獅童正義は明智吾郎として生きることになった。   作:枝野トナナ

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第16話――4/3『When the Tables Turn』

 ヨドギミカメラの良いところは日曜日でも家電配送をやってくれるところだ。

 おかげで何もなかった新居の文明レベルが一気に上がった。

 さっそく期待の新星ことロボット掃除機(ルンタ)を動作させてみる。

 ……少し音がうるさくはあるが、掃除機としては許容範囲。

 くるくると動き回りながら髪の毛やホコリをちゃんと吸い取ってくれている。

 壁で方向転換するあたり、どこか猫を思わせる動きなのも良い。

 生き物を飼うのは手間がかかりすぎて嫌だが、こいつはむしろ人の手間を削減してくれるというのもプラスポイント。

 なるほど。

 掃除機を愛でるとか正気か? と思うこともあったが、実物を家に置くとちょっと――いや、だいぶ気持ちがわかる。

 実際に働かせるのは私が出かけている時中心になるだろうが、こいつには是非ともこの家の清潔さを守ってほしいものだ。

 

 他の家具は水曜配送予定だから、それまでに布団とカバー類を購入した方がいいだろう。

 あとは――……そろそろ獅童正義(私)のマンションに行って、パソコンと家具と小物を回収したい。

 チャットで連絡していいと言われているし、税理士(木場)に聞いてみるか。

 

『お休み中に申し訳ありません。

 父のマンションの中にある家財道具で使えそうなものを引き取りたいのですが、相続税の手続き上問題はないでしょうか?』

 

 まあ土日休みのはずだから、連絡が来るのは月曜だろうな――と思いきや、いきなり通知音が鳴った。

 笑顔でサムズアップしている、ゆるいうさぎキャラクターのスタンプだ。

 しばらくすると、一気に長文が送られてきた。

 

『リスト作成は終わってるし、借金類も無さそうだから好きなもの持ち出して構わないよ!

 でも鍵がかかってるから赤川先生と俺と一緒に行ったほうがいいかな!

 来週は火曜と水曜の午前中が空いてたと思うけど事務所に行かないと確認できないから、月曜に改めて連絡くれる?』

 

『わかりました、ありがとうございます』と返事をして、自分のスケジュールをチェックする。

 来週は月曜が病院で水曜が家具配送日、木曜がテレビ局、土曜が遊びに行く日だ。

 春休みが終わるからというありがた迷惑な配慮もあり、今週で『今ドキ解説』への出演は一旦終了になる。

 まあ元々ゲスト枠なのに3週連続で登板させてくれただけでも感謝すべきではあるが……

 できれば週1は何らかの番組に出ておきたい。

 収入源の確保というよりは、テレビ局という情報収集のハコに足を運ぶ口実が欲しいという理由だが。

 まあ、そこは引き続き小林プロデューサーに相談するしかないか。

 あとは……あまり気が進まないが、上杉秀彦に話を持ち込むのも選択肢の1つではある。

 有力司会者となれば出演者を推薦する権力ぐらい握っているだろうし、実際それで私を深夜番組に呼んだわけだしな。

 トーク系のバラエティや賞金系クイズ番組の司会もやっているようだから、ゲスト枠で出してくれと頼むこと自体は出来なくもないだろう。

 ……長丁場の撮影に耐えられるか? という見過ごせない問題がある以上、最終手段として取っておくべき一手だがな。

 

「とりあえず、明日……火曜でいいか相談する、と……」

 

 忘れないようスケジューラーに打ち込んでおく。

 すると、再びチャットの通知音が鳴った。

 木場から追加の話だろうか――とアプリを開くと、別のトークに通知マークがついている。

 喜多川祐介からだ。

 

『すまない。来週の土曜は先生が帰ってくるから出かけられなくなった。

 申し訳ないが火曜か金曜にずらせないだろうか?』

 

 なるほど。そういうことなら合わせてやった方がいいだろう。

 

『構わないよ。火曜は僕の予定があるから、金曜日にしようか』

『助かる。ではまた、金曜の11時にいつもの場所で会おう』

 

 チャットを閉じてスケジューラーを書き直す。

 これで平日が全部予定で埋まったことになるが……まあ病院とテレビ局以外はずらせなくもないからな。

 政治家なら急な陳情や仕事も舞い込んでくるだろうが、今の私は高校生だ。

 さすがに断れないような予定なんぞ、そうそう舞い込んではこないだろう。

 

 ……いや、こういう風に甘く構えてると逆に舞い込んでくるか。

 都議の頃、選挙の時に同僚がよく言っていたな。

 『やったか!? とか言うなよ』だの、『フラグ立てるのは止めてくれよ』だの。

 投票というものはギャンブルではなく普段の努力と民衆からの支持によって決まるものなのだが、どういうわけかゲン担ぎに走る輩は多い。

 かくいう私もダルマはきっちり置いているので、こればかりは人のことを笑えないという自覚はある。

 ……やっぱり当選して目を入れる瞬間は気分がいいし、写真や動画映えもするしな。

 ダルマはいいぞ。本当に。

 

「……買い物行くか。頑張って掃除してくれよ」

 

 私は動き回っているルンタに一声かけて、玄関へ向かう。

 ドアを軽く開けてみたところ、まだ雨が降っているようだ。

 買ったばかりの服もこれでは着られない――というか他の洗濯物と一緒に洗って水通ししたので、そもそも今日は着られないのだが。

 それに傘も折り畳み傘ではなく普通の長傘の方が良いが、残念ながら明智吾郎の家に置きっぱなしである。

 昼前には止むだろうと甘く見たのが敗因だ。

 これはさすがに新居にも1本置き傘を買うべきだな。

 ともあれ今は選択肢がない。仕方なしに折り畳み傘を広げて外に出る。

 雨具が充実したショップといえばロプトとハンディだろうか。どちらも渋谷にあったはずだ。

 寝具もあるかもしれないな。なかったら百貨店を覗けばいい。

 

 

 

 そんなわけであいもかわらず嫌になるほど見慣れた明智吾郎の服装(ドレスシャツに青アーガイルのベスト)で、いつもの渋谷である。

 ヨンジェルマンで今日こそ濡れカツサンドを購入し、ヒカリエのスカイロビーに上がってコンビニでカフェラテを買う。

 ちょっと早いランチだ。たまにはこういうのも悪くない。

 若い頃良く飲んでいた缶コーヒーと比べて、チルドカップはあっさりして飲みやすいのも良い。

 ――だがたまに、たまーに、吉阪の父親が箱買いして分けてくれたクソ甘い缶コーヒー(ジョージアMAX)が懐かしくなる時もある。

 実物を見つけても中々買う気にはならんがな。缶で十分なのになんで倍量のペットボトルで売るんだ?

 ……そんなことを考えながらカツサンドをかじっていると、突然見知らぬ男が真横に座ってきた。

 まあまあ人がいるし、公共のベンチだから誰が座ってもいい――と自分を納得させようとした矢先、男が口を開く。

 

「食事中すまない。君が明智吾郎くんで間違いないだろうか」

「……誰です?」

「獅童先生の身内のものだ。あるものを渡すように頼まれている」

 

 ――ここまで秒でわかる嘘を吐くバカは珍しい。

 だが、逆に部外者にこちらの情報が漏れていないという証拠でもある。

 

「ついてきてくれるだろうか」

「申し訳ありませんが……これから予定がありますので。

 笹木さんか星野さんに渡していただけないでしょうか」

「それは出来ない。君にだけ渡すようにと、遺言を受けている」

「……あなたと先生は、どのようなご関係で?」

「秘書だ」

「そうですか」

 

 さて、どうしたものかな。

 認知訶学絡みにしろそうでないにしろ、今の私の身体では虎穴に飛び込んでも生還できまい。

 ならばなんとかこの場を切り抜けて帰るしかなさそうだ。

 残りひとくち分だったカツサンドを急いで食べきる。もったいないからな。

 

「……先生が何をお考えだったのかはわかりませんが、今の僕では何の御役にも立てません。

 どうかお引き取り願えませんか」

「それは困る」

 

 こいつ1人――なわけはないか。

 右手と口で使い捨てのおしぼりを開けながら周囲を伺うと、南側エレベーター近くに立ちっぱなしの男がいることに気がついた。

 手を拭いて、ゴミを右ポケットに突っ込むフリをしながら護身グッズに手を伸ばす。

 目的は誘拐だろうか。

 しかし日曜なんて人が多い日の、こんなところ(スカイロビー)で仕掛けるあたり、どうにも素人臭い。

 プロ(ヤクザ)ならもっと強引な手段で有無を言わせず車に連れ込むはずだ。

 ――だとすれば認知訶学とは無関係なバカの暴走か。少なくとも大江達なら、こういう仕事にはプロを使う。

 

「困ると言われても、それはこちらも同じことです。

 お引き取りください。さもなければ警察に通報します」

「……なぜそこまで警戒する? 私は先生の秘書だと」

 

 視界の隅で南側の急行エレベーターが開いた。

 今だ。これ以上茶番に付き合う義理はない。

 左手の手袋をこれみよがしに口にくわえて相手の視線を誘導しつつ、ポケットから取り出したスタンロッドを伸ばして男の手を殴りつける。

 「ぎゃあっ!?」という悲鳴に、エレベーター側の男が異変に気づいてこちらに駆け寄ろうとするが、エレベーターから降りてきた乗客に邪魔をされる。

 その人並みに紛れて、一旦エスカレーター側に逃げながら手袋を外す。

 北側エレベーターにも仲間がいる可能性を考えると、こちら側に行くしかない。

 

「待て!」

 

 誰が待つか。

 身体を壁にして死角を作りながらスタンロッドを元に戻して左手にパス。空いた右手で左ポケットからタクティカルライトを取り出す。

 踵を返して即座に全力点灯。追いすがろうとしていたもう1人の男の目に直撃させる。

 

「うぐぁあっ!?」「きゃっ!?」「な、なに!?」「うぉっ!」「まぶしっ!?」

 

 巻き込んだ愚民には悪いが、謝ってやろうにも時間がない。

 すり抜けざまに走って急行エレベーターに乗り込む。

 護身グッズと手袋をポケットに突っ込みながら振り向き――何故かタイミングよく扉が閉まった。

 女が1人乗っている。こいつが閉めたのだろうか。

 いやいい。このエレベーターは11階以外、7階と1階と地下3階にしか止まらない。

 怪しい連中がまともに動けるようになる頃には、渋谷駅まで逃げ切れるだろう。

 ――目眩や頭痛さえ起こさなければ。

 

「……ッ、クソがッ……」

 

 当たり前だがこれだけ緊張状態を強いられた上に短距離とはいえ走ったのだ。心拍数が上昇しないはずがない。

 喜多川祐介がいることに賭けて地下通路に向かうか?

 それとも駅前交番まで逃げるか?

 心臓が暴れるように鳴り響く。視界どころか頭がぐるぐるする。

 エレベーターが開く。1階。いつのまにか7階を通り過ぎていた。

 誰かに背中を押される。降りないと。降りて、降りた、それで、どうする? 

 

「ねえ、大丈夫?」

 

 顔を上げる。誰だ? 知らない。女だ。

 ああ、いや、エレベーターにいた。先に、乗っていた。

 

「何か事件に巻き込まれてる感じ?

 助けてあげようか? 取材させてくれたらだけど」

 

 事件? 助ける? 取材? 何を?

 

「……ってそんな冗談言ってる場合じゃないか。

 ほら、肩貸してあげるからこっちおいで」

 

 有無を言わさず身体が引っ張られる。

 足が引きずられる感覚。頭が痛い。指先が震える。

 

「ここなら休めると思うよ。

 ほら、座った座った」

 

 ベストを脱がされ、帽子を取られ、髪の毛をいじられる。

 それからオレンジの上着をかけられ、サングラスをかけさせられた。

 歪む視界がオレンジ色に染まる。

 

「いやー、大立ち回りしたねー。

 てか君、たまにテレビに出てる探偵王子くんだよね?」

「…………う、うう」

 

 答えられる体調だと思うのか?

 いや、助けてくれてる……のか?

 わけのわからない寒気が襲ってくる。汗が止まらない。

 

「いやホントヤバい感じだな?

 休め休め。落ち着いたら優しいおねーさんがあったかい飲み物奢ってやるからさ」

「うう……」

 

 横に倒された。心なしか少し楽になる。

 薬を飲むべきだろうか。緊急時用の処方薬だ。確実に昏倒するだろうが……

 ――いや、少しずつ症状が弱まっている気がする。

 休めばいずれ動けるようになるかもしれない。

  

「いやー、これは事件の匂いしかしませんねぇ?

 ……って言ってる場合じゃーないよね。

 ちょっと注文してるから、そのまま寝てなよ」

「……」

 

 目を閉じてゆっくり呼吸する。

 ダウンジャケットが暖かい。

 血が巡る感覚。だんだん、深く息を吸えるようになってくる。

 

 ――どれほどそうやっていただろうか。

 心音が落ち着いてきた。今なら動けそうだ。

 

「……うう……す、すみません」

 

 身体を起こし、目を開ける。

 ショートカットの女が向かいに座っていた。

 テーブルの上には食べ終わりつつあるドリアとドリンクバーのグラス。

 メニュー表には緑の楕円の中に赤字で『SAYZERIA』というロゴがついている。

 

「おっ、大丈夫か? あったかいもの飲む?」

「……お願い、します」

 

 女は席を立つとドリンクバーへ向かった。

 戻ってくるまで目を閉じる。

 体温はだいぶ戻ってきているが、うっすらとした目眩が抜けていない。

 

「ほいよ。好きなの入れな」

 

 白湯の入ったティーカップに、ソーサーにごっそり乗ったティーバッグ。

 どれがどれだかわからない。どれでもいいか。

 適当に手前にあったものを入れ、そのままカップを口に運ぶ。

 暖かい。味はない。香りはする。

 リンゴの匂いだ。じわじわと紅茶特有の渋みと苦みが出てきた。

 少しずつ頭がまともに動き始めてきたようだ。

 かけっぱなしのサングラスとダウンジャケットを取り、女に返す。

 

「すみません……ご迷惑をおかけしました」

「んーまぁ良いってことよ。

 アタシもたまたまロビーでランチしよって思ったら、なんかストロボ焚いて逃げてくる子がいるからさ。

 それが2代目探偵王子ってなればスクープになるかもって打算もあって、助けちゃっただけだから」

 

 ――この口ぶりだとジャーナリストか?

 思い返せばこの女の顔、昔どこかで見たような記憶がある。

 

「……僕のことはご存知のようですね。

 失礼ですが、記者の方ですか?」

「そうよー。はいこれ名刺」

 

 ……大宅一子。思い出した。我々の献金ルートを探っていたハエの片割れだ。

 私の派閥の中でも腹心として扱っていた議員――北町(きたまち)に近づき過ぎたから、奴の要請で明智に命じて始末させたカメラマンの相方の記者。

 嫌な偶然もあるものだ。

 いや、昨日の友が今日の敵ならば逆もまた然りということか?

 

「ところで何の事件に巻き込まれたのか事情聞かせてくれる?

 もしかしたらおねーさんの特ダネになるかも!」

「それは……止めて、ほしいです」

 

 新聞記事にされてたまるか。

 ――しかし、無理に隠すと逆に探られるだけか?

 なら、いっそ全部話して情に訴えた方が良いかもしれない。

 少なくともフラフラのガキを庇って面倒を見るような女なら、人情や人道は理解するだろう。

 

「事情は……話しても、いいです。

 でも……多分、聞いたら、あなたも危険に、巻き込まれるかもしれません。

 それでもいいですか……?」

「……ここで嫌って言うならおせっかいなんて焼かないっての。

 ヤバい事件の匂いはとっくに嗅いでるんだから、遠慮せずに教えなって」

 

 いい度胸だ。そこまで言うなら教えてやろうじゃないか。

 

「実は僕……政治家の隠し子で、先月にDNA鑑定をして、遺産を相続したばかりなんです。

 でも、鑑定のついでに健康診断を勧められたら脳腫瘍が見つかったので、手術して……それで、体調を崩しやすくて」

「……へぇ?」

「さっきは、不審な男が、父の秘書だと言って、ついてくるように言ってきて……

 でも父の秘書に、あんな人達がいないのは、覚えていたので……それで、逃げようとしたんです」

「それって誘拐未遂じゃない?」

「ええ……なので、助けていただいて、ありがとうございました。

 多分、助けてもらえなかったら、倒れて……連れ去られていたと思います」

「もうヤバい匂いが限界突破してるけど……念のため聞くけど、君のお父さんって」

「獅童正義という、政治家です」

 

 焦らしに焦らした答えを言ってやると、大宅一子はわざとらしいリアクションでのけぞった。

 面白いぐらいに聞かなきゃ良かったって顔してるな。

 

「あーはい。確かに肝心なことを記事にできないやつだ。

 明智吾郎誘拐未遂!? ぐらいならギリ書けるかなぁ〜?」

「そうして僕を取材する人間が増えて、体調不良が見抜かれて、そのうち未遂じゃない誘拐や拉致をされて死ぬんですね……僕が」

「……そういう言い方されるとねぇ。

 あとアタシが今追ってるネタとは関係ないしなぁ〜」

「……何を追ってるんですか?」

「秀尽学園の噂と斑目って画家の噂。

 上から『こういう街のゴシップでも追ってろ』ってノルマ掛けられちゃってさあ。

 なんか体罰と売春が横行してるとか、盗作と虐待で若い画家が潰されてるとか、ネットで噂になってるんだよね。

 学校の方が取材しやすいかなぁとは思うけど、今春休みだしねぇ〜」

 

 体罰と贋作売買なら知ってるが……売春と盗作と虐待は初耳だな?

 尾びれがついた噂の可能性も高そうだが……一応、新島真と喜多川に会ったら聞いてみてもいいか。

 下手に恩を踏み倒すとこの手の類は面倒なことになりそうだ。

 それよりは少しばかり協力してやって、明智吾郎のネームバリューを上げる駒にした方が得策だろう。

 

「……助けてもらったお礼代わりに、僕の知り合いに聞いてみましょうか?

 大宅さんの望み通りの答えが出てくるかはわかりませんが……」

「え? いいの?」

「ええ……秀尽学園の方はそこまで早く話を聞けないかもしれませんが、斑目画伯の弟子なら金曜日に会います。

 その時に、それとなく聞いてみますよ」

「ラッキー!! ありがとー!

 うーんやっぱするもんだねぇ人助け!」

 

 ――まあ、真実を伝えるかどうかは状況次第だがな。

 重要なのは『大宅に協力してやった』という事実だけだ。

 『取材はしたが、望む結論は出なかった』などジャーナリストの世界では日常茶飯時。

 1回や2回空振った程度で情報源に逆恨みするようなタイプなら、そもそも人助けなどせんだろうよ。

 

「そういうことならもうちょっと面倒見ちゃうかぁ!

 ――帰り、タクシー捕まえた方が良いよね?」

「そう、ですね……お願いします」

 

 気が利くな。

 タクシーに乗れさえすれば、家に辿り着くことはできるだろう。

 幸い、明日は病院の予約が入っている。

 予防用として処方されている効果の穏やかな精神安定剤を飲んで寝ておけば、診察までに体調が悪化することは防げるはずだ。

 

「警察に通報とかしとく?」

「いえ……僕の方から知り合いに連絡します。

 念のために明日病院に行きたいので……送迎の相談も兼ねようかと」

「そっかそっか。ちゃんと診てもらいな。

 じゃあ行こうか。歩ける? 肩貸したほうが良い?」

「……多分、歩けると思いますが……肘、掴んでもいいですか?」

「いいよー。でも優しくしてねっ、なーんて」

 

 女として見てねえし見れねえよ。

 ――などと悪態をついている場合ではない、か。

 気を抜くと足がもつれて転びそうな程度には視界や感覚が揺れている。

 結局この女の善意にすがりながら、何とかタクシー乗り場まで辿り着いた。

 

「ありがとう、ございます。

 ……何かわかったら、この名刺の連絡先に、かければいいですか?」

「うんうん、それでオッケー。

 もしくは夜なら新宿のにゅうカマーってバーで管巻いてると思うからそっちでもいいわよぉ?」

 

 ……高校生をバーに連れ込むなよ。

 一応テレビ出演してるタレントでもあるんだぞ? イメージを考えろ。

 

「あ、あはは……普通に電話します……」

 

 

 

 ――そうしてタクシーに乗って、どうにか新居に無事帰宅できた。

 傘と寝具が欲しかったのに、結局何も買えていない。

 どこの誰だか知らないが……人の名前を勝手に使ってこの私を陥れようとはいい度胸してるじゃないか?

 胸中で怒りを燻ぶらせながらもさっさと薬を服用する。

 生きていなければ復讐もできない。当たり前の話だ。

 私に楯突く愚民を確実に始末するためにも、まずは体調を整えなければ。

 それから笹木に連絡だな。

 さすがに病み上がりの人間を誘拐しかけたのだから、正当防衛は通用するはずだ。

 今日起きたことを伝えて、警察と新島冴に根回ししてもらおう。

 それと病院への送迎と……あと何かあったか?

 

 …………あっ。明智吾郎の家の方で洗濯物を干しっぱなしだ。

 

 いや部屋干しだから別にそのままでも……しかしせっかく新しく買った服が……

 それに明智吾郎の服を着続けるリスクも大きい……よな?

 今日だって絶対それで見つかってるだろ?

 ……ダメ元で言ってみるか?

 いやそれいいのか? さすがに職権乱用を通り越してガキのわがままか何かでは? 笹木だってそこまで暇じゃないだろ。

 しかし……自力で新しい服を取りに行こうにも、さっきの不審者どもの仲間が家の前に張り込んでたら終わりだし……

 

 …………頼むか。うん。洗濯物の回収。

 これもリスク管理だ。恨むなら不審者を恨んでくれ。




Q:洗濯物はどうなりますか?
A:本当に笹木さんが回収しました。かわいそう。
「せん……吾郎さんに頼まれるのはさすがに初めてですが、妻にもたまに頼まれますからね」
「笹木さん、あんたボスを甘やかしすぎですよ。
 ンなもん夜にでも起きて歩いて取りに行きゃいいんだから、次からテメェでやれって一蹴しときなさいって」
「星野さん、頼まれてたタバコ買ってきました! ここ置いときますね!」
「おう、ありがとうな吉阪くん」
「……星野さん(そこのカス)。いくら年下とはいえ仮にも上司というか先生(吉阪)を使い走らせるってどうなんですかね?」
「俺はいいんですよ、ボス。あんたと違って吉阪くんがコンビニ行くついでに頼んだだけですから」
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