あかり)ちんがそんな事しないって、私が一番わかってるもん!」

 

 雲空(くもそら)が何度も頷く。

 

「だからよ――話しちゃくれないかい。真実ってやつを」

 

 俺はできるだけ穏やかな声を心がけた。

 

「君の疑いを晴らすためにもな」

 

 南房(なんぼう)はしばらく俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。その目には、まだ涙が残っている。だが、今度は俺をまっすぐ見つめていた。

 

「……分かりました。お話します」

 

「私は、あの人に呼ばれてここに来ました」

 

 南房(なんぼう)は一度、唇を噛む。

 

「その際、友達も連れてこいって言われて……真綾(まあや)ちゃんも」

 

「へ? どゆこと?」

 

 雲空(くもそら)が目を丸くする。

 

「私ね、あの人に借金があったの」

 

 南房(なんぼう)はぽつりぽつりと話し始めた。

 

「大学生の時に勉強がきつくて、どうしてもバイトしながらじゃ大学の勉強についていけなくて。その時に、当時の友達が無利子でお金を貸してくれる所があるって言われて……」

 

「それで、最初は少しずつ返してて。いつも無理しないでってニコニコしてたんだけど……」

 

 南房(なんぼう)の声が、少しずつ小さくなる。

 

「就職して(しばら)くしたら、急に全額払えって。利息もちゃんと払えって。それが、すごい金額で」

 

「何それ! 信じられない!」

 

 雲空(くもそら)が思わず声を上げる。

 

「それで銀行とかに借金して返したんだけど、全然足りなくて……」

 

 南房(なんぼう)は俯いた。

 

「その……か、体で返せって……」

 

「はぁー!! ふざけんなし!」

 

 雲空(くもそら)が怒りを露わにする。

 

 南房(なんぼう)はそれでも話を続けた。

 

「それで、友達も差し出せば借金をチャラにしてやるって言われて……」

 

「……」

 

「それで、友達は関係ないから許してって言いに行ったら……」

 

 南房(なんぼう)の手が震える。

 

「か、髪を掴まれて……」

 

「あぁ」

 

 俺は、入口で拾った髪紐を思い出した。

 

「あの時に【髪紐】を落としたのか」

 

「そうです……」

 

 南房(なんぼう)は小さく頷いた。

 

「それで、夜まで時間はあるから、部屋でゆっくり考えろって言われて……私、どうしていいか分からなくて」

 

 その言葉を聞き、雲空(くもそら)南房(なんぼう)の手を握る。

 

「ごめんね、(あかり)ちん。私のせいで悩ませちゃって、苦しめちゃって」

 

 そして、いつもの明るい調子を少しだけ取り戻す。

 

「でもね!! (あかり)ちんは私に相談すべき!」

 

 握った手に力を込める。

 

「そんな奴、私がぶっ飛ばしてやるから!」

 

「うん……うん。ごめんね、真綾(まあや)ちゃん」

 

 南房(なんぼう)は何度も頷いた。

 

 俺は二人の様子をしばらく見ていた。話の筋は通っている。南房(なんぼう)には、金満(かねみつ)に対する十分な恨みがある。そして、金満(かねみつ)の部屋から出てきたことも本人の口から認めた。

 

 だが――それだけじゃねえ。まだ、肝心なところが残っている。

 

「それで、金満(かねみつ)の部屋から出て、どこへ?」

 

「トイレです……」

 

「トイレ?」

 

「泣いたままじゃ、真綾(まあや)ちゃんに心配かけると思って……5分くらい……」

 

 なるほど。金満(かねみつ)の部屋から出た後、南房(なんぼう)はトイレへ向かった。斉木(さえき)の証言とも一致する。少なくとも、斉木(さえき)が見た「泣きながら金満(かねみつ)の部屋から出てきた南房(なんぼう)」という話については、間違いなさそうだ。

 

「なるほどな」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「よく勇気を出して話してくれたな。辛かっただろう。ありがとう」

 

「うん、(あかり)ちん偉い!」

 

 雲空(くもそら)が優しく南房(なんぼう)の頭を撫でる。

 

 南房(なんぼう)は少しだけ安心したように、その手を受け入れていた。

 

 さて――だいぶ整理されてきたな。だが、まだ分からねえことがある。南房(なんぼう)には確かに動機がある。しかし、殺してはいないと言う。そして、斉木(さえき)の証言によれば、16時40分頃に南房(なんぼう)金満(かねみつ)の部屋から出ている。

 

 ならば――その後、金満(かねみつ)の部屋で何が起きた?

 

 俺は頭の中で、これまでの証言を一つずつ並べ直し始めた。

 

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