獅童正義は明智吾郎として生きることになった。   作:枝野トナナ

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第25話――4/12『Virtue and Malice Pass By』

 昨日と打って変わって、朝から雨が降り続いている。

 そんな日もあるだろう。

 2時限目にだけ顔を出して出席日数を確保したあと、ひとまず明智吾郎の家へ戻る。

 才樹がある外苑前と秀尽がある蒼山一丁目は、わずか一駅分しか離れていない。

 昼休み中はさすがに出歩く生徒が多すぎる。どうせ時間を調整する必要があるなら、服を着替えて持ち物を整理すべきだ。

 ――とはいえ、明智吾郎として校長に面会する必要があることを考えると、やはり奴の私服を着ていく方がいいだろう。

 黄色のレインコートがあるから、それを上から羽織れば人目を引くこともあるまい。

 ああ、それとバッグ用のレインカバーも持っていこう。秋葉原でアタッシュケースごと包める奴を見つけたからな。

 

「……こんなものかな」

 

 アタッシュケースと服のポケットに必要な道具を収納し、しっかりと装備を整えてから時計を確認する。

 まだ12時前だ。昼食を取るにはちょうどいいが、出かけるにはいささか早い。

 

 何をするか――

 そうだ。星野から受け取った、私のノートパソコンをまだ立ち上げていなかった。

 

 コードを繋いで電源を入れる。

 出てきた画面は極めてシンプル。Windows7のスタートアップ画面に、アンチウィルスと暗号化ソフトのアイコンが追加されているだけ。

 少し古いOSだが変える気はない。これでしか動作確認を取っていないソフトがあるからだ。

 そして秘密箱のメガネケースからそ(・)の(・)ソ(・)フ(・)ト(・)を保存したメモリーカードを取り出す。

 ノートパソコンのスロットに差し込み、暗号化ソフトを起動。控えておいたパスワードでデコード。

 ソフトウェア本体をノートパソコンに移動させる。

 本当はコピーしてバックアップを残したまま使いたいのだが、どういうわけかこのソフトは複(・)製(・)が(・)で(・)き(・)な(・)い(・)。

 プログレスバーがゆっくりと増加し、やがてデスクトップに赤い目のアイコンとファイル名が表示された。

 

 一色若葉が作成し、な(・)ぜ(・)か(・)こ(・)の(・)1(・)本(・)以(・)外(・)は(・)ど(・)う(・)や(・)っ(・)て(・)も(・)再(・)現(・)で(・)き(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)、唯一無二の欠陥品(プロトタイプ)。

 それがこの『認知世界ビューアver.2β』。科学で解明不可能な、認知訶学の申し子だ。

 あの女の研究成果を奪った際に認知訶学研究者たちにも秘匿して私の手元に置いたのも、この世に2つと存在しない――いや、さ(・)せ(・)な(・)い(・)異常特性ゆえ。

 そもそも研究に使うだけならば完成品であるver.1で事足りた、というのもある。

 

 認知世界を観測する技術そのものは、比較的早期から存在していた。

 被験者に『思い入れのある場所』の映像を視聴させながら脳波を取得・分析し、映像化を行うことで、被験者がその場所をどう認知しているか理解するというものだ。

 ブレインデコーディングの延長線上といっても差し支えはない。

 実際に私が主導した研究グループが採用している認知世界ビューアver.1はそのような仕組みで動いており、量産が可能で、科学の域を逸脱してはいない。

 

 だが、ver.2βは違う。

 

 ソフトを立ち上げる。

 マップデータが表示される。

 3年半前から更新されることのない地図上で、特定の座標を指定。

 そして、表示されたダイアログボックスに、認知世界の持ち主の正式な名前を入力する。

 私が知っている有効な組み合わせは1つだけ。

 場所はオクムラフーズ本社。入力名は奥村邦和。

 最後に確認したのはやはり3年以上前だが――良かった。通った。

 あとは30分程度放置すれば、ビューアが対(・)象(・)の(・)認(・)知(・)世(・)界(・)を(・)取(・)得(・)し(・)て(・)マ(・)ッ(・)プ(・)デ(・)ー(・)タ(・)を(・)構(・)築(・)す(・)る(・)。

 それだけのソフトだが……『それだけ』で切って捨てるには異常性しかないソフトでもある。

 理論を構築し自らプログラムを組み上げた制作者である一色若葉本人ですら、なぜ動いたのかわからず再現不可能というのが曰くに拍車をかけている。

 

 おにぎりと味付き卵、ヨーグルトとビタミンゼリーで昼食を済ませ、スティックコーヒーを湯で溶かす。

 カップを飲み干し洗い物を済ませてゴミを片付けると、やっとビューアの処理が完了した。

 表示されたのは――わかりやすく言えば色のついたWizardry(ウィザードリィ)だ。私は1作目しか知らんが。

 おそらくスーパーファミコンぐらいの疑似3Dダンジョンに、方眼マス上に描かれた平面マップ。

 それと『再取得』『更新』『セーブ』『ロード』『終了』というシンプルなコマンド。

 操作方法含めていちいちゲームめいているのは、一色若葉の趣味か。あるいは娘の趣味に合わせたものか。

 どちらにしても使い勝手はよろしくない。

 なにせこのビューアはリアルタイムに対応していないし、取得できる認知世界も限られている。

 

 明智吾郎から聞き出した知識によれば、認知世界は数種類存在する。

 まず特定人物の心の歪みによって特定地点に発生し、その人物のシャドウによって掌握されている、固有の風景を持つ一種の宮殿のような世界。

 次にこの東京のどこかに存在し、不特定多数のシャドウが彷徨い歩く、ユング心理学でいうところの普遍的無意識を具現化したような地下迷宮世界。

 そして発生条件は不明だが、核となる心の歪みが無く特定地点とも対応していないが特定人物の認知が反映された、明智吾郎でも理解できず一色若葉の推論からも外れた世界。

 

 このビューアが対応しているのは1番目だけ。

 だから奥村のようにあからさまに強欲で、何に執着しているかが丸わかりの人物でもない限り、アテがつけられない。

 ――しかし、逆に言えば。

 人間性に問題のある人物を見つけ出し職場か自宅をビューアに入力すれば、心の歪みがあるかどうかを判別することは可能だ。

 一色若葉が立てた有力仮説においても、心(・)の(・)歪(・)み(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)形(・)成(・)さ(・)れ(・)た(・)認(・)知(・)世(・)界(・)は(・)そ(・)の(・)人(・)物(・)に(・)と(・)っ(・)て(・)の(・)拠(・)点(・)、(・)す(・)な(・)わ(・)ち(・)職(・)場(・)か(・)自(・)宅(・)に(・)形(・)成(・)さ(・)れ(・)る(・)となっているからな。

 そして強い心の歪みを持つ人間は、そこそこの確率で犯罪行為に手を出す。

 つまり探偵業をするにあたり、犯人候補を絞り込んだ状態で推理を始める――という使い方ができるわけだ。

 

 あとはまあ……もしかしたら巨大な認知世界のそばをうろついた時に、偶然中に入れるかもしれない。

 今の私にペルソナ能力がないとはいえ、身体は明智吾郎のものだ。

 南条や上杉が危惧していたように、常人に比べれば迷い込みやすい素質があってもおかしくはないだろう。

 ……これは本当に『起こればいい』レベルの話でしかないがな。

 少なくとも、わざわざオクムラフーズ本社に出かけて徘徊するつもりはない。

 

 さて。確認のために入力しておこう。

 場所は秀尽学園。対象者名は校長、小早川隆秋。

 ――ノーヒット。

 念のために場所を奴の自宅へ変更して再実行。やはりノーヒット。

 なら、やはり小早川自身の危険性は低いと判断して問題なかろう。

 このビューアと一色若葉の理論を信じるなら奴に大規模な心の歪みはないのだし、あの男の性格を踏まえても正気のまま自ら一線を踏み越える蛮勇は持てまい。

 スマホを取り出して電話を掛ける。

 いきなり秀尽学園に突撃して、校長が応対するまでの時間や反応を探るという手もあったが……そこまで確実な手段でもないからな。

 普通にアポを取って行ったほうが待ち時間が少なくて済む。

 

『はい。私立秀尽学園高等学校でございます』

「お忙しいところ申し訳ありません。僕は明智吾郎と申します。

 昨日、僕が通っております才樹学園の大石校長から、御校の小早川校長よりご連絡をいただいたと伺いました。

 つきましては校長先生に詳細をお伺いしたいのですが、本日中にお会いすることは可能でしょうか?」

『は、はい……少々お待ちください』

 

 困惑混じりの声のあと、聞き飽きたクラシックの保留音が流れる。

 しばし後、校長――ではなく電話に出た女性が応えた。

 

『今日であればいつでもお会いできるそうです』

「わかりました。それでは、これからお伺いいたします。

 ――あ、他の生徒さん達の目に止まらないよう、授業中にお伺いしようと思うのですが……

 御校の5時限目は13時半からでしょうか?」

『え、あっはい、そうです。当校の生徒にご配慮いただきありがとうございます』

「いえ、こちらこそ。急なお電話をお受けくださりありがとうございました。それでは失礼いたします」

 

 ……ふー。こういう電話をするのも久しぶりだな。

 アポイントメントに関しては長らく笹木や吉阪任せだった。

 校長本人が出ないのは少々気にかかるとはいえ、変なゴネ方をされるよりかはマシだろう。

 

 

 

 ――そして、特に何事もなく秀尽学園に到着して校長室に通されたわけだが。

 

「いやあ申し訳ありませんな。わざわざご足労いただけるとは思いませんでした」

 

 何の緊張感もない満面の笑顔で出迎えられるとは思わなかった。

 観察も分析もするまでもない。絶対にこいつは事態も何もわかっちゃいない。

 

「――ご要件の程はわかりませんが、才樹学園に問い合わせるとなると急用がお有りだったのでしょう?

 ならば若輩者である僕が出向くのが礼儀でしょうし、僕個人としても御校にお願い事がありまして」

「ほう? 探偵王子と名高いあなたが、我が校に?」

「はい。ですが、その話は後にしましょう。

 まずは小早川校長の御用をお聞かせ願えませんか?」

 

 この間抜け面を見る限り、どうせ大したことじゃねえんだろうな。

 ――いや、そもそも私が警戒しすぎていただけという可能性が高くなってきた。

 冷静に考えれば、秀尽学園の関係者なんて大抵が教師や教育者、学者といった連中だ。

 経営者として金勘定こそすれど、政(・)治(・)家(・)の(・)論(・)理(・)で(・)動(・)い(・)て(・)い(・)る(・)わ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。

 

「ええ、ええ。実はその――いえ、まずは我が秀尽学園の経営に関してお話すべきですかな」

「……それが最(・)近(・)亡(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)与(・)党(・)議(・)員(・)に関するお話であるなら本題に入られて結構です。違う話であればご説明願います」

 

 わざと回りくどく言ったが、該当する人間は1人しかいないからこれでも伝わるだろう。

 愚民なりにこちらの意図を感じたのか、小早川は額を拭き始める。

 

「わ、わかりました。お察しの通り、その方に関わるお話です。

 その……あなたは、その方の後を継がれる方がどなたかご存知でしょうか?

 我々としても、あの方のお力添えが無くなりこのまま関係を絶たれてしまうと困るのです」

「そんなもの、衆院補選候補者を見ればわかるでしょう?

 どうして僕に聞くのです?」

「……申し訳ありませんが、我々が知りたいのはその方の地盤を継ぐ者ではなく、遺(・)産(・)を(・)継(・)ぐ(・)方(・)なのです。

 吉阪さんのことは知っていますが、彼はあまりにも若い。

 関係を繋いだとしても、あの方の代わりにはなりますまい」

 

 ……なるほど。単なる看板より、すぐに引っ張れる人脈(コネ)とカネの方が欲しかったってわけか。

 だがそれで誘拐未遂を企てていいって話にはならねえよな?

 

「残念ですが、吉阪さんで満足されないのであれば無理ですよ。

 僕はただの探偵気取りで、両親がいない高校生です。 

 あなたが望むような遺産など継いでいないし、政界に関わる資格も持っていないのに、何かを望まれても困ります」

「そ、そうですか……いや、言われてみればごもっともな話です。

 勝手な期待を掛けてしまった私の落ち度というものでしょう」

 

 ……思っていた以上にすんなり引くものだな。

 ここはこちら側から揺さぶりをかけるか。

 

「いえ、こちらも強く言い過ぎました。

 なにぶん先々週の日曜日に、父の秘書を騙る不審者が近づいてきて偽装誘拐を試みられましたから、気が立っていたのかもしれません」

「え――えええっ!?」

 

 ……デカい声で驚くんじゃねえよ。

 ああ、でもこのリアクションを演技でやってるってならアカデミー賞ものだ。

 今までの経過からしても、連れの男とやらの差し金が回り回って誘拐未遂に発展していたことは予測していなかったか?

 

「そ、そ、それは……よ、よくご無事で……」

「ええ。念のために護身用具を持ち歩いていたのが功を奏したのと、運良く親切な方に助けていただきました。

 それでも体調を崩して倒れかけましたけどね。

 まあ各方面に相談済ですし、いずれ犯人も捕まると思います。なので、お気になさらず」

「……そ、そ、そうですか」

 

 わかりやすく何か知ってる素振りを見せているが、この後に及んで自ら口を割る勇気はないらしい。

 そういうことなら畳み掛けておくか。

 

「ところで、そろそろ僕の要件をお話してもよろしいでしょうか?」

「あ、は、はい……お、お聞きしましょう」

 

 手が震えているな。腹芸の1つもできない――というよりは、事態の大きさを見誤っていたのだろう。

 こういう時は火に油を注ぐに限る。

 

「実は、父の恩人に御校の調査をお願いされましてね。

 どうにも悪い噂を聞きつけて、御校の行く末が心配になっているそうです。

 ですので、小早川校長には申し訳ないのですが、潜入調査の許可をお願いできないかと」

「えっ!? わ、悪い噂、ですか?!

 そ、そんなものは……い、いったいどこから?」

「申し訳ありませんが僕は依頼を受けただけですし、調査しなければ事の真偽もわかりません。

 もちろんお断りされても構いませんが、その時はその事実を先方にご報告することになりますので悪しからず」

 

 ――これで断ろうものなら、後ろ暗いことがあると明言したも同然だ。

 ポケット内に仕込んだボイスレコーダーは校長室に入る前から回し済み。大宅への手土産には十分使えるだろう。

 さて、どう出るか……

 

「うう……うむむ……」

 

 悩んでるなぁ。ハハハッ、いいザマだ。

 お前の関係者のせいで散々ストレスが溜まってたんだから、少しは苦しんでおけよ。

 

「――い、いいでしょう。君のお父上の恩人となれば、我々としても無視できませんからな」

「ありがとうございます。

 では、調査方法について説明しますので、録音させていただいてもよろしいでしょうか。

 ご了承いただいたという事実を記録しておきたいので」

「そ、それは……同意書ではいけませんか?」

「申し訳ありませんが、トラブルを避けるために同意書も音声も両方いただくようにしているんですよ。

 僕は身分的には高校生でもありますから、軽んじられてしまうことも多くて。

 お互い、証拠になるものは多いほうがいいでしょう?」

「……わかりました。どうぞ、録音なさってください」

「ご理解いただきありがとうございます――あっ」

 

 私はアタッシュケースから別のボイスレコーダーを取り出し、机の上に置く――フリをしてわざと床に落とす。

 小早川の視線がボイスレコーダーに向いたタイミングで貼り付け型の盗聴器を右手で取り出し、机の裏側に素早くセット。

 あとは素知らぬ顔で拾い上げたレコーダーを、校長に見せながら回すだけだ。

 

「すみませんでした。では改めて、依頼内容と調査方法についてご説明いたします。

 目的は秀尽学園内の治安調査。調査方法は僕が秀尽生徒に変装して潜り込み、生徒から話を伺います。

 具体的には2年間ずっと別室登校をしている男子生徒という設定で、秀尽学園に入学を考えている妹のために、噂の真偽を確かめるという体裁です。

 ここまで、疑問点や異論、もしくは調査の拒否などご意見はございますでしょうか?」

「……いえ。依頼については問題ありません。

 しかし、変装ということは我が校の制服を調達するのですか?」

「制服ではなく、ジャージと運動着を一組購入させてくれるとありがたいですね。

 悪い噂の有無を確かめるという性質上、揉め事が一切起きないとは断言できませんし……お借りしても破損する可能性があるので。

 それなら最初から買い取った方がお互いに気が楽だと考えています」

 

 潜入用の服が一着あれば、教師陣の目を盗んで秀尽に出入りしやすくなる。

 雨宮蓮がいつまで秀尽の生徒でいられるかは知らんが、奴が何も事件を起こさなかった時の保険としてキープしておきたい。

 だが制服は手入れが面倒だからな。ジャージで十分だ。

 

「ふむ……まあ、あなたほどの有名人であれば悪用するということもないでしょうな。

 そういうことなら我が校の購買部に予備があるはずですから、後で職員にお声がけいたしますよ」

「ありがとうございます。では、最後に2点。

 調査に当たり、僕の本名を使うと確実に生徒にバレてしまうので、偽名として『タナカ タダシ』と名乗らせていただきます。

 また、受付の事務員と別室登校の担任教諭、それと校長先生以外の教師陣には、今回の調査について秘匿していただきたく存じます。

 理由としては、万(・)が(・)一(・)教(・)師(・)が(・)悪(・)評(・)の(・)原(・)因(・)に(・)関(・)わ(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)場(・)合(・)、(・)生(・)徒(・)に(・)口(・)封(・)じ(・)を(・)す(・)る(・)ことが考えられるからです」

「……う、うむ。ごもっともな話ですな」

「ご納得いただけたようでなによりです。では、こちらの同意書にサインを。

 それと、これで録音を終了します」

 

 アタッシュケースから印刷済みの同意書を取り出し、机の上に置いてから見せているレコーダーを切る。

 こうしておけばポケットの中で別の録音が回ってるとは思わんだろう。

 あとは盗聴器に気づかれるかどうかだが……まあ、万一見つかったところで知らぬ存ぜぬを突き通すさ。

 こればかりは賭けになるが、やらなければ情報を得られないのだからやるしかない。

 

「色々とお手間を取らせて申し訳ありません。

 数日間、御校にご迷惑をおかけしてしまいますが、しばしの間ご容赦くださいますよう。

 それと調査の開始時に校長先生がいらっしゃればご挨拶はいたしますので」

「いえ……こちらこそ。どうか……その、ご依頼主様に、我が校の潔白をお伝えいただければと思います」

「ええ、ご安心ください。調査に私情は挟みませんので」

 

 潔白なんてありえないのは知ってるが、クソガキ相手の体罰だけなら昭和時代が抜けねえ教師のシゴキって事で見逃してやるよ。

 陸上部だけで懲りずマトモに伸ばせば育つ才能まで潰していたり、あるいはガキどもが売春なんてやってるんだったら大宅に売ってやるがな。

 ああ、あと誘拐未遂に発展させたバカをかばうなら相応に痛い目を見せてやるさ。

 ――ま、これはすぐに答え合わせが出来るだろうが。

 

 校長と一緒に部屋を出て、購買部に案内してもらう。

 そのまま事情説明もしてもらって、難なくジャージを購入完了。

 ついでに別室登校の担任教諭――を兼任していた教頭も紹介してもらう。

 更衣室の場所も教えてもらったが、さすがに生徒とかち合う可能性が高いので、空き教室を訊ねなおした。

 そのまま空き教室内にこっそり忍び込み、試着を兼ねて着替えてみる。万が一サイズが合わないと面倒だったが、問題はなさそうだ。

 ……そうこうしているうちにチャイムが鳴った。

 ジャージを着ているとはいえ、いきなり教師陣に見つかるのはよろしくない。

 素早く教室を出て、適当に目についた階段を登る。

 どうやら屋上があるらしい。鍵は……掛かっていないな。

 ちょうどいい。ここでしばらくやり過ごしつつ、星野にチャットで連絡を取っておこう。

 

『星野さん、衆院補選の候補どうです?

 もしかして怪しい奴いなかったりします?』

 

 数分ほどして、返事が戻ってくる。

 

『いませんね。吉阪くん以外に出馬してるのは他党のいつメンだけです』

『やっぱりか』

『やっぱりじゃないですよ。2代目探偵王子が推理外さないでください。

 草葉の陰で坊主が m9(^Д^) って顔してますよ』

『本気でむかつくから止めろ』

 

 ここぞとばかり煽りやがってあのゴミカス。

 ――しかし、キレている余裕はない。

 盗聴器が拾った音声がイヤホンを通じて聞こえてきている。

 

『オカダさん……あなた何をしたんだ?』

 

 小早川が言い争っている相手の名字を、そのままチャットに流す。

 

『星野さん、秀尽学園の関係者でオカダって人います?』

『ググりましょうよ、それぐらい自分で』

『チャット開いてるんで無理です』

『はいはい。多分、岡田(おかだ)仁成(ひとなり)って奴ですね。秀尽の非常勤理事です』

 

 非常勤理事……ねえ?

 首をひねっている間にも、小早川は盗聴器の向こうで喚いている。

 

『あのねえ……あちらさんは探偵もやっているんですよ? なんでそんな誤解されるようなこと……

 …………それは私に言うことじゃないでしょうに………しかしねえ、簡単に解ける誤解だとは……』

 

 ――ほう。アレを誤解で済ますというのか。

 いい加減にしろよ、と口走りかけた矢先、通知音が鳴る。

 

『経歴見る限り、昔っから子供に対する教育を考えてきた真面目一筋の学者先生って感じですね。

 あとキリスト教メシア教会派の熱心な信徒とかで、ボスが一番嫌いそうなタイプです』

 

 ……よりによってかのメシア教会派(メシアン)絡みの教育系学者かよ。

 本当に一番嫌いなタイプだから始末に負えん。

 そもそも宗教自体が好きじゃないというのもあるが、キリスト教の中でもメシア教会派は特に教徒内での繋がりが強すぎる。

 国の法より神の法。隣人が困ってるなら助け合い、その過程で隣人じゃない奴が困っても気にしない。

 単独でいれば善人だが、大量に集まれば害悪になる危険性を孕んだ、百姓一揆が歴史に残る我が国においてその暴動を現代に復活させかねないとまで言える連中だ。

 ――そして、……最悪なことに、本(・)当(・)に(・)誤(・)解(・)の(・)可(・)能(・)性(・)が(・)高(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)。

 

『……しかしねえ、岡田さん。謝罪を受けるかどうかは御子息次第でしょうよ――』

 

 うざったくなってきたイヤホンを外す。

 どうしようもねえ。大山鳴動して鼠一匹にも程がある。

 プロよりド素人のほうが面倒で、悪人より善人のほうがタチが悪い。

 世の中そんなものなのかもしれないが――ため息しか出ねえよ。

 

『星野さん。高校生でも行けるバーってあります?』

『例のジャズバー行けばいいでしょ。ノンアル出してくれますよ。

 それとも新宿のオカマバー紹介しましょうか?』

『両方とも絶対嫌です』

 

 酒飲んでパーッと騒がないとやってられん気分なのに、年齢と立場の壁が立ち塞がるってどういうことなんだろうな。

 ため息混じりに空を見上げていると、ようやく6限目開始のチャイムが鳴った。

 空き教室に戻って着替え直すか――と階段を降りたところ、どうにも廊下が騒がしい。

 そういえば今日はまだ始業式の翌日だ。

 もしかして短縮授業で1時限削っていて、5時限目の後は休憩ではなくショートホームルームだったのか?

 ……だとしたら着替えずにこのまま帰ったほうがいいかもしれない。

 幸い、伊達眼鏡は持ってきている。

 髪型を崩して眼鏡をかけて、荷物を全てレインカバーで包んでしまえば、秀尽生徒に紛れて下校することは可能だろう。

 それでも一応受付には挨拶しておこうか。いつ帰ったのかわからないと、揉める可能性がある。

 

 

 

「すみません。先ほどは校長先生にお取次ぎくださりありがとうございました。

 今日はこれにて失礼いたします。校長先生と教頭先生によろしくお伝えください」

「え? ……あっ! は、はい、お疲れ様でした」

 

 ……雑な変装のはずだが、受付の女は私が誰かを一瞬思い出せなかった様子だった。

 こんなものでも効果があるんだな、と思いながら校門をくぐる。

 すると、どういうわけか学校を見ながら騒いでいる二人組がいた。

 

「道、どっかで間違ったんだな。もう1回やんぞ!」

「……まだやるのか?」

「大丈夫、次は間違えねえって。行くぞ!」

 

 ……いかにも不良だと見た目で主張している金髪のうるさいガキが、モサモサした黒髪のガキを引き連れて去っていく。

 見覚えのある髪型に嫌な予感はしたが、追おうとは思わなかった。

 仮に黒髪のガキが雨宮蓮だったとしても、今の私にできることは何もない。

 

 ――私(・)に(・)は(・)、な。




Q:認知世界ビューアver.2βはオタカラの位置やシャドウの位置を特定できるの?
A:色々知ってそうな『観客』に聞いてみました。
「できるかできないかで言えば可能だとも。
 ただし取得実行時にそこにあったことしかわからないし、細かい区別はつかないがな。
 オタカラやイシ、宝箱、オブジェクト等の動かない認知存在は全て宝箱のドット絵表示。
 本人のシャドウ、一般シャドウ、人型の認知存在、侵入者などの動く存在は全て白一色の人型ドットで表示される。
 ちなみにマダラメパレスの芸(・)術(・)品(・)は宝箱表示だ。人として認識されていないのだから当然だな。
 一応、表示されたドットは認知世界内の強度に応じて拡大・縮小されるが……オタカラとイシは見分けがつかないし本人のシャドウと侵入者の区別もつかん。
 本当に研究用に開発しただけのソフトだから、グラフィックにリソースは割かなかったのだろう。
 もし君がSFCの真・女神転生1をプレイしたことがあるなら、あのオープニングの夢世界と同レベルのグラフィックだと思って構わない。それぐらいチープな作りだ。
 研究者らしい割り切りだが、頑張って作り込めばもっと役立つソフトに仕上がっていただろうに。
 ……まあ、どのみち自分の仇に活用されるだけだがな」

Q:認知世界ビューアver.2βを使えば全てのパレスマップが取得できるの?
A:引き続き暇そうな『観客』に聞いてみました。
「全ては無理だな。ビューアがマップを取得する条件は、正確には『オタカラが存在するパレスの現(・)在(・)位(・)置(・)に対応した現実の地図座標』と『対象者の名前』が揃っていることだ。
 なにせビューアの開発者である一色若葉の大元の目的は、個人の心の歪みを検出して精神的な治療に役立てることだった。
 だからこそ心の歪みであるオタカラが存在しない認知世界はヒットしないし、メメントスのような個人の心ではない、集合的無意識に両足を突っ込んだ場所も探せないというわけさ。
 そういうわけで、オタカラを載せたまま渋谷全域を移動するカネシロパレスを取得することはほぼ不可能だろう。
 例えば金城のアジトであるクラブを指定しても、ビューア作動時に金城本人が金の回収について考えていたら、強制集金銀行であるカネシロパレスは回収先に移動している。
 あるいは金城が何も考えずにクラブの外を歩いていた場合、認知の産物であるカネシロパレスは本人を追従して動くかもしれないしそうでないかもしれない。
 そういうわけで、明智()の運ではまずヒットしない。運を99まで上げてから出直したまえ。
 ……ああ、ちなみに当のシドウパレスは国会議事堂の座標でヒットするぞ。
 あれは動いているように見えるだけで、実際には国会議事堂に結びついているからな」



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 いつも執筆の励みになっております! 重ねてお礼申し上げます!
 次回更新は少し間が空いてしまって10月17日土曜日の21時15分になりますが、これからも頑張って書いていきますのでよろしくお願いします!
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