20XX年——人間の五感すべてを仮想空間へと接続する「フルダイブ型VRゲーム」が、娯楽の域を超えて社会の主流となって久しい時代。
現実世界、東京の片隅に位置する聖歌高校の教室では、昼休みの喧噪が広がっていた。だが、窓際の席に座る高校三年生の暁連にとって、その光景は退屈以外の何物でもなかった。
「……はぁ、どこかに骨の削れるような戦い、落ちてねえかな」
連は机に肘をつき、スマートフォンを漫然と操作していた。ディスプレイに映し出されているのは、現在市場に存在するVRMMOの攻略サイトや掲示板のログ。だが、どれを見ても連の心を揺さぶるような熱量は存在しなかった。
彼の細マッチョな180センチの体躯と、七三分けにかきあげた鮮やかな赤髪、そして鋭いつり目は、周囲の女子生徒の目を引く程度には整ったイケメンの部類に入る。しかし、その内面にあるのは純粋にして苛烈なまでの「戦闘狂」の領域だった。
かつて数多のフルダイブゲームにおいて、ただ1人で1000人の軍勢を相手取り、敵陣を壊滅させて生還した伝説の男。前作のゲームで『凶人』、あるいは愛用する長矛の形状から『竜矛(りゅうむ)のアレン』と恐れられた廃ゲーマー——それが彼、暁連の裏の顔である。
「またため息? 相変わらず退屈そうだね、連?」
呆れたような、しかしどこか甘やかな声が上頭から降ってきた。
振り返ると、そこには黒髪のセミロングを綺麗なポニーテールに結った少女が立っていた。芳賀波霊夜(はがなみ れいや)。176センチという高身長に、制服越しでもわかる圧倒的なプロポーション——Eカップの胸元を揺らしながら、彼女はだるそうに連の前の席へ腰掛けた。
「霊夜か……。なんか面白いゲームでも見つかったのか?」
「ん。これ」
レイハはスマホの画面を連の眼前に突きつけた。そこに躍り出ていたのは、洗練された三極のロゴマークと重厚なファンタジー・ミリタリーが融合したグラフィック。
『TRI-NEXUS ONLINE(トライ・ネクサス・オンライン)』
「……トラネクか。リリース2年目だろ? 確か、トップ市場に食い込んできてるRVR(陣営戦)ゲームだったな」
「そう。全24シーズン中、今やユーザー数が爆発しててね。1カ月ごとに1シーズンが進むんだけど、平日で資材を集めて、週末の22時から24時までの2時間で数十万人規模の大大規模攻城戦をやるの」
レイハは細い指先で画面をスライドさせながら、淡々と説明を続ける。普段はテンションが低めのダウナー系お姉さんである彼女だが、その本質は連を7歳の頃にゲームの世界を引きずり込んだ張本人であり、前作では『羅刹のレイハ』として名を馳せたプロゲーマーだ。
「このゲーム、三つの国があるんだけどね。技術体系が全く違うの。近未来の重兵器と魔導工学の『機鋼連邦アイゼン』、魔法と秩序の『聖導帝国ルミナリア』、野生とゲリラの『荒境連合ガドラ』」
「へぇ……」
「直近のシーズン24までで、アイゼンが11勝、ルミナリアが6勝、ガドラが5勝」
連のつり目が、わずかに細くなった。
「アイゼンが頭一つ抜けてるのか?」
「そう。でもね、圧勝してるからこそ、次のシーズン25では他2国が『アイゼン包囲網』を組む機運が高まってる。つまり……アイゼンに行けば、敵の数が異常なことになって、四面楚歌の極限戦術が味わえるよ」
レイハの唇が、小さくニヤリと歪んだ。彼女もまた、勝利の瞬間が確定する「詰み」の快感を愛する根っからの廃ゲーマーである。連が何を求めているのか、15年の付き合いになる幼馴染として完璧に理解していた。
「……決まりだな。放課後、パッケージ買いに行くぞ」
「ふふ、乗ると思った。じゃ、放課後ね」
◇
放課後、2人は秋葉原のショップで『TRI-NEXUS ONLINE』の専用フルダイブバイザーを購入し、それぞれの自宅へと直行した。
自室のベッドに横たわり、重厚な金属感のあるヘルメット型ギア「Neurolink Dynamics」を装着する。
「『TRI-NEXUS ONLINE』……ダイブ」
意識が沈み込む。視界が急速に暗転し、次の瞬間には感覚がデータとして全身へと再構築されていく。
『ようこそ、アーケディア大陸へ』
無機質なシステム音声とともに、眼前に巨大なキャラメイク用のホログラムウインドウが展開された。
フルダイブ技術の進歩により、解像度は現実と区別がつかないレベルに達している。
「まずは名前か」
連は躊躇なくテキストボックスに文字を入力した。
【プレイヤー名:アレン】
前作からの使い慣れた名だ。
続いて容姿の設定画面に移る。アバターの顔パーツ、身長、体格などを細かく微調整できる機能が並んでいたが、アレンは余計な装飾を削ぎ落とし、現実の自分とほぼ同等の容姿へと仕上げていく。
髪型は現実と同じく、七三分けのラフなかきあげ。そして髪の色と瞳の色には、燃え上がるような鮮烈な『赤』を配色した。
つり目で精悍な顔立ち、180センチの引き締まった肉体。赤髪赤目の『凶人』アレンが、鏡のようなホログラムの中に現れる。
『次に、希望するプレイスタイルおよび初期ビルドの方向性を入力してください』
アレンの前に、入力欄と武器選択のUIが浮かび上がる。
「武器はメインが矛。サブで剣だ」
重厚な高周波の長矛をメインに据え、柄を握り込む感触を確かめる。そして近接の保険として片手直剣を背中に装備。
そしてプレイスタイル欄には、何の迷いもなく一言だけ打ち込んだ。
【ソロ・攻撃特化ビルド】
ポチ、と決定ボタンを押すと、システムが判定を行い、アレンのステータス画面に初期スキルが配分されていく。スキルレベルは初期の1からスタートし、最大10まで成長する仕組みだ。
手に入ったのは、自身の攻撃性能を爆発的に跳ね上げる代わりに耐久を削るパッシブスキル『オーバースペック(限界超過)』、
敵に与えたダメージの一部を自身のHPとして還元する『血の還元(ブラッド・コンバート)』、
そして長矛による強烈な貫通スキル『穿竜破(センリュウハ)』。
他者からのヒーリングやサポートを一切排除し、自力で敵を屠りながら戦場を生き抜くための、まさにソロ狂人のための構成だ。
『最後に、所属する国家を選択してください』
目の前に、アーケディア大陸の広大なマップと、3つの国家の象徴たる国章が浮かび上がった。
ひとつ目——『聖導帝国ルミナリア』。
巨大な空中要塞と美しい魔法陣、集団での陣形と広範囲魔法を得意とする、王道ファンタジーの宗教国家。
ふたつ目——『荒境連合ガドラ』。
広大な密林や砂漠を根城にし、機動力と奇襲、ソロモンクや暗殺者たちが蠢く野生の連合体。
そして、みっつ目——『機鋼連邦アイゼン』。
立ち込める蒸気、巨大な鉄鋼の歯車、遠くで響く砲撃音と重兵器の行軍。重火力と魔導工学が支配する、無骨な軍事国家。
「他国から集中砲火を浴びる現環境の王者、か」
アレンの口角が、吊り上がった。
砲弾の雨、圧倒的な物量、押し寄せる敵軍。その渦中にたった一人で飛び込み、矛を振るうイメージだけで、背筋にゾクゾクとした歓喜の震えが走る。
アレンは迷うことなく『機鋼連邦アイゼン』を選択し、決定アイコンを強く押し込んだ。
『国家:機鋼連邦アイゼンへの所属が確定しました』
『これより、アーケディア大陸・アイゼン領中央工廠都市へログインします』
システム音声が遠ざかり、視界が眩い光に包まれる。
身体の感覚が重力を取り戻し、鼻腔を突くのは油と焦げた金属の臭い、そして耳を聾せんばかりの蒸気排出音と機械の駆動音。
目を開けると、そこは巨大な鉄骨と歯車で組み上げられた、黒鉄の都市だった。頭上を巨大な蒸気歩行兵器が闊歩し、周囲には真新しい初期装備に身を包んだプレイヤーたちが溢れている。
「ふぅ~……」
アレンは背中に背負った長矛の柄に手をかけ、真っ赤な瞳を爛々と輝かせた。
「さあ……見せてくれよ、トラネク。俺をどれだけ楽しませてくれるかを!」
赤髪をかき揚げ、血の匂いを求める凶人が、数万の兵器と魔法が入り乱れる戦場へと、ついにその一歩を踏み出した。