山百合荘殺人事件   作:山菫

9 / 19
山百合荘殺人事件9

 

 

遠谷(とおたに)の部屋の前まで来た。

 

 風呂で会った大学生だ。聞かなきゃならんことができちまったしな。

 

 ノックをして声をかける。

 

遠谷(とおたに)君、俺だ。冴山(さえやま)だ。少しいいかい」

 

 返事はすぐにあった。

 

「はい、今開けます」

 

 ほどなくして扉が開く。

 

 顔を出した遠谷(とおたに)は、少し顔色が悪かった。無理もない。悠々自適の一人旅に来たはずが、こんな事件に巻き込まれたんだ。気丈に振る舞ってはいても、平静でいられる方がおかしい。

 

「すまないね、ちょっと聞きたいことができちまってな」

 

「構いませんよ。どうぞ、中に」

 

 促されるまま部屋へ入る。

 

 中には旅行鞄が一つ置かれているだけで、部屋の様子は先ほど見た時とほとんど変わっていなかった。

 

「まったく、お互い災難だね。悠々自適の一人旅のはずが」

 

「確かに、そうですね。夜にもう一回お風呂に入ろうと思ってたんですけど、そんな気は失せちゃいました」

 

「まあ、そうだよなあ。俺はもう二回入ったけど」

 

「ここのお風呂、いいですよね。妙に落ち着くというか」

 

「わかるなあ。……っと、風呂の話をしに来たんじゃねえんだ」

 

 思わず笑いが漏れる。

 

 俺は気を取り直すように表情を改め、遠谷(とおたに)君を見つめた。

 

「さっきな、女将さんに聞いたんだが――遠谷(とおたに)君、きみ、金満(かねみつ)さんと面識あっただろ?」

 

 遠谷(とおたに)の表情がわずかに強張る。

 

 だが、観念したように小さく息を吐いた。

 

「はい。ありました」

 

「なんで嘘を?」

 

「僕、大学で学生ベンチャーっていうんですかね。仲間と起業してるんです。それで、金満(かねみつ)さんにはその融資をお願いしてまして……」

 

 遠谷(とおたに)は一度言葉を切り、視線を落とした。

 

「そんな事を言ったら、疑われるかなって思って。つい……」

 

「なるほどね」

 

 俺は頷きながら、懐から現場で見つけた【名刺】を取り出した。

 

「じゃあ、この【名刺】は君のだね?」

 

 遠谷(とおたに)は名刺を見ると、素直に頷いた。

 

「はい。正確には、ベンチャーの代表を務める者のものですけどね」

 

「現場にこれが落ちていた。話してくれるね?」

 

「はい」

 

 遠谷(とおたに)は小さく息を吸った。

 

「融資のお願い、というか……お願い自体はもう済んでまして。契約内容の詰めのために、金満(かねみつ)さんの部屋を訪ねました。16時10分頃だったと思います」

 

「どのくらい部屋にいた?」

 

「そんなにいませんでした。10分もいなかったかな」

 

 そう答えながら、遠谷(とおたに)は記憶を辿るように天井へ目を向ける。

 

「もう少し借りられるぞって言われて。一度持ち帰って相談させて下さいって。それで、自分の部屋に戻ってきました」

 

「やっぱり、起業ってなると、疑われるだけでも怖いかい?」

 

「そりゃそうですよ」

 

 遠谷(とおたに)の返事は早かった。

 

「仲間に迷惑をかけるわけにはいかないですし。疑いだけでも、今後の契約に関わってくると思うと……恐ろしいです」

 

「そりゃそうだろうなあ」

 

 俺は遠谷(とおたに)の言葉に頷いた。

 

「俺だって、刑事仲間が今後信用されなくなる原因を、俺が作るなんて事になったら……おっかなくて考えたくもねえ」

 

 考えたくもない想像をして、天井を見上げる。

 

 しばらく、沈黙が落ちた。

 

 俺はゆっくりと顔を戻し、遠谷(とおたに)を見る。

 

「なぁ……ほんとのところを話してくれないか」

 

 遠谷(とおたに)はしばらく黙っていた。

 

 やがて、悔しそうに拳を握りしめる。

 

「僕らのベンチャー、まだ実績がないんです。でも、金満(かねみつ)さんだけが僕らを評価してくれて……」

 

 声が少し震えていた。

 

「16時10分に行ったのも、『もう少し額を増やしてやる』って言ってくれたからで……」

 

 遠谷(とおたに)は俯いたまま続ける。

 

「嘘をついたのは、警察沙汰になって融資の話が流れたら、一緒に頑張ってきた仲間に顔向けできないと思ったからです」

 

 そして、深く頭を下げた。

 

「すみませんでした……でも、僕が殺すわけないじゃないですか。金満(かねみつ)さんは、僕らの夢の理解者だったんですから」

 

 その言葉に、俺は何とも言えない気持ちになった。

 

「まあなあ。俺だって、この旅館の中に犯人がいるなんて考えたくもねえよ」

 

 そう言って、肩をすくめる。

 

「まあ、外部犯の可能性もあるがな」

 

 すると遠谷(とおたに)が、ふと顔を上げた。

 

「窓が開いてて、足跡もあったなら、やっぱり……」

 

「まあ、可能性としてはな」

 

 俺は特に気に留めることもなく答えた。

 

 事件のことを考えれば、外部犯という線を完全に捨てるのもまだ早い。それに、こいつも事件に巻き込まれた一人だ。少しでも可能性があるなら、そう考えるのも無理はねえ。

 

「……そうですよね」

 

 遠谷(とおたに)は小さく頷いた。

 

 俺はそれ以上追及することもなく、手帳を閉じた。

 

 部屋を出るために立ち上がる。

 

 ――どいつもこいつも、守りたいもののために嘘をついてやがったか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定