獅童正義は明智吾郎として生きることになった。 作:枝野トナナ
天気予報は曇りのち晴れ。
その通りに、朝焼けの空は薄灰色に染まっていた。
時間帯もあるのだろうがまだまだ肌寒い。
だいぶ花開き始めた桜だけが、今が春だと訴えている。
今朝も夢は見ないで済んだ――と、思う。
深夜3時という妙なタイミングで飛び起きたあたり、単に覚えていないだけという可能性も高いが。
まあ、ほとんどの夢はそんなものだ。
事細かに覚えている方が不健全。ずいぶんと昔に、誰かがそう言っていた。
明智吾郎の家で出かける支度を整えて、まずは新宿に向かう。
昔は電気屋といえば秋葉原だったが――今の家からはさすがに遠い。
それに家具ならまだしも、家電の性能なぞどんぐりの背比べだ。
ハイエンドモデルを買えばまず間違いはないし、いちいち店を回って値段を比較して買うのは性に合わない。
ヨドギミカメラで一式揃えて設置配送まで任せればいいだろう。
……そう考えてやってきたのだが。
結構高いな。ハイエンド。
遺産相続の手続きを考えると、まとまった金が口座に入るのは2週間後から1ヶ月後。
それまでは明智吾郎の貯金でやりくりせねばならない。
一応警察からの謝礼金だとかテレビ出演のギャラという形で金を回していたから、200万ぐらいは入っていたが――
レンジや掃除機に10万だとか、冷蔵庫に20万だとか払っていたらさすがに底を尽きかねない。
だがロボット掃除機は魅力的だ。
勝手に掃除をしてくれるというだけで価値がある。
値段は張るが――
「――すみません。これ欲しいんですが。
あと他の家電も揃えたいので相談に乗っていただけますか?」
「あっありがとうございます! どんな相談でもお任せください!」
……結局、色々買ってしまった。
仕方ない。政治経済や流行りの話題をチェックするのにテレビは欲しい。
録画もしたいからレコーダーも要る。
食料の保管をしたいから冷凍庫付き冷蔵庫はマストで、冷食を温めるためにレンジも必要。
湯沸かしポットもないと困る。
ロボット掃除機を買うとはいえ、部屋の隅の掃除や害虫が出た時のことを考えるとスティッククリーナーもあったほうがいい。
この髪の長さだとドライヤー類も重要だし、デスクも買う予定だからライトも先買いだ。
これだけで40万ぐらい飛んでるが――まあ、なんとかなるだろう。
最悪、遺産が入るまでベッドを諦めて寝袋生活を続行するという手もあるわけだし。
さて、次は渋谷に行くとするか。
何年か前に、インテリア専門店が集まったスペースがオープンすると報道されていた記憶がある。
他にも駅回りにいくつか家具屋やインテリアショップがあったはずだ。
――しかし、電車は本当に人が多いな。
どこの乗り口も並んでいるし、座りたくても座れない。
こればっかりは権力があろうがキレようがどうにもならん。
都議時代以前から身に沁みて理解しているし、法や条例で改善できるものでもない。
例え東京都民が半減しようが、土日は都外からの観光客やイベント参加者の方が多いのだ。
いかに私と言えど諦めざるを得ない。
ため息をついてホームに降りる。
たかだか7分程度の距離なのに、どっと疲れが溜まった気がする。
――そう言えば、評判のいいジューススタンドが地下通路にあったはずだ。
ここ一週間コンビニ飯ばかりだったし、ビタミンだの何だのが足りてないのかもしれない。
微妙に遠いが、買いに行くか……
「すみません。バナナミルク……あ、いや、やっぱりミックスジュースください」
「はーい、300円になります」
思っていたよりリーズナブルな値段だ。
『毎週日曜限定青汁5000円』という謎の値札以外は。
……いや5000円って何だ?
なんでたかが飲み物がそこらの食べ放題より高くなる?
こんなものを頼むバカが――……いる、ということだよな。
政策に対して金の無駄遣いだとヤジを飛ばすバカに、青汁に5000円払うバカをぶつけて対消滅させたいものだ。
――本当に、今の日本には船に乗る価値もない輩が多すぎる。
行き交う人をすり抜けて、広告まみれのコーナーから少し離れた壁に寄り掛かり、ジュースを一口飲む。
バナナ味の後から柑橘とりんごが追いかけてきて、後味は桃に近い。
飲みやすくて美味いが、ビタミンという感じはあまりないな。
しかし、じっくり味わうには雑音が多すぎて落ち着かない。
少し周囲を見回しても人ばかり。
人間観察にはちょうどいいのかもしれないが――
――うん?
隣で――というには距離があるが――壁によりかかっている奴が、奇妙なポーズを取っている。
両手の親指と人差し指で構図を確認しているようだが……カメラマンか?
だが、首には何も掛けていない。
あいつらは一瞬の瞬間を切り取るのが仕事、故に商売道具を持ち歩かないということは有り得ない。
だとすれば……絵描きだろうか。
若いから美大生かもしれない。
ジュースを飲みながら、そっと横目で観察を続ける。
荷物は見たところ多くない。
足元に置いているのはボックスタイプのバッグ。
A4以下のスケッチブックなら入るだろうが、取り出す様子も無さそうだ。
デッサンやクロッキーではなく、インスピレーションのための人間観察が主目的といったところか。
まあ……芸術家なら珍しいことでもない。
そもそも全ての芸術は非言語コミニュケーションだ。
言葉に変換できないものを伝えるために創作活動で表現する、という性質上、人の心の機微を理解することは必要不可欠。
もちろん人嫌いを拗らせて自分の内面のみ覗き込む芸術家もそれなりに多いが――
渋谷駅などという静寂とは無縁の場所で人間観察をするタイプならば、気難しい偏屈屋という可能性は排除していいはずだ。
なら、やってみるか。
ジュースを飲みきり、カップを振ってわずかに音を出してみる。
ターゲットが気づく様子はない。
少しだけ距離を詰めて位置を調整する。
おおよそ人間の身長程度。パーソナルスペース概念でいうところの社会距離だ。
そのうえで自然な笑顔を作る。最初の表情が第一印象になるからな。
「――あの。もしかして画家の方……ですか?」
「え?」
カクテルパーティ効果。
雑音まみれの環境でも、集中して作業していても、自分に関わりがある情報だけは聞き取れるというアレで、意識をこちらへ向けさせる。
振り向いたターゲット――男の顔は、美大生にしては少々若い。
青年ではなく少年と呼ぶべき年代……今年入学か、あるいは美大志望の高校生かもしれないな。
しかしそれならそれでより明智吾郎の年齢に近いのだから好都合だ。
「ああ、申し訳ない。
先ほどから熱心に構図を切っていらっしゃったので、どんな絵を描かれるのかなと気になって」
「……君も画家なのか?」
「いえ、僕は探偵志望の高校生です。
つい好奇心が湧いてしまって……お気を害されたらすみません」
「いや……大丈夫だ」
少年はこちらに興味を失くしたように、人間観察へ戻る。
私はあえて黙って少年の横で同じように前を向く。
心理学は社会科学の一分野。
人の心を統計的に分析し、実証実験や調査を繰り返し、再現性を重視する。
それ故に人身掌握に直接的に関わる理論の宝庫であり、政治心理学というカテゴリが誕生する程度には政治と切って離せない。
加えて、私には観察眼がある。
相手が何を求め、どんな人物像を好み、どういう生活を望み、日本がどうなってほしいのか。
それを見破れるからこそ、私は有権者の支持を集め、政治家として当選し続けることができた。
集中している時に声を掛けられるのは不興を買うことに繋がる。
しかし、邪魔をせず自分と同じ事をしているだけの相手には、自然と共感が生まれる。
そして人間の集中力というものはそこまで長く続かない。
ましてやもうすぐ正午になる。
どんなに長くても二十分もすれば、空腹感を覚えて気が逸れるだろう。
――そんな私の計算よりかは少し早く、少年が目線を床に落とした。
頃合いだ。
「渋谷って本当に色々な人がいますね。
あそこの女性はこれからランチデート。あの人は連れの女性のトイレ待ちかな」
立ち止まっている連中の中から、特にわかりやすい奴らを選んで指し示す。
答え合わせを待つまでもなく、それぞれの連れ合いが現れて去っていく。
「よくわかるな」
「あの人はメイクも服も靴も気合が入っていましたし、腕時計を確認し続けてました。
友達同士の付き合いなら買い歩きがメインで動きやすい服装を選ぶはずだし、時間はスマホで確認すればいいから腕時計はつけないかな、と。
あっちの人は改札を出たばかりな割に、苛立つまでの時間がかなり短かったので――女性用トイレの混雑を見ていなかったと推測したんです」
「なるほど……」
人間観察が趣味の奴なぞそうそういない。
しかし、
シャーロック・ホームズという創作が生み出した非常に強力なパブリックイメージを利用すれば、ガキ1人を信じ込ませるなぞ造作もない。
「失礼、せっかくの時間をお邪魔してしまいましたか。
お詫びにといってはなんですが――お嫌いでなければ、そこのジュースを奢らせてもらえませんか?」
「えっ?」
「創作活動には糖分が必要不可欠でしょう?
まあ、あわよくば君の絵を見せてくれたらなーという下心はありますが」
「俺の絵を? ーーそれは、別に構わないが……」
少年は私とジューススタンドを交互に見やる。
値段を気にしてるのか?
たかが数百円、ガキ同士でも雑な理由で雑に奢る金額だと思うが。
「……どうせなら、牛丼かビッグバンバーガーが良いのだが」
図太いな?
……いや、まあ、確かに少し足せば牛丼並盛りやハンバーガーの値段になるのか。
昼時だし、腹が空いているなら飲み物より何か食べたいとなるのも当たり前ーー
「いいですよ。
4千円ぐらいまでなら出せますから、1人2千円以内で食べられるところならどこでも大丈夫です」
「えっ!? ほ、本当に?」
「構いませんよ。4DXの映画見てポップコーン食べたらそれぐらい行きますし。
僕にとっては好奇心を満たすことの方が重要なので」
「……変わっているな」
「普通に生きるなら探偵なんて志望しませんよ。
ーーあ、そうだ、名乗ってませんでしたね。
僕は明智吾郎といいます。名前でも名字でも、呼び捨てで構いませんよ」
笑顔を崩さぬよう気をつけながら、軽く右手を上げる。
政治家なら握手をするところだがーーこいつにとって、今の私は正体不明の
不用意に接触するのは避けつつ、無害さをアピールした方が好感に繋がる。
「俺は喜多川――喜多川祐介だ。
こちらも呼び捨てで構わんし、敬語も使わなくて良い。多分同年代だろうしな」
「オッケー。じゃあ行こうか。
牛丼やハンバーガーでもいいし、グレードアップしてベニーズとかロイボとかでもいいよ」
「ロイボ……だと……?」
「美味しいよねあそこ。僕、ジャワカレー好きだよ」
「……そう言われるとカレーの口になってしまうな。
だが、せっかくなら貴重な肉が食べたい気持ちもある」
貴重な肉ってなんだよ。欠食児童か?
――いや、よく見るとこいつ、かなり細身の体型だな。
芸術家の中には画材や素材に金を注ぎ込んで日常生活を疎かにする連中がいるが、このガキも同類か?
だとしたら、餌付けすれば自然と長期的な交友関係を築けそうだ。
「ステーキは無理かもだけど、ハンバーグ系なら予算に収まるんじゃないか?
メニュー見て決めようよ」
「それもそうだな……だが、本当に、本当にいいのか?」
「喜多川さえ良ければ全然構わないって。
1人でコンビニランチするより、ずっと有意義に過ごせそうだしさ」
「じゃあ、お言葉に甘えるぞ……明智」
チョロいな。
扱いやすいガキは嫌いじゃない。
いくら扱いやすくても、腹に一物抱えている上に妙な能力で寝首をかく気満々の
見た限りでは芸術バカで服装等のセンスは高め、顔も身だしなみも整っていて礼節に関しても年相応の範囲内。
食事ごときで釣れると思えば、図々しさも問題にはならん。
明智吾郎の友人役としては適切な人材だろう。
あとは、できれば絵の腕は知っておきたいところだな。
将来性があるなら青田買いしておいて、後々投資に利用するのも悪くない。
まああれだけ絵を見たいとアピールした以上、スケッチブックなり作品の写真なりは見せてくれるはず……
「――うわ。うっま」
静物画のデッサン。日本画風の人物スケッチ。老若男女を捉えたクロッキー。
抽象画やキュビズムの構図案などもある。
想像以上にハイレベルだ。
さすがにスケッチブックでは色彩感覚や塗りの技術まではわからないが――余裕で投資対象にできるな。
「これで高校1年で来月から高2ってマジなの?
いくら洸星高校の美術科が名門だといっても、絶対特待生取れてるよね?」
「うむ。先生の指導の賜物だが、おかげで迷惑を掛けずに済んでいる」
先生……小中学校の教師ではないだろう。
ここまでの才能を引き出せるなら、確実に名の通った画家である可能性が高い。
日本画と洋画双方に詳しく、東京都内――いや、渋谷近郊に済んでいる人物か。
いくら人間観察したいといえど、わざわざ遠くの駅に行く理由にはならないはずだ。
真っ先に思い浮かぶのは斑目一流斎。
獅童正義に
そういえば住み込みの弟子がいるという話を聞いた記憶があるな――
「このあたりで喜多川を指導できそうな画家といえば、斑目画伯かな?
日本画の巨匠だけれど、洋画の技法も研究して取り入れているよね」
「さすが探偵だな。俺の絵や行動でそこまで見抜くか」
当たりかよ。
誰がどう見てもあんな生臭ジジイの弟子で終わらせていい才能じゃないだろうが。
きちんと表に出すようシメたいところだが……
買い取るにしてもこの才能ではジジイもそうそう手放すまい……が、所詮は老いぼれの画家だ。
認知訶学に頼らずとも、喜多川が成人した頃に
さすがに未成年が1人で放り出されたら大変だと言うのは、ここ一週間で散々身に沁みているからな。
「ただ見ることと観察することは違う――というのは偉大なるイギリスの名探偵の言葉だけどね。
普段から知識をため込んで、意識的に手がかりを探して、照らし合わせれば自ずと答えは見えてくるよ。
――ま、推理だから外れることもあるけどね。最初は喜多川のこと、美大生かと思ったし」
「美術系の学生であることを見抜いていたなら、当たっているも同然だろう。
むしろ明智が今年高校3年ということの方が驚きだな。
無警戒に近づいてきたから、上京してきたばかりで土地勘のない美大生かと」
……心外といえば心外だが、そう見えても仕方ない、のか?
確かに3月ももうすぐ終わる。
新生活に向けて東京で生活基盤を築こうと頑張る大学生どもは少なくないだろうな。
「一応、高校1年の頃から都内住みだよ。
新宿駅以外なら迷わない自信はある」
「あれは……なんでああも複雑怪奇な構造を許すのだろうな?
いくら後付けで発展してきたとしても、あまりにも無計画で美しくない」
「出口の名前もメチャクチャだし、完全にダンジョンだよね。
渋谷も他の駅も大概だけど、新宿は頭1つ抜けてる」
「うむ。せめて上野ぐらいに抑えてほしいものだ」
「あそこはわかりやすいね。
やっぱり大きいハコモノが多いから、観光客に優しくしてるのかも」
「美術館に動物園、博物館に恩寵公園。
どれ1つとっても丸一日費やせるだけの魅力がある。
俺も月初めの、懐にゆとりがある時に出かけるな」
「僕は科博が好きだな。ずっと居られる」
……今までは長居したくても出来なかったがな。
話のタネを拾いにざっと回って、後で気になったポイントを詳しく調べ直して覚える程度だ。
政治家というものはとにかく話題の引き出しの多さが大事。
なにせ顔を合わせる相手があまりにも多すぎる。
地元の支援者、支援者ではない有権者、他自治体の市民、学者、芸術家、アスリート、自衛隊、警察、検察、財界、政界、外国の要人、etc……
二世議員なら親の威光をアテにできるが、私は叩き上げだ。
汚い手段で買えるのは党内の地位だけ。
議席そのものは自力で掴み取らねばならん。
その日会う相手に合わせた話題を調べては覚え、政策や議題に関わる法や背景を学び、毎日がその繰り返しだった。
認知訶学研究が上手く行けば、努力さえも必要無くなる日が来たかもしれないがーー残念ながら、私がその恩恵に預かれない以上は潰すと決めた。
「ああでも、こうやって話すのはやっぱり楽しいね。
僕の知り合いは働いてる大人ばかりだし、学校の連中は今年受験だから、気軽に誘えなくてね」
私の言葉に、喜多川は不意に顔を上げた。
何か不審なことを言っただろうか?
心の中で焦る私に、しかし彼はいかにもガキらしい素直な疑問を口にする。
「家族は……いないのか?」
そっちか。
友達がいないのか? よりは遥かに答えやすい。
「死んじゃった。病気とーーつい最近、事故でさ」
「……すまん。聞くべきではなかったな」
「いやいや、気にしなくていいよ。
こういう言い方したくないけど、どっちも親としてはダメな人たちだったからさ。
遺産だけは十分すぎるほど残ったし、自由になれただけ良かったって思うようにしてるんだ」
嘘をついても仕方がない。
客観的に見て、獅童正義は愛人をポイ捨てし実子を今際の際まで認知しなかった男。
明智吾郎の母親は水商売のくせに客の子を生んだバカ女だ。
明智吾郎本人なら母親の方は庇ったかもしれないがーー正直、ロクでなし度合いなら女の方が大概だろ。
「……そう、か」
「ああごめん、辛気臭い話しちゃったね。
少なくとも今は幸せだよ、昔よりさ。
それより、せっかく知り合ったんだから連絡先交換しないか?
目指す道は違うけど、割と気は合うと思うんだよね、僕たち」
「……それはまあ、確かに。
俺とは違う視点での観察を聞くのは、存外に興味深いし知見が広がる」
よしよし、釣れた釣れた。
スマホを取り出してチャットに登録する。
挨拶を送り合って確認完了。
昔なら電話番号を聞くしかなかったから身バレを危惧してガードを下げない奴が多かったがーー
チャットが普及してから、大衆の警戒心もずいぶんと下がった。
「なんならまた来週にでもこうやって話する?
喜多川は好きなご飯食べられるし、僕はぼっちコンビニランチ回避して楽しい時間を過ごせるし」
「いいのか? 俺からすればありがたい申し出だが……
さすがに明智に利がなさすぎないか?」
「そんなことないよ。
もしかしたら僕が本物の職業探偵になった時に名刺のデザインをお願いするかもしれないし……
もしくは事務所に飾る絵を描いてくれとか頼むかもしれないじゃないか」
「だいぶ先だな?」
「え。もうちょっと直近の話にした方がいい?
それならーーそうだな、服の見立てとか、洸星の学園祭の案内とか、そういうので付き合ってくれればいいよ。
あ、もしくはそれこそ上野の美術館もいいかもね。来月に若冲展やるって聞いたんだ」
「ほう……! それは確かに俺も見に行きたい。
伊藤若冲は今年生誕300年だ、確実に力を入れた展示となっているはず……!」
「なら一緒に行こうよ。前売り券2人分買っとくからさ」
「感謝する。今の俺ではまだ力不足だが、いずれ必ず恩を返すと誓おう」
ーーチョロくて安い買い物だ。
あとはあくまでも友人として振る舞い、必要な時に利用すればいい。
無論、私がこいつに求めるのは本当に友人の範疇に収まる内容に留めるがな。
さすがに斑目の弟子ともなれば、画壇を通じて財界にコネを作れる可能性がある。
斑目自身は黒い腹芸ができる人間とはいえーー喜多川の性格ではそういう仕事はまず不可能。
純粋に若き画壇の星になってもらい、いずれ政界に立つ
適材適所だ。
何事も。
悪人には悪人の利用価値があり、善人には善人の利用価値がある。
そして他者の性質を見極められる私こそ、一番上手く人を使えるのだ。
日本中の誰よりも――な。