獅童正義は明智吾郎として生きることになった。   作:枝野トナナ

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第10話――3/28『Cascading Errors』

 退院から一週間が過ぎて、生活基盤もそれなりに整ってきた。

 今週の予定は木曜日に赤坂で番組収録、土曜日に喜多川祐介に会いに行く程度。

 服を買うとしたら土曜にまとめたいが――

 ……昨日、渋谷駅前で明智吾郎だと気づかれていたな。

 

 もちろんタレントとして知名度が上がるのは良いことだ。

 しかしテレビ出演時に着ている制服ではなく、プライベートな私服姿でも見つかるのはあまりよろしくない。

 そこらの路上で自称ファンに絡まれるぐらいならまだしも、サインを強請られたら困るのだ。

 利き手が使えないことがバレたらSNSであっという間に拡散するのが目に見える。

 

 ――用意すべきだろうな。お忍び用ファッションを。

 

 この手の小道具はサングラスが王道だが、高校生がサングラスというのも微妙に思える。

 髪型を変えるという手もあるが、手術痕が見える可能性を考えるとあまり採用したくない。

 普段と真逆の服を着る、というのも――トラッドの逆だとガキ丸出しのストリートファッションとかか?

 下北沢はその手の店が多いと聞いているが……いや、そもそもこいつの顔には似合わなそうだ。

 

 ……とりあえず伊達眼鏡と帽子でも買おう。

 トラッド系ならキャスケット帽――だと初代探偵王子と丸かぶりするな。

 ハンチング帽あたりをメインに探してみるとするか。

 

 

 

 古着屋にあった帽子と、格安フレームを1つ買った。

 印象が多少は変わるせいか、これなら真正面から鏡を覗き込んでも大丈夫――

 ……いや、長時間は無理だ。

 ただ、やはり眼鏡があると落ち着きを取り戻しやすい。

 元々掛けていたからな。

 私が私であるという感覚がわずかながら蘇ってくる。

 

 服を買い足したら、眼鏡と帽子の種類を増やそう。

 そんなことを考えながらスーパーに立ち寄って食料を買っておく。

 自炊する気はない。

 何を食べようが、最終的に必須栄養素が足りれば何でもいいはずだ。

 日持ちだけは計算しつつ、カゴに放り込んでレジへ――並んだところで、唐突にスマホが着信音を鳴らした。

 

 ――小林プロデューサーからだ。

 電話ということは急ぎだな。

 並び列から離れてカゴを足元に置き、着信が切れる前に何とか出る。

 

「はい。明智です」

『ああ良かった! 明智くん今日の午後空いてる!?

 3時から! PQバラエティに穴空いて捕まる人いなくて!』

 

 PQバラエティ……パーフェクトクイズを謳う、深夜系の番組だったかな。

 人が徹夜国会で疲れ果てている横で、星野がポータブルテレビで見てゲラゲラ笑っていた記憶がある。

 アイツが見るなら真面目な番組でないことだけは確かだが――小林プロデューサーが声をかける以上、高校生が出演しても問題ない程度の内容なのだろう。

 恩は売れるうちに売るものだし、どうせ時間はあるのだし……

 

「いいですよ。今から準備して向かいます」

 

――そして私は、後にこの選択を大いに後悔することになった。

 

 

 

「はいカーット! お疲れ様です!」

「……おつかれさまです」

「でひゃひゃひゃ! ゴローちゃんめっちゃ疲れてんね?」

「みなさんが何を言っているのか最後まで本当にわかりませんでした」

 

 完全にオタク向けサブカル番組じゃねえか。

 本物の明智吾郎だって後悔するぞこんなもの。

 なんだよ『母性を感じるキャラに対するテンプレ』だの『ドスケベ公』だのって。

 知るかよバカがよ、ブラム・ストーカー以上の侮辱を現代日本で新規開拓するんじゃねえよ。

 最近の若者(クソガキ)に足りないのは夢でも未来でもなくて知性だろ。

 有権者かどうかも怪しいオタクのガキしか知らん内輪ネタを外部の人間が知ってると思うんじゃねえぞ。

 

「いやー実に良いリアクションだったよ! こういう絵を取れるゲストって貴重だからさ!」

「ありがとうございます」

 

『もう出たくないです』という言葉を飲み込んだ私を褒め称えろ。

 いや、そもそも存分にキレ散らかせる身体だったらありったけの罵倒をぶつけてやったぞ。

 良かったなぁ、私が脳手術したばかりの病み上がりで。

 ……そんな私の気持ちを他所に、ディレクターと司会者はとても楽しそうに会話を続ける。

 

「でもさ、ゴローちゃん呼ぶのはこの一回ポッキリにしてこの回丸ごとオタカラ映像にした方が良くない?」

「そりゃもう当然ですよ! この手のは二番煎じを狙うと途端につまらなくなる!

 特に2代目探偵王子となればこれを期に勉強してきて普通の番組になりそうですし」

 

 しねえよ。

 ただの高校生の数十倍はやらなきゃいけないことだらけなのに、票にもならない無駄知識を覚える余裕があるかよ。

 

「しかしブラウンさん、よく思いつきましたね。

 この番組に明智くんを出そうだなんて」

「いやー、高校生なら春休みっしょ?

 小林ちゃんが近くにいたから連絡取れんじゃね? って思ってさ」

 

 お前が原因かよ司会者。

 汚い手段とかならまだしも、こういう意味のヨゴレ仕事はしたくねえよ。

 

「まあでも、無事に終わったってことでさ!

 ゴローちゃん、このあと時間ある?

 俺様お詫びにとっておきの場所ですっげーうまいケーキセット奢ってあげるよ」

「……ケーキ、ですか」

 

 もうすぐ五時だからケーキという時間ではないがーーと思いかけた横で、ディレクターが弾んだ声を出す。

 

「もしかして噂のホテルニューサウスのラウンジですか!?

 りせちーが一度だけ連れて行ってもらったっていう!」

「でひゃひゃひゃ! 今日はたまたまいい席が空いてるっぽくてさ!

 いやーゴローちゃんマジラッキーだから! そういうわけで一緒に行こ? な?」

 

 ニューサウスのラウンジ……?

 ガーデンラウンジかクラブラウンジだろうか。

 確かに高校生を誘うには高級だが……まあいい、行ってみるか。

 どうせ疲れているし、少し休んだほうが帰りも楽になるだろう。

 

「そういうことなら、わかりました。

 よろしくお願いします、ブラウンさん」

 

 

 

 ーーそして、本日2回目の後悔をすることになった。

 

「お待ち申し上げておりました、上杉様。

 そしてようこそおいでくださいました、明智様。

 既にお席の方は調えておりますので、どうぞこちらへ」

「はーい、ありがとねー」

「……」

 

 さて。

 自慢ではないが、私は赤坂のホテルニューサウスにあると公表されている3つ全てのラウンジを利用したことがある。 

 日本庭園が自慢のガーデンラウンジ、会員制故に落ち着いた室礼のクラブラウンジ、宿泊客のみが使用できるエグゼクティブラウンジ。

 ではこの、4(・)つ(・)目(・)の(・)ラ(・)ウ(・)ン(・)ジ(・)は何なのだろうか。

 

 レセプションのカウンターは黒檀で、おそらくは無垢材の削り出し。

 さりげなく壁に掛けられた絵は桜と富士山。断言できるほどの自信はないが、構図を見る限り横山大観の作風だ。

 誰がどう歩いても足音1つしない絨毯といい、メインサロン内に配置された家具といい、コンシェルジュの案内といい、どれも一流の中の超一流。

 

「こちらのお席へどうぞ、明智様。

 お荷物はお預かりいたします。

 空調が当たらぬよう調整しておりますので、安心しておくつろぎください」

「……ありがとうございます」

 

 一番奥の個室ブースに案内され、促されるまま席に座る。

 場の空気に飲まれそうになるが、高校生らしい振る舞いだけは心がけねばならない。

 観察は一旦中止だ。

 多分、こ(・)れ(・)以(・)上(・)何(・)も(・)気(・)づ(・)か(・)な(・)い(・)ほ(・)う(・)が(・)良(・)い(・)は(・)ず(・)だ(・)。

 余人に公開されていないラウンジなぞ、いくら看板番組を複数持っているとはいえ、たかが芸人が利用できる場所ではないからな。

 見当がつくことはいくらでもある――だからこそ、あえて何も知らないを貫き通す。

 

「本日はお二人のためのメニューをこちらで調えるよう、仰せつかっております。

 上杉様には、以前よりお気に召されておりますミルクティーを。

 明智様には、瀬戸内のレモンと同じ花より採取された蜂蜜を合わせましたホットレモネードをご用意しております。

 また、プティ・フールもご用意させていただきましたので、お目に止まりましたものをご賞味くださいませ」

 

 おそらくは左手麻痺という情報が伝わっているのだろう。

 シンプルな優雅さと持ちやすさを兼ね備えた耐熱グラスのカップに、利き手でなくとも食べやすいサイズのミニケーキの盛り合わせが供される。

 

「それでは、上杉様、明智様、ごゆるりとお過ごしください。

 何かご用命の際は、そちらのボタンにお触れくださいませ。

 私がすぐに馳せ参じますので」

「おっけーおっけー、い(・)つ(・)も(・)ありがと〜!

 じゃ、せっかくだから少し飲んでテキトーに食べようぜ!」

「は、はい」

 

 一礼して立ち去るコンシェルジュを見送ってから、促されるままにレモネードに口をつける。

 本来、ここまで格式高いラウンジであれば相応の作法が求められるが……そもそも高校生が足を踏み入れる場所ではない。

 最低限のマナーを守れば問題ないだろう。

 

「あの……上杉さんというのが、ブラウンさんの本名なのですか?」

「そーだよ。俺様、上杉秀彦っていうの。

 正直芸名で呼ばれる方が慣れちゃってるんだけどね。

 ここを貸してくれる奴が頑なに上杉呼びでさー」

 

 なるほど。

 こいつ本人というよりは、プライベートでの友人の方が大物というわけか。

 

「ええと……デビュー前からのご友人、みたいな関係で?」

「そうそう。高校時代からのマブダチの1人。

 クラスメートの中で唯一東京にいるからさー。たまに顔合わせたり、ダベったりしてるんだわ」

「はは、いいですね。そういう気のおけない人が近くにいるの」

 

 適当に歓談して情報を引き出しつつ、緊張をほぐすフリをする。

 演技のコツは、自分の中にない感情を演じようと思わないこと。

 嘘をつく時のコツは、真実を素直に述べること。

 無理をするから粗が生じる。しかし、気を抜きすぎればボロが出る。

 大丈夫だ。さきほどの収録に比べれば、この手の駆け引きの方が遥かに容易い。

 さあ、そろそろ向こうから本題を切り出すだろう。

 こちらの用意は出来ている。

 

「――ところでゴローちゃんさあ、身体って大丈夫?

 この前、記憶が曖昧とか言ってたけど……ケッコーひどいカンジ?」

 

 来た。

 

「ええ……そうですね。正直、良くはない……と思います」

 

 最初は言葉を濁す。話したくない秘密だからだ。

 しかしここは余人が踏み入らない閉鎖空間。

 

「どれぐらいひどいの? フォローとかした方がいい感じ?

 ここなら俺様しか聞いてないし、他の人にバラしたりしないからさ」

 

 ――そうくるだろうな、という当たり前の話の流れ。

 当然、ここまで御膳立てされて断れる人間は普通いない。

 

「……実は、いつどこで何をやったのか、思い出せることより思い出せないことの方が多いです。

 エピソード記憶の逆行性健忘って言うらしいですね。

 勉強とか日常生活とか、普通に暮らす分には問題なさそうなんですけど……手術前に誰と会ったかとか、何をしてたのか、そういうことが思い出せません。

 正直に言ったら仕事すらもらえなくなるだろうから、小林さんには学校関連のことってごまかしてますけど」

「……それ、マジ大変でね?」

「意外と何とかなってはいますよ。

 話のはずみで思い出せることもあるし……自分が出た番組は録画してたから、見直したりとかして。

 それに事情を知ってる人が、分かる範囲で僕の交友関係を教えてくれているので」

「あ、サポートしてくれる人いるんだ?

 でもゴローちゃんって家族がいないって言ってなかった?」

 

 ……本物の明智吾郎がそこまで踏み込んだ会話に答えるとは思えないな。

 だが、記憶喪失の人間が相手の言い分を疑うのもおかしいだろう。

 

「僕の……血縁上の父が、正式に分かりまして。

 その秘書の方が、親身になってくれています」

「血縁上……って、あんまり深く聞いちゃいけないカンジ?」

 

 そう思うなら聞くなよ。

 

「いえ、大丈夫です。

 僕の父は獅童正義という政治家で、母は捨てられた愛人でした」

「うっ、やっぱヘビー……って、獅童って……この前、ニュースになってなかった?」

「入院中、テレビは見られなかったのでわかりませんが……亡くなった以上、報道はされていると思います」

 

 上杉は「うへー」と嘆息しながら天井を見上げ、トレードマークのサングラスをヘアバンドのように真上にずらす。

 それからミルクティに手をつけると、心苦しそうな表情を浮かべて言葉を続けた。

 

「……なんで入院しちゃったのか、聞いてもダイジョブ?」

「ここまで話してますからね……

 父が危篤状態に陥った際に、秘書の方を通じてDNA鑑定を申し出たんです。

 それから念のために健康診断を受けたら脳腫瘍が見つかったので、そのまま手術になりました。

 記憶障害はそのせいだと思います」

「なーるほーどねー……そこまでポンポン話が進む病院って、やっぱめっちゃでっかいとこ?」

「月光館大学の附属病院でした。

 多分、直接DNA検査ができる場所がそこだったんだと思います」

「ああ〜。ポートアイランドのめちゃデカホスピタルかー」

 

 ……素直に話してやってはいるが、いったいなぜこんな話を聞きたがるのか。

 そろそろ疑問を口にしていいだろうか――と考え始めた矢先。

 

「どう思う? な(・)ん(・)じ(・)ょ(・)ー(・)く(・)ん(・)」

 

 唐突に上杉が口にし。

 

「――話の内容に矛盾は見られない。

 やはり手(・)術(・)が(・)原(・)因(・)で(・)、(・)偶(・)然(・)そ(・)う(・)な(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)」

 

 防音壁にしか見えなかった格子柄の仕切りの向こうから、落ち着いた男の声が返ってきた。

 




Q:クイズのネタがわかりません
A:バブみを感じるとかオギャる等が2015年〜2016年頃のネットミームでした。
 また2015年配信開始されたFGO、その最初のハロウィンイベントが開催された時にヴラド三世がハロウィンプリンセスという概念礼装をドロップしたことで熱い風評被害を受けた結果、ドスケべ公という異名が生まれました。
 吸血鬼ドラキュラを書いたブラム・ストーカーとどっちが侮辱度が高いかは、きのこたけのこ論争ぐらいには決着がつかないと思われます。
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