獅童正義は明智吾郎として生きることになった。   作:枝野トナナ

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第22話――4/9:雨宮蓮は歩み出す/青い空、青い部屋

 東京、渋谷。

 初めて来る場所。初めて降りた駅。

 どこを向いても人だらけ。地元とは比べる方が間違いだと空気が主張している。

 案内板の場所すらよくわからない。もう地図アプリだけが頼みの綱だ。

 歩いて歩いて、ようやく改札を出た。

 テレビでしか見たことのない光景が目の前に広がっている。

 謎の感動を覚えながら次の道を確認しようとして――妙なアイコンに気づく。

 目のようなマーク。アプリ内広告だろうか? 地図アプリにまで入れ込むなんて面倒くさいな。

 それでなくても最近、消しにくい広告が多くなった気がする。

 どこをタッチすれば消せるのだろうか――そんなことを考えながら触れた、その瞬間。

 

 ふっと、音が消えた。

 

 顔を上げる。目の前で人が止まっている。

 不自然なポーズで固まっている。

 周囲を見回せば、何もかもが動きを止めていた。

 

「――は?」

 

 間抜けな声が口から漏れる。

 そんな俺を嘲笑うように、どこかから声がした。

 

「ようこそ、雨宮蓮。『彼ら』の遊戯の盤上へ」

 

 後ろを振り向く。街頭ビジョン。その正面。

 ――いつかの夢で見た、怪盗服の『観客』が、これみよがしに手を広げている。

 

「はじまりにはまだ早い。何事にも順序というものがある。

 ベルベットルームが待っている――そうだろう?」

 

 まるで合図を出すように、『観客』が手のひらを打ち付けた。

 その瞬間――全てが動き出す。

 人が。空気が。信号が。――時間が。

 そして『観客』の姿はもうどこにもなかった。

 ただ――開きっぱなしの地図アプリの上に、目のアイコンだけが残っている。

 長押しすると簡単に動いた。

 俺はそのアイコンを思いっきり真下にドロップして、画面から消した。

 

 

 

 わけのわからない現象はそれきり起こらなかった。

 特に何事もなく電車に乗り、無事に四軒茶屋駅まで辿り着く。

 目的地は佐倉惣治郎という人の家。

 道が入り組んでいてわかりにくい上に、地図がズレているのか違う人の家の前に来てしまった。

 どうしよう。近くを歩いている人に聞いてみようか。

 ――あ、あそこに運送業者の人がいる。

 

「あの……すみません。佐倉惣治郎という方の家、知って……ますか?」

「ん? ああ、佐倉さん? それならあっちだよ。

 その地図だと……ああ、そこじゃなくてこっち、1つ奥の道だ」

「わかりました。ありがとう、助かる……ました」

 

 良かった。それほど離れていなかった。

 なんとなく都会の人は冷たいイメージがあったけど、そうでもないな。

 路地を通って言われた通りの場所に向かうと、呆気なく『佐倉』という表札が見つかった。

 インターホンを押す。――誰も出ない。

 出かけているのだろうか‥…どうしよう。

 他の場所で待つ……にしても、上京初日で貴重な小遣いを使いたくはない。

 ……帰ってくるまで座って待とう。それならタダだし。

 

 空を見上げる。

 晴れ渡っているはずの青い空は、どこかくすんで見える。

 海の色が場所によって違うように、空の色も街によって違うのだろうか。

 ――これが、東京なんだ。

 なんとなく、そう思った。

 

 なんだかんだ、1時間ぐらい座り込んでいただろうか。

 ピンク色のシャツを着たおじさんが道の向こうから走ってきた。

 

「悪い悪い、今日だったな。すっかり忘れてた」

 

 薄い髪の毛に髭を生やし、エプロンをつけたままの見知らぬおじさん――

 

「ええと、もしかして佐倉惣治郎……さん?」

「ああ。すまん、喫茶店の仕事に気を取られてな。

 ……雨宮蓮、だったよな」

 

 頷くと、佐倉さんはバツが悪そうに後頭をぽりぽりと掻く。

 ぶっきらぼうな態度だけれど、悪い人ではなさそうだ。

 

「悪いが、うちは色々と手狭でな。

 店の屋根裏が空いてるから、お前にはそっちに住んでもらう」

「店……?」

「ああ。案内するから着いてこい」

 

 言われるがまま、佐倉さんの後を追う。

 少し離れた場所の細い裏路地に、その喫茶店はあった。

 ――LeBlanc(ルブラン)。

 扉を開ければコーヒーの香りが漂ってくる。

 地元にある、刺身定食を出す喫茶店とはまるで違う――東京の、喫茶店。

 

「まあ座れよ。待ちくたびれて疲れただろ」

「……そんな、ことは」

「遠慮するなって。一杯ぐらい奢ってやるさ」

 

 言われるがままカウンターに座る。

 こぽこぽとカップに注ぐ音がして、香りがひときわ強くなった。

 やがてカチリ、と静かにブラックのコーヒーが置かれる。

 正直、ブラックなんてそんなに飲んだことがないけれど……ちゃんと味わわないと失礼だろうな。

 ゆっくり口に含んでみる。思っていたより苦くない。酸っぱくもない。

 何だろう。あんまり、飲んだことがない味だ。

 

「……ええと、おいしい……です。多分」

「多分って何だ、多分って」

「いや……あまり飲まないから、飲み慣れてないだけ……です」

「ああ……なるほどな。

 お前ぐらいの年だとまだカフェオレとかの方が好きか」

「好き……というか、家だとお茶で」

「お茶か……ああ、そういえば静岡の方だって言ってたな。

 俺も事情は聞いちゃいるが、そもそもお前の親御さんと仲がいいのは俺じゃなくてうちの客でね。

 断りきれる間柄でもないし――まあ、なんだ。話聞いてちっと同情しちまったってだけだ」

「……同情?」

「ああ、いや、こっちの話だよ。

 ともあれ、そういうわけで3(・)年(・)間(・)、お前の面倒を見ることになった」

 

 ――一応、俺も聞かされている。

 成人まで保護観察処分。今年17歳だから、あと3年。

 どう考えたって長い。そんな長い間、ほとんど縁のない人間を下宿させてくれるというだけで、この人は間違いなく良い人なのだろう。

 さすがに失礼な真似をしちゃいけない。それぐらい俺だってわきまえてる。

 

「ただなぁ……悪いが、仕事が忙しくてな。

 屋根裏部屋ももうちょっと片付けてやりたかったんだが、物置にしてたせいでどうにもならねえんだ」

「それは……自分で掃除するから大丈夫、……です」

「……そうか。それなら任せちまうぞ。

 ああ、あと慣れねえ敬語使わなくていいからな? お前、無理して喋ってるだろ。

 俺のことも惣治郎って呼んで構わねえから」

 

 ……バレてる。バレてた。

 

「すまない。……緊張してるのもあるけど、普段、あまり使ってなくて。

 その……喫茶店とか、何か手伝う時は、ちゃんとやる」

「ああ、今は気持ちだけ受け取っておくよ。

 まずは生活に慣れろ。屋根裏部屋だからお前の家に比べたら住みにくいだろうし、風呂だってねえから銭湯だ」

「……ええと、その、惣治郎の家のお風呂は」

「使わせてやりてえが……娘がいるんだよ。

 だからちょっと、男を家に上げたくねえんだ」

 

 なるほど。だから家じゃなくて店の方を貸してくれるのか。

 でも、娘さんに挨拶とかしなくて…………いや、ダメだ。

 人(・)殺(・)し(・)に(・)挨(・)拶(・)さ(・)れ(・)た(・)っ(・)て(・)困(・)る(・)だ(・)ろ(・)。

 

「ああ、いや、お前がどうこうって話じゃねえ。

 単純に、誰も家に上げたくねえって言った方が正しいな」

「……いや。迷惑かけてるのはこっちだ。すまない」

「……まあ、なんだ。

 娘もお前も、……間が悪かった。多分、それだけの話だ。

 だから……あまり、気にするな」

 

 気にするなと言われて気にしないことが出来たら、きっと楽なんだろう。

 でも、俺は気にし続ける。

 自分の罪を忘れるわけにはいかないから。

 

「風呂は向かいの銭湯の回数券買ってあるからそれ使え。

 追加で入りたいとか、変な風呂入りたい時は自分の小遣いから出せよ」

「わかった。洗濯物とかは?」

「店閉める前に洗濯カゴ入れてもってこい。持って帰って洗ってやる。

 急ぎの洗い物はコインランドリー使え。銭湯の横だからすぐにわかる。

 ああ、そっちもお前の小遣いから出してくれな。あそこ、安くねえんだ」

「……極力使わないようにする。それで、他には?」

「中から店の鍵を閉めてもらいはするだろうな。

 あとは――まあ、気が向いたらトイレや床の掃除でもしてくれ。

 それと朝と夜の食事は出してやれるが、基本カレーとミニサラダになっちまうからな……栄養とかは昼飯で調整してくれ」

 

 カレーか……嫌いじゃないけど、毎日だと飽きるかもしれない。

 ……いや、文句を言える立場じゃないし、これだけ親切にしてくれるのに失礼だ。

 

「それと服とか買いたい時は言えよ。店が休みの時に一緒に行ってやる。

 領収書とレシート出さないと自腹切ることになるからな。ちゃんと請求すりゃ返ってくるんだ、無駄遣いしてもしょうがねえ。

 ……ま、多分これくらいだ。言い忘れがあったら思い出した時に言ってやるよ。

 それじゃ、部屋に案内するとするか」

 

 そう言うと、惣治郎は腰を叩きながら歩き出した。

 俺も後を追って階段を上がる。

 

 ――なるほど。これが屋根裏部屋。

 ……どう見ても物置だ。

 真ん中とベッドの周辺だけ片付いている。それと、大きな段ボールが1つ、ソファ? の傍に置いてある。

 

「すまんな。とりあえず寝れるようにはしたんだが」

「……い、いや、大丈夫。広い部屋だし、片付ければいいだけだ」

「そうか……まあ少しずつやれよ。

 掃除機やちょっとしたかけ声ぐらいなら下にゃ響かんが、さすがに棚とか派手に倒したら客がびっくりしちまうからな。

 それと、あの段ボールはお前の親からの荷物だ。まだあるかもしれねえが、とりあえず今日届いたのはそれだけだ」

「わかった。ありがとう……そうだ、掃除道具は?」

「下のトイレの近くにある。好きに使っていいが、使い終わったら戻しとけよ。

 ……それじゃ、俺は店に戻るからな」

 

 惣治郎が降りていったあと、俺はまず段ボールを開けた。

 自分の服。下着。バッグ。通帳。好きだった漫画。封筒。――封筒?

 中身を見る。1万円が10枚と手紙が1枚。父さんの字だ。

 

『3年間分の小遣いにしては少なくて済まないな。

 俺も海外転勤が決まった。これから母さんと一緒に引っ越しだ。

 俺達も3年間だから、ちょうどお前の保護観察が解けた時に帰ってこれる。

 東京での暮らしは最初は慣れないかもしれないが、お前なら問題なくやれるさ。

 前を向いてまっすぐ生きろ。俺も母さんも、お前のことを信じているからな』

 

「……」

 

 手紙だけ、封筒に戻す。

 これは捨てずに取っておこう。デスクを先に掃除して、引き出しに入れればいいか。

 

 

 

 ――色々片付けていたら、だいぶ時間が経ってしまったようだ。

 足音と共に上がってきた惣治郎が、部屋を見るなり「へぇ……」と感嘆の声を上げる。

 

「だいぶマシになったな。半日でこれだけ綺麗に出来るなら上等だ。

 ……腹減っただろ。降りてこい」

 

 促されるまま階段を降りると、カウンター席にカレーが用意されている。

 手を洗ってから席に座り、「いただきます」と言ってからスプーンを手に取った。

 ……辛い。辛くておいしい。鑑別所で出たカレーは甘めで物足りなかったから、久々にちゃんとしたカレーを食べた気がする。

 おいしすぎて気がついたら無くなっていた。結構量があったはずなのに。

 ……いや、お腹がいっぱいになっているから、間違いなく量はあった。

 

「気に入ったか?」

「おいしかった」

「そりゃ良かった。何せこの店の名物だからな」

 

 惣治郎はどこか機嫌良さげに食べ終わった皿を片付ける。

 さすがに洗い物ぐらい手伝おうかと立ち上がると、「いいって」と止められてしまった。

 

「あれだけ掃除してたら疲れただろ?

 明日はシュージンに挨拶に行くんだし、今日はもう休んどけ」

「……シュージン?」

「秀尽学園高校だよ、お前が通う学校。

 学校が始まる前に先生方に挨拶回りだ」

 

 ……先生に、挨拶。

 やっぱり――俺のしてしまったことを、言いに、いくのだろうか。

 

「ああ、勘違いするな。あっちも詳しい事情を知ってんのは校長だけだ。

 いいか? 校長以外の先生には、お前は単(・)に(・)ケ(・)ン(・)カ(・)し(・)て(・)保(・)護(・)観(・)察(・)処(・)分(・)く(・)ら(・)っ(・)て(・)東(・)京(・)に(・)来(・)た(・)転(・)校(・)生(・)ってことになってる。

 罪状なんざいちいち話す必要ねえ。……まあ、逆にケンカで飛んできた不良って色眼鏡で見られるかもしれねえが」

「……」

「はぁ……その、なんだ……獅童って男は、都議から国会議員に成り上がった奴だった。

 このあたりでも選挙ポスター貼ってやがったし、さすがに知名度が高すぎる。

 だからお前のやったことは、俺と校長だけのトップシークレットだ。それで話が付いてるから、余計なことは言うな」

「……わかった」

 

 ……胸が、重くて、苦しい。

 自分のやったことが、波紋のように広がって、色々な人に迷惑をかけている。

 当たり前だ。人が1人、死んでいる。

 俺のせいで。

 

「これ、店の鍵と風呂の回数券な。

 泥棒が入るといけないから、施錠だけはしっかりしてくれよ」

「……気をつける」

 

 これ以上、迷惑をかけてはいけない。

 最初からずっと頭の中にあった言葉が、どんどん重みを増していく。

 惣治郎が店を出ていったあとも、俺はしばらく、カウンターに座っていた。

 誰もいない空間。

 時間だけがゆっくり過ぎていく。

 

 ――回数券を手元に引き寄せた。

 かなり遅くまでやっているけれど、夜しか開いていないようだ。

 明日学校に行くなら、身だしなみを調えないとまずいだろう。

 それじゃなくても掃除で汚れているだろうし……銭湯で温まって、今日はもう、寝よう。

 

 

 

「ふぅー……」

 歩いて帰ってきたのにほっかほかのまま、ベッドに横になる。

 思えば銭湯なんて久しぶりだ。沈んでいた気持ちも、少し軽くなった気がする。

 ……いや、軽くなるのはダメじゃないか?

 我に返りつつ、いつもの習慣でスマホをつける。

 チャットは何も届いていない。連絡先は父さんと母さん以外、全て消してしまったーーって、んん?

 

「なんだこれ」

 

 地図アプリをつけている時に入ってきた広告と同じアイコンのアプリが、どういうわけか勝手にインストールされている。

 目のような特徴的なデザインだったから良く覚えている。間違いない。

 ウイルスだろうか……もう一度ちゃんと消しておこう。

 ドラッグ&ドロップして下のゴミ箱に滑り落とす。これで良し。

 安心して目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。

 これも掃除の疲れと銭湯パワーだろう。俺は眠気に逆らわず、そのまま落ちるようにベッドに身を委ねーー

 

 

 ーージャリン。

 

 耳元で固い金属音が鳴った。

 何だろう? と疑問に思い、目を開ける。

 見知らぬ天井だ。石造りの。ーー石造り?

 身体を起こす。ジャリン、ジャラン。なんの音だ?

 手元を見る。妙にボロボロのボーダー柄。手首にはめられた鉄の輪。

 なんだこれ? 部屋が狭い。ベッドも狭い。シャツだけじゃなくてボトムスもボーダー柄。ダサい。

 

「ふふふっ」

 

 甲高い笑い声に振り向くと、太い鉄格子がはめられている。

 その向こうには広い空間。

 恐る恐る立ち上がり、近づこうとすると、足にも鉄の輪と鎖がつけられていた。

 手に繋がっていた鎖がジャラジャラと音を立てる。

 ーーそして、俺とは違う足音が、3(・)つ(・)響く。

 

 1つは、右から。

 1つは、左から。

 そして1つは……前から。

 

「「「ようこそ。我らがベルベットルームへ」」」

 

 左右に異なる眼帯をつけた鏡像のような少女達。

 その間に立つ、少女達と同じ背丈の少年。

 色褪せた銀の髪。闇に輝く金の瞳。見分けのつかない青い服。

 違いは髪型。眼帯。そして少年の中性的な顔立ちと、ベルトにつけられた大きな鍵束。

 

「お気づきになられたようですね、ご客人――いえ、囚人」

 

 少年が一歩前に出る。

 眼帯が無いのに目が隠れそうなほど伸びた前髪と、ふわりと跳ねる毛先が、中性的な印象を強くしている。

 それでも彼が少年だと一目で確信できたのは、少女達に比べればはるかに短く切り揃えられた髪型と、顔立ちの差だろう。

 

「ここは夢と現実、物質と精神の狭間に存在する部屋、ベルベットルーム。

 我らは正当なる主イゴール様に代わり、あなたの来訪をお待ちしておりました。

 ……しかし、ここまで見事な牢獄になろうとは」

 

 ぐるりと部屋を見回す少年に対し、少女2人はくすくすと笑う。

 1人は隠す気もない荒っぽさで。1人は静かに嘲るように。

 

「仕方ありません。ベルベットルームの形は来訪者の心のありよう。

 この者が罪に囚われている証左でしょう」

 

 左目に眼帯をつけた三つ編みの少女が、淡々と話す。

 可愛らしいはずの顔立ちも、機械じみた無表情さでは薄気味悪さの方が勝る。

 

「あるいは主の仰せどおり、破滅に囚われているということだ! 

 近いうちに破滅が約束された運(・)命(・)の(・)囚(・)わ(・)れ(・)! 哀れなことだな!」

 

 右目に眼帯をつけたお団子頭の少女が、ある意味一番子供らしく喋る。

 感情むき出し。バカにする気丸出し。そのくせ言っている意味がわからない。

 少し腹が立ってきた。威嚇のために鉄格子を揺すってみるが、ビクともしない。

 

「失礼。同じ日に生まれた姉弟といえ、姉様方は見ての通りの問題児。

 囚人を挑発する至らぬ看守ですが、どうかご容赦くださいますよう」

「できると思う?」

 

 反射的に答えると、3人とも予想外だったのか、全員が全員呆気にとられて目をしばたいた。

 やっぱり三つ子なんだろうか。身長同じだし。こうやってると表情も似てる気がするし。

 

「図太い囚人だな。こんなヤツ初めてだ」

「そもそも我々が客人を迎えること自体が初めてですが」

「――姉様方、どうかそのあたりで。

 あなたがたは看守、囚人を監視するのみならず更生の手助けをする職務でもある。

 僕(・)と(・)違(・)っ(・)て(・)、囚人に協力しなければならないはずですよ」

「「――むう」」

 

 少年の言葉に、少女たちは口を噤んだ。

 静寂が牢獄に戻ったのを確認してから、少年は言葉を続ける。

 

「失礼しました。改めて名乗らせていただきます。

 僕はウィリアム。イゴール様に代わり、看(・)守(・)長(・)の役目を担っております。

 僕の職務は、囚人たる貴方が更生し牢を出るにふさわしい人間になり得るかを見極めること。

 それ故に姉様方と違い、直接貴方に協力する立場ではありませんが――どうかお見知りおきを」

 

 少年が丁寧に一礼するのを見て、少女たちも倣うように順に名乗る。

 

「私はジュスティーヌ。貴方の更生への記録を担わせていただきます。以後よしなに」

「我が名はカロリーヌ! ビシバシしごいて絶対に更生させてやるからな! 覚悟しとけよ、囚人!」

 

 ……1人だけ態度が違いすぎて浮いているが、感想を言うのは止めておこうか。

 

「ええと、俺は雨宮蓮。……ところでなんで俺が囚人なんだ」

「さっき話しただろ!? ジュスティーヌと私が!!」

「悪い、よくわからなかった。……いや百歩譲って囚人はわからなくもないが、更生ってなんだ」

 

 3人がそれぞれの顔を見合わせる。少女達がため息をつき、少年が苦笑する。

 

「その――要するに、あなたが破滅の運命を打ち破って牢を出るために、姉様方はサポートをする。

 僕はあなたが破滅を退けるにふさわしい人間であるかを審判し、来たる日に牢を開けるかどうか決める。

 端的に言うとこういうことなのですが……この説明で理解していただけるでしょうか?」

「下手に出すぎですよ、ウィリアム。

 看守たるもの、囚人を威圧するぐらいでちょうどいいはずです」

「そうだ! ひれ伏せ囚人!」

「なんで?」

「なんとなくだ!」

 

 俺とジュス……カロリーヌの方だっけ? の会話に、今度は少年と少女の片割れがため息をついた。

 

「……ジュスティーヌ姉様。そろそろ時間が来てしまいそうなのですが、どうしたらいいのでしょう」

「【愚者】の契約がある以上、囚人が脱獄することは有り得ません。

 日を改めて招き、続きの話をするべきでしょう」

「……では、そのように」

 

 少年の言葉が終わるか終わらないかの間際、ジリリリリリリ、と大音量のベルがなり始めた。

 警報だろうか? 別の音だろうか? なんだかスマホの目覚ましアラームに似ている気がする。

 天井を見上げていると、ジュスティーヌの無感情な声が響いた。

 

「目覚めの時間です。夢は終わり、あなたは現実へと帰るでしょう。

 ですが、そう遠くないうちに我らは再度あなたをこの部屋へ呼び寄せます。

 少しずつ、あなたにこの部屋の理解をしていただくためにも」

「フン。しばしの別れだ、残念だったな!」

「……カロリーヌ。あとで少し話をしましょう。ウィリアムも手伝ってくれますね?」

「もちろんです。姉様」

 

 何がなんだかわからないまま、景色が歪み、真っ黒な闇に包まれていく。

 視界が完全に消える間際、遠くで3人の声が聞こえた気がした。

 

「「「今後ともよろしく。囚人、雨宮蓮」」」

 

 

 

 ――そして、目が覚めた。

 

 変な夢だった。三つ子のちびっこ看守に牢獄に閉じ込められる?

 しかも普通の牢屋じゃなくて、天井も床もやけに真っ青だった。

 アラームを止めるためにスマホを手繰り寄せ、切る。

 

「……ん?」

 

 また目のアイコンが復活してる。本当になんだコレ。

 ウィルス対策アプリを買った方がいいんだろうか。

 でも消すと消えるしな。ほら。普通にゴミ箱に入る。

 これで消せなくなったらさすがに問題だけど……まあ、そうなったらその時に考えればいいか。




Q:ウィリアムって竜司のペルソナでは?
A:ベルベットルームの命名規則に則り、小説『フランケンシュタイン』の登場人物由来です。
 元ネタのウィリアムはヴィクター=フランケンシュタイン博士の幼い末弟で、ジュスティーヌやカロリーヌと縁があります。

「日本人でいう『太郎』ぐらいにはよくある名前ですからね。被ることもあるかと」
「いっそ被りを避けて太郎と名乗れば良くないか? どう思う、囚人!」
「▶タローで
  ジローで
  ポチで 」
「……人を犬扱いしないでくれませんか?」
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