獅童正義は明智吾郎として生きることになった。 作:枝野トナナ
6時に起きて食事を済ませ、片付けを終えたら床掃除を
掃除洗濯などの雑事を終わらせ、左手トレーニングを兼ねた勉強をこなし、午後用の荷物を準備し、身だしなみを整えて9時すぎに家を出る。
9時45分前に才樹学園の職員室で出欠確認を済ませて2限目だけ顔を出して10時35分には解放。
一度ルーチンワークに落とし込んでしまえば、後は慣れるだけだ。
そんなこと考えながら明智吾郎の家に戻り、制服をしまう。
高校の制服は折りたたんでの持ち運びなど想定されていないからな。丁寧にケアしないとシワが寄るし清潔感も失われる。
さて。右手の手袋を外し、左手側は固定具の上から薄手の白手袋をつける。
秀尽のジャージに着替えて伊達眼鏡をかけ、髪型をボサボサにして野暮ったくさせてから、今度は蒼山一丁目駅へ。
昨日の帰りがけに、秀尽のスクールバッグにそっくりな通学カバンを探して買っておいた。
これならいちいち見咎められないだろう。
入口の事務室にいる受付に挨拶し、校内に入り込む。
どうやらまだ4時限目が終わっていないようだ。校長に挨拶できるか聞いたところ、今日は夕方まで戻らないとのことだった。
代わりに別室登校用の教室を教えてもらい、教頭に挨拶する。
「ああ、君が……田中くんだね? 校長から話は聞いているよ」
ジャージに貼り付けた名札タグを見ながら、教頭は軽い笑顔とそれに反する鋭い視線をこちらに向ける。
初めて言葉を交わす人物だが、校長や副校長よりもはるかに辣腕そうだ。
あるいは現場の実務を取り仕切る役柄上、有能な人物を教頭職に据えた方がいいということか。
「申し訳ありません。皆様方のご迷惑にならないよう気をつけたうえで、務めさせていただきます」
「うむ……君にも都合があるということは理解するし、校長が許可を出したのだから私が口を挟むことではない。
――もし他の先生方に疑問に思われた時は、遠慮なく私を引き合いに出しなさい。
別室登校中の生徒を見ているのは基本的に私だけだからね。1人ぐらい思い出せない生徒がいても仕方ないさ」
「ご協力感謝します。それでは、また帰る時にご挨拶しますよ」
「ああ――っと、そうだ。校長から話を聞いているかもしれないが、今日は全学年で球技大会をやっているんだ。
昼休みはみんな一斉に戻ってきて購買が混むだろうから、昼食がまだなら先に買っておいたほうがいい。
中庭に行けば自販機とベンチもあるから、そこで食べれば目立たないだろう」
「そ、そうなんですか? 教えてくださってありがとうございます」
球技大会って……そういう大事なことは昨日のうちに言えよ。
教頭がまともで助かった。
助言どおりにさっさとパンを買って中庭に向かい、手早くランチを済ませる。
そうこうしているうちにチャイムが鳴った。
生徒が戻ってくる前に移動しよう。
最初に話を聞く人物はもう決まっている。
階段を上がって3階へ。わかっていたが一気に登るのは結構辛い。
息を切らしすぎないよう、踊り場で小休憩を挟んでいると、何人かの生徒に紛れて目当ての人間がすっと通り過ぎていった。
全員ジャージを着ているから球技大会とやらに参加していたのだろうが、よくもまあ運動後に階段をスタスタと上がれるものだ。
これが若さか……と思っているうちに息が整ってきたので、再度上へ向かう。
目の前に見える図書室――の隣。生徒会室が目的地だ。
閉まった扉にノックをしてみると、「どうぞー」と返事があった。
ゆっくりと入室すると、中にいたのは1人だけ。
新島真。新島冴の妹であり、秀尽学園の生徒会長だ。
――そのことを知ったのはつい昨日のことだが。
『真に話しておいたわ。あの子は生徒会長だからあなたの調査に協力できるはずよ』
そんな大事なことをさらっとチャットで送られても困るんだがな。通知に気づかなくて見落としかけてたぞ。
まあ、10日前だか11日前だかに会った時の態度や姉の性格からして、真面目な優等生であることは間違いない。
――それはそれとして、役に立つかどうかはわからんが。
「あの……生徒会って、生徒の相談とか聞いてもらえるっけ?」
レコーダーを回すためにポケットに手を入れながら意図的に少し姿勢を悪くし、顎を引き気味にして声を低くする。
目線は合わせず、口調も抑揚を抑えて、外見に沿った陰気さを出す。
元々、ブン屋対策やお忍び調査で変装することも間々あったからな。
それなりに心得はあるつもりだが――さて。仮にも顔見知り相手に、どれほど欺いていられるだろうか。
「ええ。もちろん。何か悩み事かしら?」
「ああ。俺、一応3年なんだけど、身体が弱くてずっと別室でさ。
妹が今中学で、来年受験したいっていうんだけど、親が……ここの悪い噂聞いたって言ってて。
その、生徒会なら、そういう話、何か知らないかなって」
「悪い噂って……具体的には?」
「その……体罰とか、暴力とか、……売春とか、流行ってるって」
「はぁ?! ……ああ、いえ、暴力は……確かにあったわ。
去年、陸上部の坂本君って子が鴨志田先生に反発して暴力を振るって、それで陸上部が無くなったのは事実よ。
だけど体罰と売春というのは尾ひれがついた噂じゃないかしら。
確かにバレー部の指導は厳しいと聞くし、怪我をする子は多いみたいだけど……元々全力で動く球技だもの」
「その、坂本って奴は……まだ学校にいるの?」
「ええ……その、退学にするより、この学校で学ぶ機会を与えて更生させるべきだと理事会で判断されたみたい。
それに彼も、鴨志田先生が身を守ろうと反撃した時に、後遺症が残るほどの怪我をして走れなくなったそうだから……
鴨志田先生にしても、将来有望だった生徒の夢を潰してしまった負い目があったんじゃないかしら」
……まんまカバーストーリーだな。
揉め事を起こしたように見せかけて、その実被害者に過ぎない生徒を外部に放逐したら、マスメディアにタレこまれるから囲ってるだけだろ。
この程度の作り話を信じるあたり、所詮ガキはガキ――
「……ところで、気になってたんだけど。
……前言撤回。さすがに新島冴の妹だけあるか。
「もう気づかれちゃったか。
さすが新島さんだね。検事になったら冴さんより手強くなりそうだ」
「やっぱり明智くんだったのね。お姉ちゃんから聞いてて良かったわ。
何も知らなかったらすっかり騙されるところだった」
「探偵にとって変装は重要スキルだからね。
ちなみに、どこで勘付いたの?」
「坂本君のことを聞かれた時ね。結構な騒ぎになったから、別室登校でも知らないなんてこと、あるのかなって」
「そんなに有名だったのか。顔写真とかある?」
「あるわ。生徒名簿に載ってる」
新島真は書棚から分厚い名簿を取り出し、ぺらぺらとめくる。
細指が示す先にあったのは、昨日の帰り際に見かけた金髪のガキらしき写真。
「……いかにも不良っぽい見た目だね」
「まあ、うちの学校は髪型や髪色に関しては自由だから……
それに、生まれつき金髪碧眼の子もいるしね」
口ではフォローしているものの、新島真自身、坂本の外見を好ましいものだとは捉えていないように見える。
今どきいないものな。
「他に、『さすがにこいつ知らないとかないだろ』って有名人はいる?」
「うーん……そうね。高巻さんと……あまり言いたくはないけれど、転校生の雨宮くんかしら」
――ほう?
「どういう人達なの?」
「高巻さんはさっき言った、金髪碧眼の子。帰国子女で読者モデルをやってるの。
私はそういう雑誌は買ったことはないけれど、本屋で表紙を飾ってるのを見て、すごいなって」
なるほど。半分芸能人のような立場の女か。
男子だから知らなかった――は逆に通らない奴だな。
「それで、雨宮くんは……その、転校理由が、なぜか学校内に広まってて……」
「というと?」
「……本当かどうかは知らないけれど、ケンカで保護観察処分を受けた生徒だって。
明智くんだから話すけど……正直こういう噂が広がるの、良くないと思う。
どんどん尾ひれがついて、ナイフを持ってるだなんてとんでもない話になってるし……さすがに嘘でしょう。ナイフは」
「……まあ、そうだね。本当だったら、そんな危険物を取り上げない学校はいったい何をしてるのって話だ」
ついでにいうなら噂が広まっている時点で名誉毀損とプライバシー侵害が濃厚なのだが、これは黙っておこう。
愚民どもが勝手に私の分の復讐をやってくれていると思えば、秀尽に送り込んだ甲斐があったというものだ。
それはそれとして転校3日でこれというのは秀尽の民度どうなってんだ? という疑問がなくもないが……全ては雨宮蓮が悪いから仕方がない。
「ともあれ、ありがとう。色々参考になったよ。
あとは他の生徒にそれとなく聞いてみる――と、そうだ。鞄、この部屋に置かせてもらってもいい?」
「いいわよ。生徒会って言っても、普段は私が1人で使っているようなものだし」
「あれ? 副会長とか書記とかは……」
「いるけど、用事がないと顔を出してくれないのよね……特に昼休みは、だいたい私任せなの」
「に、新島さんも大変だね……お昼休み削っちゃってごめんね、それじゃ」
新島真に別れを告げて生徒会室を後にする。
意図的に姿勢を悪くするのも疲れるが、さすがに休み時間中は人目に触れる。
話しかける度に猫背になるのも不自然だから、生徒が多い間は演技を続けるしかない。
さて、次はどこへ行こうか。
――いくつか考えたが、隣の図書室に入ってみることにした。
普通の図書館なら私語厳禁だが、ここは高校だ。
人目につかないのをいいことに、頭のゆるい学生同士でこそこそ陰口を叩き合っている可能性がある。
「……」
扉を開けると図書委員らしき女子生徒が一瞬だけこちらを見た。
しかしすぐに興味を失った様子で、手元――多分スマホを見ている――に視線を戻す。
本を探すふりをして奥に向かうと、こそこそと囁き声が聞こえてきた。
「……シダ先生って、本当にかっこいいよね……」
「わかる……すっごいジャンプで……それに比べたら……」
……恋愛話かよ。女ってどういうわけかその手の話が好きだよな。
しばらく本を読むふりをして耳をそばだてていたが、特に有力な情報もなく昼休み終了のチャイムが鳴った。
時計を見ていなかった生徒達が慌てて図書室を出ていく。
さすがに居残るのは不自然だろうと、私も他の連中に倣うことにした。
しかし――当たり前だが、球技大会とやらに顔を出すわけにもいかない。
生徒会室に戻ってボイスレコーダーの処理をするか。新島真も行っただろうし、今なら空いているだろう。
明智吾郎のノートパソコンはそれなりにスペックが高い。
去年6月時点でのハイエンドモデル。OSもWindows10にアップグレード済みだ。普段使いにはこちらの方が向いている。
――ログインパスワード? 奴に絡んだ数字やら名前やらを組み合わせていったら5回目で通った。
そこまで長いパスワードにするわけないとは思っていたが……どうせ
まあいい。あのガキのことなんざ本当にどうでもいい。
ボイスレコーダー内部のUSB端子をパソコンに接続し、データを移す。
充電は……どれも問題ないな。持ち歩き用のペン型3本以外にもストックとしてスティック型2本持ってきているから、足りないことはない。
あとは――
「すみません。昨日、校長室に忘れ物をしたかもしれないので、中に入りたいのですが……」
『忘れ物』、もとい盗聴器を回収するために校長室に向かう途中、タイミングよく教頭が通りがかってくれた。
校長が外出中とはいえ、副校長はさすがに中にいるだろう。
断りを入れて一緒に入室してもらい、探し物をするフリをして盗聴器を外し、ペン型レコーダーを見つけたという体にする――予定だったが。
「ああ、構わんよ。今は誰もいないから少しぐらいなら咎められんだろう」
「えっ? 誰も? 副校長は……?」
「球技大会に出ているんだよ。鴨志田先生と一緒にバレーできる貴重な機会だからね。
元金メダリストと肩を並べられるなんてそうそうないから、殆どの先生が参加しているんだ」
「そ、そうですか……あれ? すると、鴨志田先生は全試合に出ているんですか?」
「いや、学年ごとの学級対抗で勝ち抜いたチームと、鴨志田先生率いる教師チームが対戦するから3試合だけかな。
生徒からしても貴重な機会だろうし、みんなはりきっているみたいだ。
私も運動が得意なら出たかったが……さすがにこの年になると膝や腰が痛くてね。若い先生方のためにも、大人しく電話番を務めるさ」
はっはっは、と朗らかに笑いながら職員室に入る教頭を見送った後、私は校長室の扉を開ける。
本当に誰もいない。不用心すぎんか? とは思うが、学校行事の日ともなるとこんなものなのだろうか。
楽に仕事ができるのはいいことだが――さっさと盗聴器を外してポケットにしまい、そのまま部屋を後にする。
……しかし、意外とできるものだな。探偵の真似事。
他人の懐に飛び込み有利な情報を集める、という点では政治の駆け引きと共通していなくもないが、こうも上手く立ち回れるとは自分でも思っていなかった。
あるいは『泥棒こそがもっとも優秀な警備員になり得る』の逆パターンだろうか。
政治家として探りを入れられる側でもあったからこそ手法や対策法を勉強していたが、その経験が今になって役立っていることは間違いない。
さてと――少し喉が渇いてきたし、中庭で一休みするか。
昼食の時は急いで飲めるように246茶を選んだが、今なら時間的余裕があるから胡椒博士NEOを買っても問題なかろう。
ベンチに座ってプルタブを開け、キレのいい炭酸を喉に流し込む。
ジンジャーエールとは少し異なるピリリとした刺激と複雑な香りはどこかカンパリソーダを連想させるが、後口の甘さが明確に異なる。
……それとアルコール感が足りない。あったら困るが。
まあ、ソフトドリンクの中では好きな部類に入る味だ。
一気に半分ほど飲んでしまったが、残りはゆっくり味わうとしよう。炭酸が抜けていくことによる味の変化もまた乙なものだ――
「……ぶか?」「……どんくさいんだよ」「……たないだろ、先生のアタックすげえもん。避けらんねえだろ」
……? なんだか騒がしいな。
球技大会で何かあったのか、実習棟側の廊下を複数人が通っていく。
息を潜めて様子を窺っていると、今度はだらだらと歩いて戻ってきた。
怪我人が出て搬送した……のだろうか?
飲み終わったら保健室に行って話を聞くべきか……いや、さすがに怪しまれるか。
球技大会が終わってから、適当な生徒に話を聞いたほうが良さそうだ。
このまま座って、誰かが来るのを待つか――
――と、中身を飲み干した頃になって、ちらほらと人影が廊下を通っていったわけだが。
「……三島、大丈夫かな」
「大丈夫なわけねえよ! 許せねえよ、本当によぉ!」
なんでお前らが最初に来るんだよクソガキども……!!
雨宮蓮と坂本竜司ってどういう組み合わせだよ! 爪弾きにされた問題児同士で意気投合でもしたのかよ!
――あ、私に気づきやがった。声を潜め始めたが遅えよ。
「……のヤロー、……でも王様気取りかよ。三島のこと心配するフリしやがって、体罰上等のクソ教師が……!」
すまん、全然潜めてなかったな。うるさすぎて丸聞こえだよクソガキ。
鴨志田に復讐でも考えてるのか? 坂本はわかるが、雨宮はなんで付き合ってるんだ?
前科持ちの分際で反省ゼロってわけか? 死刑狙いなんて温い考えは捨てて、今すぐ貴様を消してやろうか?
「まあいい。今のうちに昨日見たやつ探しに行こう。今日はバレー部、全員来てるはずだ。
絶対体罰の証人見つけてやる……!」
――なんだって?
「待ってろよ、あのクソ教師……!」
「ちょ、ちょっと待て!」
クソが……! このクソガキどもがッ!!
何考えてるんだ!? なんで人が探偵ごっこをやらざるを得ない時に、ピンポイントで同じようなことをやろうとしてる!?
邪魔にも程がある!! そもそも爪弾きもの同士でつるんで聞き込みできるわけねえだろクソが!! ガキが!! 愚民がッ!!
「お前ら――学校の噂、調べてるのか?
それなら、俺と協力しないか?」
「えっ……?」
えっ、はこっちのセリフなんだよクソガキィイッ!!
――いや、落ち着け。頭痛が出る。いやもう出たとしてもやるしかない。
大丈夫。私ならこんなクソガキどもを丸め込むことなど容易い。
「俺、一応3年の、田中っていうんだ。
でもずっと別室登校だったから、学校のこと、ほとんど知らないままでさ。
だけど母さんが、学校の悪い噂を聞きつけて……体罰とか、暴力とか、売春とか……本当だったら嫌だから、調べたくて」
「……それだけで?」
「……妹がここのバレー部に憧れてるんだ。元金メダリストの鴨志田先生にコーチしてもらえるからって」
「はぁ!? ダメだろそれ! 止めたほうがいいって!!」
うるせえよ。物理的に。頭に響くだろうが。
こんな作り話を秒で信じてぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえ。
そんな見た目でお人好しなのか? 世の中渡るどころか生きてすらいけねえだろ、それは。
「……お前らの言うことが本当なら、俺もそう思う。
だけど証拠がほしい。それでバレー部の奴に聞くしかないかと思ってたんだけど……俺、今のバレー部が誰か知らねえんだ。
だから、協力しないか? お前らがバレー部を教えてくれたら俺が聞く。
その代わり、俺が聞いた内容はお前らにも共有してやる。勉強用のボイレコ持ってるから、データコピって渡してやるよ」
「マジか!? どうする? この人に頼んじまう!?」
警戒心の欠片もない坂本とは違い、雨宮は考え込む素振りを見せた。
面倒くさいガキが。どう足掻こうが言い包めてやるからさっさと同意しろよ。
「迷惑……じゃないのか? 俺達に協力するメリットが、田中先輩に薄すぎるような」
「そんなことはねえよ。さっきも言ったが、バレー部が誰か分かるだけで俺にはメリットがある。
それに俺とお前らがバラバラで動いたって、皆に警戒されて聞けるもんも聞けなくなるだけだ。
だったら誰にも覚えられてない俺が聞き出して共有した方が、効率的ってもんだろ」
「……でも、データをコピーしてもらうって」
「メモカなんて大して高くもねえ消耗品だ。気になるんだったら明日飲み物代出してくれりゃそれでいいよ」
「そういうことなら……お願いしようか」
「おっしゃ! 頼んます、センパイ!!」
やっと納得しやがったかクソガキども。手間取らせやがって。
まだ頭痛は許容範囲内だ。目眩も出ていない。大丈夫。やれる。
「それじゃあ、2年と3年のバレー部、教えてくれよ。
1年は入りたてすぎて知ってること少ねえだろうし」
「……2年だと、誰だっけ?」
「ありゃD組の奴だった。ちょうどお前のクラスだよ」
「そういえば……頭に包帯巻いていた奴、いたな」
包帯……ねえ。
まあそれだけ目立つなら、探すのは簡単だ。
「じゃあまずそいつから話聞くわ。
お前らは階段の傍で待っててくれ。終わったら声かけるから」
「なあ……君、バレー部の人?」
「えっ? あ、はい」
さっきはクソガキ2人に合わせて雑な口調にしたが、初対面の相手には気弱で陰気な生徒を演じた方がいいだろう。
警戒されないように話を進めるなら、同情を買う路線で行くほうがいい。
「急にすまない。俺は3年の田中っていうんだけど、今のバレー部って、その……女の子が入部しても大丈夫か?
俺の妹、今年受験で、ここのバレー部に憧れてるんだけど……
……その、母さんが、色々な噂を聞きつけてきてさ。何が本当かわからなくて、部員に聞くしかないかなって」
「妹……さんですか。
その子ってバレー、超上手かったりします?」
「俺が言うのもなんだけど、人並みかな。
普通に努力して、普通の成績が出せるだけの……バレー好きってだけだ」
「……それなら止めたほうがいいっすよ。鴨志田先生のシゴキ、こうっすから」
バレー部員は自嘲混じりに包帯を指し示す。
これをシゴキで片付けていいのかは、さしもの私ですら悩むところだ。
「先生、下手なやつには厳しいんすよ。
俺達みたいなのを見せしめにして上手いやつを育ててるのかもしれないけど……女子にも容赦ないし」
「……あのさ。なら、シゴキじゃなくて体罰だって告発する方がいいんじゃねえの……?」
「それは……できないっすよ。
だってみんな頑張ってるんだ……それに、鴨志田先生のおかげで大会にだって行けてる。
……陸上部みたいになって、みんなの夢がパーになったら、嫌なんだ」
「そうか……悪かった。部外者が勝手なこと言って」
「いや……いいっす。外から見たらそう見えるのは仕方ないっすから」
なるほど……女子部員への暴力という事実に対して尾ひれがついて、売春の噂に変わった可能性はあるかもしれない。
3年生にも話を聞くか。クソガキどもにさっさと案内させよう。
「――妹かぁ」
というわけで廊下の前にいた、足に包帯を巻いたバレー部員とその連れにインタビューだ。
邪魔な2人は踊り場に待たせているから、見つかることもないだろう。
「俺だったら止めるな。鈴井みたいな目に合わせるの、嫌だろ」
「あー……確かに」
「鈴井……?」
「2年に鈴井志帆って女子がいるんだ。あいつ、レギュラーなのにシゴキの対象になっててさ。
しょっちゅう体育教官室に呼び出されて、アザ作って戻ってきてる」
「そ、それって……!?」
「……何やってるのかまではわかんねえよ、俺達も。
単にキツイ指導されてるだけかもしれねえし」
「ああ……鴨志田先生、高巻と付き合ってるはずだしな。
まさか友達同士をまとめて食ってるってことないだろうし」
……思ってたよりアレな証言が出たな。
どうするんだ、これ。別室でやってるならただの暴行より性的暴行の可能性が高くないか?
秀尽学園とのコネと雨宮への嫌がらせを優先して握りつぶすか? 大宅に売って明智吾郎としての名声に変えつつ、新島真のような秀尽学園生を味方につけるか?
握りつぶした後に事が露見したらさすがにデメリットが大きすぎるぞ? だが小早川とのコネを切るよりは繋ぐほうが……いや、それは後だ。
「そ、そんな状況で……その、鈴井さんとか、体罰の告発とか、しないのか?」
「嫌だよ。俺達にとっちゃ今年が最後の機会だしさ。
まあ鈴井はかわいそうだけど……」
「バレー部続けるんだったら我慢してもらうしかないよな……」
「そ、そうか……すまない。勝手なことを言って」
「いや……まあ、お前がそう思うのは仕方ないんじゃね? バレー部じゃないんだし」
「だよな。とにかく、妹さんだけ説得しなよ。他の学校にもバレー部はあるからさ」
「うん、そうする。教えてくれてありがとうな」
「……というわけだ」
中庭のベンチに戻ってきて、周囲に人の気配が無いことを確認してからボイスレコーダーを再生する。
ある意味身勝手なバレー部員の言い草に、問題児2人はすっかりお冠だ。
「クソすぎんだろ……!」
「……どうかしてる」
……まあ、こればかりは多少なりとも真っ当な神経してたらそう反応するだろうな。
だがなんでクソガキどもの方がまともに見えるんだ? やっぱりこの学校トチ狂ってないか?
校長室は不用心だし、バレー部は異常だし……いくら元金メダリストとはいえ、一教師にすぎない鴨志田の人気が高すぎるように思えてならない。
「とりあえず家に帰ってメモカに移して持ってくる。
明日の昼休み、中庭に来てくれ。ああ、あとその時に胡椒博士NEO奢ってくれ」
「わかった」
「それにしても……なんでお前ら、バレー部のこと調べようと思ったんだ?」
私の質問に、2人は顔を見合わせる。
「その、田中先輩は、俺達のことどこまで聞いてるんだ?」
「お前が坂本って奴で、陸上部でなんか揉めたとかなんとか、それぐらい。
黒髪の方は何かやったのか?」
「……俺は、雨宮蓮。事件を起こして、転校してきた。それで初日、いきなり遅刻した」
「おい、お前……!」
「いい。黙っていて、先輩に迷惑がかかったら大変だ」
事件、ね……人を殺しておいて、その程度の言葉で片付けられてもなぁ?
それに夢も地位も財産も人生も自分の体さえも、全てを奪われる以上の迷惑なんて、この世に存在するのか?
「鴨志田は、この学校を自分の城だと思ってる。
だからバレー部員を奴隷みたいに扱ったり、自分より成果を出せそうだった陸上部を潰したりしてる。
……俺は、それが、許せない」
「俺もだ。こいつのことだってヤローが言いふらしやがってる。
あいつは自分が目立つことしか考えてねえ。自分やバレー部以外に学校の評判に結びつくものがあったら、全部潰す気だ。
そんなクソ教師見逃してたら、俺達だけで済むわけがねえ。みんなが不幸になるだけだろうがよ」
青臭いガキの理屈だな――と言いたいが、腹立たしいことに一理ある。
確かにバレー部の成績は優秀だが、
あくまでも優れた人材を育成して輩出することが、私の国家運営を支える礎に繋がるからだ。
鴨志田卓の存在は、確かに保護者の耳目を引き幅広い生徒を招き入れるための広告塔足りうるが――バレー部以外を潰しにかかるなら本末転倒。
特定の用途にしか使えない歯車が、他の部品を潰して使い物にならなくするのなら、
「そっか……お前ら、偉いな。
俺、妹のことしか考えてなかったから……他の奴らのことまで考えるって、なかなかできねえよ」
「そ、そんなことはないって。俺達だってなし崩しみたいなもんだし……なあ?」
「坂本は偉いよ」
「真顔でそういうこと言うなよ! 照れるだろ!」
仲良しだな。
そういうことなら一緒に地獄へ落ちるように配慮してやるか。
自分のせいで友人を巻き込んだと思えば、苦しみも増すだろう?
――隠して回していたボイスレコーダーを止める。
雨宮蓮と坂本竜司による意思表明――もとい、宣戦布告は記録できた。
あとはこれを、上手いこと鴨志田卓に聞かせて煽ってやろうじゃないか。
せいぜい潰し合えよ? 無知蒙昧な愚民らしく、な。
Q:ログインパスワードを5回で突破って何を入れたの?
A:蓮と竜司にぶつかり事故食らって不機嫌な明智()に聞いてみました。
「4回の内訳は奴の名前+誕生日、誕生日+名前、あの女の名前+奴の誕生日、奴の誕生日+あの女の名前でしたね。
正解はセキュリティ的に問題があるので言いません。
まあ……あの女のことは自分しか知らないって思い込んでたんじゃないです?
僕以外にも知ってる奴いますけどね。水商売の女だし」
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次回更新は少し間が空いてしまって10月20日火曜日の21時15分になりますが、これからも頑張って書いていきますのでよろしくお願いします!