獅童正義は明智吾郎として生きることになった。   作:枝野トナナ

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第13話――3/31:雨宮蓮は夢を見る/愚者の取引

 今日も夜がやってくる。

 寝苦しい布団にくるまって目をつぶる。

 鑑別所の生活は思っていたほど酷くはない。

 ただ、自由がないだけだ。

 

 ――俺はあの日、人を殺した。

 

 そんなつもりはなかった。

 絡まれている女の人がいたから助けようと思った。

 それだけの話……だとは、言えない。

 女性に乱暴することは罪だと思うが、死んで然るべきだなんて思ってもいない。

 悪かったと認めて反省して、相手に謝って、もうやらない――それで済むこと。

 

 でも、俺のせいで、そうはならなくなってしまった。

 

 暴行罪ではなく傷害致死罪。

 取り調べの警察官はそう言った。

 最初はやたら威圧的に出ていたのに、翌日になって突然優しくなった。

 留置場に行くときも、可哀想だと同情された。

 父さんも母さんも。2人が呼んだ弁護士の人も。

 みんながみんな、俺のことを運がなかったと言った。

 

 ――あの日から、同じ夢ばかり見る。

 暗闇の中で、俺が死なせた人の怨嗟が響くだけの夢。

 きっと今日も変わらないだろう。

 それでも眠らなければ明日はやってこない。

 いっそ目覚めなければいい――そう思う瞬間がないわけじゃないが、それでも罪を償うには生きないといけない。

 

 逃げるのは楽だ。

 だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)嫌(・)だ(・)。

 俺は、自分の罪から逃げたくない。

 

 息を吸って、吐いて、もやもやする思考を胸の奥底に沈めていく。

 下へ。下へ。夢の中へ――

 

 

 

「――なるほど。さすがはヤ(・)ツ(・)が選ぶだけのことはある」

 

 ……?

 

 気がつくと、妙な廊下に立っていた。

 視界を横切るように青い蝶がふらふらと飛んでいく。

 思わず後を追って目線を向けると、どこかで見たような男が佇んでいる。

 蝶は男をすり抜けて、廊下の奥へと飛んでいく。

 その先にある青い扉――を遮るように、男がこちらへと歩いてきて俺の前で足を止めた。

 

「すまないな。あの部屋はまだ準備中だ。

 彼(・)女(・)が一刻も早く案内したい気持ちはわかるが、そこまで赦すのはフェアとは言えない」

 

 癖のついた黒い髪。モノクロのドミノマスク。その奥に輝く金色の目。

 仮装大会から抜け出してきたような、怪(・)盗(・)を思わせる黒い衣装。

 正体不明の男は皮肉めいた薄笑いを浮かべながら、演技がかった仕草で両手を広げる。

 

「ああ、私は敵ではないよ。

 単なるゲームの『観客』だ。双方と取引をして特等席を手に入れただけの、な」

 

 何を言っているかわからない。

 俺は夢でも見ているのか――……いや、本当に夢か? ここは。

 

「そうとも。現実との狭間ですらない、純粋なる君の夢だ。

 こちらの方が私の居場所に近いのでね」

「……誰だか知らないが、人の夢に何の用だ」

 

 俺の言葉に、『観客』を名乗った男はしばし目をしばたいた。

 そして次の瞬間、額に手を当てて腹の底から笑い出す。

 

「ああ、久々だ! 私にそれを言うとは、実に愉快!

 図々しく愚かでふてぶてしく、堂々と前を向き己の権利を主張する!

 人間はやはりこ(・)う(・)でなければ!」

 

 狂ったように哄笑する男の姿に、俺は思わず後ずさる。

 理由はわからない。でも、こいつは、これ以上関わるべきじゃない。

 心の何処かで、警報が鳴り響く。

 

「気に入ったよ、少年! 実に気に入った!

 誰の手もついていなければ私の遊戯の駒に選びたいところだ。

 しかし此度において君には先(・)約(・)があり、私には取(・)引(・)がある。

 双方の約定に則って、私は私の役目を果たすのみとしよう」

 

 男は唐突にくるりと身を翻し、俺に向かって頭を下げる。

 

「さて、少年よ。改めて主役たる君に問おう。

 ――君(・)は(・)、(・)私(・)の(・)前(・)で(・)名(・)乗(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)る(・)か(・)ね(・)?(・)」

 

 ……名乗る、べきだろうか。

 不安と恐怖が際限無く沸き起こり、心臓がだんだんと早鐘を打ち始める。

 だが、眼前に立つ男の視線はまっすぐ俺を射抜いている。

 まるで俺を試しているかのように。

 なら――

 

「……雨宮(あまみや)、蓮(れん)」

「結構。さすがは■■■■■■■、我が同類」

 

 わざとらしい笑みを貼り付けた男の声に、突然奇妙なノイズが走る。

 なんと言ったのか聞き直す機会は与えられなかった。

 

「――我は汝、汝は我。

 我、ここに新たなる約定を結びたり。

 汝が反逆の翼を広げし時。囚われの枷を破壊せんと望む時。

 【愚者】たる汝が生まれし時、我、自由へ至る導きの神風を吹き鳴らさん」

 

 何かの呪文のように口上を唱える男の手の上で青い光が揺らめく。

 光はくるくると回りながら一枚のカードに姿を変え、ふわりと俺の手に収まった。

 ――何も描かれていない。真っ青なだけのカード。

 見つめれば吸い込まれてしまいそうに青く、それでいてつややかな表面には俺の顔が映り込んでいる。

 

「安心したまえ、私が直接力を与えるわけではない。

 君(・)は(・)既(・)に(・)選(・)ば(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。

 私はただ、『彼女』と交わした取引を果たしているにすぎない」

「……彼女って」

 

 視線を上げ、そして気づいた。

 目の前の男が、衣装以外は俺と瓜二つの容貌をしていることに。

 そんな俺の反応に気づいたのか、男は口の両端を吊り上げる。

 自分と同じ顔をしているとは思えないほど邪悪な嘲笑は、しかし何故か目の前の存在にぴたりと似合っていた。

 

「それは『観客』に尋ねることでも、私が答えることでもないな。

 君がうまく立ち回ればいずれわかる。

 ――立ち回れなければ、私を満足させるだけだ」

「……」

 

 男は俺の肩を叩くと、廊下の向こうへと歩き出す。

 

「ではな、雨宮蓮。

 君(・)が(・)目(・)覚(・)め(・)た(・)時(・)に(・)、(・)ま(・)た(・)相(・)見(・)え(・)る(・)と(・)し(・)よ(・)う(・)」

 

 闇の奥に消えていく嘲笑を背に、俺は前を向く。

 青い蝶はもういない。ただ、青い扉だけがある。

 俺はいざなわれるように一歩踏み出し――

 

 

 

 ――そして、目が覚めた。

 

 

 

 窓から朝日が差し込んでいる。

 いつもの悪夢とは違うのに、なぜか背中がじっとりと湿っている。

 寝た気がしない。

 それでも朝は朝らしく、起床の音楽が流れていた。

 

 青いカードはどこにもない。

 当たり前だ。

 夢が現実になどなるものか。

 ……けれど何故か、あの鮮やかな青が忘れられずにいる。

 カードの表面に映りこんだ俺の顔も。

 いや、今日の夢全てが心に刻み込まれている。

 そんな感覚がある。

 

 ――でも、俺が生きるべきは現実だ。

 

 今日も話を聞かれ、そして色々言われるのだろう。

 判決が出るのは4月に入ってからだと聞いている。

 弁護士の人は、「保護観察処分になるはずだ」と言っていた。

 それから「転校先が見つかった」とも。

 

 未来が明るいとは思わない。

 それだけの事を俺はしてしまった。

 後悔していないと言えば嘘になる。

 それでも――あの時の行動全てが間違っていたとは言いたくない。

 

 生きよう。前を向いて。

 図々しかろうが愚かだろうが、ふてぶてしかろうが構わない。

 俺はただ自分の正義を信じた上で、犯した罪を償うべきなのだから。

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