風呂で会った大学生だ。聞かなきゃならんことができちまったしな。
ノックをして声をかける。
「
返事はすぐにあった。
「はい、今開けます」
ほどなくして扉が開く。
顔を出した
「すまないね、ちょっと聞きたいことができちまってな」
「構いませんよ。どうぞ、中に」
促されるまま部屋へ入る。
中には旅行鞄が一つ置かれているだけで、部屋の様子は先ほど見た時とほとんど変わっていなかった。
「まったく、お互い災難だね。悠々自適の一人旅のはずが」
「確かに、そうですね。夜にもう一回お風呂に入ろうと思ってたんですけど、そんな気は失せちゃいました」
「まあ、そうだよなあ。俺はもう二回入ったけど」
「ここのお風呂、いいですよね。妙に落ち着くというか」
「わかるなあ。……っと、風呂の話をしに来たんじゃねえんだ」
思わず笑いが漏れる。
俺は気を取り直すように表情を改め、
「さっきな、女将さんに聞いたんだが――
だが、観念したように小さく息を吐いた。
「はい。ありました」
「なんで嘘を?」
「僕、大学で学生ベンチャーっていうんですかね。仲間と起業してるんです。それで、
「そんな事を言ったら、疑われるかなって思って。つい……」
「なるほどね」
俺は頷きながら、懐から現場で見つけた【名刺】を取り出した。
「じゃあ、この【名刺】は君のだね?」
「はい。正確には、ベンチャーの代表を務める者のものですけどね」
「現場にこれが落ちていた。話してくれるね?」
「はい」
「融資のお願い、というか……お願い自体はもう済んでまして。契約内容の詰めのために、
「どのくらい部屋にいた?」
「そんなにいませんでした。10分もいなかったかな」
そう答えながら、
「もう少し借りられるぞって言われて。一度持ち帰って相談させて下さいって。それで、自分の部屋に戻ってきました」
「やっぱり、起業ってなると、疑われるだけでも怖いかい?」
「そりゃそうですよ」
「仲間に迷惑をかけるわけにはいかないですし。疑いだけでも、今後の契約に関わってくると思うと……恐ろしいです」
「そりゃそうだろうなあ」
俺は
「俺だって、刑事仲間が今後信用されなくなる原因を、俺が作るなんて事になったら……おっかなくて考えたくもねえ」
考えたくもない想像をして、天井を見上げる。
しばらく、沈黙が落ちた。
俺はゆっくりと顔を戻し、
「なぁ……ほんとのところを話してくれないか」
やがて、悔しそうに拳を握りしめる。
「僕らのベンチャー、まだ実績がないんです。でも、
声が少し震えていた。
「16時10分に行ったのも、『もう少し額を増やしてやる』って言ってくれたからで……」
「嘘をついたのは、警察沙汰になって融資の話が流れたら、一緒に頑張ってきた仲間に顔向けできないと思ったからです」
そして、深く頭を下げた。
「すみませんでした……でも、僕が殺すわけないじゃないですか。
その言葉に、俺は何とも言えない気持ちになった。
「まあなあ。俺だって、この旅館の中に犯人がいるなんて考えたくもねえよ」
そう言って、肩をすくめる。
「まあ、外部犯の可能性もあるがな」
すると
「窓が開いてて、足跡もあったなら、やっぱり……」
「まあ、可能性としてはな」
俺は特に気に留めることもなく答えた。
事件のことを考えれば、外部犯という線を完全に捨てるのもまだ早い。それに、こいつも事件に巻き込まれた一人だ。少しでも可能性があるなら、そう考えるのも無理はねえ。
「……そうですよね」
俺はそれ以上追及することもなく、手帳を閉じた。
部屋を出るために立ち上がる。
――どいつもこいつも、守りたいもののために嘘をついてやがったか。